2019年6月29日土曜日
2017年04月の自選。
自選。
またひとつ場所奪われて生き物は死ぬか逃げるか隠れるかする
現地人も神を信じるのだろうか蝋燭の火に揺れるラス・カサス
文字なんか残すものかとアンデスの文明は謎がニヤリとひかる
どの道も棲み分け論にいたる朝、公園の鳩がおこぼれを待つ
さかづきに桜と雪が落ちてきて、あれからやはり余生であった
手を汚したくないだけの反戦と好戦の二人気まずくなりぬ
茂吉翁の丸い背中の半纏(はんてん)に問う短歌また国家に資すや
排泄と喜怒哀楽がある限り人間平和の希望は捨てぬ
明るいが感情の起伏大きくてアン・シャーリーがこだわる綴(つづ)り
23時も新宿駅はうじゃうじゃでふたつめのじゃのあたりにわたし
内心の自由それから外心の不自由はとても笑顔がやさし
職場では「はい喜んで」「喜んで!」仕事終わったもう喜ばぬ
スワンボート人の少ないそれゆえに桜の少ない方へ切る舵
思い出にご笑納下さいってか上着を脱げばひとつ花びら
野良猫のような心を抱(いだ)こうとする野良猫のように逃げらる
桜より華やいで君ら若者が外側にあるもの愛でやすき
満員電車をエンジョイしてる白人の「ゴメンナサーイ」がほんといい顔
等身よりすこし大きい化け物と戦うときの人は舞うなり
天国の暮らしもここと変わらんよファミマもあるし金持ちもいる
AIに君のデータを流し込み人権が付与される日を待つ
テロリストもその被害者も運ばれてテロリストを先に助けてよいか
終わりまで楽しむことが知性だと生を叱られ泣いている夢
演歌だと君は心地もよさそうに「あなたについて行くわ」と唄う
強烈な破壊のあとに、ゆっくりとあなたを見つめる時間が出来た
争闘性を引けと鑑三記せるも流されざれば日蓮成るや
ほんとうにこの詰め将棋の詰まるのかわからぬままにそれではあばよ
人間がもっとけものになるまでを象は待ちおり鼻長くして
クレヨンに貼り付いた紙の内側でコクっと折れるような失恋
わたくしの知らない世界を調べよう、知らない単語で検索するだけ
産屋での座位分娩でひりだされおんならに見下ろされて命は
舌鋒の甘い男でいいじゃないか意見を求められるなき世に
夜のライトに我が目がぎらり、いつまでも平和にならぬ世界睨(ね)めつけ
人生が眠いと君が言っているつらいとき僕もそう言い換えた
君がいるのを待っていたような夕方のやっぱりカレーの匂いする路地
#中本速生誕祭
青空が爽やかだから寝転がりたんぽぽ指ではじく失踪
食べ物に霊位を与え食べる世にあらぬ、すなわちすべて食べ物
ああどうも八重桜さん昨年は醜い修羅場を見せちゃいました
原水協、核禁会議、原水禁、10年で分裂した願い
感動的な紋切り型でぼくたちはけっこう寒い海をみている
いい女が通りゆくまで道路工事のおっさんら目で見送る時間
馬の目のうるうるうると透明の涙の膜ぞ今から走る
社会学がかたっぱしから名付けゆく現象に名前ついてないのか?
石なげて人を追いやる思い出をこの村は忘れ春の夜昏し
狭いせまい空間で子と暮らしてるきみを連れ出す花一匁
大きくも小さくもなるが男とはやっぱりどこか丸大ハムだ
一行のよくわからないテキストをいつも書いてる人だ、あれなに?
僕の中に永遠をひとつ飼っていて僕が逝くとき笑ってみてる
異国語でわが感情を抱くことの月があり犬がいてわれいずこ
強い風をつよい気持ちで進みゆく目はモザイクを見るときにして
生きる気力のないのに生きるロジックはよ、国が生かしておくロジックはよ
なんとでも短歌にするよ悲しみも裏返したりやや逸らしたり
キジバトが窓の外では鳴いている彼らには人間をも自然
#自由律
花の盛りをほったらかして仕事
#無季を強引に季語化する
味噌汁が落ち着いてゆき春宇宙
#尻子玉俳句
第二ボタンください、それと尻子玉
おじいちゃんと二度目の別れ尻子玉
火にかけると一応あばれる尻子玉
#言うべきことはほかにあるのに
僕の方があなたのことを好きだった言うべきことはほかにあるのに
#今日もすてきな一日でした
ゴミ、たから、ゴミ、ゴミ、たから、たから、たから、今日もすてきな一日でした
生贄の美女に今年も選ばれず今日もすてきな一日でした
2019年5月19日日曜日
2017年03月の自選と雑感。
宮柊二だったっけ、短歌は小市民の文学というふうに規定していたような。こういう規定は、定義があいまいな上に、どこか引け目を開き直った物言いになるので、反発を受けやすい。
そもそも小市民というのはマスクス主義の言葉で、その前に市民階級というのがフランスの階級にあって、フランスの階級社会では、市民階級とは貴族階級と労働階級の間にあるものであったが、マルクス主義によると経済生産性の目から貴族階級と市民階級は同じ資本家市民階級まとめられて労働者と対立する概念になり、資本家ではないが労働階級とも言えない存在を、プチブルジョワ、つまり小市民と呼ぶようになったわけで、まずこの階級感が日本とは違うので、小市民と言われても、日本人には、嘉門達夫の、マイホーム主義な尖った表現を好まない凡庸さの謂(いい)として使われている。小市民ということが。
つぎに、文学だ。ロックンロールイズデッドじゃないが、文学は、文学とは現代において何であろうか。現代において、文学は、表現をおこなうにさいして、絵や音や形でなく、文字を選んだというだけのエンターテイメントなのではないか。エンタメでなければ、自己表現、あるいは、新しい物語創作。
文学って、なんなんだっけ。目の構造が、「見える」ということを規定するように、文学は、なにを規定するんだっけ。
文学は、まだ、生きているか。青いゾンビの肌をして、いないだろうか。青い肌だったら、ちゃんと殺してあげなくちゃ。
自選
いつまでも当選番号さがすようにスマートフォンをきみは見ている
カルピスは何倍がいい? きみのくれる短歌の濃度くらいでもいい?
個性などなくてよかつた夕ぐれのユーグレナけふ(今日)すじりもじりし
この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見るな
この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見るな
この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見たな
知の呪縛のように不可逆、玉手箱の白い煙のごとき認識
犯罪者が刑のかたちを決める夜人権はまだ生きてるつもり
月を取ろうとして海に入(い)り溺れたる猿を看取ってくれたる海月
合成の歌声じつに小気味よく火星探査車石蹴って往く
肩揉みが天才的にうまけれどロジックがない男を知れり
百年前は新宿だって牛飼いと牛がいたんだ都庁のあたり
キャッチーな詩を書くゆえかきみはあのまどみちおの絵が部屋にいちまい
のれんの絵を描いたのれんが飾られて向こうがなくてさみしいのれん
静脈がおれを認識しなくって、あれ、おれいつから甘んじて俺
食べ物を見る目をしてた、食べ物が権利を主張する間じゅう
称賛か失脚か風の吹き上がりやすい時代に目がすぐ乾く
電柱を描くか描かぬか写実的風景絵画の懐かしい嘘
春のころこの道を老婆ひとりゆきその道の果てにあり老梅樹
小学生を殺すほど認知あやしくてなお生き延びて人生ながし
洋服に洋画の陰影描き分けて夷酋列像(いしゅうれつぞう)赤き直立(すぐだ)ち
この国の混声合唱「死にたい」はスウェーデンとは異なるひびき
ビキニからの原爆マグロを眠らせて築地の朝はさっきまで夜
それゃあもうおれは「なかなか言いにくいことをおっしゃるご主人」だもの
自爆テロリストのVR映像を、終えて現実(リアル)がとても汚い
上等の日本酒舐めてきゅうと言うそういう男の列に連なる
美しい言葉と思う、運命を開くいのちを真剣と呼ぶ
エクレアのふわっとかなし人生のだれのせいにもせぬ指のチョコ
善人用優先席にみかけにはよらない人が足組んで座る
サンドボックスゲームをしつつ思い至る西洋のヒューマニズムの孤独
ジョルジュ・ビゼーは時代の何を飛び越えてぼくの意外な耳朶楽します
建物ごと虚空に上がる心地して窓全面を降るさくらばな
白目みたいな歌だよねってなんだようやっぱり短歌わかってんじゃん
星空を眺むるも科学なりし世に法則嗤うごとき極光(アウロラ)
この町の盛衰あるいは玄関が引き戸の率など知りたく歩く
ごきぶりや蚊が叩きつぶされるころダンプが野良を轢く日曜日
生命は波打ち際のなみがしら、吸ったぶんだけぶくぶくわらう
ガラス片敷かれた風呂に入るように過去のいじめを語る痛みは
一日休めば三日遅れる練習のエントロピーめエピメニデスめ
あまじょっぱい経口補水液のみてわが病身の内を濡らしつ
そうやって明るいきみに厳(かざ)られてゆくものをすこしうらやんでいる
アパートの庭にふたりは足浮かせにんげんのしあわせを語った
UFOは地球をながめ知的生命かつて有りきとして過ぎゆけり
二十代で国のかたちを先見し国成るまでに落ちたる椿
ぼくの部屋の階段をのぼる音がする音がしたまま部屋へ届かず
ビッグバン説まことしやかに否定する時代もありき、忘れられき
洗脳の装置とかいいながら観る、低レベルだと嗤いつつ観る
果敢だが彼は失敗するだろうその時のきみに届かぬ歌を
優しさはその後も優しくあるゆえに弱さとは似て非なる朝焼け
俳句
春菊の貼り付いて眠るまでの宵
半跏思惟像この春じゃないらしい
永遠の命をこばむほどに春
さっぷーけーおまへの部屋におまへと春
そもそも小市民というのはマスクス主義の言葉で、その前に市民階級というのがフランスの階級にあって、フランスの階級社会では、市民階級とは貴族階級と労働階級の間にあるものであったが、マルクス主義によると経済生産性の目から貴族階級と市民階級は同じ資本家市民階級まとめられて労働者と対立する概念になり、資本家ではないが労働階級とも言えない存在を、プチブルジョワ、つまり小市民と呼ぶようになったわけで、まずこの階級感が日本とは違うので、小市民と言われても、日本人には、嘉門達夫の、マイホーム主義な尖った表現を好まない凡庸さの謂(いい)として使われている。小市民ということが。
つぎに、文学だ。ロックンロールイズデッドじゃないが、文学は、文学とは現代において何であろうか。現代において、文学は、表現をおこなうにさいして、絵や音や形でなく、文字を選んだというだけのエンターテイメントなのではないか。エンタメでなければ、自己表現、あるいは、新しい物語創作。
文学って、なんなんだっけ。目の構造が、「見える」ということを規定するように、文学は、なにを規定するんだっけ。
文学は、まだ、生きているか。青いゾンビの肌をして、いないだろうか。青い肌だったら、ちゃんと殺してあげなくちゃ。
自選
いつまでも当選番号さがすようにスマートフォンをきみは見ている
カルピスは何倍がいい? きみのくれる短歌の濃度くらいでもいい?
