2022年1月3日月曜日

2017年07月の短歌など。

 新年あけましておめでとうございます。

過去の短歌を掘って洗っておこうと思っております。それが美味しい芋であるかのように。

先日、いいねの多い短歌がよい短歌とは限らない、みたいなおしゃべりがありましたが、ツイッターという場で、機会詩としての短歌はとても活躍しうると思っているし、歌集という、機会詩の力を失った媒体でよいとされる歌が、よい歌とも限らない、とわたしは思うものです。

2017年07月の短歌から。

端末を辞めたあいつはいまどこでどの精神を抱きしめている

半分に割ったパピコを順番にわたしが食べるわたしのものだ 

短冊に素直に願い書いたらばピースポールの文言に似る

朝起きて夜寝てそれを繰り返し心臓止まればよく頑張った

もう君が誰かもわからないけれど来年もまた会ってください #七夕

政治的に正しくしかし常識的じゃない表現を詩と呼ぶ朝(あした)

ひさかたのイーアルカンフーななめ飛びが出来ず真上にぽぴゅうぽぴゅうだ

人間がやっと言語を捨てたにゃらわれわれのことがわかるであろう #ネコ短歌後夜祭

北斗百裂拳はすべてが致命なる秘孔らし、その殺意丁寧

こんな日は死にたいだろう、後ろから突然宗旨を見抜かれており

画面いっぱいに描けば牛は褒められると知ってる子らの写生大会

開陳と男が言えば結局はジャンルを問わず開チンである

こんなにも歌を作って気がつけば自分の歌があんな遠くに

ポエジーに酔い過ぎたきみ金曜の終電前にもう詩を吐いて

手作りのこのポエジーを渡したいけれどあなたはポエず嫌いで

俺も詩もどっちも嘘をつくからな信じるとかでなくていいんだ

「明日死ぬ病(あすしぬびょう)」にかかってしまいうろたえてうろたえてこれ「今日死なぬ病」だ

文学的放屁について一時間の思索ののちに音せぬ放屁

オブラートで着ぶくれる夏、真実はビブラートかけるとうそっぽい

ゴッホみたいな星空がきみといるときで良かった、黙ってそう思ってた

おじいちゃん今日分の歌は詠んだでしょ、最近ちょっと増えてきたわね

文学はもっと遠くに行けるのにどうしてここで楽しんでいる

タイムラインながめておればわが死後の楽しきやりとりみているごとし

暗所から急に眩しい場に出ると目が痛くなる書き出しがいい 『雪国』#誤読文学


#俳句

竹床几半透明の使命感


#あいうえお順川柳

土砂降りで愛にすがってザジズゼゾ

おれはまだ酔ってないんだラリルレロ

すこしずつきみに服毒さしすせそ

愛したらこんなにケモノあいうえお

へいケツ、じゃなくてhey siri、なにぬねの


2021年12月25日土曜日

土曜の牛の日第52回「メガネくもれば」

 こんにちは。土曜の牛の文学です。最終回。

一年間おつきあいいただき、ありがとうございました。来年のことを考えたら鬼が笑うので、やめときましょう(いや、そろそろ考えようよ)。

近代短歌論争史昭和編は18章「事変歌の評価をめぐる論議」です。昭和12年に盧溝橋事件(日中戦争の発端、支那事変、日支事変)が起こり、歌壇の状況は一変する。それまでの短歌滅亡論も、尻すぼみになってしまう。日中戦争をモチーフにした作品は、おびただしい量が作られる。

その中での歌壇の論議は、①作品が具象的な、「中核に迫る」作品が少ない、という議論と、②事変への思想的な批判が少なく、日露戦争の頃の歌と変わらないという議論、③事変をすぐに歌わずともよいか、すぐに歌うべきか、という流れとなる。

ここまでは銃後詠が主だったが、このあと戦地詠が増えると、①無名者への評価、②作歌の場が露営地や戦闘の後の、内省的な時間であること(戦闘を生々しく歌うことの少なさ)が指摘されてくる。

