マラソン
僕は今ランニングシャツと短パンで鎮めつつ何を待っているのか
乳酸の残る身体(からだ)をほぐすため伸び縮む男ゴムの匂いす
参加者七百二十二名、参加費三千二百円、七百五番のゼッケンを負う
スタートラインに一般男子蠢(うごめ)いて肉体は比較され比較する
銃声にいっせいに逃げまどう人、目に刺さる呑気な空の青
ランナーは走るのみにて結実し観衆の手は叩かれっぱなし
筋肉が喜んでいる、狭い視野への逃亡と言えぬでもなき走りに
後方にうっちゃってゆくと思いしが言葉が僕を追いかけてくる
坂の上の二月の風がたむろする目前で追い抜かれ目で追う
筋肉が苦しんでいる、折リ返シマダ引キ返スマダ遅クナイ
耐える為の最終兵器を用いる事をためらうも過去の霊呼びはじむ
けち臭くカーブの最短距離を行く 意識の前に変節は成る
醜いランナーの周りはもやに包まれてひとり時間を逸脱しおり
苦痛と汗のまだら模様の全身はあらわに恋える俺の挫折を
俺という酸っぱい肉の塊を舐め癒(いや)す女を信ず、つかのま
日常まで残り何キロ? その先は? 浮標(ブイ)のようなる生はこりごりだ
走りつつ意味だけを更新しゆき亡霊に手を振る現在地
二瞬前、一瞬前の俺が消えてゆく背後を思う腹を押さえて
観衆が両脇にある道に出る、自分が老犬のようで羞(やさ)し
走らされねば走らぬ僕が走りいる右足の痛み大いに庇い