個性などなくてよかつた夕ぐれのユーグレナけふ(今日)すじりもじりし
この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見るな
この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見るな
この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見たな
知の呪縛のように不可逆、玉手箱の白い煙のごとき認識
犯罪者が刑のかたちを決める夜人権はまだ生きてるつもり
月を取ろうとして海に入(い)り溺れたる猿を看取ってくれたる海月
合成の歌声じつに小気味よく火星探査車石蹴って往く
肩揉みが天才的にうまけれどロジックがない男を知れり
百年前は新宿だって牛飼いと牛がいたんだ都庁のあたり
キャッチーな詩を書くゆえかきみはあのまどみちおの絵が部屋にいちまい
のれんの絵を描いたのれんが飾られて向こうがなくてさみしいのれん
静脈がおれを認識しなくって、あれ、おれいつから甘んじて俺
食べ物を見る目をしてた、食べ物が権利を主張する間じゅう
称賛か失脚か風の吹き上がりやすい時代に目がすぐ乾く
電柱を描くか描かぬか写実的風景絵画の懐かしい嘘
春のころこの道を老婆ひとりゆきその道の果てにあり老梅樹
小学生を殺すほど認知あやしくてなお生き延びて人生ながし
洋服に洋画の陰影描き分けて夷酋列像(いしゅうれつぞう)赤き直立(すぐだ)ち
この国の混声合唱「死にたい」はスウェーデンとは異なるひびき
ビキニからの原爆マグロを眠らせて築地の朝はさっきまで夜
それゃあもうおれは「なかなか言いにくいことをおっしゃるご主人」だもの
自爆テロリストのVR映像を、終えて現実(リアル)がとても汚い
上等の日本酒舐めてきゅうと言うそういう男の列に連なる
美しい言葉と思う、運命を開くいのちを真剣と呼ぶ
エクレアのふわっとかなし人生のだれのせいにもせぬ指のチョコ
善人用優先席にみかけにはよらない人が足組んで座る
サンドボックスゲームをしつつ思い至る西洋のヒューマニズムの孤独
ジョルジュ・ビゼーは時代の何を飛び越えてぼくの意外な耳朶楽します
建物ごと虚空に上がる心地して窓全面を降るさくらばな
白目みたいな歌だよねってなんだようやっぱり短歌わかってんじゃん
星空を眺むるも科学なりし世に法則嗤うごとき極光(アウロラ)
この町の盛衰あるいは玄関が引き戸の率など知りたく歩く
ごきぶりや蚊が叩きつぶされるころダンプが野良を轢く日曜日
生命は波打ち際のなみがしら、吸ったぶんだけぶくぶくわらう
ガラス片敷かれた風呂に入るように過去のいじめを語る痛みは
一日休めば三日遅れる練習のエントロピーめエピメニデスめ
あまじょっぱい経口補水液のみてわが病身の内を濡らしつ
そうやって明るいきみに厳(かざ)られてゆくものをすこしうらやんでいる
アパートの庭にふたりは足浮かせにんげんのしあわせを語った
UFOは地球をながめ知的生命かつて有りきとして過ぎゆけり
二十代で国のかたちを先見し国成るまでに落ちたる椿
ぼくの部屋の階段をのぼる音がする音がしたまま部屋へ届かず
ビッグバン説まことしやかに否定する時代もありき、忘れられき
洗脳の装置とかいいながら観る、低レベルだと嗤いつつ観る
果敢だが彼は失敗するだろうその時のきみに届かぬ歌を
優しさはその後も優しくあるゆえに弱さとは似て非なる朝焼け
俳句
春菊の貼り付いて眠るまでの宵
半跏思惟像この春じゃないらしい
永遠の命をこばむほどに春
さっぷーけーおまへの部屋におまへと春
2018年10月1日月曜日
2018年07月のうたの日の自選と雑感。
そういえばうたの日のこちらの更新が6月分で止まっていた。
うたの日は2015年9月21日に始めて、満3年、連続で出し続けることができた。3年間、お世話になりました。といっても、歌を出すばかりで、投票や評もせず、自分勝手な出詠者ではありました。
そのうえ、コレイイナたん、(とのちに名付けられましたが)、という、見方によっては、うたの日の投票や評を否定するようなキャラクターを跋扈させてしまい、なかなか厄介な2次的存在であったかもしれません。不快な思いをした方にはすみません。
そして、面白がってくれた方には、とてもうれしかったです、そして、こちらも、続けられなくて、申し訳なく思っています。
うたの日3年目を区切りにするのは、数ヶ月前から考えていたことですが、9月に起こったさまざまな問題は、目にするたび口をはさみたくなるような嫌な出来事でした。
匿名で本人に言えないようなことを書くことは、なんと人を傷つけるものだろうと、あらためて驚く。しかも、戦い方がわからない。戦うものが馬鹿をみるような場所がある。
まあ、何年も前に、知り合いの歌人が同じ目にあったのを見たことがあって、そのときも、何も出来はしなかった。
ともあれ、照屋の後処理はもう少し残っている。それくらいは、ちょっとずつでも終わらせよう。
自選。
「見」
見るためには目を閉じよって話でしょ? 同じよ、だから見つめるんだから
「プール」
夏の午(ひる)のモータープール人気(ひとけ)なし蝶だけが時のながれる証(しるし)
「無」
プレパラートを菩薩のようにつまみつつミドリムシさえ無いものが無い
「競」
人類が競って宇宙に行った頃そこまで造ってなかった神は
「セーラー服」
男子寮の6号室に受け継がれしセーラー服を出す時がきた
「追」
追わなかった後悔みずみずしいままのバスターミナルに雨びたびたし
「熱」
151年前の夏もまた熱からむ「えゝぢやないか」ををどり
「没」
沈没船の舵輪(だりん)ぐるぐる舵(かじ)を切るふるさとの方を向きつつ沈む
「スイカ」
口の中にシャオウムと赤く柔らかいスイカの山を食うひとくちめ
「夕」
かわいくない男子の野次をスルーして祭りの夕べを涼しい心算(つもり)
「蝶」
蝶なのにかなり遠くに来たもんだ何やってんだろう蝶なのに
「ラクダ」
もしかしてラクダなのかもしれませんふたりのながい食事もしゃもしゃ
「メロン」
甘い水をたくわえて確かにメロン、幸せは待つことでもよくて
うたの日は2015年9月21日に始めて、満3年、連続で出し続けることができた。3年間、お世話になりました。といっても、歌を出すばかりで、投票や評もせず、自分勝手な出詠者ではありました。
そのうえ、コレイイナたん、(とのちに名付けられましたが)、という、見方によっては、うたの日の投票や評を否定するようなキャラクターを跋扈させてしまい、なかなか厄介な2次的存在であったかもしれません。不快な思いをした方にはすみません。
そして、面白がってくれた方には、とてもうれしかったです、そして、こちらも、続けられなくて、申し訳なく思っています。
うたの日3年目を区切りにするのは、数ヶ月前から考えていたことですが、9月に起こったさまざまな問題は、目にするたび口をはさみたくなるような嫌な出来事でした。
匿名で本人に言えないようなことを書くことは、なんと人を傷つけるものだろうと、あらためて驚く。しかも、戦い方がわからない。戦うものが馬鹿をみるような場所がある。
まあ、何年も前に、知り合いの歌人が同じ目にあったのを見たことがあって、そのときも、何も出来はしなかった。
ともあれ、照屋の後処理はもう少し残っている。それくらいは、ちょっとずつでも終わらせよう。
自選。
「見」
見るためには目を閉じよって話でしょ? 同じよ、だから見つめるんだから
「プール」
夏の午(ひる)のモータープール人気(ひとけ)なし蝶だけが時のながれる証(しるし)
「無」
プレパラートを菩薩のようにつまみつつミドリムシさえ無いものが無い
「競」
人類が競って宇宙に行った頃そこまで造ってなかった神は
「セーラー服」
男子寮の6号室に受け継がれしセーラー服を出す時がきた
「追」
追わなかった後悔みずみずしいままのバスターミナルに雨びたびたし
「熱」
151年前の夏もまた熱からむ「えゝぢやないか」ををどり
「没」
沈没船の舵輪(だりん)ぐるぐる舵(かじ)を切るふるさとの方を向きつつ沈む
「スイカ」
口の中にシャオウムと赤く柔らかいスイカの山を食うひとくちめ
「夕」
かわいくない男子の野次をスルーして祭りの夕べを涼しい心算(つもり)
「蝶」
蝶なのにかなり遠くに来たもんだ何やってんだろう蝶なのに
「ラクダ」
もしかしてラクダなのかもしれませんふたりのながい食事もしゃもしゃ
「メロン」
甘い水をたくわえて確かにメロン、幸せは待つことでもよくて
2018年8月3日金曜日
2016年09月自選や雑感。
雑感といっても、こう毎日暑いと、暑いなあ、という雑感しかない。
人が物申すときは、申したい”物”の他に、申すべき”スタンス”、それから、申すのを聞く”人”があって、人は物申す。申したい”物”があっても、案外、人は、他の条件が満たされず、黙っていってしまうものなのだろう。
自選。
月桂樹はアポロンが植えたかもしれず永遠の拒否の記念のために
誰でない自分がわれを励ましてそれをようよう生きると呼ぶぞ
人間のすることはまるで何一つ他人事(ひとごと)のように二人は暮らす
にっぽんが大変なとき陰にいてうなじに顔をすりつけていた
悪いとは思いもするがひとつ潜(もぐ)りふたつ潜って我関せず焉(えん)
オムニバス(omnibus)に乗ってぼくらはどこへ行くすべての人を乗せれなかった
人間にみなうまいこと化けている高島屋日本橋店の夏
心とう袋は言葉で傷が付く、中には思いの液がこぼれる
初恋の人に捧げたフレーズをまた使う日ぞベルリオーズも
牛舎にて牛にもたれて泣く夜の人よりも牛の優しさ沁みる
三匹の妖怪に邪魔をされてると法師はついに思うていたり
地獄へも共に行こうと決めたのに姿を消した友を探せず
人という異形に果てたぼくだけど秘めておくこともなんとか出来る
表層のすべてが溶けてぼくたちがこんなに自由だなんて、嘘だ
思想詩はファストフードに食われゆく安いし上手いしみんなにわかる
こういう、そういう、ばかり繰り返しのらりくらりの雨の満月
その理論の底に渦巻くかなしみと憎悪について心配なのだ
辛そうで辛くない少し辛い人生(そっちの読み方なんだ)
言いました意味深っぽく奈良と나라(ナラ)のあたかも同じ語源のように
いまほしいものを考え引き窓を押し上げるようなこころなど欲し
たましひと発音したくてたましひと書けばみなたましいと呼ぶ秋
時代から離れてペイネの絵に呼ばる、星を研ぐのは詩人の仕事
芸術は爆発じゃない、彼もまたみじめなほどに生き抜いていた
くちなわをえいっえいっと踏みつける夢から覚めるうわ泣いている
人が物申すときは、申したい”物”の他に、申すべき”スタンス”、それから、申すのを聞く”人”があって、人は物申す。申したい”物”があっても、案外、人は、他の条件が満たされず、黙っていってしまうものなのだろう。
自選。
月桂樹はアポロンが植えたかもしれず永遠の拒否の記念のために
誰でない自分がわれを励ましてそれをようよう生きると呼ぶぞ
人間のすることはまるで何一つ他人事(ひとごと)のように二人は暮らす