次第に戦争讃歌の兆候が起こってくるし、戦争への批判は出来なくはなるが、歌壇の論者は、作品のレベルについては、銃後詠、戦地詠ともに、作品の未熟さについての批判的な意見は少なからずあった。歌壇全体としても、この事変歌の盛り上がりのなかで、①リアリズムを再評価し、②しかし素材主義の欠陥といえる深まりのなさを注意し、③全体として短歌のモチーフが拡充されたことを評価したのだった。

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事変歌ならずとも、今後も、大きな災害や、国家規模の事件があると、短歌は増えるだろうし、そのときに考えられる議論は、やはりこのような流れになるようにみえる。表層的な作品から、深化を求めるながれ、そして、当事者性と局外者の表現。そして短歌の報告の側面と内省の側面の、一律性。

それと、事変歌あるいは戦争詠は、われわれが今度のどの場所に立つかによって、見え方が変わる可能性がゼロではない、という保留がつねにあるように思う。

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  七首連作「メガネくもれば」

好きな詩を白湯に溶かして飲むときにメガネくもれば師走と思え

誰に見せずダーガーのように詩を残せばアウトサイダーの詩となる言葉

歌集出して もはや歌人になる人よ、日本語をやられたらやりかえせ

朝敵ゆえに詠み人知らずにさせられて載せられた歌ある千載集おもろ

575は不自然だから詩と思う古来心地の良さならずして

善麿の老いたる妻が、こんな日本になると思ってましたかと俺に?!

硬いものに残したものは残りゆく、彫るまでもない言葉と生きる


2021年12月18日土曜日

土曜の牛の日第51回「孤独な者には」

 こんにちは。土曜の牛の文学です。

今回は休みが小さい正月だが、正月というものは、もーいくつねるとー、と思わせるわくわく感がありますね。

近代短歌論争史昭和編の17章は、「岡山巌をめぐる連作論議」です。岡山が連作論を打ったが、いくつか反応があった、くらいの論議です。一応にぎやかだった、のかな。

岡山は近代短歌はリアリズムと連作によって成立していて、それは精神においてリアリズム、方法において連作であるとして連作を大いに評価した。そして、連作の中には積極的連作、消極的連作というものがあるが、近代短歌の名作はほとんど連作であることを分析して、短歌が現代性を主張するには、連作という方法が必要であることを力説した。

岡山の論に触発され、かねて連作に関心を持っていた山下秀之助は、岡山の「積極的連作」をさらに推進し、旅行詠、生活詠を自然発生的なものとしないための「高度の構成力」の必要をあげ、また時事詠、社会詠については「個性的観点を離れてはならない」とし、そして連作といえども「一題一首としての独立性」を希薄にしてはならないため、モンタージュ形式の構成を提案した。

岡山の連作論は、詩人の佐藤一英も反応し、岡山の「連作はリアリズムの所産である」という言葉から、裏返せば、歌人が「一首表現単作は断片的表現に過ぎない」と考えていることを引き出し、連作と字余り歌は、「詩的全体的表現への欲求」への傾向であるとみてとった。つまり佐藤は、連作によって短歌が再興するというより、新しい詩精神の胚胎に対して、(連作という)短歌の内部改造は無駄な努力であると考えていた。

この連作論議はしかし懐疑的な反応も多かった。「今更新しくあげつらふべき論題ではあり得ない」「連作は決して短歌をして衰頽せしめるものではないと堅く信じて疑はない」とか、定型短歌より新短歌の方が連作傾向が低いといった意見や、モンタージュ形式のような構成もまた自然発生的といえるくらい無意識に出来ている、という指摘もあって、興味をもたれなかった。

佐藤佐太郎も、自分は連作に消極的だとした上で、他の歌人の多くが、連作に馴れ過ぎて一首が軽くなっている、はじめから連作を意識した一首は軽くなる向きがある、とまで主張した。

のちにこの昭和12年を回顧した岡山巌は、その時も、それでも「連作なくして近代の歌はない」と力説した。

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連作と単作について、現在周囲を見渡すと、結社、歌壇などの賞は連作であり、広く募集する短歌の賞では単作である傾向がある。これは、素人→単作、玄人→連作、とみることもできるし、作品性→単作、作家性→連作、とみることもできる。

