2017年2月2日木曜日

照屋沙流堂のえらぶ有村桔梗作品50首 (うたの日首席100回記念)

この街の雪を踏みしめ新聞を届けたひとの足跡ひかる

冬らしくないねときみがいふ冬に去年の雪の深さを思ふ

ありがたうすべての夜にありがたうたつたひとりのあなたに逢へて

湯上がりにニベアを塗つてゐるだらうきみのほほからニベアの匂ひ

生きてゐることは待つこと この町の最初の雪におかへりをいふ

あたたかな灯と思ふ窓硝子一枚分にいのちはあつて

何もいはずに帰つてきたるこのひとを鍵つ子だつたと思ふゆふぐれ

パンケーキ十枚積んでゐるきみのうへからかけるメープルシロップ

きんいろの大地はつづくよどこまでも信越線を北へと走る

天国に行きませんかと誘はれてついていつたらきみがゐました

わたくしが歌に詠むたび読むたびにまた死に直してしまふちちはは

滅ぶまで ゆふひばかりがうつくしい無名の坂の下に暮らしぬ

桃はただ桃であるのに皮と実を分けるナイフのやうなあなただ

目標は中学時代のわたくしを拡散されない人生である

生きてゐるかぎり何度も夏は来てきみにもらつた金閣寺を読む

六月のわたしが走る 五分後に起こることさへ知りもしないで

あたまとあたまくつつけあつた二日目の安芸宮島の夜はえいゑん

一瞬のつぎは永遠 数へるから足りなくなるとふこゑの聞こえて

ああ、これはみづに浮かんでたゆたへるこの眼球の見てゐる夢だ

底の春 嵐に散つたはなびらが犇めいてゐるちひさな池に

こつそりと舌を見せつつ笑ひ合ふ少女のうしろに揺れる桑の実

眼裏(まなうら)にちひさなひかりを閉ぢこめてすこし長めに祈る一日(ひとひ)を

もごもごと動かす奥で噛み砕くすみませんとは言はないやうに

そろそろと母の雑煮の作り方を記憶の棚から取り出してゐる

そのときのきみの涙は逆光でわからなかつたといふことにして

窓辺から雪の気配のする夜にすこしむかしの話をしよう

もう何も言はなくていい 僕たちはニヨロニヨロとして生きていかうか

短めにいへば「好き」です。もう少し長めにいへば「たぶん好き」です。

さういへば何度も読んだこの部屋の『ドラえもん』はどこにいつたのだらう

十一年前は土曜日だつたこと。ずつと見てゐた星空のこと。

ひとびとが動き出してもなほ祈りつづけるひとのまぶたの震へ

覚えてゐる テトラポッドに腰かけて海をみてゐたその奥二重

すこしづつ感嘆符減るこのひととやがては至るうつくしい凪

ゆつくりとボタンひとつをはづすゆび 雨がちかづく匂ひがするね

先生が白秋(はくしう)せんせい、と云ふときのその抑揚は乙女のやうで

とほい日の記憶と同じ星でせうプラネタリウムに雨を降らせて

雨降りの世界にずつとゐるひとへ手旗信号 もう春ですよ

特別ぢやなかつた日々の特別をひとはあとから知つてゆくのだ

本当はきみに云ひたい事柄を餃子に聞かせてゐる夜である

いまはもう頼むひとなき裏メニューの味噌煮込みうどん餅入りを喰む

もうこれでお別れですね赤黄青たてに並んでいる信号機

真夜中のどうしやうもないわたしから水琴窟のやうな音する

思ひ出をひとつ埋めたる箱のやうな人造人間(アンドロイド)にならうと思ふ

青空に散りゆく煙 きみが云うあてずっぽうに傷ついている

好物が何かといえばカルビーのコンソメパンチを食べたきみの手

少しだけ山形弁が出てしまうときのあなたの方が好きです

かんづめと交換しないままでいい きみからもらった金のエンゼル

両方の靴を揃へてゐるきみを三十一文字の外側に置く

泣いてゐるきみの匙からはちみつのとぎれぬひかり 祈りのやうに

気づかれず終わってしまう恋に捧ぐ線香花火大会初日

有村桔梗さんのうたの日首席100回を記念し、うたの日の一覧機能から桔梗作品の50首を厳選しました(表示は掲載逆順)。

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