「冬」
懐メロの英語の題がカタカナと中黒で書かれいるような冬
「AI」
衰えてゆく父の背を眺めつつ優しい気持ちになれよAI
「我慢」
突風はついには我慢できなくて俺にわざわざぶつかり昇る
「もみあげ」
もみあげよ決してお前のせいでない右より左が長くなるのは
「大学」
大学に来れなくなった後輩と格闘ゲームで負け続けおり
「蜂」
巣の場所がまたわからなくなりました最期に8の字に踊ろうか
「半濁音」
半濁音の頻度の高い宇宙人、なのにどうしてこんな見た目か
「布団」
お布団に電光パンチこの技は使う方にもダメージがある
「チョップ」
その気持ちに名前があると知らないでお気に入りのぬいぐるみをチョップ
「自由詠」
ハムスターが回し車を走る夢覚めて回し車を走るハムスター
「鳴」
川沿いをけもののように自転車で走る悲鳴は人間のもの
「玄関」
玄関のドアに何かが掛けられて警戒しつつ見ればせんべい
「残念」
おそろいの残念賞のストラップちぎれてしまうあなたをさがす
「姫」
東八の姫だった過去忘れられゴミ問題の西山議員
「ブラジャー」
エビ天の衣ばっかり大きくて初めてきみに会った時のブ
「銀」
年を降れば自動でそうなるわけでなく年降りてシルバーなる笑顔
「股」
褒めようとしてくれているAIの「小股が切れてますね」は惜しい
「反省」
定期的なリセットとして浴槽でがぱがばと言う反省の弁
「澱」
冬の夜の底方(そこい)に白い澱(おり)が降る冬眠できぬわれらはさみし
「劇」
この劇で私は籠の中の鳥たのしいけれどいつ終わるんだ?
「プリン」
分かりやすいおわびのプリンの分かりやすさ最後はそれも許せなかった
「インターネット」
インターネットのスイッチ切ってたましいがちゃんと戻れば愛しあえるのよ
「温」
冬に冷たく夏に熱めの便座野郎がこのビルにいるお前はなぜだ
「銀河鉄道」
しょうがない銀河鉄道なんだから行き先違いの永遠(とわ)なる別れ
「せん」
付喪神にはまだまだ及びもしませんが千日でこうもこじれた想い
「うたの日あるある」
会ったことも性別もよく分からないあなたの歌はらしくて好きだ
「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」
アンドゥルル、スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス、短歌になるか!
「末」
商店に祭りばやしがもう流れ世も末ならぬ年末である
「猿」
「左から、振り返らザル、悔やまザル、俯かザル、です」「わかりにくいよ」
「ピカソ」
印象派からの流れを人類は再考しようピカソの前で
「大晦日」
大晦日誰にも会わず考えるゴリラのような時間のように
2017年1月7日土曜日
2017年1月2日月曜日
2014年12月作品と雑感。
2017年明けましておめでとうございます。今年も生きとし生けるものすべてが、足りないのは足りて、弱っているものは元気になり、行き詰まっておればひらけるようになることを、願っています。
先月から、noteをはじめまして、ツイッター、ブログ、うたよみん、noteと、書き散らかしてしまってよくないなあと思っております。このブログは、ひとまず、過去作品とうたの日作品をまとめながら、ちょっとまとまった文章を書いたりする場として続けてゆくことになろうと思います。
2014年12月は、「第57回短歌研究新人賞「父親のような雨に打たれて」石井僚一」で、短歌の虚構問題というのが話題にあがった。テルヤは、ちゃんとそれらを読みもせずに、ツイッターでふわっとこれについて思うことを書いて、togetterのまとめに追加されたりした、ということがあった。
一応まとめて上げておく。
ーーーーーーーーーー
短歌の虚構問題、古くて新しいテーマかもね。ネットでしか情報収集してないけど、思うところあり。
短歌はどうしようもなく一人称の形式なのだけど、その<私>にはざっと数えても4つくらいある。
まず作中で名乗る①主人公的<私>。彼はその舞台を演じている。
次にその作品世界を物語る②地の文的<私>。彼は①を俯瞰して語ることが出来る。
ここから次元が2.5次元くらい上って短歌作品を詠む③ペンネーム的<私>。
そしてやっと3次元の、親から呼ばれたりする名前の④人間的<私>が表れる。
次にその作品世界を物語る②地の文的<私>。彼は①を俯瞰して語ることが出来る。
ここから次元が2.5次元くらい上って短歌作品を詠む③ペンネーム的<私>。
そしてやっと3次元の、親から呼ばれたりする名前の④人間的<私>が表れる。
そして恐ろしいことに、短歌の読みは、虚構がそれとわかる仕掛けがない限り、①〜④の一貫性が要求されたり、前提として補われたりする。
また、別の言い方をすると、①を虚構にすれば②が、②を虚構にすれば③が、その虚構を保証しなければならない。
話題になった議論は、この④=③が、②の虚構(=事実)を保証しなかった、ということなのであろう。
虚構が含まれることは、創作には本来なにも問題がない。ノンフィクションであるという宣言をしない限りにおいて。しかし、短歌は、宣言がない限り、ノンフィクションとして読むことが前提になりうる形式だ。
だから、それとわかる仕掛けのないフィクションは、読者に「騙された」という感情をもたらしやすい。
