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2018年10月13日土曜日

2016年12月の自選。

自選。

京橋で君と別れて片町線さびしき、今は違う名前か

気を抜けばクリスマスソング流れたる受付できみが気を抜いている

クラスタの涯まできみを連れてゆくつもりが行けど行けど中心

ポジフィルムと同じ情報量であるネガフィルムで今日のあなたは

まっすぐの飛行機雲もだんだんとほどかれてゆく文明もかく

悪意でもみどりに芽吹くことがあるこの雨でそれが元気にふたば

笑いあり涙ありの物語にて新参なのでぎこちないです

会うときはいつも飛行機が飛んでいてそういう土地ときみにさよなら

泣くときに鼻も流れる生き物としてある限り鼻垂らし泣く

鍋の中に昨夜のおでんが残ってて貨幣価値ではいくらよこのちくわ

三上寛と山下達郎が交互にてかかるスマホに悪意を感じ

「ガンバロー」から「バカヤロー」になるまでをたしかに頑張っていた柊(ひいらぎ)

プライドは猫背のように、治ったら自分でなくなるようにもみえて

天才の主人の苦悩を眺めたる犬のバンクオー長き舌をしまう

生命は生まれやすくて逝きやすい波なき湯舟をずばりとあがる

精神の住所は近いようなるに肉体のそれが二人を分かつ

ありがたい疲れたぼくに満月が死の銀色をわれに届かす

それはまるで奥田民生のカバー曲でみんな民生っぽくなるような

何色の字で惜別を書きましょう時代は口開けるだけで過ぎゆく

頑固なる汚れになってこびりつく恋と呼びいし黒いかたまり

一週間がこんなに早いということは世界が〆に入りたるかも

善ということではなくてわれならぬ命を守るとき生きている

何もかも投げ出したいと思う日のスープレックス、空が無窮だ

神の世を説きし約翰(ヨハネ)のはるかのち天国はないと歌いいし約翰(ジョン)

何も考えず歩こう何も考えず、考えぬとはどういうことか

軽自動車でふたりで眠るあの時が一番友情がやばかった

レトリーバーのドヤ顔、飼い主との散歩たぷたぷときみの満足つづけ

情報の商材として短歌とは一首5円になかなかならぬ

この家の寒天のようなかなしさとよそよそしさよ外で息する

5回くらい大きくぶつかることにより丁度良くなる、星の話ね

伸びるかもしれぬ心よ、伸びるならどこまで大きくなるものなるか

ブルターニュは島根みたいなとこだよと言われて分かったような分からん

意志がつよいことはさびしも鋭くも陽(ひ)に喜んでしたたる氷柱

どの神に従いたれば醜(しこ)となり賤(しず)となること望みて人は

我が内にギブミーチョコレイティズムとう心理のありて師走の夜寒

六時には百分待ちの回る寿司御用納めに消えるエビたち

あの世とのあいだに深い森があり行きたがる子は長生きしない

背景にさびしさ満ちている男、話しかけたらややこしそうだ

縁側に二匹の白い芝犬が足踏みしつつ散歩を待てり

2018年9月30日日曜日

2016年12月の123首。付け句祭り含む。

いまの夢を甘いものへと変えるため夜中にコップ一杯のコーラ

空想の否妄想の鷹や馬や海豚を走らせ捜すお前

その時にぼくは理解をしないだろう新しいってそういうことで

京橋で君と別れて片町線さびしき、今は違う名前か

根の深い悩みに母が住んでいてきみというより母からと聞く

気を抜けばクリスマスソング流れたる受付できみが気を抜いている

君は今日朝から違うと思ったら��が出ている感じじゃないの

クラスタの涯まできみを連れてゆくつもりが行けど行けど中心

ポジフィルムと同じ情報量であるネガフィルムで今日のあなたは

右に回し左に回して出でこないスティックのりを、塗れば使えた

不孝ゆえに孝をまぶしく見えるのに彼の家は当時光ってたのに

今だけを生きていたいと言っていたそういう過去を懐かしむとは

まっすぐの飛行機雲もだんだんとほどかれてゆく文明もかく

身に負えぬミスを成したる帰り道ドクダミの花を見惚れて立てる

夏生まれですってバイトのリムくんの熱帯地域のいつの夏だよ

悪意でもみどりに芽吹くことがあるこの雨でそれが元気にふたば

人間の命は甘美—。ゴータマの悟りはつまりこのことなるか

笑いあり涙ありの物語にて新参なのでぎこちないです

うすい膜をつついてとろり感情はつられはせぬよ垂らしつつ噛む

じゃあキミはほとんど東京娘じゃんと言われたらそういう顔だよね

会うときはいつも飛行機が飛んでいてそういう土地ときみにさよなら

出たー! 妖怪スマホいじりー! と子供が叫ぶ、大人が焦る

泣くときに鼻も流れる生き物としてある限り鼻垂らし泣く

約束をまだらに思い出している動物園の檻の夢にて

鍋の中に昨夜のおでんが残ってて貨幣価値ではいくらよこのちくわ

三上寛と山下達郎が交互にてかかるスマホに悪意を感じ

悲しいことをよく言う人だと思ったら作品なんだ、なんだ損した

老いのはなし健康のはなしする姉よ男の話は生々しいな

「ガンバロー」から「バカヤロー」になるまでをたしかに頑張っていた柊(ひいらぎ)