もちろん、単なるスペース(作品発表の紙面的制約)という側面もあるだろう。

先日も、短歌雑誌の賞で、入選の歌が2首"選"掲載であることについて、テルヤは否定的な意見を述べたが(テルヤは、連作なのだから冒頭の2首を一律に掲載するべき、という意見)、連作の中から何首か選んであげる、という、あれは結社を体験している人の親切心なのだろうと理解している。このあたり、単作主義と連作主義が、都合よく了解されているってことなんだろう。

ところで、じゃあ文字による表現数が少ない短歌は、その表現の外側を、どうやって補うか、というと、かなりコモンセンス(常識)やコンセンサス(合意項目)や、コモンイリュージョン(共同幻想)に寄りかからざるを得ない。もっというと、個人情報ならぬ個人"属性"や、ルッキズムなども、必要な情報はアリジゴクのように吸い取って解釈しようとする形式だ。

だから、現代において短歌は、充分に配慮された表現形態とは言いにくい(どっちかというと失礼な表現になりやすい)。そもそもこの文明は詩と相性がいいか、という問題からあるんだけど、そこまで大きくしなくても、短歌はそんなに新しい現代の問題群に適切に回答できる形式ではないし、若い人がいつまでも楽しめる形式ではないとは言える。

でも、逆説的に、コモンセンスやコンセンサスや、コモンイリュージョンの、誰でもないコモンさんにはなれる詩ではある。むしろこれが現在の短歌の一部的な盛り上がりの理由のような気もする。

文体よりもテンプレを当てはめるうまさが光る短歌は、そういうことなのかな、とちょっと思う。文体の時代には、もう戻らんやろうねぇ。うまさのレベルが違うよってに。(もちろん現在の方がすごい)

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  七首連作「孤独な者には」

古代エジプトに輪廻転生がないことを考えて君は黙ったままだ

神はそれ孤独な者には見えるように見えないようにヤッパ見えるように

孤独豆腐に孤独納豆と孤独ねぎと孤独醤油をかけたら孤独うまい

敵味方思考でいえばぜんぶ敵、「だれでもドア」を出してドラえもん

ひみつ道具は誰に秘密か知らねどもドラえもんを出して、そのロボット(四次元制御機構)を

サブカルとしての 季語として流行る 俳句として、もう戻れない侵食として

林檎をかじる、果実をかじる罪をかじる季節をかじる果汁をかじる


2021年12月11日土曜日

土曜の牛の日第50回「まぼろしの滝」

 こんにちは。土曜の牛の文学です。

今年から始めた土曜の牛の日も、50回となりました。あと残り2回なんですが、短歌論争史は残ってしまいますねぇ。しかし来年は来年で、いろいろ清算が必要な気もしているので、この今のペースでやることもないのかなぁと思ったり。

近代短歌論争史昭和編の16章は「岡野直七郎と佐藤佐太郎の大衆性論争」。局外者をめぐる短歌滅亡論が議論されているなかで、岡野直七郎は「普遍と永遠を貫く短歌」という文を書き、「個我を通して普遍我に至る」努力によって「大衆の胸に響き大衆に何時までも愛誦せられる」歌を生み出すべきだと述べた。

しかしその後の『日本短歌』の大衆性の小特集で、大衆化について否定的な意見がむしろ目立った。佐藤佐太郎は「短歌はつまりは没細部を要求し音象徴を要求する芸術形式であるから、出来の好いもの程大衆的でない」として「短歌作者は余り大衆といふものを顧慮する必要はない」といい、高張福市は「いはゆる大衆文学の変化への興味しか理解し得ぬ人達にまでその努力を及ぼす愚は止めねばならぬ」といい、河野栄は「短歌の大衆化は全く闇であると言ふの他ない」とまで言い切った。岩元迭は「現代短歌に大衆性がないと言つても、巷に唸つてゐる俗歌に聴き入り、身をまかす程卑俗化した大衆は眼目に置かなくてもいい」とし、浜野基斎は、「名歌と言へど、それが必ず大衆に迎へられ、理解されると言ふことは仲々望めないのであつて、如何にしてそれを理解し得るまでに大衆を引き上げてゆくべきか、といふことが大きな問題である」と述べた。中村正爾は、大衆化といっても、それはみだりに流行歌性や俗悪な散文調を取り入れて大衆に媚を売ることではないと主張した。

