2018年12月13日木曜日

三十首「春のぬかるみ」

  春のぬかるみ


父も子も知らぬ樹上の鳴き声がひかりのように降る行楽地

ネオンテトラの群泳よぎる、青々と同じ形のしあわせがゆく

タイサンボクがひとつめくれて落花するかつて五十でおおかたは死にき

つまづいて運動不足を知るように人生も、春風はむしろつよし

観るあいだずっとひとつの石燈籠が映さる、倒れて浴びる脚光

花びらが自転車の鈴に貼り付いて俺と一緒に行くか? 夏まで

ハイビジョンが美しく映すどろどろのホッキョクグマの飢餓の彷徨

暴風の近未来 窓を眺めつつ子が期待する春のぬかるみ

首の背でつまみ上げたる猫にしておとなしく少し頼ってもいる

三人の、ボールを当てて彼は死に彼は生き返るゲームはげしき

風が吹いて祭りの太鼓消えて真夜、軒のわかめが濃く匂うなり

電気機器の裏側で絡む配線のこんがらがったままぞ日常

二進数に変換できぬものなんてないような水着動画の笑顔

東京をまるごとバックアップせよいつ君が壊れてもいいように

見下ろせば芭蕉の緑、漂泊の俳人も遺したからむ午後か

転ばぬ先の杖を倒して行き先を決める、遠くに夏雲の気配

労働にあけくれるべく労働者は働いている、神話の外で

寫眞機のいまだ為し得ぬ業(わざ)として掠め取るバルビゾンの夕暮れ

しんしんと倉庫が雪に沈む夜、壁のデスマスクがまた死せり

べろんべろん、君の頭を舐めながら犬は主人の味を愛しむ

俺よりも幸福を深く知っている横腹を軽く撫でて波打つ

古典落語「青菜」の酒は柳蔭(やなぎかげ)杯を仰げばつられて顎が

青いトラックに角材が載りその上に青いビニールシートの上にみず光る

山は斜(しゃ)に海は弧(こ)に 人間はまっすぐ歩かない

水たまりに映る白雲、ずっと俺は空を見ていたつもりであった

ふてぶてしい男はたぶんふてぶてしく死ぬと思えば恐ろしくもなる

君の言葉に応える矢先店内に世俗カンタータが流れたり

一歩ずつ天へと昇る階段も途中まで、横断歩道橋

月の道は独りで行ける、人間の目というは開くことがむずかし

幼きが月の汚れに気がつけばうさぎの嘘を話す夜かも

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