2019年3月3日日曜日

20首連作「マラソン」199?年

  マラソン

僕は今ランニングシャツと短パンで鎮めつつ何を待っているのか

乳酸の残る身体(からだ)をほぐすため伸び縮む男ゴムの匂いす

参加者七百二十二名、参加費三千二百円、七百五番のゼッケンを負う

スタートラインに一般男子蠢(うごめ)いて肉体は比較され比較する

銃声にいっせいに逃げまどう人、目に刺さる呑気な空の青

ランナーは走るのみにて結実し観衆の手は叩かれっぱなし

筋肉が喜んでいる、狭い視野への逃亡と言えぬでもなき走りに

後方にうっちゃってゆくと思いしが言葉が僕を追いかけてくる

坂の上の二月の風がたむろする目前で追い抜かれ目で追う

筋肉が苦しんでいる、折リ返シマダ引キ返スマダ遅クナイ

耐える為の最終兵器を用いる事をためらうも過去の霊呼びはじむ

けち臭くカーブの最短距離を行く 意識の前に変節は成る

醜いランナーの周りはもやに包まれてひとり時間を逸脱しおり

苦痛と汗のまだら模様の全身はあらわに恋える俺の挫折を

俺という酸っぱい肉の塊を舐め癒(いや)す女を信ず、つかのま

日常まで残り何キロ? その先は? 浮標(ブイ)のようなる生はこりごりだ

走りつつ意味だけを更新しゆき亡霊に手を振る現在地

二瞬前、一瞬前の俺が消えてゆく背後を思う腹を押さえて

観衆が両脇にある道に出る、自分が老犬のようで羞(やさ)し

走らされねば走らぬ僕が走りいる右足の痛み大いに庇い