局外者の短歌滅亡論があるさなか、これら若手は、短歌は専門性のものだという確信と自負をもっていて、大衆性を付加しにくいと考えていた。

これには渡辺順三も驚いていた。彼はプロレタリア短歌のサイドだが、かれらの大衆観が、大衆の概念規定があいまいであり、しかも「大衆は無智で低級」という考え方で、無智な大衆を引き上げようという観点そのものが卑俗低級であると怒った。

先ほどの否定論のなかでも佐藤佐太郎は岡野の論に執拗に攻撃をし、岡野の「個我を終始することしか出来ないのは憐れむべきである」の言葉に対して、短歌は個の感情を尊ぶ芸術であるとし、岡野の「誰がどれをうたつてもいい」という評言を突いて、彼の論は凡作奨励論、人情歌復興論にすぎないとやっつけた。

ただ、彼らだけでなく、岡野の論はぜんたいに不評であった。渡辺順三や坪野哲久はプロレタリア短歌の観点から大衆論の曖昧さを批判するし、福田栄一、海老沢粂吉は短歌は個性、個我に徹するべきことを尊重した。坂本小金は、大衆を意識して作歌することの難しさとむなしさについて述べ、河村千秋は、大衆化もなにも、むしろ歌人が短歌を高級芸術だと思っているあいだに、大衆は短歌を「過去帳に書き入れようとしている」と大衆との乖離の危機感が歌人にないことを告発した。

岡野は、佐藤佐太郎に「個性」と岡野の言う「個我」は異なることを述べて反論し、また、渡辺や坪野の階級的認識にも反対したが、佐藤佐太郎はさらに岡野の論に善悪の道徳的判断が潜んでいることをあばき、岡野が反論する気をなくすまで徹底して批難した。

他には、半田良平が、この論争にふれて、むしろ短歌は、明治末年からくらべて、現在は完全に大衆のものになったのではないかと述べて、岡野の大衆短歌論は不要だと述べた。

岡野は昭和10年代に活躍した論客の一人であったが、この大衆論はさんざんであったようだ。

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個と普遍の問題は、アジアにとってはずっとつきまとっていた問題で、偶然かもしれないがこの議論の翌年タゴールがノーベル賞を取る。ノーベル賞が日本でまったく権威を持たなくなって久しいけど(医学とか物理学以外のものね)、アジアは個だ、という認識が広くあっただろうから、この報は大きかったのだろうと思う。短歌という日本の個が、普遍へ至れるか、というテーマは、彼だけの問題ではない、大きな問題だっただろう。

それはともかく、私はこの岡野の論は好きだ。この啓蒙的な趣旨でいい歌ができるわけではないんだけれど、彼が言いたかった当時の短歌の現在地は、むしろこれらの反論が丁寧に説明してしまっているように思う。思えば岡野は尾上柴舟の『水瓶』にもいたのよね。やっぱり、短歌滅亡論というか、短歌のウチとソトの、境界の場所にいる人の系列なんだろうな、という気がする。

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  七首連作「まぼろしの滝」

即時的な電磁記録はさびしくてタイムラインはまぼろしの滝

宇宙だったくせして今は明るい空、そういう時は君に近づかない

弾かれないフォークギターの弦はさび、それよりゆっくりネック反る昼

哲学者が戦争に反対したとしてその哲学の眉につばくらめ

原発事故以降注文をとらなくなったさくらんぼ農家の知り合いの知り合い

タレントの名前も読めなくなってきて有職(ゆうそく)読みで乗り切るつもり

喧嘩別れした姉弟(きょうだい)はお歳暮とお礼のLINEだけの姉弟


2021年12月4日土曜日

土曜の牛の日第49回「そのへん頼む」

 こんにちは。土曜の牛の文学です。

おまたせしました! 近代短歌論争史昭和編の第15章は「局外者をめぐる短歌滅亡論議」、短歌滅亡論です!(待ってねーよ)

昭和12年(1937)に、3度目の短歌滅亡論議が起こりました。きっかけは、菊池寛が、エッセイで、詩は非科学的なものであり、科学が進むと詩は成立しなくなる、という雑で一般論的な文学観を述べたことだった。