プライドは猫背のように、治ったら自分でなくなるようにもみえて

この指で人を差すのが失礼な時代も出しっぱなしで示指は

#追悼の前田短歌(2首)
結論はすでに出ていた、きみのみらいの幸せにまえだまえだはいない

厳密にはまえだまえだの兄であるまえだまえだの兄じゃないけど


天才の主人の苦悩を眺めたる犬のバンクオー長き舌をしまう

生命は生まれやすくて逝きやすい波なき湯舟をずばりとあがる

そもそもが反乱なのだ折りたたみ傘ではしのげぬ雨を行きつつ

どの線の人身事故か新宿が膨れあがってまるまる暑い

生存戦略を知らぬ子供が裸だと叫ぶ大人は止めねばならぬ

かき氷のサクレ食いつつ思わずに思うモンマルトルの誓いは

#空にはぷかりえびフライ雲(11首)
転校生の笑顔があると思いきや空にはぷかりえびフライ雲

犯人を雲で当てたる能力者、空にはぷかりえびフライ雲

神々も昼時は腹が減るだらう空にはぷかりえびフライ雲

予言では恐怖の大王くだる日の空にはぷかりえびフライ雲

とろろ蕎麦もけっしてまずくなかったが空にはぷかりえびフライ雲

(嫌なこと)ー(良かったこと)の本数で空にはぷかりえびフライ雲

あぁ聞いたことある豊作の年の空にはぷかりえびフライ雲

この呪いを誰かになすりつけるまで空にはぷかりえびフライ雲

僕の愛がきみには少し重そうで空にはぷかりえびフライ雲

遠距離のきみの写真のとなり誰よ空にはぷかりえびフライ雲

包まれていたのは僕のほうだった空にはぷかりえびフライ雲


精神の住所は近いようなるに肉体のそれが二人を分かつ

愛情は彼女にだってあったのだ、悪となるほど下手ではあった

ごりごりと固き抵抗に遭うまでは甘やかに裂くわたしのナイフ

パラリンとオリンできみが略すからふわっとネルフの地下の気配す

残念だこの「人間の評価関数」はかなりの精度にみえる

分身の術が使えるきみが好きだけど最近薄いね影が

ご当地の何もないけど白色のオイル時計をお土産にする

ありがたい疲れたぼくに満月が死の銀色をわれに届かす

離れればこの星もひとつ金色の光になるよわれわれもいつか

上弦の月でびいんと矢をはなち、射止めついでに殺してもいい

それはまるで奥田民生のカバー曲でみんな民生っぽくなるような

何色の字で惜別を書きましょう時代は口開けるだけで過ぎゆく

頑固なる汚れになってこびりつく恋と呼びいし黒いかたまり

水面からちゃぷちゃぷ底が見えぬように底流も上がよく分からない

一週間がこんなに早いということは世界が〆に入りたるかも

たすけてと叫びたいとき浮かびたる顔、顔、アイコン、顔、今日は止む

大事な時にいる人間に成るために今はさよなら、会えればうれし

正直に生きてええことあるかいな全部自分のせいにされんで(誠実に生きればいいというけれど自己責任の落とし穴あり)

塩分をこんなにとった夜の夢に白い地球であがく人類

土のような砂漠が続き2000年の雨に濡れつつ遺跡は黙(もだ)す

臭い物に蓋をするのだカラフルで匂いを忘れる強い力の

善ということではなくてわれならぬ命を守るとき生きている

何もかも投げ出したいと思う日のスープレックス、空が無窮だ

培養短歌2首
泣きながらきみのかけらを培養しそのコロニーに於母影をみる

寒空の、いな寒天に隔てられふたりは近くいながら逢えぬ

付け句祭り10首(#整理できたらいいのだけれど)
アカシックレコード? うちにありますよ整理できたらいいのだけれど

ケータイの切り替えとカレがずれててん整理できたらいいのだけれど

男女間の友情ある派ありえぬ派整理できたらいいのだけれど

安定剤的スイーツと別腹と整理できたらいいのだけれど

天国も地獄も和洋折衷で整理できたらいいのだけれど

死んだらば恥かく主体は無いけれど整理できたらいいのだけれど

断捨離とトキメキを二冊買う決意整理できたらいいのだけれど

一日は納得せねば終わらない整理できたらいいのだけれど

ハリーポッターとカバン? と石? の謎? 整理できたらいいのだけれど

このダンボールは引越しの時だけ開ける整理できたらいいのだけれど


神の世を説きし約翰(ヨハネ)のはるかのち天国はないと歌いいし約翰(ジョン)

何も考えず歩こう何も考えず、考えぬとはどういうことか

軽自動車でふたりで眠るあの時が一番友情がやばかった

結審のあとににやりとオレにだけなぜオレにだけ今でも思う

休日の午後の路地裏なつかしいわが諦めたバイエル流る

下駄箱の手を置くところのサボテンをずらせばその日に妻が戻せり

現実を上げるか下げるか透明の米の由来の水を注ぎつつ

助手席は彼女の寝場所だったから起きてられるとまだぎこちない

レトリーバーのドヤ顔、飼い主との散歩たぷたぷときみの満足つづけ

イブになってうろうろドンキホーテにて物色したる男が二、三

動き出した電車に人は手を振って日常はなんと黄金に満つ

情報の商材として短歌とは一首5円になかなかならぬ

タイムラインが幸せなイブの日よもっと難しいこと考えようぜ

コンビニのケーキが最近うまいんで今日もこれですフヒヒ、サーセン

ふいに君との絆を試されるように並ぶビニール傘よ、わからん!

この家の寒天のようなかなしさとよそよそしさよ外で息する

5回くらい大きくぶつかることにより丁度良くなる、星の話ね

伸びるかもしれぬ心よ、伸びるならどこまで大きくなるものなるか

ブルターニュは島根みたいなとこだよと言われて分かったような分からん

#レなんとか看板
レなんとか看板レなんとか看板この石橋を叩くのヤメレ

レなんとか看板レなんとか看板この死神はレを振り上げる


意志がつよいことはさびしも鋭くも陽(ひ)に喜んでしたたる氷柱

恋のつぎに憎しみがきていいじゃない、やがて懐かしい無関心まで

松飾り並べはじめた花屋にも奥には美しくシクラメン

中華まんと缶コーヒーをまだ寒い車の中で食べたらバイト

どの神に従いたれば醜(しこ)となり賤(しず)となること望みて人は

我が内にギブミーチョコレイティズムとう心理のありて師走の夜寒

六時には百分待ちの回る寿司御用納めに消えるエビたち

自己嫌悪の薄暗い火を受けとってこの火は身を焼きながら凍える

それはいまのあなたの最新情報で次の更新はいつ頃ですか

あの世とのあいだに深い森があり行きたがる子は長生きしない

背景にさびしさ満ちている男、話しかけたらややこしそうだ

道の向こうで待つきみの上にいる紳士、赤く光ってまだ進めない

いつも通り悔いと希望を残しつつちょっと苦しく痛いくらいで

いままでで今年が一番いい年であるのだ進歩ということでなく

戦争に負けそうなころ思うべしこの国はやはり以和為貴まで

縁側に二匹の白い芝犬が足踏みしつつ散歩を待てり

青空に笑顔、の代わりにツイッターのアイコン、なんてならないように

2018年1月8日月曜日

2017年12月うたの日自選と雑感。

新年あけましておめでとうございます!

というのは、もう書きましたね。今日はもう成人式ですし。
今年の成人は123万人で、昨年の出生数は100万を割ったニュースがありました。
今日の成人が40歳になる20年後は、80万人を割るかもしれない。そうすると出生数は75万人を割る。
もちろん未来には何が起こるかわからないので、上昇に転ずることがあるかもしれない。