逆に言うと、<私>の③④については、虚実入り混じる遊びというのを、短歌はしにくい形式であり、それは、この部分の「誠実さ」「覚悟」がこの形式を研いできた部分があるからだろう。
斎藤茂吉が母親を作品で一度しか殺せなかったのは①②の虚構は許されたが、③④の虚構は当時の短歌文学では不実だったからで、③④の虚構を保証する文体がなかったからとも言える。一方、現在は、苗字苗字みたいなペンネームの作者もいて、③のフィクション化は進んでいる。
それでも、いくつもの人生を演じた寺山修司でさえ、③寺山修司という一歌人の、一冊の伝記化は免れえない。
そうだ、われわれは、一つの短歌の背後に、一歌人を想定する段階から、まだ抜け出ていないのだ。
あと、ちょっと話が変わるけど、写真のコンテストでは、動物の赤ちゃんとか、外国の名所的な景色とかは、禁じ手とまでいわないけど、いかにもなので、避けられたりするとか。かわいいし美しいし、誰でも写真にするからありきたりというか。
新人賞作品でみんな身内が死んでたら、食傷するよね。あまり撃てないから、貴重な弾、というのは、実際、ある。虚構とか誠実さとか、そういうのとは別の話で。
虚構問題についてもう一言。きょうび、短歌のうまい人なんてツイッターで見るだけでも腐るほどいて、うまいだけでは歌人を名乗れない。歌人というのは、短歌の<私>の引き受け方ともいえる。
新人賞は、その点、どこかで「歌人を名乗る覚悟」みたいなものも見極める役割が負われているので、表現の虚構性というよりも、単なる"嘘"を忌避する心理は選ぶ側に生まれるだろうことは想像にかたくない。本質は、短歌のタブーとかルールというより、匿名側のモラルだったのかもしれない。
ーーーーー
短歌に限らず、作者と作品の距離の近いコンテンツは、作品が作者をのみこんでしまって、作者自体がコンテンツになる、ということは読者(消費者)の欲望として、否定できない部分がある。お笑い芸人やテレビタレントでも、その家族が登場することがあるが、あのプライベートを見せることのバツの悪さだって、今ではコンテンツ化していると言えなくもない。
で、やっぱり、どこのだれかさっぱりわからない人の短歌がタイムラインに流れてきても、それを正当に評価することなんて、ほとんど出来ないのだ。性別、年齢、環境、それぞれを、なんとなく想像しながら、それらを、読むのだ。
自選。
長野の画家は長野を描くというよりだんだん山をえがくようなり
ゴミ袋を猫かと思い二度見してゴミ袋だった夜のおはなし
そうそうに若くてチャラい彼のためこの席を辞す、外では宇宙
三鷹育ちの中学生の女子なればまだ渋谷へは母と行くべし
体温を地球に任せイグアナは暑けりゃ怒り寒けりゃさめる
工事済んで跡かたもないプレハブの詰所のようだ、想いの記憶
食物連鎖の牙で食われぬ悲しみが物語とう嘘を生みたり
オペラハウスを建てたる捕虜のときおりに忘れる飢えや寒さを思う
年ふれば玉の手箱の本当の意味が煙りの奥に見えおり
いきものが死んでいきものうるおえる連鎖に似たる思いか慈悲は
バルビゾン、ふるさとをそう呼んでいた君の地方の大雪の報
大統一理論以前もその以後も石にもたれて祈る景あらん
ごくごくと水飲んでいる加湿器のまだ生き物になるにははやく
冗談が意味深みたいになる夕べ、互いにスルーしてはいるけど
柚子二つ浮かべて夜の浴槽に回転させたりして無為香る
美しい廟ほどかなし、残された生者の悔いに似た大理石
朝の道に釘が一本落ちていてそれでもうまく動く世界は
電柱が電線もたず立ちいけり強さにみえて弱さにみえて
2017年1月1日日曜日
2014年12月の62首
雨上がりの眼前が少し眩しくてその眩しさの少しがすべて
ロボットが人間に近くなるよりも思慮なき生気(thoughtless vitality)に人が近づく
ネットワークに懐かしい人が現れていっとき心揺れればたのし
嘘の恋ではなかったわけではなかったと言えちゃうあたり、過ぎれば久遠
不審者のようにサンタがベランダを上がる電飾見れば師走
緑白のかみきりむしに立ちはだかれ大の大人が怯えていたり
懐かしい名前がわれを思いだし思いだされて、生きるはよろし
巡りめぐる卑屈と驕りこの歌の作者もそんな人だと思う
オイルヒーターゆっくり部屋をあたためてそれまで思いながらまた飲む
長野の画家は長野を描くというよりだんだん山をえがくようなり
ゴミ袋を猫かと思い二度見してゴミ袋だった夜のおはなし
底方(そこい)なる力持たねば地獄またアリ地獄なるアリの、♪ままのー
一票の軽さ軽みにいたるまでジャージで投票所の母校行く
お互いを思いやりつつ二人とも桁が見えない二人でもある
耄碌(もうろく)のようだが時間はあいつまで懐かしがらす、もう謝らず
そうそうに若くてチャラい彼のためこの席を辞す、外では宇宙
幸せは父が孤独に決めるべし学習机を夜、撫でながら
音楽は懐古の化石、現在をはけで払ってシンディを聴く
三鷹育ちの中学生の女子なればまだ渋谷へは母と行くべし
小骨多い魚の身をばひと飲みに飲み込むように日常まかせ
目の前の改札を上に跳びながら走って少女は大人らに消ゆ
なにもかも凍る冬ゆえ擬似相関なれど一人が気にかかりいる
スーパーにクリスマスソング流れそめケッと思ってそれも楽しい
本当は違う話がしたいのでテロリスティックな会話にいたる
