2016年7月9日土曜日

2014年06月の60首

冷蔵庫の氷が落ちて静寂がさびしくて少しあたたかき夜

一貫目蝋燭の火が風もなく捻(ねじ)れ黄色く世界も捻れ

木の箱に原稿少しずつ満ちて締め切り前の化合物まぶし

マッチ箱の形容ももう百年を経てラッピング電車並び来(く)

ブロック塀の根際(ねき)にドクダミ地味に咲き愛でるわけにはあらず気になる

今日の幸、今日の不幸をひとつ決め小さく生きるを今はよしとし

正しさで人を断罪する夢のその両方の快楽ぞ憂し

孤独とは孤高の初段、自意識の合わせ鏡にまた他者を出す

世界を語る資格はなけんこの部屋でペットボトルを転がすわれは

君のためかつて使いしフレーズをふたたび使う、こなれて浅き

この曲の歌詞を離さず持っていた記憶なつかし、少女にしあれば

蛇の神は漢訳に龍と化身して逐語訳せぬ信仰を思う

寝る為に生きるにあらずと言い切れず早々と寝る、もういくつ寝ると?

富者は驕り貧者は僻むまさぶ(淋)しさ上衣(うわぎ)を引かれわれも入りにき

誰に会うわけでもあらず梅雨だくの外へ牛丼食いに出るだけ

目の答えは見ぬようにして質問に答えるたびにくだるきざはし

六月といえ雨降れば寒かりし外キジバトがくぐもって鳴く

探究の綱を手放す瞬間の楽な落下と余る思念は

歌はうった(訴)う、けれど同時にマネタイズせねばならねばネットでは止む

ようようよう朝の明かるき梅雨雲と地平のすき間は、(ラップみてーだ)

「だとしたらもともとそういうものなのだ」そうやって知る事実いくつか

味噌とゴボウの香を含みつつ飲む汁よ人間界の苦楽なつかし

しんどくてリタイアしてもかまわないマラソンならば意外に続く

成ぜねば短命よりも長寿こそ哀しかるらん、昨夜(きぞ)からの雨

母の周(まわ)りを子はくるくると回(まわ)りおり手伸ばせばきっと届くあたりを

新品の電子機器なる匂いして君の衣服の中に鼻寄す

月が大きいだが影がない帰路の手に下げている向き合わざる感情

秘曲ゆえ知らぬというか秘曲という存在さえも知らなくて生く

満月を過ぎれば既望、このあとは日々確実に新へと向かう

人間は間接的に食べもして梅雨時期らしい目で二人いる

どこまでも愛を放出するような歌つくり今日の予定は変えず

涙のことを歌えば歌はピンクッションの途中で刺さったままに留(とど)まり

大御所の演奏は良し悪しを超ゆ芋を飲みつつ聴く老ロック

詩にてなおあたりさわりのなきことを述べて齢(よわい)となりにけるかも

利己的に生まれて利他を学習し自己とたたかう生命(いのち)とは愛(かな)し

末代までの恥など知らず傍流は傍流らしく跳ね返りゆく

280年後のテレビドラマにて適(かな)いし曲を書きしバッハは

おそろしく舐めた目をする部下かつてのわれに似おれば背の汗垂るる

少し先の季節の過去ふとよみがえる冷蔵庫で冷え切ったる浴衣や

輝くのは若さか老いかオクシモロンと言うには老いのさまざまにある

階下われにひときわ高い声で鳴く飼鳥よ早く君に会いたい

奥底(おうてい)に何の願いのあるわれか膝まではない沼地が続く

メメントモリは取り憑くと聞きああそうかそういうことかと思いが至る

色百首編めばおそらく早々に情愛を示すそれの登場

人類の叡知がひとつ進むとき託しつつ去ってゆくもの多し

心許すゆえに吐きたる暴言や不機嫌をいつか仕様と思う

悲惨なる一瞬の死とそを思う長きひたすらながき生はも

背景の背景にふと震災が涙のごとく押し寄せてくる

驚くべき災害のあと生くるのも死ぬのも卑怯にみえる、夏枯草

跳びはねては沈んでイルカは繰り返し等速でわれは年老いていく

夕方の雀であるか電線に止め具のように並んで待てり

文学少年というひとつの生物が手を横に引く、よりみちに見ゆ

ささくれを突ついて痛い愛情を拒みつつ受く受けつつ痛い

食パンを噛みつつ信ず友情の太さではなくその分厚さを

本当に花が飛んだと驚いてそのまま視界をわたるモンシロ

はみ出たる腹をさすりてわが身はや地球より軽く鴻毛に重し

まだおしゃれして遊びたい母親が子を保育所に昏く預けて

バファリンで言うならここは半分の文系的な宇宙解釈

生ハムをかじってワインなめながら若きディランの風刺聴き沁む

旗の色を顔にペイントしゆくときしびれておりぬ、二つ意味にて

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