今年の成人で、こんご、短詩型文学に深くかかわる人はどれくらいいるだろう。

現代は、娯楽が多い時代なので、その時間を、短歌に使う人は、決して多くない。今年、短歌は、どんな変化をするであろうか。それとも、しないであろうか。


自選。

「順」
先どうぞお先にどうぞ西の空が染まって沈み順番どおり

「凡」
いてふさえ同じ形にあらざるに凡そわたしは誰かの代わり

「自由詠」
おおかたが道を誤りゆくときにモアイ職人は良くモアイ磨く

「惜」
惜しまれることなく去っていきました私のことをちょっと見ました

「鼻」
一年が見下ろせそうな高さからわかった、鼻の差だったじゃん愛

「はちみつ」
はちみつの甘さに甘く包まれてやがて身動き出来ない甘さ

「さん」
ざらめ降るあられ食べつつ吉岡さんの指輪がないこと気づいてしまう

「たっぷり」
そうあしたたっぷりリンゴが届くので電話をするよ喜ぶだろう

「幻」
地図にない幻の島をぼくはつくりきみに食べさす、もんじゃともいう

2017年12月のうたの日の自作品31首。

「走」
犯人は逃走中でぼくは膝を落としてガチョーンのような手つきで

「希望」
レアチーズケーキにエスポワールとかたいそうな名の(ひと口)マジだ

「順」
先どうぞお先にどうぞ西の空が染まって沈み順番どおり

「プランクトン」
「オッケーグーグル、プランクトンの作り方」「あなたはもしや神になる気で?」

「利」
兄弟だもんなあこんな状態で利害はひとまず置いた笑顔で

「凡」
いてふさえ同じ形にあらざるに凡そわたしは誰かの代わり

「堅」
山茶花の花よりも葉を思わせて触れて実感したき堅さは

「電話」
聴き取れぬほどかすかなる告白もエシュロンにしかと傍受されおり

「砂糖」
あの雲が砂糖となって降ってこいベタつかないさメルヘンだもの

「自由詠」
おおかたが道を誤りゆくときにモアイ職人は良くモアイ磨く

「罪」
地下の壁を濡らして苔も生えているが光りはしない罪のバレねば

「惜」
惜しまれることなく去っていきました私のことをちょっと見ました

「絆」
箸で上げると絆がぶらり繋がってる、端から順に食べるからいいよ

「自由詠」
気まぐれなきみの気ままな左目に生真面目だった記憶がきらり

「左」
左翼右翼がうまくばたばたやり合ってほんとにこれは飛べるだろうか

「銀」
きわまった世界のようだ銀色にスプレーされた樹木おそろし

「章」
間違ってもあははって言えばうれしくて章魚(たこ)はどの手で頭かくかな

「鼻」
一年が見下ろせそうな高さからわかった、鼻の差だったじゃん愛

「園」
一瞥で恋を知るまでマリユスはもの思いつつゆく苗木園

「マッハ」
きみのもとへ心はマッハで飛んでゆく、かなりうるさいけど受けとめて

「同」
この道を同じ思想で歩みいしがこの先も同じ道は歩こう

「酸」
褒められて嬉しいときの酸っぱそうな顔があなたの来歴いとし

「はちみつ」
はちみつの甘さに甘く包まれてやがて身動き出来ない甘さ

「七面鳥」
極東のわれら犠牲は少なくて年の瀬サンダース氏に遥拝

「さん」
ざらめ降るあられ食べつつ吉岡さんの指輪がないこと気づいてしまう

「象」
鼻もないきみたち人の悲しみも大きいなんて鼻で笑った

「たっぷり」
そうあしたたっぷりリンゴが届くので電話をするよ喜ぶだろう

「事」
思うのだロフトからしろい顔を出し「来る?」って言われ断ったこと

「コタツ」
申し訳ございませんと言いたげにコタツから覗くきみカタツムリ

「幻」
地図にない幻の島をぼくはつくりきみに食べさす、もんじゃともいう

「暮」
残る日はになにをくれるというだろう暮れてゆくのをおろおろ待てり

2018年1月2日火曜日

2015年12月の自選と雑感。

謹賀新年。本年も、ゆるゆると、おつきあいいただければ、さいわいでございます。

結局、昨年を振り返るのも中途半端になってしまって、いろいろありましたですね。

何が有りましたっけ? 歌会こわいなどの時評問題などの、新聞、雑誌、結社誌からの話題がツイッターで急速に消化されるような現象がちょいちょいありましたね。

テルヤ的には、万葉読みを中断し、うたよみんのあいうえお短歌を5周で終え、日付と時事短歌を止めました。それから、不自由律短歌や、返歌球を試みたり、いちごつみに乗っかったりしました。noteで連作の試みもしてたな。
あ、コレイイナたんが誕生したのが、一番大きいかも(笑)。