それに対して、歌人の宇津野研が真面目にも、ロマンチック精神が喪失しつつあるのは同意するが、むしろ科学の方がロマンチック精神に富んでおり、生命の問題に関する限りは詩歌は科学を超えている、と正論を書いた。

宇津野の文を受けて『日本短歌』は、国文学者ら局外者から、短歌の将来や伝統継承について意見を聞く特集を組んだが、国文学畑の人たちには、いわゆる新短歌に否定的な意見が多かった。

国文学畑だけでなく、当時の論壇でも、矢崎弾は、短詩形は「それに盛られる精神が非現実的日本精神の象徴で、今日の世界現実を包摂しえず、今日の社会現実の交流を逃亡した精神の哀れな文化のよどみに沈殿する方言的な詩魂」であるとして、その短詩形否定論から短詩形の滅亡を断言していた。

歌人の臼井大翼も滅亡を述べていたが、実作者である彼は、短歌が詩でなくなった理由を近代短歌の方法(写生偏重)のゆきづまりとして指摘する文章を書いた。

歌謡史の研究者であった藤田徳太郎は、短歌に新興芸術の新時代的生命を見出そうとするのがそもそも不当であり、それが物足りないなら「短歌などを作らずに他の新興芸術にその野心を向けるより仕方がない」と、短歌を伝統の形式美の条件から外すような試行については否定的であった。

中世和歌史の専門家の斎藤清衛は、短歌を「日本語が当然に実現すべき律語形式の一」であり「最もよく、この気象風土の中に育まれた超現実生活観的精神を具現するもの」と定義し、その特質を①その形式がはなはだ短いこと②その韻律がきわめて簡素であること③その韻律の制約上、古語との因縁を断ちにくい事情にあること④その調べには一脈の詠嘆か感傷が流れていて、たぶんに「うっとり趣味」をもっていること、とした。そして、「短歌は、短歌であるかぎりに於て、社会の文学思潮の外廓に立つて居り、激しい現実の雰囲気に混ずることは今のところ不可能である。」と、藤田の論理に近い新短歌への否定をのべた。

この斎藤清衛には、歌人の上田官治が反論し、短いということが価値を左右するものではないといい、また高田浪吉は滅亡論を一蹴しようではないかと呼びかけた。

しかし国文学者の風巻景次郎は、斎藤清衛の短歌観に賛同しつつ、「しかし一蹴しようとしまいと、短歌は結局亡びるのである、と言つたら何うなるであらうか」と、実作者が形式に対する危機感をもたないことからいぶかしみ、短歌の滅亡を論ずること自体を排除する機運を指摘した。そして「自由律短歌が自由詩を建設しないで、あくまで自らを短歌であるといふ所に、短歌の持つ不思議なまでの恐しさが感じられる」と、正岡子規以降の近代人が伝統形式に矛盾や疑問を感じるところまで来ていなかったと考えた。

なかには、保田与重郎のように、現代の生活を描くことなどより、古歌の模倣をすべきだ、という否定論もあったが、これは問題意識があまり噛み合わないものだった。

プロレタリア短歌系の森山啓は、斎藤や風巻の論文を「歌人の仕事に対する厭がらせ」とくさして、新短歌の「極く短い、単純な生活表現の文学」の意義を説き、短歌が滅びるときは、それはプロレタリアの自由律短歌が完成するときで、それまでの過渡期として現在の短歌を「恥ずべき理由がない」として肯定した。

他に音声学者、音楽評論家の兼常清佐は、五七調や七五調に我々は飽きてきたことを挙げて、また生きた口語のリズムを活かせていない、という、口語、音数律の観点で現在の短歌の弱点を指摘した。

歌壇からの反駁は、土屋文明が滅亡論について触れたり、松村英一が滅亡論者を反駁したり、岡野直七郎はこんなひまな議論は何の役にも立たないと批判したりした。半田良平は、斎藤清衛の論は最初から短歌の変化を認めない否定論なので、滅亡論以前の段階の話だと論難した。また風巻の滅亡予言も、なまぬるい曖昧な予言に堕ちている、とその発言の不明瞭さを分析した。半田は、短歌はあくまで抒情詩であるとして、その性格を限定することで現在まで続いてきたこととこれからの可能性を主張した。