体温を地球に任せイグアナは暑けりゃ怒り寒けりゃさめる
工事済んで跡かたもないプレハブの詰所のようだ、想いの記憶
天気がよい日の部屋にいて端末のタイムラインも見晴らしがよく
食物連鎖の牙で食われぬ悲しみが物語とう嘘を生みたり
花は咲く」聴くたびに涙ぐむわれのこのかなしみや希望は安(やす)く
記憶には表情よりも闇中の白い三角浮かぶ純情
銀紙を裂いてくしゃっとやるような歌声のああ、チャラっていうの
オペラハウスを建てたる捕虜のときおりに忘れる飢えや寒さを思う
年ふれば玉の手箱の本当の意味が煙りの奥に見えおり
いきものが死んでいきものうるおえる連鎖に似たる思いか慈悲は
バルビゾン、ふるさとをそう呼んでいた君の地方の大雪の報
宇宙より長い寿命を移動する陽子に意味をそろりと載(の)せる
熱帯のイグアナのまるでみずからの寒さの弱さを知らないままの
大統一理論以前もその以後も石にもたれて祈る景あらん
建物の影に割られて白黒のその明暗のゼブラゾーンの
さびしさに遺伝のあれば明るさのうしろのこれは父もだろうか
ごくごくと水飲んでいる加湿器のまだ生き物になるにははやく
冗談が意味深みたいになる夕べ、互いにスルーしてはいるけど
博愛か引きこもりかの極端な選択は実に彼には一歩
長寿への期待はありや残り柿いっしんについばむ雀瞶(み)つ
柚子二つ浮かべて夜の浴槽に回転させたりして無為香る
干物の背に食らいつく時、海面を切り裂くスリルの景浮かび消ゆ
美しい廟ほどかなし、残された生者の悔いに似た大理石
霧雨に蜘蛛の巣白く浮かびおりたましいの通りぬけたるごとく
きっと君を思い出さずに過ぎていく山下夫妻の稼ぐ季節を
生命樹という枝分かれのさびしさを植物はときに交叉(こうさ)するらし
三国志好きの父へと年末に赤兎の名前の酒をひと瓶
反論に同意しながらダーウィンが知りたきことの知りたさに打たる
諦観のいくつかはあのロボットの不気味の谷に似た生悟り
助け合いと殺し合いある人間(じんかん)の意図せずここに来た口ぶりの
感情に消えてゆくなる戦いと知りつつ引き止めたりまではせず
朝の道に釘が一本落ちていてそれでもうまく動く世界は
まだまだらなるかーちゃんの痴呆との応策として、同じ気づかい
電柱が電線もたず立ちいけり強さにみえて弱さにみえて
礼厳の血をまざまざと受け継ぐにあらねど与謝のふるさとに立つ
公園のベンチにまなざしがありて立つときはもう人として去る
階段をなぞって流れくる雨の平面は押され落下は無心
耳の裏にかなぶんぽろり自転車を降りて慌てる夏の思い出
ロボットが人間に近くなるよりも思慮なき生気(thoughtless vitality)に人が近づく
ネットワークに懐かしい人が現れていっとき心揺れればたのし
嘘の恋ではなかったわけではなかったと言えちゃうあたり、過ぎれば久遠
不審者のようにサンタがベランダを上がる電飾見れば師走
緑白のかみきりむしに立ちはだかれ大の大人が怯えていたり
懐かしい名前がわれを思いだし思いだされて、生きるはよろし
巡りめぐる卑屈と驕りこの歌の作者もそんな人だと思う
オイルヒーターゆっくり部屋をあたためてそれまで思いながらまた飲む
長野の画家は長野を描くというよりだんだん山をえがくようなり
ゴミ袋を猫かと思い二度見してゴミ袋だった夜のおはなし
底方(そこい)なる力持たねば地獄またアリ地獄なるアリの、♪ままのー
一票の軽さ軽みにいたるまでジャージで投票所の母校行く
お互いを思いやりつつ二人とも桁が見えない二人でもある
耄碌(もうろく)のようだが時間はあいつまで懐かしがらす、もう謝らず
そうそうに若くてチャラい彼のためこの席を辞す、外では宇宙
幸せは父が孤独に決めるべし学習机を夜、撫でながら
音楽は懐古の化石、現在をはけで払ってシンディを聴く
三鷹育ちの中学生の女子なればまだ渋谷へは母と行くべし
小骨多い魚の身をばひと飲みに飲み込むように日常まかせ
目の前の改札を上に跳びながら走って少女は大人らに消ゆ
なにもかも凍る冬ゆえ擬似相関なれど一人が気にかかりいる
スーパーにクリスマスソング流れそめケッと思ってそれも楽しい
本当は違う話がしたいのでテロリスティックな会話にいたる
体温を地球に任せイグアナは暑けりゃ怒り寒けりゃさめる
工事済んで跡かたもないプレハブの詰所のようだ、想いの記憶
天気がよい日の部屋にいて端末のタイムラインも見晴らしがよく
食物連鎖の牙で食われぬ悲しみが物語とう嘘を生みたり
花は咲く」聴くたびに涙ぐむわれのこのかなしみや希望は安(やす)く
記憶には表情よりも闇中の白い三角浮かぶ純情
銀紙を裂いてくしゃっとやるような歌声のああ、チャラっていうの
オペラハウスを建てたる捕虜のときおりに忘れる飢えや寒さを思う
年ふれば玉の手箱の本当の意味が煙りの奥に見えおり
いきものが死んでいきものうるおえる連鎖に似たる思いか慈悲は
バルビゾン、ふるさとをそう呼んでいた君の地方の大雪の報
宇宙より長い寿命を移動する陽子に意味をそろりと載(の)せる
熱帯のイグアナのまるでみずからの寒さの弱さを知らないままの
大統一理論以前もその以後も石にもたれて祈る景あらん
建物の影に割られて白黒のその明暗のゼブラゾーンの
さびしさに遺伝のあれば明るさのうしろのこれは父もだろうか
ごくごくと水飲んでいる加湿器のまだ生き物になるにははやく
