2016年3月5日土曜日

2014年02月の56首

何を焼く煙の商店街に満ち雲霧林ゆく男のごとし

ひとり以上孤独未満の三時ごろミダフタヌーンとつぶやいてみる

東京のあまり見えない星のした身体を苦しめいきるランナー

報酬を下げるというか夕暮れの川の白さを不思議がりおる

岩笛の甲高い音(ね)の一閃に空割れて向こう側まで届く

放し飼いされたる庭のにわとりの頭十四五本が揺れる

帳尻を合わせる二月、ふとすれば星辰深遠なる線を見せ

人生は上り坂だし下り坂、勾配は首の角度が決める

朝の夢に句作しており式部の実は晩秋の語とあとで知りつつ

漱石も餌殻を吹いて飛ばしては鳥かごに戻り皿を置きたり

苦しみはあらあら報い冷えた地をあたためる日はひとつしかなく

安心を嗅ぎながら飛ぶ飼い鳥のチェイサー(口直し水)としてわれに戻り来

二十世紀の魔法を溶かしあらわなる肌のつかのま次の魔法は

政治的に妥当な君の表情を透明の飴を舐めて忘れる

実朝は三十路を知らず壮(さかん)なる命の前に無常を詠みき

夜の船はぬばたまの海に浮かび進む凪ぐかぎりセントエルモの火なし

二十年前に積もりし大雪のシーンのかけらがひとつだけあり

夜勤明けの目に溶けかけのきらきらの雪やかましくいたく去(い)にけり

思い通りにならぬ世界にまかがやく陰謀論の雪の降り積む

雪に閉じ込められた二人には食べあうまでを食べているなり

酸性の溶液に似たわが国の溶けながら未来きっとあかるし

善悪の判断難きうねりにてうねるがゆえにいい方へゆく

雪の畑にふくらすずめの木がありて灰褐色に咲いているなり

現実に持久しながら去ってゆく業をみるまでおらねばならぬ

あたたかき茶の一杯が寒き身にたしかにうれし分福茶釜

機械好きの男の帰結、のどぼとけ上下して声はフイゴのごとし

地の熱のはるか彼方に青白きほのおが浮かびシリウスとよぶ

オアシスの水量により栄枯する国家がありき遺跡ましろし

かつてここに洋鐘ありて遠くまで鳴りしと読めり、またひとつ鳴る

つまらない休みの理由聞きながら彼はこのまま許されてゆく

人間も悲しいなあと、かばは云うコンクリ池に穏やかに生き

この宇宙の元素が表になるという狂気を暗記しあう学生

大雪も二度目となれば河川敷に雪だるまなく明るく冷ゆる

日の昇る前の世界でこの声はまだらが黒に負けたのだろう

長命は望むにあらぬジョギングの健康を否定せぬ速度にて

外周のふちの傷白き瓶コーラを二人で飲めり先を濡らして

湖のほとりを歩く王または患者と主治医の影みずに揺れ

空のコップに昨日の空気溜まりいてそを流すべく水で濯げり

さびしくて鳴く鳥の声のさびしさが沁みるほどには年ふりにけり

主従心の従のみ知りて仕えしを笑わる、確かにいびつと思う

指に載せて鳥は二度生まれるという人も何度か生きねばならぬ

勝利者の顔真似をしてどことなく晴れがましかる面魂(つらだましい)は

甘美なる満員電車の圧縮に孤独の角は研がれては折れ

明け方か薄暮か知らぬガラス越しの景色のごとしわれの二階は

電気記録の短歌はすべて消え失せてそのようなものを残す身となる

毎日を繰り返しいて前方に等速に離れいる未来見つ

植物を選ぶほど愛を拒まれてアポロンの遠い恐怖を思う

人生は楽しいものという歌が離れゆく隊商(キャラバン)より聞こゆ

紅梅の塀よりこぼれ咲くを見る逆算してもまだ多し、春

蔵書印まっすぐ押されたる古書のその所有者の背すじをも購(か)う

未来永劫クー・デ・タは赤き血を吹いてその辻褄を擦り潰すなる

今夜君は青く美し月光を何リットルも浴びたるように

夜暗く静かであるがこの駅に古書店なきはつくづく寂し

絶望の気分は人に根深くてヨハネのくらき夢日記なども

つつがなくば30年後の春に咲く花の匂いを君と嗅ぐかも

山は峨峨(がが)海は濤濤(とうとう)ならねどもかく見ゆるべき生を疑わず

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