今年も、わたしも、あなたも、ちょっといいよそ見の時間がありますように。


2015年12月の自選。

思い出の消去ボタンが作られて、今間違えて消した気がする

人生は有限だった、日常が無限っぽくていつも忘れる

この山はドクロの花が咲くらしいああこれツツジと読むのか、だよね

ドクロ山の坂の途中でませていた君にほっぺを舐められたこと

眠るとは死んでいるんだ明日はやく生まれるために今日はやく死ぬ

木守柿にはあらざれど点々とだいだい色の灯る夕暮れ

人生は肯定された! あとはまぁ長からず楽しんでおいでよ

死に方の未確定なるひとびとの孤独だったりじゃれあうを見る

夜の空があまりに黒い色なのでもうぼくたちは死んでいたのか

ひさかたのひたひたの雨、植物が嬉しそうにてわれは冷えおり

横断歩道歩き出したるセキレイの半ばにてやはり飛びたちにけり

入力の指が「ひゃほお」と打ち込んでヤフーが出るのでひゃほおと思う

もう前に進みたくないぼくといて君が隠れて見ている明日

ぼくはぼくの天才歌人万葉のジャンルでいえば挽歌に近き

飛び降りて君はすぐ死ねただろうか森の夜の冷たい雨おもう

ときおりに君に流れる方言のすこし遅めの空間を好く

退屈とスリルのはざま、バッハとはたしかに憧れいたる青年

ぼくたちは空を見上げずうなだれて端末に明日の天気を訊けり

しずかなる家に砧の音たてて人待つような君にあらなく

内臓が同じつくりであることが不思議、機能のうえに生きつつ

一村とアンリルソーの東西というか南北の違いをおもう

いろいろをぼくは忘れて生きている被害よりなお加害について

年末のオレンジ色の空もいい、人間にとって終わりの時期に

思わずに呼びかけている神様よ一気にどんとやってくれぬか

2018年1月1日月曜日

2015年12月の62首。

にんげんに蛇の道とか蝶の道、わが眼前に自然はひらけ

天才的敗戦処理のピッチャーのその才能を潰す努力は

きみの上をすべり落ちてくぼくはまだ言葉を立てているのだけれど

思い出の消去ボタンが作られて、今間違えて消した気がする

人生は有限だった、日常が無限っぽくていつも忘れる

人ひとり入れたらさみし、いちまいの風景の奥を歩いてゆかむ

ピラミッドパワー信じていた頃の四角錐から逃げしバッタよ

体調がとても良いので休みますやりたいことがなにもないほど

清志郎の上目遣いの顔をするオランウータンとやや見つめあう

この山はドクロの花が咲くらしいああこれツツジと読むのか、だよね

身に付けた金属だけが光りおり帰り道ついに言ってしまえば

ドクロ山の坂の途中でませていた君にほっぺを舐められたこと

眠るとは死んでいるんだ明日はやく生まれるために今日はやく死ぬ

木守柿にはあらざれど点々とだいだい色の灯る夕暮れ

飴なめるときくちびるを尖らせる君はまんざらでもないデート

人生は肯定された! あとはまぁ長からず楽しんでおいでよ

関係がぶち切られそこの痛みつる傷口は見えねども赤かり

そうやってすぐに自分をいじめるのパノプティコンっていうんだってさ

愛情を一方的に求めては叫ぶ一羽の鳥から習う

浴槽でくしゃみをすれば大波の被害甚大にて顔沈む

黒髪の黒い長靴の女の子頭を振って踊りはじめる

朝の鼻をかんで赤きが混じるとき検索をする加湿器がある

死に方の未確定なるひとびとの孤独だったりじゃれあうを見る

夜の空があまりに黒い色なのでもうぼくたちは死んでいたのか

人生がメロディとして、上昇も下降ももがき来て無伴奏

いさましき高温が耳を通りぬけ朝から平沢進はたのし

もうちょっとタナトスの水を浴びながら暗闇で目の光るのを待つ

芸術で飯を食ってはいけないと売らねば半泥子の名はあるか

小首傾(かし)げてみみずは思うこの時代の是非とそれから小首のことも

ひさかたのひたひたの雨、植物が嬉しそうにてわれは冷えおり

われを追い階段を登り来るサメの身の剥げてゆくあかき夢みる

人生のもろもろに「ごっこ」つけてゆきそれがイヤならそれが犯人

僕たちは比喩に覆われ剥きゆけばこんなに柔らかい生(せい)はジェル

横断歩道歩き出したるセキレイの半ばにてやはり飛びたちにけり

死ぬときにその後の世界を見せられてこれ知ってると思うべからず

福山を聴いているときイケメンの成分みたいなもの入らぬか

現実より景色を少し優先し書きとめている詩人のことよ

入力の指が「ひゃほお」と打ち込んでヤフーが出るのでひゃほおと思う

もう前に進みたくないぼくといて君が隠れて見ている明日

続くことを美徳にしてはならぬのでアプリの催促もスルーする

ぼくはぼくの天才歌人万葉のジャンルでいえば挽歌に近き

飛び降りて君はすぐ死ねただろうか森の夜の冷たい雨おもう

繊細な心いちいち傷ついてまだメリットの多ければなり

エゴとしていくさの遠いところにてくだらぬ生をたのしみたかり

オルガンが電気の音にひびくときバロックはふと前衛にあり

ときおりに君に流れる方言のすこし遅めの空間を好く

退屈とスリルのはざま、バッハとはたしかに憧れいたる青年

毎日を地味に地道に行く君に西洋長屋銀座へ誘う

火山とは火を吹ける穴、地の奥の黄色い闇は情熱に似て

グールドと嘉門達夫を勧めくるアマゾンよおまえ(すごい/ひどい)な

ぼくたちは空を見上げずうなだれて端末に明日の天気を訊けり

メゾチントで何度も強く押し込んだ闇のようなる夜かとおもう

親しきに礼あるごとく飼い鳥のつばさに触れる間もなく逃げる

しずかなる家に砧の音たてて人待つような君にあらなく

内臓が同じつくりであることが不思議、機能のうえに生きつつ

一村とアンリルソーの東西というか南北の違いをおもう

いろいろをぼくは忘れて生きている被害よりなお加害について

年末のオレンジ色の空もいい、人間にとって終わりの時期に

思わずに呼びかけている神様よ一気にどんとやってくれぬか

フォネティックコードの君のアドレスと気づいたけれど地雷であるか

ぼくの目が君を見るとき笑っちゃうほどみどりなり形容として

スライドショーに小田和正が流れいて現代の走馬灯であるか

2017年1月8日日曜日

2016年12月うたの日自作品と雑感。

新年あけまして、の挨拶はもうしたか。
今年の正月休みも、土日が入っていて、あまり長くなかったものの、すぐに連休が入っているので、ありがたいことです。

新年だから、というわけではないですが、新しい短歌、ということを考えてみる。新しい短歌、とは何でしょうか。初めて発表する作品は、ことごとく新しい(new)ですが、ここでいうのは、brand-new、いや、英語にするとちょっと自分もよくわからないのでやめよう、今までになく、それでいて、短歌としての本質がずれていないもの、でありましょう。
見たことがない表現や、いち早く流行語を取り入れたようなものも、新しいと言われがちですが、そういう新しさではない新しさ。(なんだかジョブズのプレゼンみたいになってきた。オールニューディザ〜イン)

それって、往年の<私性>論議でいうならば、新しい<私性>の創出がなされたとき、新しい短歌になるのかもしれない。

年を取ると、若い人が理解不能になってゆくのが人の常だが、じゃあ結局新しさとは"若さ"なのだろうか。
また、ネットの歌会などを見ていると、どうも、想定される<私性>の違いが、読みの評価につながっているようなところもあって、新しさとは"場"なのだろうか。
どちらもでもあるような気もするし、それだけではないような気もする。

自選など。

「半濁音」
半濁音の頻度の高い宇宙人、なのにどうしてこんな見た目か

 ※宇宙人に会うのは年々難しくなりそうだが、最初に会った彼(あるいは彼女)を、らしさのモデルケースにするのだろうか。

「自由詠」
ハムスターが回し車を走る夢覚めて回し車を走るハムスター

 ※胡蝶の夢という話があるが、現実も夢も同じならば、どちらが夢と確定できるのだろう。

「玄関」
玄関のドアに何かが掛けられて警戒しつつ見ればせんべい

「ブラジャー」
エビ天の衣ばっかり大きくて初めてきみに会った時のブ

「澱」
冬の夜の底方(そこい)に白い澱(おり)が降る冬眠できぬわれらはさみし

「劇」
この劇で私は籠の中の鳥たのしいけれどいつ終わるんだ?

「温」
冬に冷たく夏に熱めの便座野郎がこのビルにいるお前はなぜだ

「銀河鉄道」
しょうがない銀河鉄道なんだから行き先違いの永遠(とわ)なる別れ

「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」
アンドゥルル、スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス、短歌になるか!