冗談が意味深みたいになる夕べ、互いにスルーしてはいるけど
博愛か引きこもりかの極端な選択は実に彼には一歩
長寿への期待はありや残り柿いっしんについばむ雀瞶(み)つ
柚子二つ浮かべて夜の浴槽に回転させたりして無為香る
干物の背に食らいつく時、海面を切り裂くスリルの景浮かび消ゆ
美しい廟ほどかなし、残された生者の悔いに似た大理石
霧雨に蜘蛛の巣白く浮かびおりたましいの通りぬけたるごとく
きっと君を思い出さずに過ぎていく山下夫妻の稼ぐ季節を
生命樹という枝分かれのさびしさを植物はときに交叉(こうさ)するらし
三国志好きの父へと年末に赤兎の名前の酒をひと瓶
反論に同意しながらダーウィンが知りたきことの知りたさに打たる
諦観のいくつかはあのロボットの不気味の谷に似た生悟り
助け合いと殺し合いある人間(じんかん)の意図せずここに来た口ぶりの
感情に消えてゆくなる戦いと知りつつ引き止めたりまではせず
朝の道に釘が一本落ちていてそれでもうまく動く世界は
まだまだらなるかーちゃんの痴呆との応策として、同じ気づかい
電柱が電線もたず立ちいけり強さにみえて弱さにみえて
礼厳の血をまざまざと受け継ぐにあらねど与謝のふるさとに立つ
公園のベンチにまなざしがありて立つときはもう人として去る
階段をなぞって流れくる雨の平面は押され落下は無心
耳の裏にかなぶんぽろり自転車を降りて慌てる夏の思い出
2016年12月11日日曜日
2016年11月うたの日自作品と雑感。
「うたの日」のサイトが今月の25日で、1000日を迎えるということで、おめでとうございます。すごいことだし、運営の方の見えない苦労が偲ばれます。
テルヤは去年から参加させていただき、447日参加しているとのことなので、だいたい半分くらい、お目汚ししているわけです。追い出されないだけでも、ありがたいことなのです。
短歌投稿のウェブサイトは、他にも「うたよみん」や「うたのわ」というのもあり、それぞれ、特色があったりして、その違いがシステムによるのか、他の要因があるのかわからないけれど、結社と、同人、新聞・雑誌投稿とはまた違った地歩を固めつつあって、面白いことだと思う。
短歌のそれぞれを見るときに、無意識の位階序列があるのかもしれない。それは「短歌は文学だ」意識みたいなもので、その強度順に、システムが決定されてゆくようである。
いわく、
①選歌→②批評→③投票→④自由、の順に、文学性が高まっていく(と信じられている)。
「うたの日」は、ちょうど③の投票を軸に、②の批評、コメントに少し足をかけているシステムと言える。とはいえ、④の参加フリーの形態もあるので、ネガティブな批評を受け止める関係を、参加者が作れないところがある。
だいたい、しっかりした関係が築けていないのに、上からお説教したり、お節介な添削などはしてはいけないものなのである。(お前が言うな)
ただ、短歌のうまさ面白さは、文学であるかどうかが関係ないところもあって、まったくの娯楽のひまつぶしでめっぽう上手い人や面白い人も多い。そういう「歌壇」では見つけられないひとをウェブサイトが抱える、ということが可能なのは、もっと注目してもいいかもしれない。
自選など。
「速」
倍速で観るドキュメンタリーで泣くリプレイすればリプレイで泣く
※ドキュメンタリーは、そういう形式の編集されたものだし、それをしかも早回しで観ることで得た感動に、真実性がどのくらいあるだろうか。
「北」
東にはいきおいが西はやすらぎが南はたのしさが、北は寒い
※北の人ごめんなさい。
「包」
うすぎぬのそれよりうすき物理的にみえないものが包むのが愛
※「愛」にはいくつも動詞があてらるが、そのうちの平凡な一つかも。
「自由詠」
山賊焼きにかぶりつきつつ大国の七十歳の野心羨(とも)しき
※アメリカ大統領選挙ですね。アメリカの地図と山賊焼きの形を少しかぶらせつつ。
「悪」
腹が減っては悪事もできぬとキッチンで袋麺さがす、正しく作る
※まあ、悪人がすべてにおいて悪かというと、正しいところもあるわいな。
「象」
絶滅したらもう俺たちは捏造だこの長い鼻の骨なんてない
※骨からは象が復元できないという事実は、知というものの限界を考えさせてくれる。
「枯れる」
霧吹きでもうやめようよびしょびしょの枯れる兆しのパンダガジュマル
※枯れはじめたものをよみがえらせるのは、むずかしい。
「正義」
大募集:正義の味方,条件は悪を討つとき躊躇せぬこと
※この歌について太田宣子さんが「条件は悪を討つとき涙すること」と別案を示されて、こちらの方がすっきりして上手いと思いました(そうだお礼を書いてない)。しかしこの歌は、この募集のグロテスクさ、不気味さ、一見の正しさ、みたいなところをかもしたい歌だったので、たぶんそこらへんが下手さなのかもしれません。
(ただ、逆に読むと、太田さんの募集で入ろうと思う人の方が、グロいとは言えるかもしれません)
「癒」
ティーバッグをきみは三杯目も好きで白湯に近づくあたりが癒し
※じゃあ最初から白湯のめよ、とはならないんすよね。
「税」
大型のパロットだから分かるんだ税込価格がまた安くなる
※大型の鳥は、誰でも飼えるものじゃないですからね。
テルヤは去年から参加させていただき、447日参加しているとのことなので、だいたい半分くらい、お目汚ししているわけです。追い出されないだけでも、ありがたいことなのです。