半田の意見も「現状満足論」と言うものもいたが、国文学サイドの原則論、また短歌にたいする不勉強をしっかり突いた反論となった。

アララギの中堅の村田利明は、滅亡論などは「閑問題」だとして、滅亡するとかしないとか八卦占いみたいなものなら、滅亡しないと言い切って、一つの助詞の心配でもするほうが賢明だと滅亡論自体を批判した。じっさいこれが多くの歌人の本音かと思われた。

しかしプロレタリア系の小名木綱夫は、この態度こそ「現歌壇の非科学性と頽廃」であり、その助詞の心配もまた、作品との関わり、歌人の社会との事情の仕方とつながっていて、短歌の滅亡という歴史の規定との関連において考察されねればならない、とその足をつかんで批難した。

他には、詩人サイドから、短歌は連作によってリアリズムを確保することで滅亡を逃れうるという意見や、萩原朔太郎が、執念深くアララギの写生を攻撃した。

総体として、否定、肯定の段階を超えて、「優れた短歌精神の探求」(阿部知二)へと、この議論が向かったかはこころもとない。短歌滅亡論は、これで終わりではないのである。

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いま短歌は、これは観測範囲の問題にすぎないが、繁盛しているようにみえる。しかし、短歌は滅亡するか、と自分に問いかけてみると、一番近い答えは「イエス、滅亡している」となるかもしれない。上の議論の中では、保田与重郎の意見は、一番浮いているけれど、面白いなあと思ってしまうのだった。

われわれは、何を作っているのだろうか。伝統的な詩を作っている自覚を持っている人はどれだけいるだろうか。旧かなを使ったりしながら、漢字の送り仮名は戦後教育の基準に合わせていたり、要するに様々な日本語の断面をちゃんぷるーしながら、決してわかりやすいものを作ろうともしていない。本にしたって1ページの文字数がよくわからない空白を伝達しようとしている。

でも、なんだかわからない面白いものはぞくぞく出来ていて繁盛している。それは、滅亡したから、なのかもしれない。

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  七首連作「そのへん頼む」

僕は僕の人は人の終わってゆく時の、カンキワマルよキックザカンクルよ

缶蹴りの友の救出で翻弄する鬼が孤独になるとき夕日

人生が終わったらそこでシークバーが止まって永遠なる読み込み中

全世界が動画で金を欲するや、やり過ぎて謝って辞めたりをする

物語が終わってゆくのが手でわかる電子書籍もそのへん頼む

ロシヤ文学の名前の愛称多くして目次と本文と電子書籍頼む

舐めた飴の終わりがいつか分からないような恋だったし飴だった


2021年11月27日土曜日

土曜の牛の日第48回「地球居残り」

 こんにちは。土曜の牛の文学です。

近代短歌論争史昭和編の第14章は、「二・二六事件歌の是非論議」です。昭和11年2月26日に起こった陸軍将校らによるクーデター未遂事件をうたった短歌は、どう評価されたか、という議論です。

そもそも当時の人たちは戒厳令下にあってラジオの検閲された情報とうわさによって歌をつくっていて、事件の大きさのわりに、数は多くなかったようだ。

新浪漫主義を唱えている岡野直七郎は、前々回にもあったが、社会詠を嫌悪した。「どれほど短歌雑誌の上に、今度の事件の表面描写があらはれるだらうか。情景描写よりも更に邪道は、これに対する社会的批判である。ことに女流作者の角ばつたさまと社会的批判ほど見ぐるしいものはない。」と、女性への偏見をもあらわにした。