「猿」
「左から、振り返らザル、悔やまザル、俯かザル、です」「わかりにくいよ」

「大晦日」
大晦日誰にも会わず考えるゴリラのような時間のように

2017年1月7日土曜日

2016年12月うたの日自作品の31首

「冬」
懐メロの英語の題がカタカナと中黒で書かれいるような冬

「AI」
衰えてゆく父の背を眺めつつ優しい気持ちになれよAI

「我慢」
突風はついには我慢できなくて俺にわざわざぶつかり昇る

「もみあげ」
もみあげよ決してお前のせいでない右より左が長くなるのは

「大学」
大学に来れなくなった後輩と格闘ゲームで負け続けおり

「蜂」
巣の場所がまたわからなくなりました最期に8の字に踊ろうか

「半濁音」
半濁音の頻度の高い宇宙人、なのにどうしてこんな見た目か

「布団」
お布団に電光パンチこの技は使う方にもダメージがある

「チョップ」
その気持ちに名前があると知らないでお気に入りのぬいぐるみをチョップ

「自由詠」
ハムスターが回し車を走る夢覚めて回し車を走るハムスター

「鳴」
川沿いをけもののように自転車で走る悲鳴は人間のもの

「玄関」
玄関のドアに何かが掛けられて警戒しつつ見ればせんべい

「残念」
おそろいの残念賞のストラップちぎれてしまうあなたをさがす

「姫」
東八の姫だった過去忘れられゴミ問題の西山議員

「ブラジャー」
エビ天の衣ばっかり大きくて初めてきみに会った時のブ

「銀」
年を降れば自動でそうなるわけでなく年降りてシルバーなる笑顔

「股」
褒めようとしてくれているAIの「小股が切れてますね」は惜しい

「反省」
定期的なリセットとして浴槽でがぱがばと言う反省の弁

「澱」
冬の夜の底方(そこい)に白い澱(おり)が降る冬眠できぬわれらはさみし

「劇」
この劇で私は籠の中の鳥たのしいけれどいつ終わるんだ?

「プリン」
分かりやすいおわびのプリンの分かりやすさ最後はそれも許せなかった

「インターネット」
インターネットのスイッチ切ってたましいがちゃんと戻れば愛しあえるのよ

「温」
冬に冷たく夏に熱めの便座野郎がこのビルにいるお前はなぜだ

「銀河鉄道」
しょうがない銀河鉄道なんだから行き先違いの永遠(とわ)なる別れ

「せん」
付喪神にはまだまだ及びもしませんが千日でこうもこじれた想い

「うたの日あるある」
会ったことも性別もよく分からないあなたの歌はらしくて好きだ

「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」
アンドゥルル、スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス、短歌になるか!

「末」
商店に祭りばやしがもう流れ世も末ならぬ年末である

「猿」
「左から、振り返らザル、悔やまザル、俯かザル、です」「わかりにくいよ」

「ピカソ」
印象派からの流れを人類は再考しようピカソの前で

「大晦日」
大晦日誰にも会わず考えるゴリラのような時間のように

2017年1月2日月曜日

2014年12月作品と雑感。

2017年明けましておめでとうございます。今年も生きとし生けるものすべてが、足りないのは足りて、弱っているものは元気になり、行き詰まっておればひらけるようになることを、願っています。

先月から、noteをはじめまして、ツイッター、ブログ、うたよみん、noteと、書き散らかしてしまってよくないなあと思っております。このブログは、ひとまず、過去作品とうたの日作品をまとめながら、ちょっとまとまった文章を書いたりする場として続けてゆくことになろうと思います。

2014年12月は、「第57回短歌研究新人賞父親のような雨に打たれて」石井僚一」で、短歌の虚構問題というのが話題にあがった。テルヤは、ちゃんとそれらを読みもせずに、ツイッターでふわっとこれについて思うことを書いて、togetterのまとめに追加されたりした、ということがあった。
一応まとめて上げておく。
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短歌の虚構問題、古くて新しいテーマかもね。ネットでしか情報収集してないけど、思うところあり。

短歌はどうしようもなく一人称の形式なのだけど、その<私>にはざっと数えても4つくらいある。

まず作中で名乗る①主人公的<私>。彼はその舞台を演じている。
次にその作品世界を物語る②地の文的<私>。彼は①を俯瞰して語ることが出来る。
ここから次元が2.5次元くらい上って短歌作品を詠む③ペンネーム的<私>。
そしてやっと3次元の、親から呼ばれたりする名前の④人間的<私>が表れる。

そして恐ろしいことに、短歌の読みは、虚構がそれとわかる仕掛けがない限り、①〜④の一貫性が要求されたり、前提として補われたりする。

また、別の言い方をすると、①を虚構にすれば②が、②を虚構にすれば③が、その虚構を保証しなければならない。

話題になった議論は、この④=③が、②の虚構(=事実)を保証しなかった、ということなのであろう。

虚構が含まれることは、創作には本来なにも問題がない。ノンフィクションであるという宣言をしない限りにおいて。しかし、短歌は、宣言がない限り、ノンフィクションとして読むことが前提になりうる形式だ。

だから、それとわかる仕掛けのないフィクションは、読者に「騙された」という感情をもたらしやすい。
逆に言うと、<私>の③④については、虚実入り混じる遊びというのを、短歌はしにくい形式であり、それは、この部分の「誠実さ」「覚悟」がこの形式を研いできた部分があるからだろう。

斎藤茂吉が母親を作品で一度しか殺せなかったのは①②の虚構は許されたが、③④の虚構は当時の短歌文学では不実だったからで、③④の虚構を保証する文体がなかったからとも言える。一方、現在は、苗字苗字みたいなペンネームの作者もいて、③のフィクション化は進んでいる。

それでも、いくつもの人生を演じた寺山修司でさえ、③寺山修司という一歌人の、一冊の伝記化は免れえない。

そうだ、われわれは、一つの短歌の背後に、一歌人を想定する段階から、まだ抜け出ていないのだ。

あと、ちょっと話が変わるけど、写真のコンテストでは、動物の赤ちゃんとか、外国の名所的な景色とかは、禁じ手とまでいわないけど、いかにもなので、避けられたりするとか。かわいいし美しいし、誰でも写真にするからありきたりというか。

新人賞作品でみんな身内が死んでたら、食傷するよね。あまり撃てないから、貴重な弾、というのは、実際、ある。虚構とか誠実さとか、そういうのとは別の話で。

虚構問題についてもう一言。きょうび、短歌のうまい人なんてツイッターで見るだけでも腐るほどいて、うまいだけでは歌人を名乗れない。歌人というのは、短歌の<私>の引き受け方ともいえる。

新人賞は、その点、どこかで「歌人を名乗る覚悟」みたいなものも見極める役割が負われているので、表現の虚構性というよりも、単なる"嘘"を忌避する心理は選ぶ側に生まれるだろうことは想像にかたくない。本質は、短歌のタブーとかルールというより、匿名側のモラルだったのかもしれない。
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短歌に限らず、作者と作品の距離の近いコンテンツは、作品が作者をのみこんでしまって、作者自体がコンテンツになる、ということは読者(消費者)の欲望として、否定できない部分がある。お笑い芸人やテレビタレントでも、その家族が登場することがあるが、あのプライベートを見せることのバツの悪さだって、今ではコンテンツ化していると言えなくもない。

で、やっぱり、どこのだれかさっぱりわからない人の短歌がタイムラインに流れてきても、それを正当に評価することなんて、ほとんど出来ないのだ。性別、年齢、環境、それぞれを、なんとなく想像しながら、それらを、読むのだ。