短歌投稿のウェブサイトは、他にも「うたよみん」や「うたのわ」というのもあり、それぞれ、特色があったりして、その違いがシステムによるのか、他の要因があるのかわからないけれど、結社と、同人、新聞・雑誌投稿とはまた違った地歩を固めつつあって、面白いことだと思う。
短歌のそれぞれを見るときに、無意識の位階序列があるのかもしれない。それは「短歌は文学だ」意識みたいなもので、その強度順に、システムが決定されてゆくようである。
いわく、
①選歌→②批評→③投票→④自由、の順に、文学性が高まっていく(と信じられている)。
「うたの日」は、ちょうど③の投票を軸に、②の批評、コメントに少し足をかけているシステムと言える。とはいえ、④の参加フリーの形態もあるので、ネガティブな批評を受け止める関係を、参加者が作れないところがある。
だいたい、しっかりした関係が築けていないのに、上からお説教したり、お節介な添削などはしてはいけないものなのである。(お前が言うな)
ただ、短歌のうまさ面白さは、文学であるかどうかが関係ないところもあって、まったくの娯楽のひまつぶしでめっぽう上手い人や面白い人も多い。そういう「歌壇」では見つけられないひとをウェブサイトが抱える、ということが可能なのは、もっと注目してもいいかもしれない。
自選など。
「速」
倍速で観るドキュメンタリーで泣くリプレイすればリプレイで泣く
※ドキュメンタリーは、そういう形式の編集されたものだし、それをしかも早回しで観ることで得た感動に、真実性がどのくらいあるだろうか。
「北」
東にはいきおいが西はやすらぎが南はたのしさが、北は寒い
※北の人ごめんなさい。
「包」
うすぎぬのそれよりうすき物理的にみえないものが包むのが愛
※「愛」にはいくつも動詞があてらるが、そのうちの平凡な一つかも。
「自由詠」
山賊焼きにかぶりつきつつ大国の七十歳の野心羨(とも)しき
※アメリカ大統領選挙ですね。アメリカの地図と山賊焼きの形を少しかぶらせつつ。
「悪」
腹が減っては悪事もできぬとキッチンで袋麺さがす、正しく作る
※まあ、悪人がすべてにおいて悪かというと、正しいところもあるわいな。
「象」
絶滅したらもう俺たちは捏造だこの長い鼻の骨なんてない
※骨からは象が復元できないという事実は、知というものの限界を考えさせてくれる。
「枯れる」
霧吹きでもうやめようよびしょびしょの枯れる兆しのパンダガジュマル
※枯れはじめたものをよみがえらせるのは、むずかしい。
「正義」
大募集:正義の味方,条件は悪を討つとき躊躇せぬこと
※この歌について太田宣子さんが「条件は悪を討つとき涙すること」と別案を示されて、こちらの方がすっきりして上手いと思いました(そうだお礼を書いてない)。しかしこの歌は、この募集のグロテスクさ、不気味さ、一見の正しさ、みたいなところをかもしたい歌だったので、たぶんそこらへんが下手さなのかもしれません。
(ただ、逆に読むと、太田さんの募集で入ろうと思う人の方が、グロいとは言えるかもしれません)
「癒」
ティーバッグをきみは三杯目も好きで白湯に近づくあたりが癒し
※じゃあ最初から白湯のめよ、とはならないんすよね。
「税」
大型のパロットだから分かるんだ税込価格がまた安くなる
※大型の鳥は、誰でも飼えるものじゃないですからね。
2016年12月10日土曜日
2016年11月うたの日自作品の30首
「速」
倍速で観るドキュメンタリーで泣くリプレイすればリプレイで泣く
「回」
憎しみがいつから首の綱になり回ってしまう離れきらずに
「北」
東にはいきおいが西はやすらぎが南はたのしさが、北は寒い
「集」
ゾウ好きな彼女が出来てゾウグッズを集めるお前、前はペンギン
「音」
山芋の千切りポン酢シャキシャキとモクシャキモクと、海苔は消音
「カード」
入館のカードのカバンを間違えて我もカバンも偽物である
「包」
うすぎぬのそれよりうすき物理的にみえないものが包むのが愛
「連絡」
まだたぶん地上にいると思うけど連絡電波を日に2度飛ばす
「棘」
出し入れの自由な棘を持っていてだいたいきみの距離まで伸ばす
「自由詠」
山賊焼きにかぶりつきつつ大国の七十歳の野心羨(とも)しき
「トランプ」
合宿の一日目だけトランプは盛り上がりたり残りはスマホ
「親」
親に向かって折りたたみ椅子を投げつけた痛みが親亡きあとに激痛
「?」
ジェンダーの話だろうか、なんとなく疑問で男、こたえはおんな
「私」
植物の枯れゆくようにどこからというでもなくて毀(こぼ)ちてわたし
「悪」
腹が減っては悪事もできぬとキッチンで袋麺さがす、正しく作る
「白菜」
情勢の意見にズレのある兄と浅漬けの白菜を突(つつ)きつ
「アスファルト」
ここからはアスファルト舗装されてないみみみちですすきだだききみがが
「象」
絶滅したらもう俺たちは捏造だこの長い鼻の骨なんてない
「枯れる」
霧吹きでもうやめようよびしょびしょの枯れる兆しのパンダガジュマル
「正義」
大募集:正義の味方,条件は悪を討つとき躊躇せぬこと
「飼」
三年で死んじゃったんだ、飼っていた想いはいつか弱りはじめて
「夫婦」
先進的過ぎない音を聴きながら夫婦の夜のゆるいドライブ
「ばね」
君の家けっこうでかいけっこうでかい二匹のばねのこれは歓迎?