にっぽんが大変なとき陰にいてうなじに顔をすりつけていた
悪いとは思いもするがひとつ潜(もぐ)りふたつ潜って我関せず焉(えん)
オムニバス(omnibus)に乗ってぼくらはどこへ行くすべての人を乗せれなかった
人間にみなうまいこと化けている高島屋日本橋店の夏
心とう袋は言葉で傷が付く、中には思いの液がこぼれる
初恋の人に捧げたフレーズをまた使う日ぞベルリオーズも
牛舎にて牛にもたれて泣く夜の人よりも牛の優しさ沁みる
三匹の妖怪に邪魔をされてると法師はついに思うていたり
地獄へも共に行こうと決めたのに姿を消した友を探せず
人という異形に果てたぼくだけど秘めておくこともなんとか出来る
表層のすべてが溶けてぼくたちがこんなに自由だなんて、嘘だ
思想詩はファストフードに食われゆく安いし上手いしみんなにわかる
こういう、そういう、ばかり繰り返しのらりくらりの雨の満月
その理論の底に渦巻くかなしみと憎悪について心配なのだ
辛そうで辛くない少し辛い人生(そっちの読み方なんだ)
言いました意味深っぽく奈良と나라(ナラ)のあたかも同じ語源のように
いまほしいものを考え引き窓を押し上げるようなこころなど欲し
たましひと発音したくてたましひと書けばみなたましいと呼ぶ秋
時代から離れてペイネの絵に呼ばる、星を研ぐのは詩人の仕事
芸術は爆発じゃない、彼もまたみじめなほどに生き抜いていた
くちなわをえいっえいっと踏みつける夢から覚めるうわ泣いている
2018年7月30日月曜日
2016年8月自選や雑感。
ソシュールーーフェルディナン・ド・ソシュールのことを思う時、ふたつのことを考える。一つは、生前に彼は本を書かなかったこと、もうひとつは、晩年は、言語学に興味をなくし、アナグラムに没頭したこと。
彼の頭の中は、言語がからっぽになったわけではなかっただろう。いやむしろ、言葉に満ち満ちていただろう。そしてそれゆえに、彼はそういう、二種類の、沈黙をしたのだろう。
私は直接ソシュールをがっつり学んだわけではない。が、丸山圭三郎の本に出会ったとき、息が苦しくなるほど面白かったことが懐かしい。
ソシュールの晩年がアナグラムに没頭した日々であったことを知った時、それは甘美かつ恐ろしいことであった。今はどうかな。恐ろしくはないな。甘美は、甘美だな。あと他に、ああ、これは飢餓でもあったのかな、と思う。
短歌の話と関係なかったな。そういうことにしておく。
自選。
生きることはわめくことだと夏蝉は喜怒哀楽を超えて震える
切れぎれの森の電波を頼りつつきみを追うきみは電波のむこう
ときどきは子どもに自慢したろうか森田童子ののちの日々にも
素朴なるスコーンを食い素朴なる午後なりアーミッシュにあらざれど
ふるさとの気づけば首が止まりたる扇風機のつむじ今年も叩く
悪を討つために悪なる顔をする権現が彫られてより千年
屋外のトルソ(胴像)は憶(おも)う、抱きしめてもらえぬ刑はまだ序章なる
トイレでは音を気にせぬ性質(たち)だろうそういう奴が革命をなせ
六杯の艦隊がゆく日本海おれたちホタルイカなんだけど 「杯」
薄めなるジントニックは新春の小川の上の雪の味して
人のために生きてるときに人になる生き物がいま地球を覆う
青春が師匠とともにあったというこういう話はつまらないかな
どの国もわりとナチスと類似してひどいのでどこを褒めて伸ばすか
おっぱいが生み出す悲劇本人はそうは思ってないふしあれど
悲惨さを伝えるために残しても風化してすこしカッコよくなる
浴衣など着てはいないが夕暮れのぼくらは地味にロマンチックだ
良心の自由、塚本邦雄なら百日紅の零日目の喩へ
2080年涙などないままに跡地にマスクなしで立ちおり
安ワインを一本空けて明日からの永遠を前にへらへらしおり
音楽がふいにぼくらにやさしくて掌(て)で頬に触る部分にも似て
人道的な首切り器械が残酷に見える時代よ、刃がいま光る
幽霊をさわやかに否定したのちの無霊の土地よ、いささ猥雑
プライドのせいで今世ははい終わり風食のまだ立ってるかたち
先輩が恥ずかしそうにぼくに言う、俺の祈りは「助けて」だから
きみのことはすてるBOXだけれどもきみの手紙はとっとくBOX
鼻髭の口をすぼめて微笑まる恩師、帰りに湯のごと嬉し
彼の頭の中は、言語がからっぽになったわけではなかっただろう。いやむしろ、言葉に満ち満ちていただろう。そしてそれゆえに、彼はそういう、二種類の、沈黙をしたのだろう。
私は直接ソシュールをがっつり学んだわけではない。が、丸山圭三郎の本に出会ったとき、息が苦しくなるほど面白かったことが懐かしい。
ソシュールの晩年がアナグラムに没頭した日々であったことを知った時、それは甘美かつ恐ろしいことであった。今はどうかな。恐ろしくはないな。甘美は、甘美だな。あと他に、ああ、これは飢餓でもあったのかな、と思う。
短歌の話と関係なかったな。そういうことにしておく。
自選。
生きることはわめくことだと夏蝉は喜怒哀楽を超えて震える
切れぎれの森の電波を頼りつつきみを追うきみは電波のむこう
ときどきは子どもに自慢したろうか森田童子ののちの日々にも
素朴なるスコーンを食い素朴なる午後なりアーミッシュにあらざれど
ふるさとの気づけば首が止まりたる扇風機のつむじ今年も叩く
悪を討つために悪なる顔をする権現が彫られてより千年
屋外のトルソ(胴像)は憶(おも)う、抱きしめてもらえぬ刑はまだ序章なる
トイレでは音を気にせぬ性質(たち)だろうそういう奴が革命をなせ
六杯の艦隊がゆく日本海おれたちホタルイカなんだけど 「杯」
薄めなるジントニックは新春の小川の上の雪の味して
人のために生きてるときに人になる生き物がいま地球を覆う
青春が師匠とともにあったというこういう話はつまらないかな
どの国もわりとナチスと類似してひどいのでどこを褒めて伸ばすか
おっぱいが生み出す悲劇本人はそうは思ってないふしあれど
悲惨さを伝えるために残しても風化してすこしカッコよくなる
浴衣など着てはいないが夕暮れのぼくらは地味にロマンチックだ
良心の自由、塚本邦雄なら百日紅の零日目の喩へ
2080年涙などないままに跡地にマスクなしで立ちおり
安ワインを一本空けて明日からの永遠を前にへらへらしおり
音楽がふいにぼくらにやさしくて掌(て)で頬に触る部分にも似て
人道的な首切り器械が残酷に見える時代よ、刃がいま光る
幽霊をさわやかに否定したのちの無霊の土地よ、いささ猥雑
プライドのせいで今世ははい終わり風食のまだ立ってるかたち
先輩が恥ずかしそうにぼくに言う、俺の祈りは「助けて」だから
きみのことはすてるBOXだけれどもきみの手紙はとっとくBOX
鼻髭の口をすぼめて微笑まる恩師、帰りに湯のごと嬉し
2018年7月28日土曜日
2016年07月の自選や雑感。
このブログは、照屋沙流堂の、連作などを載せるブログから始まって、現在では、ほぼ、ツイートした短歌の収集用になっている。
うたの日に投稿した短歌はその翌月にまとめていて、日常のツイートは、2年前の先月分をまとめる形で進めてきた。
2年前というのは、微妙に遠くて、そして近い。一首を見て、ああ、と背景を思い出すこともあれば、何をうたいたいのかよく分からないものもある。
ただ、いつまでも2年前を懐かしんでもしかたがないので、少し歩みを早めて、現在に追いつかそうと思う。
自選。
枯れそうで枯れない観葉植物よ聞いてくれオレのみどりの嫉妬
うたの日に投稿した短歌はその翌月にまとめていて、日常のツイートは、2年前の先月分をまとめる形で進めてきた。
2年前というのは、微妙に遠くて、そして近い。一首を見て、ああ、と背景を思い出すこともあれば、何をうたいたいのかよく分からないものもある。
ただ、いつまでも2年前を懐かしんでもしかたがないので、少し歩みを早めて、現在に追いつかそうと思う。
自選。
枯れそうで枯れない観葉植物よ聞いてくれオレのみどりの嫉妬
ガソリンの甘い匂いを嗅ぎながら君の職場を遊びにきたり
ボーカロイド曲歌うとき人間は合成音の真似をするなり
相聞のうまい男がおりました本人はそれを恥じていました
川底の茶碗のかけらが光りいて月夜の川をさびしく見おり
歯を痛み今日は飲めぬがまたいつか、おお、「瀬を早み」みたいな感じ
いまはまだ明るいけれど上弦の月が獲物を追いつめてゆく
落花する始終になにか重大な忘れの生にいるかもしれぬ
増水して駆け抜ける川、生き物は愛別離苦の気ちがいとなり
嘘をつく人間といて、許すのか見放すのかは曖昧に笑む
波紋よりはやき四散のアメンボの親子にあらばすぐに分かるか
きみの詩を誰も読まなくなったときやっと自分の詩を詠めるとぞ
こんにちは外は結構降ってますさようなら外はもう晴れました
只今は星の秩序に大月(だいげつ)が君臨をなす眩しかる夜
あごひげを生やしたような新車からあごひげのない男出てくる
人の死はニュースになって生きているものばかりそれを痛そうに観る
真理にも幸福からも拒まれて世界は一見無茶苦茶である
末期癌の妹の治癒を祈りたるブログを読みておれは透明
政治してゲームして次は何をして当分たぶんあの世ならねば
欲望を連結したる陸蒸気(おかじょうき)の白い煙のことか幸福
いい男を釣りたいと意図するような自分のつくりを厭う今朝なる
首がポン、と飛びし絵巻の改新を原風景のように眺むる
ジュリリジュリ ジュリリリジュルリ ジュリリジュリ ジュルジュルジュリリ ジュリリ リリリリ(よのなかのほろびるときはこずえからみていてあげるかわいいままで)
(シマエナガ)
ずれている蓋を覗くと深淵が自分の顔ととても似ていた
かわいくて面倒くさくてかなしいよいのちがいのちと生きてゆくれば
溶けそうな夏の地球を舐めている宇宙温暖化の対策に
(サーティーワンアイス)
2018年7月22日日曜日
2018年06月うたの日自選と雑感。
ツイッターはツイの棲家、いや、終の棲家になるだろうかと考えてみると、多くの人は、否と答えるだろう。しかし同時に、このインフラと紛うほど普及したシステムの終わりや未来を想像するのは、難しい。いつごろ、どのように人類はツイッターをやめるのだろうか。
現在はまだ、本というものが権威をもっていて、本になることが、文字表現の一つの完成と思われているが、将来、たとえば、ツイッターの、アカウントが、一つの読み物になったりしないだろうか。もちろん、そのためには、技術的にも、読むという行為の意味論的にも、ブレイクスルーがいくつか必要であろう。
消されてしまった、あるいは消えてしまったアカウントのいくつかにも、ああ、読み物としてちゃんと読んでみたかったな、と思うようなものがあった。
mixiも、いまでも残っているけど、逆に今から始めるのも面白いかもしれない。あ、うーん、いやどうかな。
アカウントのアイコンを決める眼差しの遺影みたいな比喩は用いず 沙流堂
自選
「憎」
容赦なく無知を軽蔑した上で差別を憎む君の横顔
「Rock」
友人がある日を境にロックとかロックでないとか言うので頭突き
「自由詠」
枇杷の木も枇杷の木に生(な)る枇杷も濡れそれを啄むカラスも濡れる
「さざなみ色」