自選。

長野の画家は長野を描くというよりだんだん山をえがくようなり

ゴミ袋を猫かと思い二度見してゴミ袋だった夜のおはなし

そうそうに若くてチャラい彼のためこの席を辞す、外では宇宙

三鷹育ちの中学生の女子なればまだ渋谷へは母と行くべし

体温を地球に任せイグアナは暑けりゃ怒り寒けりゃさめる

工事済んで跡かたもないプレハブの詰所のようだ、想いの記憶

食物連鎖の牙で食われぬ悲しみが物語とう嘘を生みたり

オペラハウスを建てたる捕虜のときおりに忘れる飢えや寒さを思う

年ふれば玉の手箱の本当の意味が煙りの奥に見えおり

いきものが死んでいきものうるおえる連鎖に似たる思いか慈悲は

バルビゾン、ふるさとをそう呼んでいた君の地方の大雪の報

大統一理論以前もその以後も石にもたれて祈る景あらん

ごくごくと水飲んでいる加湿器のまだ生き物になるにははやく

冗談が意味深みたいになる夕べ、互いにスルーしてはいるけど

柚子二つ浮かべて夜の浴槽に回転させたりして無為香る

美しい廟ほどかなし、残された生者の悔いに似た大理石

朝の道に釘が一本落ちていてそれでもうまく動く世界は

電柱が電線もたず立ちいけり強さにみえて弱さにみえて

2017年1月1日日曜日

2014年12月の62首

雨上がりの眼前が少し眩しくてその眩しさの少しがすべて

ロボットが人間に近くなるよりも思慮なき生気(thoughtless vitality)に人が近づく

ネットワークに懐かしい人が現れていっとき心揺れればたのし

嘘の恋ではなかったわけではなかったと言えちゃうあたり、過ぎれば久遠

不審者のようにサンタがベランダを上がる電飾見れば師走

緑白のかみきりむしに立ちはだかれ大の大人が怯えていたり

懐かしい名前がわれを思いだし思いだされて、生きるはよろし

巡りめぐる卑屈と驕りこの歌の作者もそんな人だと思う

オイルヒーターゆっくり部屋をあたためてそれまで思いながらまた飲む

長野の画家は長野を描くというよりだんだん山をえがくようなり

ゴミ袋を猫かと思い二度見してゴミ袋だった夜のおはなし

底方(そこい)なる力持たねば地獄またアリ地獄なるアリの、♪ままのー

一票の軽さ軽みにいたるまでジャージで投票所の母校行く

お互いを思いやりつつ二人とも桁が見えない二人でもある

耄碌(もうろく)のようだが時間はあいつまで懐かしがらす、もう謝らず

そうそうに若くてチャラい彼のためこの席を辞す、外では宇宙

幸せは父が孤独に決めるべし学習机を夜、撫でながら

音楽は懐古の化石、現在をはけで払ってシンディを聴く

三鷹育ちの中学生の女子なればまだ渋谷へは母と行くべし

小骨多い魚の身をばひと飲みに飲み込むように日常まかせ

目の前の改札を上に跳びながら走って少女は大人らに消ゆ

なにもかも凍る冬ゆえ擬似相関なれど一人が気にかかりいる

スーパーにクリスマスソング流れそめケッと思ってそれも楽しい

本当は違う話がしたいのでテロリスティックな会話にいたる

体温を地球に任せイグアナは暑けりゃ怒り寒けりゃさめる

工事済んで跡かたもないプレハブの詰所のようだ、想いの記憶

天気がよい日の部屋にいて端末のタイムラインも見晴らしがよく

食物連鎖の牙で食われぬ悲しみが物語とう嘘を生みたり

花は咲く」聴くたびに涙ぐむわれのこのかなしみや希望は安(やす)く

記憶には表情よりも闇中の白い三角浮かぶ純情

銀紙を裂いてくしゃっとやるような歌声のああ、チャラっていうの

オペラハウスを建てたる捕虜のときおりに忘れる飢えや寒さを思う

年ふれば玉の手箱の本当の意味が煙りの奥に見えおり

いきものが死んでいきものうるおえる連鎖に似たる思いか慈悲は

バルビゾン、ふるさとをそう呼んでいた君の地方の大雪の報

宇宙より長い寿命を移動する陽子に意味をそろりと載(の)せる

熱帯のイグアナのまるでみずからの寒さの弱さを知らないままの

大統一理論以前もその以後も石にもたれて祈る景あらん

建物の影に割られて白黒のその明暗のゼブラゾーンの

さびしさに遺伝のあれば明るさのうしろのこれは父もだろうか

ごくごくと水飲んでいる加湿器のまだ生き物になるにははやく

冗談が意味深みたいになる夕べ、互いにスルーしてはいるけど

博愛か引きこもりかの極端な選択は実に彼には一歩

長寿への期待はありや残り柿いっしんについばむ雀瞶(み)つ

柚子二つ浮かべて夜の浴槽に回転させたりして無為香る

干物の背に食らいつく時、海面を切り裂くスリルの景浮かび消ゆ

美しい廟ほどかなし、残された生者の悔いに似た大理石

霧雨に蜘蛛の巣白く浮かびおりたましいの通りぬけたるごとく

きっと君を思い出さずに過ぎていく山下夫妻の稼ぐ季節を

生命樹という枝分かれのさびしさを植物はときに交叉(こうさ)するらし

三国志好きの父へと年末に赤兎の名前の酒をひと瓶

反論に同意しながらダーウィンが知りたきことの知りたさに打たる

諦観のいくつかはあのロボットの不気味の谷に似た生悟り

助け合いと殺し合いある人間(じんかん)の意図せずここに来た口ぶりの

感情に消えてゆくなる戦いと知りつつ引き止めたりまではせず

朝の道に釘が一本落ちていてそれでもうまく動く世界は

まだまだらなるかーちゃんの痴呆との応策として、同じ気づかい

電柱が電線もたず立ちいけり強さにみえて弱さにみえて

礼厳の血をまざまざと受け継ぐにあらねど与謝のふるさとに立つ

公園のベンチにまなざしがありて立つときはもう人として去る

階段をなぞって流れくる雨の平面は押され落下は無心

耳の裏にかなぶんぽろり自転車を降りて慌てる夏の思い出

2016年1月3日日曜日

2015年12月うたの日作品雑感。

9月の大阪文学フリマでうたの日というネット題詠歌会の存在を知って、飛び込んで参加させてもらってから3ヶ月とちょっと。お目汚しのような感じながら年を越しました。これからもどうぞよろしくです。

しま・しましまさんという方がうたの日の感想のブログを書いてらして、ときどきこの方に取り上げていただいて評を読むと、作者のてるやよりもいい作品解釈をしていただけるので(笑)、これはもうそういう作品にしてしまおうと黙って喜んだりしています。

基本的に褒められて喜ぶタイプです。褒められて伸びにくいのが残念です。

題詠のパターンというのは、いくつかあって、与えられた題を直接使う場合、言い換える場合、隠す場合、ひねる場合、音だけを採る場合、等々、題との関連があるならば、わりと自由度は高いのだが、題の自由度というのもあって、こっちは、自由度がたかすぎても、低すぎても、けっこう厳しい時がある。