「平仮名だけの歌」
もつもつともっともっとともつなべのいいたいことをいつまでもかむ
「じゃん」
サザン流れてかならず横浜民謡と言う店長の生まれ座間じゃん
「女子高生」
制服を着て女子高生になることの耐えられない日やすらかなる日
「魚偏」
生きることの双六でかなり間違えて魚偏まで戻されてゆく
「癒」
ティーバッグをきみは三杯目も好きで白湯に近づくあたりが癒し
「山手線」
吸って吐いて吸って吸って吐いて吸って山手線一時過ぎには全部吐ききる
「税」
大型のパロットだから分かるんだ税込価格がまた安くなる
倍速で観るドキュメンタリーで泣くリプレイすればリプレイで泣く
「回」
憎しみがいつから首の綱になり回ってしまう離れきらずに
「北」
東にはいきおいが西はやすらぎが南はたのしさが、北は寒い
「集」
ゾウ好きな彼女が出来てゾウグッズを集めるお前、前はペンギン
「音」
山芋の千切りポン酢シャキシャキとモクシャキモクと、海苔は消音
「カード」
入館のカードのカバンを間違えて我もカバンも偽物である
「包」
うすぎぬのそれよりうすき物理的にみえないものが包むのが愛
「連絡」
まだたぶん地上にいると思うけど連絡電波を日に2度飛ばす
「棘」
出し入れの自由な棘を持っていてだいたいきみの距離まで伸ばす
「自由詠」
山賊焼きにかぶりつきつつ大国の七十歳の野心羨(とも)しき
「トランプ」
合宿の一日目だけトランプは盛り上がりたり残りはスマホ
「親」
親に向かって折りたたみ椅子を投げつけた痛みが親亡きあとに激痛
「?」
ジェンダーの話だろうか、なんとなく疑問で男、こたえはおんな
「私」
植物の枯れゆくようにどこからというでもなくて毀(こぼ)ちてわたし
「悪」
腹が減っては悪事もできぬとキッチンで袋麺さがす、正しく作る
「白菜」
情勢の意見にズレのある兄と浅漬けの白菜を突(つつ)きつ
「アスファルト」
ここからはアスファルト舗装されてないみみみちですすきだだききみがが
「象」
絶滅したらもう俺たちは捏造だこの長い鼻の骨なんてない
「枯れる」
霧吹きでもうやめようよびしょびしょの枯れる兆しのパンダガジュマル
「正義」
大募集:正義の味方,条件は悪を討つとき躊躇せぬこと
「飼」
三年で死んじゃったんだ、飼っていた想いはいつか弱りはじめて
「夫婦」
先進的過ぎない音を聴きながら夫婦の夜のゆるいドライブ
「ばね」
君の家けっこうでかいけっこうでかい二匹のばねのこれは歓迎?
「平仮名だけの歌」
もつもつともっともっとともつなべのいいたいことをいつまでもかむ
「じゃん」
サザン流れてかならず横浜民謡と言う店長の生まれ座間じゃん
「女子高生」
制服を着て女子高生になることの耐えられない日やすらかなる日
「魚偏」
生きることの双六でかなり間違えて魚偏まで戻されてゆく
「癒」
ティーバッグをきみは三杯目も好きで白湯に近づくあたりが癒し
「山手線」
吸って吐いて吸って吸って吐いて吸って山手線一時過ぎには全部吐ききる
「税」
大型のパロットだから分かるんだ税込価格がまた安くなる
2016年12月4日日曜日
2014年11月作品雑感。
小説とは、文字通り「小さな説」である、つまり、文学とか、たいそうな話なんかではなくて、ちょっとした言葉のつくりものなんだよ、みたいな言葉だったのが、明治時代に、西洋のnovelの訳にすることで、立派な文学になってしまったんだが、長編小説って、長いのか小さいのか、よく分からないよね。
短歌というのは、これまた、明治の文学運動の中で、和歌ではなく、短歌という文学になってしまった言葉で、「短い歌」なんだけど、長歌に対しての短歌というより、使用文字の「短い」という意味になっている。(長歌に対してはもともと反歌であるし)
和歌って言葉は、「この国の歌」という意味であり、あきらかに、「漢詩」を意識して生まれた言葉であるので、短歌にも、明治の、対外的な意識のなかで、「短さ」を逆手にとったプライドがある言葉なのかもしれない。
所詮短い歌だなあ、という気持ちこそが、短歌的なのかもしれない。
自選など。
口をぱくぱくさせては歩く老人の霊薄(うす)らえば機構あたらし
消えていい写真を撮ってライフログは究極のわがひつまぶし食う
オフィーリアも日本語ならばどんぶらこどんぶらことて流れ揺蕩(たゆた)う
やくたいもないこっちゃなどと言い捨てて店出るように秋をはや去る
足首の太き女を走らせてピカソが描く古代の偽造
連鎖する事物の不思議に子は酔いてしりとりはりんごゴリラはラッパ
民主主義は素人がそれを選ぶこと、紫陽花は雨に濡れて色増す
本人は知らずわざわざ言うこともないが若さは光るってこと
通勤のときどき見しが今は見ぬ薄倖そうな一重の美人
草莽(そうもう)のいや莽蒼(もうそう)の郊外のエノコロの生えた国道さびし
夕日差すテーブルに林檎褪(あ)せまるで塚本邦雄的ひややかさ
米塩(べいえん)のひとつぶもなき貧困はあらねどコンビニ明るく遠き
新しい長靴買って雨を待つ少女のごとし、ストーブポチり
※この「ポチる」(ネットで注文をする)は、あと何年使える動詞だろうか。
夢にても古書店でこの本を選(えら)み購(か)う直前に棚に戻せり
モンキチョウがしばらくわれに並走し異なる論理でそのまま去れり
露悪にも露善にも飽き、ネットにもサイト枯れゆく秋の来るなり