先に出た博物館の前の池は初夏のさざなみ色のさざなみ
「ストロー」
ストローでぷっと吹いたら優しくてこんな終わりにちょうどよかった
「蒔」
油断するとどんなものにも蒔絵とかほどこしちゃうのニッポンみある
「省」
省略をしてはならないきみといる時間のひとつ、ひとつ、ひとつ、を
「包丁」
沈黙の母のとことこ包丁の絆は切れやすいから切らぬ
「垂」
垂れている驚くことにぼくたちは空に向かって垂れてるいのち
「四角」
にんげんのルールはいつも四角くて尖ったところにまたあの人だ
現在はまだ、本というものが権威をもっていて、本になることが、文字表現の一つの完成と思われているが、将来、たとえば、ツイッターの、アカウントが、一つの読み物になったりしないだろうか。もちろん、そのためには、技術的にも、読むという行為の意味論的にも、ブレイクスルーがいくつか必要であろう。
消されてしまった、あるいは消えてしまったアカウントのいくつかにも、ああ、読み物としてちゃんと読んでみたかったな、と思うようなものがあった。
mixiも、いまでも残っているけど、逆に今から始めるのも面白いかもしれない。あ、うーん、いやどうかな。
アカウントのアイコンを決める眼差しの遺影みたいな比喩は用いず 沙流堂
自選
「憎」
容赦なく無知を軽蔑した上で差別を憎む君の横顔
「Rock」
友人がある日を境にロックとかロックでないとか言うので頭突き
「自由詠」
枇杷の木も枇杷の木に生(な)る枇杷も濡れそれを啄むカラスも濡れる
「さざなみ色」
先に出た博物館の前の池は初夏のさざなみ色のさざなみ
「ストロー」
ストローでぷっと吹いたら優しくてこんな終わりにちょうどよかった
「蒔」
油断するとどんなものにも蒔絵とかほどこしちゃうのニッポンみある
「省」
省略をしてはならないきみといる時間のひとつ、ひとつ、ひとつ、を
「包丁」
沈黙の母のとことこ包丁の絆は切れやすいから切らぬ
「垂」
垂れている驚くことにぼくたちは空に向かって垂れてるいのち
「四角」
にんげんのルールはいつも四角くて尖ったところにまたあの人だ
2018年7月16日月曜日
2016年06月の自選と雑感。
インターネットというものが、もう当たり前のものになって、インターネット論など論じる人がいなくなった。
それと同時に、いや、それよりはもうちょっと後になってからかな、インターネットが見せる景色が、頭打ちになっているような印象が現在はある。
偶然みたいな「せれんでぴてー」で、あっ、こんなホームページあったんだ、ブックマークしよ! みたいなこと、もうなくない? ブクマ登録って、最後にしたのいつだっけ? 現在のブクマって、ほとんと忘備か、メモくらいの意味しかない。
ツイッターのフォローが、現在のブックマークなのかもしれない。
そして、現在は、もう、フォローを追いかけるより、せまりくる不要な情報をブロックする時代になっている。
未来の寺山は、スマホを捨てよ、町へ出ようと言うだろうか。でもそれは、きょうび、たいへんに、孤独なことです。
自選
顔に色をつけて出かける性につき嘘というなら最初から嘘
ロック解除のスライドと同じ操作ゆえ音楽がふと爆音となる
比較的ありがちな未来に落ち着いて紙とビニルを引き剥がしおり
仕事用のハイエースにて駆けつけてくれて白象王(びゃくぞうおう)に乗るきみ
人間はほんとうにこわくないかしら狐のように首をかしげて
森の中に木を隠したる寺山の結局なにが隠れただろう
雨の夜を車が走る音聞こゆそのオノマトペ決めかねながら
やい宇宙、お前に投げ込まれたここでさびしさを捕食して生きてやる
いじめという無邪気な生の否定うけて夜道、黄泉路(よみぢ)になるまでくらし
猫はもう三世の因果を知っていて主人の来世を眺めては寝る
ノート手にハプスブルク家あったよねー懐かしいよねと笑う少女(おとめ)ら
ダルい体をごまかすように元気よく階段をあがる、ASIMOっぽいぞ
ファイティングニモとジェラシックパークのシュミレーションをディスクトップに
生きるとは野暮なんであるやさしさの余分分だけ現世に残る
あめふればわれらはくらげ水の中かさを広げて駅を出てゆく
もうどこにも行かない男とずっとそばにいてほしいわけではない女
精神の首輪のはなし、ちぎるとき首輪のつよさに負けたれば死ぬ
目線さえ合わせなければ逃げられる逃げているのをみているひとみ
それと同時に、いや、それよりはもうちょっと後になってからかな、インターネットが見せる景色が、頭打ちになっているような印象が現在はある。
偶然みたいな「せれんでぴてー」で、あっ、こんなホームページあったんだ、ブックマークしよ! みたいなこと、もうなくない? ブクマ登録って、最後にしたのいつだっけ? 現在のブクマって、ほとんと忘備か、メモくらいの意味しかない。
ツイッターのフォローが、現在のブックマークなのかもしれない。
そして、現在は、もう、フォローを追いかけるより、せまりくる不要な情報をブロックする時代になっている。
未来の寺山は、スマホを捨てよ、町へ出ようと言うだろうか。でもそれは、きょうび、たいへんに、孤独なことです。
自選
顔に色をつけて出かける性につき嘘というなら最初から嘘
ロック解除のスライドと同じ操作ゆえ音楽がふと爆音となる
比較的ありがちな未来に落ち着いて紙とビニルを引き剥がしおり
仕事用のハイエースにて駆けつけてくれて白象王(びゃくぞうおう)に乗るきみ
人間はほんとうにこわくないかしら狐のように首をかしげて
森の中に木を隠したる寺山の結局なにが隠れただろう
雨の夜を車が走る音聞こゆそのオノマトペ決めかねながら
やい宇宙、お前に投げ込まれたここでさびしさを捕食して生きてやる
いじめという無邪気な生の否定うけて夜道、黄泉路(よみぢ)になるまでくらし
猫はもう三世の因果を知っていて主人の来世を眺めては寝る
ノート手にハプスブルク家あったよねー懐かしいよねと笑う少女(おとめ)ら
ダルい体をごまかすように元気よく階段をあがる、ASIMOっぽいぞ
ファイティングニモとジェラシックパークのシュミレーションをディスクトップに
生きるとは野暮なんであるやさしさの余分分だけ現世に残る
あめふればわれらはくらげ水の中かさを広げて駅を出てゆく
もうどこにも行かない男とずっとそばにいてほしいわけではない女
精神の首輪のはなし、ちぎるとき首輪のつよさに負けたれば死ぬ
目線さえ合わせなければ逃げられる逃げているのをみているひとみ
2018年6月16日土曜日
2018年05月うたの日自選と雑感。
作者と作品の関係、作品と時代の関係は、それ自体、文学研究の対象となるくらい、複雑で、一様ではない。しかし、これらが、近年はぴったりとタグ付けされて、多くの場合、批判される。2つのたとえ話を思う。
ひとつ、高級なワインを、高級なグラスで飲むのと、尿瓶(しびん)で飲むのとで、人間は、はたして同じ味わいを持てるであろうか。まぁ、持てないよね。
もうひとつ。ある問題行動を起こす女児の描いた女の子の絵は、両の手を後ろに隠していたそうだ。児童心理学者は、それは問題を隠そうとしていると洞察したが、ある絵かきは、「手ってえがくの難しいんだよね」と言った。
上のたとえは、要するに、われわれは、ワインそのものではなくて、器でかなりの内容を決めている、ということだ。
下のたとえは、ある表現者の表現は、伝えたいことと、伝えうること、の公約数によって形になっているものであり、しかも、受け取り手は、やはり受け取りたいことと、受け取りうることの公約数しか受け取れなかったりする、ということだ。
だから、っていうわけじゃないけど、表現の自由は、それほど大事だった。たぶん、もう、かなり失われていると思う。政治のせいでなくて、われわれの正しさへの欲求のせいで。
華やかにみえた時代の表現はすべて挽歌となる準備して 沙流堂
自選。
「名」
花の名も分からぬようになりたるにふたりで立ち止まって、眺めおり
「翡翠」
その白い首にひとつぶ光らせてずいぶん時が過ぎたよ翡翠
「戦後」
「5年だよ、戦後5年」と笑ってるお前の離婚、どうよ平和は
「自由詠」
夜空では星がまたたくはすかいのアパートでは親が子をまたたたく
「相」
ぼくだってつとめて明るい顔してる相談相手になれないからね
「舎」
日暮里で傘さしてバスを待つ夜ぞ横に立つのは舎人のトトロ
「漬」
あちゃら漬け甘く食いいて豊かさが砂糖でありし歴史の記憶
「濁」
かきまぜて濁ったままが少しずつ澄みながら落ち着いてやがては
「煙草」
ぷかぷかとのんびり煙草やってたら舌打ちされて小さくぷくり
「紐」
どの色で結ばれているオレたちか「赤だけじゃなく結構あるね」
「実家」
先輩の実家の部屋はなにもなくでも屈託の匂いがあった
「ポスト」
少年の将来の夢はポストマン、とても漢字が好きだったから
ひとつ、高級なワインを、高級なグラスで飲むのと、尿瓶(しびん)で飲むのとで、人間は、はたして同じ味わいを持てるであろうか。まぁ、持てないよね。
もうひとつ。ある問題行動を起こす女児の描いた女の子の絵は、両の手を後ろに隠していたそうだ。児童心理学者は、それは問題を隠そうとしていると洞察したが、ある絵かきは、「手ってえがくの難しいんだよね」と言った。
上のたとえは、要するに、われわれは、ワインそのものではなくて、器でかなりの内容を決めている、ということだ。
下のたとえは、ある表現者の表現は、伝えたいことと、伝えうること、の公約数によって形になっているものであり、しかも、受け取り手は、やはり受け取りたいことと、受け取りうることの公約数しか受け取れなかったりする、ということだ。
だから、っていうわけじゃないけど、表現の自由は、それほど大事だった。たぶん、もう、かなり失われていると思う。政治のせいでなくて、われわれの正しさへの欲求のせいで。
華やかにみえた時代の表現はすべて挽歌となる準備して 沙流堂
自選。
「名」
花の名も分からぬようになりたるにふたりで立ち止まって、眺めおり
「翡翠」
その白い首にひとつぶ光らせてずいぶん時が過ぎたよ翡翠
「戦後」
「5年だよ、戦後5年」と笑ってるお前の離婚、どうよ平和は
「自由詠」
夜空では星がまたたくはすかいのアパートでは親が子をまたたたく
「相」
ぼくだってつとめて明るい顔してる相談相手になれないからね
「舎」
日暮里で傘さしてバスを待つ夜ぞ横に立つのは舎人のトトロ
「漬」
あちゃら漬け甘く食いいて豊かさが砂糖でありし歴史の記憶
「濁」
かきまぜて濁ったままが少しずつ澄みながら落ち着いてやがては
「煙草」
ぷかぷかとのんびり煙草やってたら舌打ちされて小さくぷくり
「紐」
どの色で結ばれているオレたちか「赤だけじゃなく結構あるね」
「実家」
先輩の実家の部屋はなにもなくでも屈託の匂いがあった
「ポスト」
少年の将来の夢はポストマン、とても漢字が好きだったから
2018年6月3日日曜日
2016年05月の自選と雑感。
6月ですが、ネット上の言論は、ぎすぎすしいものがあります。