たとえば漢字一文字の題は、熟語よりも自由度が高いが、熟語そのものを作るところから始まるので、意外としんどい。

「的」
師走なお休日なれば可及的ゆるやかに午後の湯舟のあくび

「まと」でもいいのだけれど「てき」にしてしまうと、一気に選択肢が広がって、なんでもありになってしまい、作品のストーリーを絞るところから大変になる。
逆に、自由度が低い、低いというか、課題性を含んでしまう題も、限定されてしまってつくりにくい。

「近くの公園でいちばん大きな樹」
鳥になった君を近くの公園でいちばん大きな樹の上で呼ぶ

上の作品は、いっそ課題をそのまま語彙として使ってやれっていうトリッキーな作り方をしてしまったが(鳥だけに)、つまり、題詠の題は方向性がゆるくてもきつくても、大変なのである。てるやにとってはね。

熟語がいいよ、熟語が。

自選。
「冬」
蒸し暑い電車の中で掌(て)にくれし白くすずしき冬をひと粒

「ブーツ」
少なくとも少しは頼られているか玄関にへたりこんでるブーツ

「DNA」
二重らせんのとおくはるかな食卓の食われる側へお辞儀して食う

「温泉」
海岸の海獣の群れにわれもいて温泉保養センターの午後

「遅刻」
ひざを組みあたまを両の掌(て)に載せて遅刻している雲を見ている


2016年1月2日土曜日

2015年12月うたの日作品の31首

「冬」
蒸し暑い電車の中で掌(て)にくれし白くすずしき冬をひと粒

「ブーツ」
少なくとも少しは頼られているか玄関にへたりこんでるブーツ

「コート」
本当は頼られてなどいないかもソファに折りかけたままのコート

「門」
裏門の駐輪場で冷えながら待っている重たいのは知りつ

「洗」
洗うたびお前は逃げて本棚の上の埃にまみれて怒る

「予定」
感情をここでスパッと打ち切ってそれでぼくらは変われる予定

「おまけ」
ウエハースに挟まれたチョコは美味しいがそのために買う人のあらなく

「定規」
こころとか残せないため全身の君に定規をくまなく当てる

「DNA」
二重らせんのとおくはるかな食卓の食われる側へお辞儀して食う

「住所」
電柱を気にして散歩する彼ににおいの濃淡である住所は

「キリン」
背の高い桐谷くんはなんとなく黄色が似合うそう呼ばないが

「俺」
少年は隠れ読みつつ育つべしたとえば俺の空、は古いか

「的」
師走なお休日なれば可及的ゆるやかに午後の湯舟のあくび

「ダンス」
入力の装置と思う、楽しそうな君のダンスの君の楽しさ

「後」
後ろにも目があるわけでないけれど君との距離はおよそ正確

「紅」
冷めている紅茶は渋し、しぶしぶと受けた用事がややややこしく

「編」
ビッグデータがおよそ未来を当てる日のぼくの死ぬ日は今日と出た編

「歯」
月に一度曲がって伸びるハムスターの歯を切る、褒美のゼリーのまえに

「温泉」
海岸の海獣の群れにわれもいて温泉保養センターの午後

「近くの公園でいちばん大きな樹」
鳥になった君を近くの公園でいちばん大きな樹の上で呼ぶ

「リモコン」
リモコンをわたしにむけて電源の赤いボタンを押せばさよなら

「遅刻」
ひざを組みあたまを両の掌(て)に載せて遅刻している雲を見ている

「吊」
つい冬は肩をまるめて歩くのでつむじあたりにフックが欲しい

「前」
メロディに乗る直前の低音を響かせてイケメン歌手っぽく

「おもちゃ」
おもちゃ屋があるのに子どもがおらぬ町、あるいは子どもが遊ばない町

「餌」
新製品のチョコレート菓子を餌にして話そうとしてくれたが逃げた

「名」
恐竜ハカセとかつて呼ばれていたのだがテレビのクイズで名を言えずなる

「バイオリン」
バイオリンの先輩に憧れて入りしがビオラを弾いていた三年間

「肉」
輪ゴムのような手首の線の幼な子よ肉というより水満(み)ついのち

「一番印象に残ってる先生」
涙ぐんで教科書を読む先生よ次の授業も泣くのだろうか

「大晦日」
寝転んで大つごもりのテレビ観る決意に声を与えないまま

2013年12月作品雑感。

あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いします。

年末、といっても3年前の年末の作品です。
年末というのは、次の月が明けてしまうものだから、より明けてしまう直前の、より暗い部分があったりなかったり。

  シネイドの少し甘えた声をして喪失を歌う、歌うほど憂し

照屋などはずっとシンニード・オコナーと呼んできたから、シネイド言われてもピンと来ないけれどねえ。いつぞやラジオを聴いていたら、シンニード・オッコナーと呼んでいる人もいたな。その人にとっては、オッコナーなんだろうね。

  軽妙に気持ちは沈む年ふれば季節天気が身に及びゆき

  無害また老害に似てさびしげな笑みなどはつゆ浮かべてならぬ

  衰滅(すいめつ)の正体を深く辿りいて思い当たりしひとつの不信

憂いというのは、老いというものとつながっていて、現代の日本の空気は、全体がそうでないにしても、とても老いを恐れているようなところがある。恐れているから、◯◯力みたいに逆説的にポジティブにとらえてみせるし、老害と嫌悪したりする。

むかしは痴呆症のことをボケと呼んだが、これはボケは病気ではなく、老人の一属性であったのだろうし、ボケててもそれなりに生きることが可能であったのかもしれない。(もちろん長寿によって深刻度は増しただろうし、迷惑やしんどさはあっただろう)