言い切っては美しい日本語でないかもとかもしれないといえるともせず
サザンでいうとアルバムの中に時々の桑田が歌ってない曲の感じ
短歌というのは、これまた、明治の文学運動の中で、和歌ではなく、短歌という文学になってしまった言葉で、「短い歌」なんだけど、長歌に対しての短歌というより、使用文字の「短い」という意味になっている。(長歌に対してはもともと反歌であるし)
和歌って言葉は、「この国の歌」という意味であり、あきらかに、「漢詩」を意識して生まれた言葉であるので、短歌にも、明治の、対外的な意識のなかで、「短さ」を逆手にとったプライドがある言葉なのかもしれない。
所詮短い歌だなあ、という気持ちこそが、短歌的なのかもしれない。
自選など。
口をぱくぱくさせては歩く老人の霊薄(うす)らえば機構あたらし
消えていい写真を撮ってライフログは究極のわがひつまぶし食う
オフィーリアも日本語ならばどんぶらこどんぶらことて流れ揺蕩(たゆた)う
やくたいもないこっちゃなどと言い捨てて店出るように秋をはや去る
足首の太き女を走らせてピカソが描く古代の偽造
連鎖する事物の不思議に子は酔いてしりとりはりんごゴリラはラッパ
民主主義は素人がそれを選ぶこと、紫陽花は雨に濡れて色増す
本人は知らずわざわざ言うこともないが若さは光るってこと
通勤のときどき見しが今は見ぬ薄倖そうな一重の美人
草莽(そうもう)のいや莽蒼(もうそう)の郊外のエノコロの生えた国道さびし
夕日差すテーブルに林檎褪(あ)せまるで塚本邦雄的ひややかさ
米塩(べいえん)のひとつぶもなき貧困はあらねどコンビニ明るく遠き
新しい長靴買って雨を待つ少女のごとし、ストーブポチり
※この「ポチる」(ネットで注文をする)は、あと何年使える動詞だろうか。
夢にても古書店でこの本を選(えら)み購(か)う直前に棚に戻せり
モンキチョウがしばらくわれに並走し異なる論理でそのまま去れり
露悪にも露善にも飽き、ネットにもサイト枯れゆく秋の来るなり
言い切っては美しい日本語でないかもとかもしれないといえるともせず
サザンでいうとアルバムの中に時々の桑田が歌ってない曲の感じ
2016年12月3日土曜日
2014年11月の60首
精神の痛みも痛み、耐えながら噛むくちびるは白き表示の
人工と自然のじつに猥褻で率直な景をみたき霜月
野良猫の小さい方は飛び跳ねて喜んでいるかゆい世界に
口をぱくぱくさせては歩く老人の霊薄(うす)らえば機構あたらし
球に住む生き物なので地揺るるを理解はするがもういやである
責任感を半分にして傾(かし)ぐほど世界はお前のせいじゃないから
消えていい写真を撮ってライフログは究極のわがひつまぶし食う
落ちているアイス棒にも蟻の来ぬ世界はさむし、あい嘗(な)めなくば
人間のさとりはたかが知れていて生を愛せよ死を愛すまで
オフィーリアも日本語ならばどんぶらこどんぶらことて流れ揺蕩(たゆた)う
食欲の否体重の危急なる秋(とき)ならぬ秋(あき)、空腹に耐う
真白なる心の皮で隠しいる、餃子の餡を包む感じで
人生に向きあうごとき丼のもう少しちゃんと噛まねばならぬ
世界にひとつだけかもしれぬ花枯れて緑も減ればセピヤへ至る
やくたいもないこっちゃなどと言い捨てて店出るように秋をはや去る
足首の太き女を走らせてピカソが描く古代の偽造
理屈ばかりが時を得顔の時代ゆえ感情薄きヒロインぞ美(は)し
進むのが壊すのに似てこれ以上行きたくないと口には出さず
先ほどの見過ごされたる赤色のゴリラばかりの毎日を生く
真実の言葉を君は待っていて、われの番かはふりみふらずみ
連鎖する事物の不思議に子は酔いてしりとりはりんごゴリラはラッパ
民主主義は素人がそれを選ぶこと、紫陽花は雨に濡れて色増す
ポエティックが耐えられないと言うに言えず詩人は文字を書いては消して
本人は知らずわざわざ言うこともないが若さは光るってこと
世界から取り残りゆくめじるしのトリコロールのマフラーぬくし
生きることの土性骨弱きわれわれの承認自殺の呼び名いろいろ
恥部のごときあかき葉落とし植物はわれわれにない秋の姿す
年波に、削られてゆく白砂の松並木歩くわれは肥えゆく
通勤のときどき見しが今は見ぬ薄倖そうな一重の美人
草莽(そうもう)のいや莽蒼(もうそう)の郊外のエノコロの生えた国道さびし
夕日差すテーブルに林檎褪(あ)せまるで塚本邦雄的ひややかさ
当然のように実際とうぜんに肩に載る鳥ちゅんという顔
米塩(べいえん)のひとつぶもなき貧困はあらねどコンビニ明るく遠き
舌の上で海苔を破(わ)りつつ萌(きざ)しくる思いを酒で泳がせてみる
新しい長靴買って雨を待つ少女のごとし、ストーブポチり
灘のごと押し寄せくれど飲み込まずかくして保(たも)ちいたるかたちは
CM上の演出ですと右下に書いてあるがに葉の降る秋ぞ
一ダースでも君を飲み干すと歌うのを彼女の細い声を朝聴く
渋滞がうれしいと歌うポップスがあった気がする、渋滞ながし
知はここで食材となり大食いのファイトのような議論を眺む
夢にても古書店でこの本を選(えら)み購(か)う直前に棚に戻せり
モンキチョウがしばらくわれに並走し異なる論理でそのまま去れり
われわれは時流なればか未来には原発増やせの声たかまらん
ブルースに合わぬ酒にも酔いなずむかなしみが青になるということ