日本語で「違う」というとき、それは、differentである場合と、wrongである場合がありますが、誰かの意見を間違っている、というのは、相手の想定する環境がdifferentであるのに、それを自分の環境に当てはめて、それは違う(wrong)、ということが多いようです。受け取った方も、相手の立っている環境が違う(different)にもかかわらず、同じだと信じちゃってるから、違う(wrong)と言われてことに憮然とする、こんなことの繰り返しのようだ。
みんな仲良くできればよいが、争わざるをえないのかねえ。
蝉の声大きすぎたら静けさとなって、木立にあなたも消えた 沙流堂
自選。
瓦屋根に小さき天狗が着地してまた風とゆく下駄の音(ね)残し
貨物船の貨物を呑吐してゆくを海風に冷えながら見ており
濡れたるを合わせることを逢瀬とう身も蓋もない古典解釈
そをきみは五月の匂いといいましたたしかにわれの内にも五月
終電を逃げきってきみと歩きおり空には不気味な未知がかがやき
ゆっくりと頭なづれば目を閉じて生き物は死をかく乗り越える
ほんとうに久しい邂逅なりしかば男から泣いていいかはつなつ
蝉が鳴くまでとあなたが言うたのに涼しい顔をして訪れて
そーいえばきみはヘルプを出していたなあ、ポケットに手を入れて立つ
懸命に生きた生き物が見る海のきっと再現性のない青
お礼ではなくてうれしい表現のキスであったとのちのちに知る
「子供乗せ電動自転車」を立ちこいで女子高生が彼に会いに行く
「山椒魚としての風景」
山陰でオフィーリア溺れゆくならばサンショウウオに迷惑がられ
サンショウウオやめたと言いて背中からすらりと現れたる美少年
基本的な思想は非暴力である、食(しょく)はまたそれは別の議論だ
大空を山椒魚が背中みせ去りゆくまでを夜と名付けり
人間の声が嫌いで器楽曲ばかり聴いてた娘(こ)も母となる
もっともっと知らないままで死ぬべきであった、耳は死ぬまで聞きたがろうが
こころのことを福というのよ、本人が忘れた言葉はぼくが持ってる
日本語で「違う」というとき、それは、differentである場合と、wrongである場合がありますが、誰かの意見を間違っている、というのは、相手の想定する環境がdifferentであるのに、それを自分の環境に当てはめて、それは違う(wrong)、ということが多いようです。受け取った方も、相手の立っている環境が違う(different)にもかかわらず、同じだと信じちゃってるから、違う(wrong)と言われてことに憮然とする、こんなことの繰り返しのようだ。
みんな仲良くできればよいが、争わざるをえないのかねえ。
蝉の声大きすぎたら静けさとなって、木立にあなたも消えた 沙流堂
自選。
瓦屋根に小さき天狗が着地してまた風とゆく下駄の音(ね)残し
貨物船の貨物を呑吐してゆくを海風に冷えながら見ており
濡れたるを合わせることを逢瀬とう身も蓋もない古典解釈
そをきみは五月の匂いといいましたたしかにわれの内にも五月
終電を逃げきってきみと歩きおり空には不気味な未知がかがやき
ゆっくりと頭なづれば目を閉じて生き物は死をかく乗り越える
ほんとうに久しい邂逅なりしかば男から泣いていいかはつなつ
蝉が鳴くまでとあなたが言うたのに涼しい顔をして訪れて
そーいえばきみはヘルプを出していたなあ、ポケットに手を入れて立つ
懸命に生きた生き物が見る海のきっと再現性のない青
お礼ではなくてうれしい表現のキスであったとのちのちに知る
「子供乗せ電動自転車」を立ちこいで女子高生が彼に会いに行く
「山椒魚としての風景」
山陰でオフィーリア溺れゆくならばサンショウウオに迷惑がられ
サンショウウオやめたと言いて背中からすらりと現れたる美少年
基本的な思想は非暴力である、食(しょく)はまたそれは別の議論だ
大空を山椒魚が背中みせ去りゆくまでを夜と名付けり
人間の声が嫌いで器楽曲ばかり聴いてた娘(こ)も母となる
もっともっと知らないままで死ぬべきであった、耳は死ぬまで聞きたがろうが
こころのことを福というのよ、本人が忘れた言葉はぼくが持ってる
2018年5月20日日曜日
2018年04月うたの日自選と雑感。
ようやっと追いついた感じ。ブログの更新、ここ数ヶ月遅れていたので。先月のうたの日のうたを収集するのと、2年前の先月のツイッターの短歌を収集するのと。あと雑感。
ほんとは他にも、このブログで自選したものをボットにあげたり、やりかけていたものがあったりもするけど、こういうのは、自分にニーズがあれば、やるものなんだ。自分に、ではない。自分がニーズすれば、の意味ね。
ツイッターもそうだろう。ツイートを誰かのためにすれば、いつか落胆するだろう。自分がニーズしてツイートするものなんだ。
ツイッターは、なにかどこか、コミュニケーションの底の方を変えているような気がする。
吉本隆明は、言葉を、自己表出と、指示表出に分けた。そして、詩は、自己表出にあたる。
そう、ツイッターは、自己表出の言語でコミュニケーションしているといえる。だから、ツイッターは、それ自体、詩的である。
谷川俊太郎の二十億光年の孤独ではないが、詩は、孤独とともにある。声は消えてしまうので、文字にして、本にして、仲間を求める。
現在は、本にせずとも、自己表出でコミュニケートできるツールがあって、いいね、というボタンを押すことで、その孤独の横に、ふっと存在の跡をのこすことができる。
今月(5/9)、永田淳が、ツイッターで、「SNSで「いいね」がもらえる短歌を作りたい、とかって言い出す時点で、もう短歌なんか作るな、と言いたい。
と、青磁社の永田淳が申しております。」とツイートした。これをツイートせしめる短歌界隈の思想をわたしは問題視しているが、このツイートもまた、自己表出のコミュニケーションなのである。
この短歌界隈の思想には、歴史問題やら、定型問題やらも関わっているんだけど、思うところはいくつかツイートした。そのツイートで、ちょっと落胆してもいるんだけどね(笑)。
自選。
「ミント」
青いような白いようなそして甘いようなパジャマのようなほっぺたのような
「寿司」
パック寿司ばくつきながら休日のワンルームアクアリウム舌の上
「沢」
こういう時は沢をひたすら降りるんだ、間違った知識で行くおれら
「干」
部屋干しの洗濯物をかき分けて「大将、やってる?」何度目ですか
「バナナ」
ヨーグルトに沈むバナナの切れ切れのこれも性欲のハッピーエンド
「箸」
父ちゃんが服も着ないで風呂上がりに豆腐に箸をつけるまた初夏
「ちゃん」
なんにでも博打パクチー期も終わりちゃんとちゃんとの元の味です
「押」
ひょっとして時間はすでに止まっててわれわれは押し花かもしれぬ
ほんとは他にも、このブログで自選したものをボットにあげたり、やりかけていたものがあったりもするけど、こういうのは、自分にニーズがあれば、やるものなんだ。自分に、ではない。自分がニーズすれば、の意味ね。
ツイッターもそうだろう。ツイートを誰かのためにすれば、いつか落胆するだろう。自分がニーズしてツイートするものなんだ。
ツイッターは、なにかどこか、コミュニケーションの底の方を変えているような気がする。
吉本隆明は、言葉を、自己表出と、指示表出に分けた。そして、詩は、自己表出にあたる。
そう、ツイッターは、自己表出の言語でコミュニケーションしているといえる。だから、ツイッターは、それ自体、詩的である。
谷川俊太郎の二十億光年の孤独ではないが、詩は、孤独とともにある。声は消えてしまうので、文字にして、本にして、仲間を求める。
現在は、本にせずとも、自己表出でコミュニケートできるツールがあって、いいね、というボタンを押すことで、その孤独の横に、ふっと存在の跡をのこすことができる。
今月(5/9)、永田淳が、ツイッターで、「SNSで「いいね」がもらえる短歌を作りたい、とかって言い出す時点で、もう短歌なんか作るな、と言いたい。
と、青磁社の永田淳が申しております。」とツイートした。これをツイートせしめる短歌界隈の思想をわたしは問題視しているが、このツイートもまた、自己表出のコミュニケーションなのである。
この短歌界隈の思想には、歴史問題やら、定型問題やらも関わっているんだけど、思うところはいくつかツイートした。そのツイートで、ちょっと落胆してもいるんだけどね(笑)。
自選。
「ミント」
青いような白いようなそして甘いようなパジャマのようなほっぺたのような
「寿司」
パック寿司ばくつきながら休日のワンルームアクアリウム舌の上
「沢」
こういう時は沢をひたすら降りるんだ、間違った知識で行くおれら
「干」
部屋干しの洗濯物をかき分けて「大将、やってる?」何度目ですか
「バナナ」
ヨーグルトに沈むバナナの切れ切れのこれも性欲のハッピーエンド
「箸」
父ちゃんが服も着ないで風呂上がりに豆腐に箸をつけるまた初夏
「ちゃん」
なんにでも博打パクチー期も終わりちゃんとちゃんとの元の味です
「押」
ひょっとして時間はすでに止まっててわれわれは押し花かもしれぬ
2018年5月13日日曜日
2016年04月の自選と雑感。
先日、書店で短歌雑誌をいくつかぱらぱらとめくった。目次を開いて、ふむふむこの人達が書いているのか、と、それから、文字通り、ぱらぱらとめくって、題やら短歌やら文章を目に取らせる。どの界隈もそうなので、驚くにはあたらないが、高齢化している。
正岡子規がホトトギスを創刊して、俳句運動を興し、歌よみに与ふる書を書いたのは30歳だ。子規は34で没したので、晩年といえば晩年だが、高齢ではなかった。
そういえば、短歌雑誌は、昔からの印象として、よく名前や作品を知らない、おそらく高名で高齢な方が、身辺雑記みたいな短歌連作を載せていて、「手紙でやれ」と思っていたことを懐かしく思い出す。今なら、自分のHPやブログでやれ、と思う若者もいるかもしれない。(あるいは、そんな”若者”は、もういないかもしれない)
福島泰樹が、「述志とは〜」みたいな短歌を載せていて、なんかふふっとしちゃった。
自選。
デジタル化してゆくぼくらあいまいな気持ちは消去しますか?(y/n)
ゆきやなぎの咲く石段にきみがいてシーン的には恋の場面だ
この人よりは先に死ねない人を数え幹の小枝にふとさくらばな
ユトリロの白を頭に入れようと次へ進んでまた戻るなり
焼き固めていない器を土に置きもう一度土に還るか尋ぬ
三千五百万の同胞と呼びかける明治後期の志賀の書を読む
きみのこと隣の部屋で祈りいて隣からくしゃみ聞こえるゆうべ
旅先のホテルのテレビの天気予報のいつもと違う地形の曇り
下弦過ぎて細くなりゆく月のした居場所がなくて飛びゆくからす
わが知らぬ集計データの分析でぼくはあなたのことが好きです
みな人の好きなものからはなれゆく理由を相手に見出してから
思想書のまとめて読みし時期も過ぎ日に一頁めくりて読みつ
二百年もすれば全部の入れ替わる人類よきみの悩みはなにか
息が止まるのはいいけれど止めるのはこわいと思う止められそうで
ぼくたちは快感しつつさぐりあう脊椎動物になった理由を(「快感」の題をみて)
終わりそうな関係だからやさしくて引力のもうとどかぬところ
死神と神がタバコを吸いながら戦後の命の高さをぼやく