岡山巌は、岡野の意見に不満をもち、事件歌の存在を認め、自らも発表した。

  何事か既になされたる帝都の空朝くらうして雪しきり降る

  兵☓はまさにまぢかに起りをれど伝へ来たらむ物音もなし

  号外はあかつきいでしが巷にぞ取り押へられ後(あと)ひそけしと

  寄り寄りにささやき合へどこの事件(こと)の批判はさらに拠拠(よりどころ)なし

  三つ四つの夕刊かひてむさぼれどしらじらし何事もなかりし如く

  脳天をうちたたかれし如くにも呆けてもの言へぬ我らにかあれ

尾山篤二郎も一連を発表している。

  何かの物音すらも砲声のとどろきたるやと耳かたぶけぬ

  事なくて終れるラヂオ然るべく然らしめたるごとく告げをり

  家焼かばこの雪消えむひろびろと焼野が原となるべかるらむ

  野津黒木大山乃木につぐ人は居らずなりしやをるもをらぬか

  安んじておのれを守りゆく人は今日の政治(まつり)に言寄せはせず

  高橋是清といふ老翁がよはひよりその末の子の年引き算ふ

半田良平は上の岡山、尾山を好意的にとりあげて、自らも発表している。

  ラヂオにてさきほど聴きしそのままの記事を号外の上に見直す

  七百とも九百とも伝ふる兵士らは今宵いづこに如何にしてゐむ

  誰彼と首相候補者をかぞへゆき一人の上に胸衝かれたり

  愈々(いよいよ)に事は決まりぬといふ噂は雷(いなづま)を見る思ひして聞きぬ

  兵に告ぐる声はラヂオに幾たびか繰返されぬ朝闌(た)くるまま

  馬上より兵を諭(さと)しゐる将校をラヂオに聴きて眼に描くなり

山下陸奥は、この他の事件歌も含め、批判的にみた。歌人の発想がトリビアルなものを歌うのに馴れてしまって、事件の核心にふれるような強烈なものが作れないのではないか、という、歌人の作歌態度と方法を問題にした。

他に峯村国一が事件歌についてある種の落胆を示したが、当時の出版法によると、時局を論じることが出来なかったので、率直な事件の論評に関わる作品は掲載できなかったという事情もあるので、土屋文明はアララギの後記で上の事情を説明して「作者は自信ある作品は銘々に大切に保存されたらばよいと思ふ」と書いたりしている。

半田は、岡野をはじめとして事件歌の批評の冷遇にたいして反論し、時事詠を「社会的事件を意識の底において、そこから昂揚する作者の感情乃至気分を詠み上げた歌」と定義し、概評でつまらないとしか言わず、ここの歌を適正にみていない批評サイドの評価基準の曖昧さを突いた。

ここでの、浪漫主義と現実主義に置き換わってゆく事件歌の対立は、やがて日中戦争の現地詠の評価をめぐる対立として持ち越されていく。

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たしかに、クーデター未遂事件が起こっても、時事詠の問題になってしまう時点で、歌人の問題意識は優雅だと言える。

しかしこの事件とて、耳の時代だった。今はテレビで観た事件を歌にする時代だ。短歌が虚構かどうかというよりも、短歌にすること自体が、ものごとを虚構にすることを意味しているような時代だ。この声がほんとうだと訴えているのは、作者だけの時代だ。

とはいえ、ややテンプレート化している、二・二六事件の、しずかに雪が降る心象風景も、短歌が作られたからでもあるし、上の歌も、やはり記録的な意味は大きい。芸術に記録性による評価を含みたくないという意見もあろうけれど、時間が立つと、私性なんかより記録性の方が大きくなったりする。絵画でも、印象派なんか流行っちゃったから、あいまいな図像になっているけど、あれ、精密に描いてたら、史料価値がもっと高いよなー、と思うことは時々ある。

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  七首連作「地球居残り」

スーパーデフォルメガンダムのような目で見てるSDGsの環境しぐさ

物欲も決められて黒い金曜日 買いたいものを見つけなければ

パルコにもサンドラッグや百均が入る三丁目の夕日が赤い

下駄箱に下駄がなくなり筆箱に筆がなくなり季語はまだある

機嫌良さゲームに強いきみが好き私を弟子にしてくださらんか

宇宙観、社会感、人生観、自分観。排泄観はな毛観おっと行き過ぎた

マルバツで答えを間違えた方はウラシマ効果の地球居残り


2021年11月20日土曜日

土曜の牛の日第47回「てふてふしない」

 こんにちは。土曜の牛の文学です。

近代短歌論争史の昭和編は第13章「北原白秋をめぐる「多磨綱領」論議」です。当時すでに大御所であった北原白秋が、師の与謝野鉄幹の死を受けて、「多磨」を創刊する。土岐善麿は、白秋がいまさら雑誌作りの犠牲にならなくてもよいのにと心配し、事実2年後に白秋は視力や体力を衰弱させるが、白秋は与謝野鉄幹の「弔ひ合戦」のような決意ではじめるのである。