ポリューリョンの意味ぼんやりのだらだらの半身浴は冷えつつ温(ぬく)し
こぎとえるごすむこともなく端末を指でなぞっている子の現世
ピリピリと電気に覆われたる星の表面に生(あ)れ表面に消ゆ
何年もさみしさに身を曝されてさみしがり屋はさみしく酔えり
世界でいうと濁(にご)りらへんにいるわれがまだ死なないと決意しちゃうか
髪洗う女の絵だが、悲しみに似た愛のことが伝わってくる
モノレールのまなざしは鳥、表情のちょうど見えない距離で見る人
夢でみた彼女は誰だ、恋までの会話を氷水飲みながら
雨の日のマックにしのぎたる人の疲れも少し湿れる時間
露悪にも露善にも飽き、ネットにもサイト枯れゆく秋の来るなり
郷に入れば郷に従う上海の姉ちゃんといてグローバルなのか
言い切っては美しい日本語でないかもとかもしれないといえるともせず
サザンでいうとアルバムの中に時々の桑田が歌ってない曲の感じ
新しい曲が賛美歌っぽくなり賛美したきものわがうちにありや
鳥よわが肩にて満員電車から職場までちょんと遊びにくるか
植物に光呼吸のあるを知り闇呼吸とか調べるお前
人工と自然のじつに猥褻で率直な景をみたき霜月
野良猫の小さい方は飛び跳ねて喜んでいるかゆい世界に
口をぱくぱくさせては歩く老人の霊薄(うす)らえば機構あたらし
球に住む生き物なので地揺るるを理解はするがもういやである
責任感を半分にして傾(かし)ぐほど世界はお前のせいじゃないから
消えていい写真を撮ってライフログは究極のわがひつまぶし食う
落ちているアイス棒にも蟻の来ぬ世界はさむし、あい嘗(な)めなくば
人間のさとりはたかが知れていて生を愛せよ死を愛すまで
オフィーリアも日本語ならばどんぶらこどんぶらことて流れ揺蕩(たゆた)う
食欲の否体重の危急なる秋(とき)ならぬ秋(あき)、空腹に耐う
真白なる心の皮で隠しいる、餃子の餡を包む感じで
人生に向きあうごとき丼のもう少しちゃんと噛まねばならぬ
世界にひとつだけかもしれぬ花枯れて緑も減ればセピヤへ至る
やくたいもないこっちゃなどと言い捨てて店出るように秋をはや去る
足首の太き女を走らせてピカソが描く古代の偽造
理屈ばかりが時を得顔の時代ゆえ感情薄きヒロインぞ美(は)し
進むのが壊すのに似てこれ以上行きたくないと口には出さず
先ほどの見過ごされたる赤色のゴリラばかりの毎日を生く
真実の言葉を君は待っていて、われの番かはふりみふらずみ
連鎖する事物の不思議に子は酔いてしりとりはりんごゴリラはラッパ
民主主義は素人がそれを選ぶこと、紫陽花は雨に濡れて色増す
ポエティックが耐えられないと言うに言えず詩人は文字を書いては消して
本人は知らずわざわざ言うこともないが若さは光るってこと
世界から取り残りゆくめじるしのトリコロールのマフラーぬくし
生きることの土性骨弱きわれわれの承認自殺の呼び名いろいろ
恥部のごときあかき葉落とし植物はわれわれにない秋の姿す
年波に、削られてゆく白砂の松並木歩くわれは肥えゆく
通勤のときどき見しが今は見ぬ薄倖そうな一重の美人
草莽(そうもう)のいや莽蒼(もうそう)の郊外のエノコロの生えた国道さびし
夕日差すテーブルに林檎褪(あ)せまるで塚本邦雄的ひややかさ
当然のように実際とうぜんに肩に載る鳥ちゅんという顔
米塩(べいえん)のひとつぶもなき貧困はあらねどコンビニ明るく遠き
舌の上で海苔を破(わ)りつつ萌(きざ)しくる思いを酒で泳がせてみる
新しい長靴買って雨を待つ少女のごとし、ストーブポチり
灘のごと押し寄せくれど飲み込まずかくして保(たも)ちいたるかたちは
CM上の演出ですと右下に書いてあるがに葉の降る秋ぞ
一ダースでも君を飲み干すと歌うのを彼女の細い声を朝聴く
渋滞がうれしいと歌うポップスがあった気がする、渋滞ながし
知はここで食材となり大食いのファイトのような議論を眺む
夢にても古書店でこの本を選(えら)み購(か)う直前に棚に戻せり
モンキチョウがしばらくわれに並走し異なる論理でそのまま去れり
われわれは時流なればか未来には原発増やせの声たかまらん
ブルースに合わぬ酒にも酔いなずむかなしみが青になるということ
ポリューリョンの意味ぼんやりのだらだらの半身浴は冷えつつ温(ぬく)し
こぎとえるごすむこともなく端末を指でなぞっている子の現世
ピリピリと電気に覆われたる星の表面に生(あ)れ表面に消ゆ
何年もさみしさに身を曝されてさみしがり屋はさみしく酔えり
世界でいうと濁(にご)りらへんにいるわれがまだ死なないと決意しちゃうか
髪洗う女の絵だが、悲しみに似た愛のことが伝わってくる
モノレールのまなざしは鳥、表情のちょうど見えない距離で見る人
夢でみた彼女は誰だ、恋までの会話を氷水飲みながら
雨の日のマックにしのぎたる人の疲れも少し湿れる時間
露悪にも露善にも飽き、ネットにもサイト枯れゆく秋の来るなり
郷に入れば郷に従う上海の姉ちゃんといてグローバルなのか
言い切っては美しい日本語でないかもとかもしれないといえるともせず
サザンでいうとアルバムの中に時々の桑田が歌ってない曲の感じ
新しい曲が賛美歌っぽくなり賛美したきものわがうちにありや
鳥よわが肩にて満員電車から職場までちょんと遊びにくるか
植物に光呼吸のあるを知り闇呼吸とか調べるお前
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