老いの問題は、たぶんもっと大きな日本の思想文化のひとつの現れ方にすぎなくて、自殺とか差別とか、フェミニズムとか、オタクとかと根っこでつながっているように思う。

はっきりとはよくわからないけれど、ここ数年、ネットなどの議論は、ずーと同じ話題が繰り返されているようにもみえる。

ま、新年のあらたな気持ちなんか、千年以上繰り返されているんだけどね。

自選。
  人心も自然の比喩であるならば明けない夜があったりもする

  小麦粉を水に溶きおりかつて人は錬金という救いに燃えつ

  来世にもこんな喧嘩をするのだろうテーブルに冷めた食事のような

  花笠の娘の踊り明るくて過去世の業を断ちゆくごとし

  本質に届かなくてもいい夕べ、小動物を撫でて酒飲む

2013年12月の31首

鈍色のうみそらを橋に巻きながら海峡の風は声に変われり

訛りたる老父の話をこたつにて聞くとき末っ子の顔がある

晴れたれば島がかすかに見えるとう島端にきて眺めては去る

喜ばしたき顔をいくつ浮かばせて花屋の赤と緑の人は

シネイドの少し甘えた声をして喪失を歌う、歌うほど憂し

アートとは刺激物にて名品に慣れた眼(まなこ)を知で初期化する

蔵のようなくらきところで泣いている怠惰不遜と人恋うこころ

人心も自然の比喩であるならば明けない夜があったりもする

好もしい人間はそう易くなし愚直にソ音で挨拶をすれど

小麦粉を水に溶きおりかつて人は錬金という救いに燃えつ

辿るならつらつらつらき時期なるを思い出はほんの数シーンのみ

軽妙に気持ちは沈む年ふれば季節天気が身に及びゆき

無害また老害に似てさびしげな笑みなどはつゆ浮かべてならぬ

来世にもこんな喧嘩をするのだろうテーブルに冷めた食事のような

衰滅(すいめつ)の正体を深く辿りいて思い当たりしひとつの不信

律儀なる生のかなしや、決めたことを迷いまよいて、まよいて守る

飲むような飲まないような夕方になんとかディンガーの猫が横切る

花笠の娘の踊り明るくて過去世の業を断ちゆくごとし

卑しき身を労働は救うかにみえて疲れて少し軽かるものを

至高なる落語に眠る、人間の業はサゲにて救われざるも

タクラマカンの語を検索す数刻前稚拙なる人のたくらみに遭い

寒く冷たく風また傘を押し引いて日本の今日の雨は悲しき

モノレールものもの進み鐵道よりのちの技術で遅きがたのし

いちねんも十日を切れば醤油の香ふとただよえり新宿駅に

磔刑のアイコンは祝を吸い続く咆哮の夜の絶えぬ種族に

おっさんもおおむね孤独、風来坊の顔して定食屋にくぐり入る

本質に届かなくてもいい夕べ、小動物を撫でて酒飲む

始まりは終わりの比推、なるゆえに今年の詩句は今年のうちに

テレビ欄の区切りが消えてだらだらの堕落の深き果てに決意は

並びいる土鈴かわゆし、めでたくて清しきものを魔は除けるらし

鬼どもを集めて語る来年の大法螺を仕込み楽しき真顔ぞ

2015年11月15日日曜日

2012年12月作品雑感。

短歌がハレからケに移行してひさしいという話を続けているが(この話題を続けるのね)、じゃあ、現代の日常って、ケなのかというと、それはそれで議論の余地があるよね。

世界にはニュースがあふれているし、自分の生活が地味であったとしても、なにかしら華やかなイベントに世間は満ちている。それは楽しいことばかりでなく、悲しいことも同様だ。いやむしろ、悲しみや不満の方が、何も起こらないわれわれをなぐさめるコンテンツとして優秀かもしれない。

  自らは何も負わずに待っている革命、目玉焼きの底は焦げ

この月は12月で、そして今から3年前の2012年。まだ震災、原発事故から2年経っていない頃だ。この時期に照屋がとった表明は、以下のような立ち位置だった。

  原発にあらあらうふふ、推進や脱や卒にも微笑むばかり

2015年11月の現在も、どこかで、全部が、ガラガラポンと一挙に問題解決するような期待感があるし、世界はいかにもいびつに動いているような感じがある。そう、もっと自分は賢いのだ、みんながそう思っている時代なのだ。

  空青く風は冷たし、幾たびの死を繰り返し此度も愚か

短歌はケのものになったが、日常はケではなくなった。民俗学用語であるハレとケではあるが、ここでいうハレは、おめでたいだけの意味ではなく、悲しみや死といった、マイナスの非日常も指している。てことは、やっぱり、この時期の照屋の暗い作品は、ケに入り込み、ケが枯れるのを、ケガレを待っている時期だったのだろう。

  ことのはの一輪のため内側にまだ不可触の沼地をもてり

  襤褸まとえば心も襤褸、さもなくば魂は裸にて屹立す

  人間愛を歌えぬ咎を詩型とか世相のせいにしてもう師走

自選は以下。

  動物は家に閉じこめうきうきと雨季は植物ばかり楽しき

  呑んだので無理ではあるが浜を噛む闇夜の波を見せたき夜更け

  洗面所で大口ひとつ、朝なので身内の闇に光いれおり

  滅亡の日の浴槽に浮かびたる柚子の掬われざる一千夜

  昭和生まれに昭和が遠くなりゆくを突風が帽子飛ばして、追わず

  始まりと終わりが寒い国にいて幸福とやらのこと思うなり

2012年12月の32首

母国語が同じなだけであったかと反論を書けど送信はせず

辺土にて夜ちびちびと舐めている孤独、朝には覚めるのである

自らは何も負わずに待っている革命、目玉焼きの底は焦げ

冷蔵庫以上冷凍庫未満の温度だと馬来の人に師走を伝えき

動物は家に閉じこめうきうきと雨季は植物ばかり楽しき

呑んだので無理ではあるが浜を噛む闇夜の波を見せたき夜更け

悲哀とか孤独で繋がりたかりしがはやばやと自死しやがった奴は

空想の悲哀をもいで歌を吐く擬似晩年の霧深からん

錆びついた我が実存にふつふつと泉涌くまで朝の祈りを

洗面所で大口ひとつ、朝なので身内の闇に光いれおり

原発にあらあらうふふ、推進や脱や卒にも微笑むばかり

空青く風は冷たし、幾たびの死を繰り返し此度も愚か

ことのはの一輪のため内側にまだ不可触の沼地をもてり

襤褸まとえば心も襤褸、さもなくば魂は裸にて屹立す

横たわりたがる身体を持ち上げて今日の終わりを終わるまで待つ

人間愛を歌えぬ咎を詩型とか世相のせいにしてもう師走

円熟と老化は同じ、みずみずしく未熟の脳を懐かしみつつ

つぶやきは蒼穹に満つはずもなくおぐらき溜飲下げて、さびし

壁のしみが魔仏となって一人(いちにん)をたぶらかすまで黙ってみおり

衰えて笑みなき師匠、生命の基(もとい)に不快の置かれしごとく

夢にあらわれ夢覚めてなお舌の上に続き流れたがるパルティータ

滅亡の日の浴槽に浮かびたる柚子の掬われざる一千夜

水平線の線を小指でひっかけて一気に啜って君を笑わす

二日酔いの脳が脈打ち人生は今が旬だと甘く囁く

あらあらはテンプレートの如く生き、追伸に個性らしき一行

コイン式駐車場には人の世ののちのごとくに風が回れり

昭和生まれに昭和が遠くなりゆくを突風が帽子飛ばして、追わず

人類に滅亡がわれに晩年が毎年ささやかれて微苦笑

死刑囚はおそらくはまず辞世から短歌を詠みて歌人となるも

おまえの中でおまえばかりが死にたがり塞いでいると夢で叱りき

始まりと終わりが寒い国にいて幸福とやらのこと思うなり

湧きあがる思念を抑え刑囚の記録を読めりおおつごもりに