白秋は「多磨綱領」において、日本における第四期の象徴運動として「多磨」を規定した。

第一期は新古今。「新古今に至つて、此の三十一音型は芸術としての無比の鍛錬台となつた」と述べ、日本詩歌の本流は新古今からであるとした。

第二期は俳諧。「本来一貫したる東洋精神の清明、洒脱、閑寂の諸相はここに寧ろ当時の短歌に於てよりも、茶道、造園、俳諧に於て、その本質の開顕を見、流通無礙の心象を把握した」と評価する。

第三期に『明星』をあげる。「短歌に於てもまたあらゆる西詩派の香薫と機構とが加工され、粉黛さるるに至つて、昔時の和歌意識は全く相貌を変へた詩の新感情によつて揚棄された」として、『明星』が浪漫的精神の烽火となったと評価した。

そして第四期として「多磨」が、浪漫精神を復興し、近代の新幽玄体を樹立することを主張した。

ちなみに白秋は、これが単なる『明星』の継承ではないこと、また同時期に急に新浪漫主義を唱えた岡野直七郎の言うようなものではないことは述べた。

これらに対して、山下秀之助は、アララギリアリズムの対抗馬としてのロマンチシズムとして期待した。

逆に高田浪吉は、アララギ側から、「多磨」の陣容が白秋氏の趣味の域を出ないのではと述べた。

簇劉一郎は、白秋がすでに歌壇における特異な浪漫的潮流の一つを占めていることは明らかなので、これを結社化してむやみに対立するだけになることを怖れると述べた。

坪野哲久はプロレタリア短歌のサイドから、白秋の浪漫主義は人生逃避の芸術になっていると、懐疑的な態度をしめした。

木俣修は、白秋が「近代の新幽玄体の樹立」を提起するに至った文学精神を分析し、それが長期にわたる蓄積と練磨であることを明らかにした。

「多磨」による、アララギとの大論争というものは結局起こらず、「多磨」は理論より実作を重視し、結社性の濃いものとなってゆく。白秋の歌風、個性色はあるものの、白秋の理論もまた、白秋の実作に即した「それ以上に発展することの出来ない抽象理論」(岩間正男)となって若手には窮屈なところがあった。

「多磨」創刊号の白秋の「春昼牡丹園」は、以下のような作品である。

  牡丹花に車ひびかふ春まひる風塵のなかにわれも思はむ

  牡丹園人まれにゐて凪ふかし奥なる花の香ぞ立ちにける

  白牡丹くれなゐ蘊(つつ)みうやうやしこれの蕾に雨ぞ点(う)ちたる

  春日向牡丹香を吐き豊かなり土にはつづく行きあひの蟻

  その道の霞に行かす母のかげ遠き牡丹の花かかがやく

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白秋の近代短歌の歴史のスタートは、明治の新詩社(明星)であって、子規系のアララギの隆盛は、あくまで本流ではなかった、という意識がずっとあったんだろうな、と思うと、白秋もいいなあと思ってしまう。

子規は、自分の作品がいいなら鉄幹の作品をいいと思うわけがない、鉄幹の作品がいいなら、子規の作品がいいと思うわけがない、みたいなことを言ったけど、そのロジックって、この昭和10年の頃も、アララギ系は言うんだよね。新古今がいいなら、万葉が評価できるわけがない、万葉がいいなら、新古今が評価できるわけがない、みたいに。そして白秋を、どっちつかずの、あいまいな歌人とみなす。

まあ、アララギはたしかに歯切れが良かったのよね。そして一番歯切れがよかったプロレタリア短歌が、弾圧で見る影もなくなってしまったんだよね。

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  七首連作「てふてふしない」

君が時々つぶやいているひとりごとの短いポエム、タンカってやつ?

言葉とは生き物なのに定型の標本の蝶はてふてふしない

のどかだな芸能事務所が本名を禁じることが出来るみたいに

若いのとかわいいのとが紛らわし きみってかわいいのか若いのか

モラルハザードというゲームがあれば襲うのは真面目な方か不真面目な方か

寝る時は死の練習のように寝る、練習が仕事、本番は集金

エッチという発音がもうエッチなんて不思議だ、ふしぎというのもふしぎだ