正岡子規がホトトギスを創刊して、俳句運動を興し、歌よみに与ふる書を書いたのは30歳だ。子規は34で没したので、晩年といえば晩年だが、高齢ではなかった。
そういえば、短歌雑誌は、昔からの印象として、よく名前や作品を知らない、おそらく高名で高齢な方が、身辺雑記みたいな短歌連作を載せていて、「手紙でやれ」と思っていたことを懐かしく思い出す。今なら、自分のHPやブログでやれ、と思う若者もいるかもしれない。(あるいは、そんな”若者”は、もういないかもしれない)
福島泰樹が、「述志とは〜」みたいな短歌を載せていて、なんかふふっとしちゃった。
自選。
デジタル化してゆくぼくらあいまいな気持ちは消去しますか?(y/n)
ゆきやなぎの咲く石段にきみがいてシーン的には恋の場面だ
この人よりは先に死ねない人を数え幹の小枝にふとさくらばな
ユトリロの白を頭に入れようと次へ進んでまた戻るなり
焼き固めていない器を土に置きもう一度土に還るか尋ぬ
三千五百万の同胞と呼びかける明治後期の志賀の書を読む
きみのこと隣の部屋で祈りいて隣からくしゃみ聞こえるゆうべ
旅先のホテルのテレビの天気予報のいつもと違う地形の曇り
下弦過ぎて細くなりゆく月のした居場所がなくて飛びゆくからす
わが知らぬ集計データの分析でぼくはあなたのことが好きです
みな人の好きなものからはなれゆく理由を相手に見出してから
思想書のまとめて読みし時期も過ぎ日に一頁めくりて読みつ
二百年もすれば全部の入れ替わる人類よきみの悩みはなにか
息が止まるのはいいけれど止めるのはこわいと思う止められそうで
ぼくたちは快感しつつさぐりあう脊椎動物になった理由を(「快感」の題をみて)
終わりそうな関係だからやさしくて引力のもうとどかぬところ
死神と神がタバコを吸いながら戦後の命の高さをぼやく
2018年5月5日土曜日
2018年03月うたの日自選と雑感。
古臭い考え方のようにも思うが、短歌というのは、やはり、ちょっと頑張らないと、文学にならないようなところがあるように思う。
ここでいう文学というのは、言葉で編まれた文芸表現をすべてを指すような広い意味ではなく、また、学問として学んだり教えたりするものでもなく、近代文学から、現代文学へと移り、そして、”現在”文学をとおり、文学”未来”を開くような、そういうとても狭い語りの表現だ。
だからまあ、そんな「文学」とやらは目指していないよ、という人がいるのも当然だし、文芸、ああ、文芸という言葉も定義しなきゃいけない。文芸には、文字芸術という言葉の略というより、私は文字芸能に近いニュアンスで使うことが多いが、堅苦しかったり、難しかったり、知識を前提にしたり、そういうもの以外も短歌は受け入れていることを、とてもよい特質だと思っている。
短歌というのは基本的に古い形式の詩なわけだから、古き良きものととても相性がよい。新しき悪きものと相性が悪いのだ。だから、現在にそれを使用するには、どこか構築の意志というものが必要になってくる。
何年か前、耳の聞こえない設定の音楽家が、現代音楽作曲家の手を借りていたことが話題になったが、面白かったのが、新垣隆氏は(名前出すんかい)、あの匿名性を手に入れることによって、現代音楽を作らなければならない自分が解放されて、ロマン派風の音楽を楽しく作曲出来た、というようなことを述べたことだ。
音楽は、音楽のムーブメントが過ぎると、もとに戻ることは難しい。現在において、たとえばバロック音楽の作曲家になるというのは、好事の域を超えて説得力をもつことは難しい。
短歌は、まずは定型にする楽しさ苦しさ、というのがあって、次に、定型の中で表現の幅を広げてゆく楽しさ苦しさ、というのがある。
その先は、人にもよろうが、短歌を表現として選ぶことの楽しさ苦しさ、というのがあったり、短歌を文学として構築することの苦しさ、というのがあろう(楽しさないんかい)。
次世代の短歌(単に作っている世代が次である、ということでなく)を開くのは、才能なのか、努力なのか、知なのか、量なのか、単に世代なのか、さまざまな考え方があるので、最初に書いたように、ここで書いたのは、古臭い考え方のひとつだと思う。わたし自身、構築ということをいま敢えてやろうとはしていないところがある。
ところで、ゴールデン・ウィークは、けっこう食べてしまっている。運動というのを、やはり、ちょっと頑張らないと、習慣にならないようなところがあるように思う。
浜松を過ぎてもそれを待つだろう旅の終わりはわりあい早いのに 沙流堂
自選。
「暖」
思想ひとつ暖まりゆく夜の二階、屋根を跳ねゆく春の生き物
「マーク」
分からないマークシートを適当に塗りつぶす時の力で抱(いだ)く
「列」
約束はまだまもられて列島にまぶされてゆく春のパウダー
「いろは」
ことのははかつて「いろ」からよみあげていまも「あい」からはじまるものを
「垂」
画面上から何かが垂れてくるようなゲームオーバーみたいな眠り
「蜂」
プログラムみたいな生を生きてらと菜の花畑を去りて一蜂
「雲」
文学の秘密が次の瞬間に出そうで出ない先生と雲
「才」
最初から才能なんてないんだよそれから最近肉焼いてない
「欠」
せとものの白い欠片が埋まりたる空き地にいけばよく君がいた
「穴」
もうひとつの穴なんですよ、もうひとつの穴なんですか、しげしげとみる
「襟」
なにもない春なんですがきょうきみの襟のあたりにひかりがあって
ここでいう文学というのは、言葉で編まれた文芸表現をすべてを指すような広い意味ではなく、また、学問として学んだり教えたりするものでもなく、近代文学から、現代文学へと移り、そして、”現在”文学をとおり、文学”未来”を開くような、そういうとても狭い語りの表現だ。
だからまあ、そんな「文学」とやらは目指していないよ、という人がいるのも当然だし、文芸、ああ、文芸という言葉も定義しなきゃいけない。文芸には、文字芸術という言葉の略というより、私は文字芸能に近いニュアンスで使うことが多いが、堅苦しかったり、難しかったり、知識を前提にしたり、そういうもの以外も短歌は受け入れていることを、とてもよい特質だと思っている。
短歌というのは基本的に古い形式の詩なわけだから、古き良きものととても相性がよい。新しき悪きものと相性が悪いのだ。だから、現在にそれを使用するには、どこか構築の意志というものが必要になってくる。
何年か前、耳の聞こえない設定の音楽家が、現代音楽作曲家の手を借りていたことが話題になったが、面白かったのが、新垣隆氏は(名前出すんかい)、あの匿名性を手に入れることによって、現代音楽を作らなければならない自分が解放されて、ロマン派風の音楽を楽しく作曲出来た、というようなことを述べたことだ。
音楽は、音楽のムーブメントが過ぎると、もとに戻ることは難しい。現在において、たとえばバロック音楽の作曲家になるというのは、好事の域を超えて説得力をもつことは難しい。
短歌は、まずは定型にする楽しさ苦しさ、というのがあって、次に、定型の中で表現の幅を広げてゆく楽しさ苦しさ、というのがある。
その先は、人にもよろうが、短歌を表現として選ぶことの楽しさ苦しさ、というのがあったり、短歌を文学として構築することの苦しさ、というのがあろう(楽しさないんかい)。
次世代の短歌(単に作っている世代が次である、ということでなく)を開くのは、才能なのか、努力なのか、知なのか、量なのか、単に世代なのか、さまざまな考え方があるので、最初に書いたように、ここで書いたのは、古臭い考え方のひとつだと思う。わたし自身、構築ということをいま敢えてやろうとはしていないところがある。
ところで、ゴールデン・ウィークは、けっこう食べてしまっている。運動というのを、やはり、ちょっと頑張らないと、習慣にならないようなところがあるように思う。
浜松を過ぎてもそれを待つだろう旅の終わりはわりあい早いのに 沙流堂
自選。
「暖」
思想ひとつ暖まりゆく夜の二階、屋根を跳ねゆく春の生き物
「マーク」
分からないマークシートを適当に塗りつぶす時の力で抱(いだ)く
「列」
約束はまだまもられて列島にまぶされてゆく春のパウダー
「いろは」
ことのははかつて「いろ」からよみあげていまも「あい」からはじまるものを
「垂」
画面上から何かが垂れてくるようなゲームオーバーみたいな眠り
「蜂」
プログラムみたいな生を生きてらと菜の花畑を去りて一蜂
「雲」
文学の秘密が次の瞬間に出そうで出ない先生と雲
「才」
最初から才能なんてないんだよそれから最近肉焼いてない
「欠」
せとものの白い欠片が埋まりたる空き地にいけばよく君がいた
「穴」
もうひとつの穴なんですよ、もうひとつの穴なんですか、しげしげとみる
「襟」
なにもない春なんですがきょうきみの襟のあたりにひかりがあって
2018年4月28日土曜日
2016年03月の自選と雑感。
インターネットが、コンピュータの処理速度と通信速度の向上にあいまって、動的な表現が可能になったとき、哲学的な問題に、人は直面することになった。
自分が見ている景色は、他の人も同じように見ているとは限らない、ということだ。
これはとても哲学的な、たとえば私にとっての「青色」は、他の人の「青色」と同じかどうか、というのも含むけれど、もっと実際的で表面的な、具体的には、mixiで多くの人が体験したような、「自分が見ている自分のページは、他の人からは違うように見えているけど、自分ではそれが検証できない」というような問題だ。
つまり、インターネットでは、世界が見えると思っていたが、実際は、インターネットの中にやや拡張された自我が設置されただけで、自分の外側は、やっぱりよく見えなかった、ということだ。
いや、それどころではない。自分の嗜好ばかりだと、循環してしまってよくないから、外側の空気を入れようとすると、不快なものが限りなく入り込んでくる。今や、インターネットは、それらをミュートしブロックし、自分の「好き」だけの世界に引きこもるために接続するのだ。
ひるがえって短歌は。短歌もまた、外に出てゆくためであったのに、内にこもるためのものに、なってはいまいか。異物を受け入れる度量は、短歌にもとめるのか、あなたにもとめるのか。
あらかじめ決められた文字で綴るから忖度が読みのデフォルトにある 沙流堂
自選。
中島みゆき口ずさむほどご機嫌なきみでよかった雨の居酒屋
愛する人の激しいくしゃみ聞きながら花の粉まざる春の夜の更け
しあわせは体力が要る生ぬるき空気にわれは春スクワット
母の作りし梅酒の味の落ちること次男にあれば悲しんで済む
ぽつぽつりスマホの画面をキラキラと三色の光を拡げたる雨
修行僧コーラを飲みてその他の欲望を耐う、おおきくおくび
棒立ちの赤い男を眺めおり信号の向こうは春、なんつって
通過する特急電車の前面にあっ飛び込んで今のまぼろし
ルノアールが背中を描(か)きたがるような女性がレジでさばくスーパー
変なオブジェの、変なところを直したら存在そのものが問われいる
人権がまとわりついて人類の可動部はいつも油を求む
春だから思想のことは置いといてきみのみじかい髪をほめよう
地方でも美人は人の目を集めここでもいいと思う気持ちと
美しい悲しいものにそのそばに供えるために一輪があり
コトノホカサビシイトコヘキチャッタナヒトクチノサケノルイセンニキテ
こむら返りで目が覚めてからごそごそとこむらの意味を検索をせり
元・風のメンバーだった大久保は元・猫だったと略歴で知る
ひとけない交差点には春巻いてビニール袋浮いては落ちず
自分が見ている景色は、他の人も同じように見ているとは限らない、ということだ。
これはとても哲学的な、たとえば私にとっての「青色」は、他の人の「青色」と同じかどうか、というのも含むけれど、もっと実際的で表面的な、具体的には、mixiで多くの人が体験したような、「自分が見ている自分のページは、他の人からは違うように見えているけど、自分ではそれが検証できない」というような問題だ。
つまり、インターネットでは、世界が見えると思っていたが、実際は、インターネットの中にやや拡張された自我が設置されただけで、自分の外側は、やっぱりよく見えなかった、ということだ。
いや、それどころではない。自分の嗜好ばかりだと、循環してしまってよくないから、外側の空気を入れようとすると、不快なものが限りなく入り込んでくる。今や、インターネットは、それらをミュートしブロックし、自分の「好き」だけの世界に引きこもるために接続するのだ。
ひるがえって短歌は。短歌もまた、外に出てゆくためであったのに、内にこもるためのものに、なってはいまいか。異物を受け入れる度量は、短歌にもとめるのか、あなたにもとめるのか。
あらかじめ決められた文字で綴るから忖度が読みのデフォルトにある 沙流堂
自選。
中島みゆき口ずさむほどご機嫌なきみでよかった雨の居酒屋
愛する人の激しいくしゃみ聞きながら花の粉まざる春の夜の更け
しあわせは体力が要る生ぬるき空気にわれは春スクワット
母の作りし梅酒の味の落ちること次男にあれば悲しんで済む
ぽつぽつりスマホの画面をキラキラと三色の光を拡げたる雨
修行僧コーラを飲みてその他の欲望を耐う、おおきくおくび
棒立ちの赤い男を眺めおり信号の向こうは春、なんつって
通過する特急電車の前面にあっ飛び込んで今のまぼろし
ルノアールが背中を描(か)きたがるような女性がレジでさばくスーパー
変なオブジェの、変なところを直したら存在そのものが問われいる
人権がまとわりついて人類の可動部はいつも油を求む
春だから思想のことは置いといてきみのみじかい髪をほめよう
地方でも美人は人の目を集めここでもいいと思う気持ちと
美しい悲しいものにそのそばに供えるために一輪があり
コトノホカサビシイトコヘキチャッタナヒトクチノサケノルイセンニキテ
こむら返りで目が覚めてからごそごそとこむらの意味を検索をせり
元・風のメンバーだった大久保は元・猫だったと略歴で知る
ひとけない交差点には春巻いてビニール袋浮いては落ちず
2018年4月22日日曜日
2018年02月うたの日自選と雑感。
暑くなりまして、体調など崩されてませんでしょうか。犬のように舌を出してハァハァすると、少しは暑さも、別に皮膚呼吸できますので和らいだりしませんけども、犬のような気分にはなれます。
ツイッターのMac用のクライアントが、正規のものが終了したので、夜フクロウというのを使い始めましたが、やはりいまいち使い勝手が(カスタマイズすればよいのかもしれませんが)よくなくて、あまりタイムラインを見ておりません。iPhoneのツイッターでも、ハイライトくらいしか最近は見れていませんので、悪口を書かれても、見つかったりしないかもしれません。でも、そういうのほどよく見つかったりするのは、インターフェースあるあるかもしれません。そんな言葉ないか。
でも、タイムラインの様子、ちょっとずつ、変わっていってるなあ、と思います。
自選など。
「外」
福はうち鬼は外そして外は雨、雨は冷たく芯まで冷えて
「糊」
糊口を凌ぎながらも歌を風流を(現代短歌は風流ならず)
「たまに」
立ち入り禁止区域でなかった頃の海を寒く見てたの思い出す、たまに
「自由詠」
帰りきて外に一日吊るしたるものを吊るしたまま入れてやる
「黒目」
事務的な会話でこのまま終わるんだ、きみも真顔で、とても黒目で
「頑」
おれひとり小さなことにこだわって頑なな片栗粉のダマだ
「増」
選択肢が増加傾向にあるきみは生意気なパフェを生意気に食う
「巨」
この巨人について行くのか殺すのか群盲は悩む、悩む群盲
「にやり」
言いたいことをみな言わずともお互いににやり合うのが友情だった
ツイッターのMac用のクライアントが、正規のものが終了したので、夜フクロウというのを使い始めましたが、やはりいまいち使い勝手が(カスタマイズすればよいのかもしれませんが)よくなくて、あまりタイムラインを見ておりません。iPhoneのツイッターでも、ハイライトくらいしか最近は見れていませんので、悪口を書かれても、見つかったりしないかもしれません。でも、そういうのほどよく見つかったりするのは、インターフェースあるあるかもしれません。そんな言葉ないか。
でも、タイムラインの様子、ちょっとずつ、変わっていってるなあ、と思います。
自選など。
「外」
福はうち鬼は外そして外は雨、雨は冷たく芯まで冷えて
「糊」
糊口を凌ぎながらも歌を風流を(現代短歌は風流ならず)
「たまに」
立ち入り禁止区域でなかった頃の海を寒く見てたの思い出す、たまに
「自由詠」
帰りきて外に一日吊るしたるものを吊るしたまま入れてやる
「黒目」
事務的な会話でこのまま終わるんだ、きみも真顔で、とても黒目で
「頑」
おれひとり小さなことにこだわって頑なな片栗粉のダマだ
「増」
選択肢が増加傾向にあるきみは生意気なパフェを生意気に食う
「巨」
この巨人について行くのか殺すのか群盲は悩む、悩む群盲
「にやり」
言いたいことをみな言わずともお互いににやり合うのが友情だった
2018年4月7日土曜日
2016年02月の自選と雑感。
四月、に、何かをはじめたくなるのは、春が持っている力なのだろうか。それとも、年度が新しいという、数字の力なのだろうか。
これが正月だったりすると、あんな寒い日に、気持ちがあらたまるわけないから、あれは数字の力だ。
そのように考えると、四月が、4なのに新しい気持ちになるのは、純然たる春の力かもしれない。
まあ、何もはじめてないんだけどね。あ、ちょっとゲーム買ったな。
自選。
底流がさびしさなのだと気づいたらもう君の詩はぜんぶさびしき
これが正月だったりすると、あんな寒い日に、気持ちがあらたまるわけないから、あれは数字の力だ。
そのように考えると、四月が、4なのに新しい気持ちになるのは、純然たる春の力かもしれない。
まあ、何もはじめてないんだけどね。あ、ちょっとゲーム買ったな。
自選。
底流がさびしさなのだと気づいたらもう君の詩はぜんぶさびしき
湯の上を湯気がすべってゆくを見る6階あたりの露天にわれは
憎まれて去るのもよけれ、目の前で指まわす前に逃げるとんぼよ
失恋のつらいところぞ階段のどの足音もお前が来たる
病棟の白さにも慣れそうすると白というのもカラフルである
ワイン飲みパスタを食えばつくづくとイタリア人に生まれて、ないか
夕闇のダンプの下に猫がいて警戒を解くことなかりけり
気象庁があとで梅雨入り宣言をするようにシンギュラリティ過ぎぬ
先祖代々溺死の業を背負いつつつるっと明るく泳ぐイルカは
このままの孤独でいいか、ケトルには魚眼の部屋に男がひとり
お祈りのあとのコーラがほんとうに美味しかったと懐かしむきみ
ぼくを忘れて体も朽ちて霊だけになって今でも待ちたる猫よ
バッハばかり聴いていた日々破れたるフェンスの向こうに18世紀
悲しみは食卓にさめたたまご焼きを箸でそぼっと割りたるところ
貴様のような差別主義者の検閲屋は<censored>して<censored>しろ
ムーミンに侵食された雑貨屋のまとめて買わねばひとつも買わず
2018年3月31日土曜日
2018年1月うたの日自選と雑感。
ブログの更新をさぼっていましたねぇ。明日から四月なので、少し進めておきましょう。
舞踏とは、命がけで突っ立った死体である、と言ったのは、土方巽であるが、これはなかなかテクニカルな修辞の表現で、何を言っているかふつうわからない。何を言っているかわからないが、ある必死な、いのちの有りようは伝わる。そして、死体なのに命がけ、生きている人間がやるのに死体、という矛盾に満ちたなにものかこそ、舞踏である、と、言外に定義している言葉である。
ひるがえって、短歌とは、何であろうか。……いや、こういうのは、もうちょっと後の時代にやるのが面白いだろうね。
耳掃除しながら思う短歌とは、奥へ進めば痛い目をみる 沙流堂
自選。
「猛」
文字という猛毒のためすずりにて水をすりおり、さらに濃き濃く
「貴」
されば老舗の秘伝のタレの寸胴の汚れのごとし貴種守るとは
「蟹」
岩陰にじっとその身をひそめおり平和を待つことばかりでもなく
「側」
妖怪を引き連れてゆく旅なりきすべからく内側の物語
「飾」
心次第でとんとんになるこの時空に粉飾がないかじっと見ている
「粋」
目覚めれば朝か夕べか分からない汝(な)はしののめの純粋読者
舞踏とは、命がけで突っ立った死体である、と言ったのは、土方巽であるが、これはなかなかテクニカルな修辞の表現で、何を言っているかふつうわからない。何を言っているかわからないが、ある必死な、いのちの有りようは伝わる。そして、死体なのに命がけ、生きている人間がやるのに死体、という矛盾に満ちたなにものかこそ、舞踏である、と、言外に定義している言葉である。
ひるがえって、短歌とは、何であろうか。……いや、こういうのは、もうちょっと後の時代にやるのが面白いだろうね。
耳掃除しながら思う短歌とは、奥へ進めば痛い目をみる 沙流堂
自選。
「猛」
文字という猛毒のためすずりにて水をすりおり、さらに濃き濃く
「貴」
されば老舗の秘伝のタレの寸胴の汚れのごとし貴種守るとは
「蟹」
岩陰にじっとその身をひそめおり平和を待つことばかりでもなく
「側」
妖怪を引き連れてゆく旅なりきすべからく内側の物語
「飾」
心次第でとんとんになるこの時空に粉飾がないかじっと見ている
「粋」
目覚めれば朝か夕べか分からない汝(な)はしののめの純粋読者
2018年2月2日金曜日
2016年1月の自選と雑感。
2018年も、もう一ヶ月たったということだ。なんかしたか? 俺。
何もしてないのに壊れたから診てと夕ぐれのきみの上衣が落ちる 沙流堂
って、歌をつくる場所じゃなくて、雑感だ。
だいたい、正月は、アルコールに浸かって、そのまま、ひと月くらい酩酊状態だ。ツイッターでは、その間もネプリとかいろいろあったみたいだが、酩酊状態で、なにも落とせなかった。話題にもいまいち入りきれなくて、もう短歌クラスタじゃないような気もする。
まァ、もともとタイムラインをうろうろする妖怪なので、アース・ウィンド・アンド・ファイアーのLet's GrooveのPVのように、キラキラしながら宙を舞っているのが今年のイメージだ。
自選。
人なくば時間がとまりたがりたる年の始めの正午なる町
ふるさとは子が背をむけて去ってゆきあとは時々見にくるところ
洞穴で雨音きいて眠られぬ人類、過去にも未来にも似て
何を観たかあえて訊かぬが今頃にじぇじぇじぇとかいうお前をたのし
たまごボーロの代わりのようになめているビオフェルミンのほんのりあまし
ここはおれが食い止めるから早く行け、ぐはぁ、とついに降り出す雨は
どうしても少しは美化をする生のどうしても詩語を避けたる歌か
君のそのミード(蜂蜜酒)のようなくびすじの匂いを嗅げる男を思う
新雪を傘で刺したら君は決してひとりじゃないよたくさんの穴
ぶくぶくもがらがらもうがいだなんてひどいじゃないですかと詰め寄らる
楽しかったことを辿っておかしいぞ、君との苦しい日々ばかりなり
片耳を外して垂れるイヤホンの世界へ向けて微量の叫び
パヴァーヌのために亡くなる王女かも歴史の彼女いたましければ
タイムラインに裸足で入るものだから足首にへんなもの引っかかる
自力では自分を救えないことのモランをおもう、ほんとにおもう
くらやみの胎児のごとくそれでいて前向きなことが好きだ脳とは
あ、うたの人に提出した歌も挙げておこう。題は「楽」だった。
かに道楽の看板のかにが逃げたらし、無事海にたどり着けただろうか
何もしてないのに壊れたから診てと夕ぐれのきみの上衣が落ちる 沙流堂
って、歌をつくる場所じゃなくて、雑感だ。
だいたい、正月は、アルコールに浸かって、そのまま、ひと月くらい酩酊状態だ。ツイッターでは、その間もネプリとかいろいろあったみたいだが、酩酊状態で、なにも落とせなかった。話題にもいまいち入りきれなくて、もう短歌クラスタじゃないような気もする。
まァ、もともとタイムラインをうろうろする妖怪なので、アース・ウィンド・アンド・ファイアーのLet's GrooveのPVのように、キラキラしながら宙を舞っているのが今年のイメージだ。
自選。
人なくば時間がとまりたがりたる年の始めの正午なる町
ふるさとは子が背をむけて去ってゆきあとは時々見にくるところ
洞穴で雨音きいて眠られぬ人類、過去にも未来にも似て
何を観たかあえて訊かぬが今頃にじぇじぇじぇとかいうお前をたのし
たまごボーロの代わりのようになめているビオフェルミンのほんのりあまし
ここはおれが食い止めるから早く行け、ぐはぁ、とついに降り出す雨は
どうしても少しは美化をする生のどうしても詩語を避けたる歌か
君のそのミード(蜂蜜酒)のようなくびすじの匂いを嗅げる男を思う
新雪を傘で刺したら君は決してひとりじゃないよたくさんの穴
ぶくぶくもがらがらもうがいだなんてひどいじゃないですかと詰め寄らる
楽しかったことを辿っておかしいぞ、君との苦しい日々ばかりなり
片耳を外して垂れるイヤホンの世界へ向けて微量の叫び
パヴァーヌのために亡くなる王女かも歴史の彼女いたましければ
タイムラインに裸足で入るものだから足首にへんなもの引っかかる
自力では自分を救えないことのモランをおもう、ほんとにおもう
くらやみの胎児のごとくそれでいて前向きなことが好きだ脳とは
あ、うたの人に提出した歌も挙げておこう。題は「楽」だった。
かに道楽の看板のかにが逃げたらし、無事海にたどり着けただろうか
2018年1月8日月曜日
2017年12月うたの日自選と雑感。
新年あけましておめでとうございます!
というのは、もう書きましたね。今日はもう成人式ですし。
今年の成人は123万人で、昨年の出生数は100万を割ったニュースがありました。
今日の成人が40歳になる20年後は、80万人を割るかもしれない。そうすると出生数は75万人を割る。
もちろん未来には何が起こるかわからないので、上昇に転ずることがあるかもしれない。
今年の成人で、こんご、短詩型文学に深くかかわる人はどれくらいいるだろう。
現代は、娯楽が多い時代なので、その時間を、短歌に使う人は、決して多くない。今年、短歌は、どんな変化をするであろうか。それとも、しないであろうか。
自選。
「順」
先どうぞお先にどうぞ西の空が染まって沈み順番どおり
「凡」
いてふさえ同じ形にあらざるに凡そわたしは誰かの代わり
「自由詠」
おおかたが道を誤りゆくときにモアイ職人は良くモアイ磨く
「惜」
惜しまれることなく去っていきました私のことをちょっと見ました
「鼻」
一年が見下ろせそうな高さからわかった、鼻の差だったじゃん愛
「はちみつ」
はちみつの甘さに甘く包まれてやがて身動き出来ない甘さ
「さん」
ざらめ降るあられ食べつつ吉岡さんの指輪がないこと気づいてしまう
「たっぷり」
そうあしたたっぷりリンゴが届くので電話をするよ喜ぶだろう
「幻」
地図にない幻の島をぼくはつくりきみに食べさす、もんじゃともいう
というのは、もう書きましたね。今日はもう成人式ですし。
今年の成人は123万人で、昨年の出生数は100万を割ったニュースがありました。
今日の成人が40歳になる20年後は、80万人を割るかもしれない。そうすると出生数は75万人を割る。
もちろん未来には何が起こるかわからないので、上昇に転ずることがあるかもしれない。
今年の成人で、こんご、短詩型文学に深くかかわる人はどれくらいいるだろう。
現代は、娯楽が多い時代なので、その時間を、短歌に使う人は、決して多くない。今年、短歌は、どんな変化をするであろうか。それとも、しないであろうか。
自選。
「順」
先どうぞお先にどうぞ西の空が染まって沈み順番どおり
「凡」
いてふさえ同じ形にあらざるに凡そわたしは誰かの代わり
「自由詠」
おおかたが道を誤りゆくときにモアイ職人は良くモアイ磨く
「惜」
惜しまれることなく去っていきました私のことをちょっと見ました
「鼻」
一年が見下ろせそうな高さからわかった、鼻の差だったじゃん愛
「はちみつ」
はちみつの甘さに甘く包まれてやがて身動き出来ない甘さ
「さん」
ざらめ降るあられ食べつつ吉岡さんの指輪がないこと気づいてしまう
「たっぷり」
そうあしたたっぷりリンゴが届くので電話をするよ喜ぶだろう
「幻」
地図にない幻の島をぼくはつくりきみに食べさす、もんじゃともいう
2018年1月2日火曜日
2015年12月の自選と雑感。
謹賀新年。本年も、ゆるゆると、おつきあいいただければ、さいわいでございます。
結局、昨年を振り返るのも中途半端になってしまって、いろいろありましたですね。
何が有りましたっけ? 歌会こわいなどの時評問題などの、新聞、雑誌、結社誌からの話題がツイッターで急速に消化されるような現象がちょいちょいありましたね。
テルヤ的には、万葉読みを中断し、うたよみんのあいうえお短歌を5周で終え、日付と時事短歌を止めました。それから、不自由律短歌や、返歌球を試みたり、いちごつみに乗っかったりしました。noteで連作の試みもしてたな。
あ、コレイイナたんが誕生したのが、一番大きいかも(笑)。
今年も、わたしも、あなたも、ちょっといいよそ見の時間がありますように。
2015年12月の自選。
思い出の消去ボタンが作られて、今間違えて消した気がする
人生は有限だった、日常が無限っぽくていつも忘れる
この山はドクロの花が咲くらしいああこれツツジと読むのか、だよね
ドクロ山の坂の途中でませていた君にほっぺを舐められたこと
眠るとは死んでいるんだ明日はやく生まれるために今日はやく死ぬ
木守柿にはあらざれど点々とだいだい色の灯る夕暮れ
人生は肯定された! あとはまぁ長からず楽しんでおいでよ
死に方の未確定なるひとびとの孤独だったりじゃれあうを見る
夜の空があまりに黒い色なのでもうぼくたちは死んでいたのか
ひさかたのひたひたの雨、植物が嬉しそうにてわれは冷えおり
横断歩道歩き出したるセキレイの半ばにてやはり飛びたちにけり
入力の指が「ひゃほお」と打ち込んでヤフーが出るのでひゃほおと思う
もう前に進みたくないぼくといて君が隠れて見ている明日
ぼくはぼくの天才歌人万葉のジャンルでいえば挽歌に近き
飛び降りて君はすぐ死ねただろうか森の夜の冷たい雨おもう
ときおりに君に流れる方言のすこし遅めの空間を好く
退屈とスリルのはざま、バッハとはたしかに憧れいたる青年
ぼくたちは空を見上げずうなだれて端末に明日の天気を訊けり
しずかなる家に砧の音たてて人待つような君にあらなく
内臓が同じつくりであることが不思議、機能のうえに生きつつ
一村とアンリルソーの東西というか南北の違いをおもう
いろいろをぼくは忘れて生きている被害よりなお加害について
年末のオレンジ色の空もいい、人間にとって終わりの時期に
思わずに呼びかけている神様よ一気にどんとやってくれぬか
結局、昨年を振り返るのも中途半端になってしまって、いろいろありましたですね。
何が有りましたっけ? 歌会こわいなどの時評問題などの、新聞、雑誌、結社誌からの話題がツイッターで急速に消化されるような現象がちょいちょいありましたね。
テルヤ的には、万葉読みを中断し、うたよみんのあいうえお短歌を5周で終え、日付と時事短歌を止めました。それから、不自由律短歌や、返歌球を試みたり、いちごつみに乗っかったりしました。noteで連作の試みもしてたな。
あ、コレイイナたんが誕生したのが、一番大きいかも(笑)。
今年も、わたしも、あなたも、ちょっといいよそ見の時間がありますように。
2015年12月の自選。
思い出の消去ボタンが作られて、今間違えて消した気がする
人生は有限だった、日常が無限っぽくていつも忘れる
この山はドクロの花が咲くらしいああこれツツジと読むのか、だよね
ドクロ山の坂の途中でませていた君にほっぺを舐められたこと
眠るとは死んでいるんだ明日はやく生まれるために今日はやく死ぬ
木守柿にはあらざれど点々とだいだい色の灯る夕暮れ
人生は肯定された! あとはまぁ長からず楽しんでおいでよ
死に方の未確定なるひとびとの孤独だったりじゃれあうを見る
夜の空があまりに黒い色なのでもうぼくたちは死んでいたのか
ひさかたのひたひたの雨、植物が嬉しそうにてわれは冷えおり
横断歩道歩き出したるセキレイの半ばにてやはり飛びたちにけり
入力の指が「ひゃほお」と打ち込んでヤフーが出るのでひゃほおと思う
もう前に進みたくないぼくといて君が隠れて見ている明日
ぼくはぼくの天才歌人万葉のジャンルでいえば挽歌に近き
飛び降りて君はすぐ死ねただろうか森の夜の冷たい雨おもう
ときおりに君に流れる方言のすこし遅めの空間を好く
退屈とスリルのはざま、バッハとはたしかに憧れいたる青年
ぼくたちは空を見上げずうなだれて端末に明日の天気を訊けり
しずかなる家に砧の音たてて人待つような君にあらなく
内臓が同じつくりであることが不思議、機能のうえに生きつつ
一村とアンリルソーの東西というか南北の違いをおもう
いろいろをぼくは忘れて生きている被害よりなお加害について
年末のオレンジ色の空もいい、人間にとって終わりの時期に
思わずに呼びかけている神様よ一気にどんとやってくれぬか
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