2016年5月14日土曜日

2014年04月の60首

遺伝子のというより遺伝システムの袋小路でさくらまぶしき

駐車場の車を選び当たりなら午後まで眠っている下に猫

機械訛りの声にやさしく包まれて終わる生でもよいかもしれず

予想より少し長き夜首に溜まる汗乾く頃ふたたび眠る

アスファルトの残りの熱を濡らしつつ小雨は匂う、記憶がひらく

なりたくていやなれなくてお前らは今年の今のさくらであるか

死神と朝との二択、目を開けて朝であるなら肚決めて生く

元旦の歯ばかり磨くつぶやきのボットに遭いてあやしく可笑し

驚くべきこととは思う生きているすべてのものが老い、曝(さら)ばえる

雨あがりに降りたる花ぞ、留(とど)まっていられぬ場所を春とは知りぬ

知らぬものどうしが文字を並べゆき花冷えの語で少しつながる

ネット見てぐだぐだせむと探しだすいも焼酎とポテトチップス

ねこばあさんが首をつまんで運びたるおとなしきあの成猫を思う

雨と桜でどろどろのこのバス停を窓白きバスがためらわず過ぐ

テレビ消して手のりの鳥といて思うシャガールのそのかなしい気持ち

管理職はラズノグラーシェを抱えつつ遅めの昼を一人で食えり

よろよろのハムスターには巨大なるわれの愛着すら畏怖となり

まだ桜、家の近所の公園でわが呑む夜をまつまであるか

世界からドロップアウトするような早寝をかさねまだ容(い)られおる

真面目に生きさらに真面目に怠けたるこのうつしよに猫というのは

ビル風に追い立てられてわれとわれの足もとの花びらとで逃げる

堪忍袋のジッパーを行き来する電車、今朝もどこかが挟まったらし

音楽が頭の中にあるせいで少し楽しくなるとは不思議

材質を疑うほどに日に光る赤チューリップ、チューリップの黄

アルゼンチンのカジュアルワイン飲んで酔う島国に生まれ島国で死ぬ

生きることの歓喜をのちに伝えんとまだ隠れたる窟の埋経

端折るならば血色のよい死体にて土にならむと樹木を探す

川に沿って菜の花のみちが二本ありこの下流には春の終わり

通電をやめた一人の媒体のサルベージすべき感情いくつ

眩しさも暗さも怖き飼い鳥の軟弱さこそ生きるといえり

ブックマークの一覧に昏(くら)き文字ありてたがいに触れぬまま過ぎていつ

公転面の傾きにより来る春の春は女の輝度あがるなり

真夜の舗道に団子虫青く歩みおり啓蟄過ぎて寝るところなく

空調とファン駆動音に紛れ美(は)しサーバー室で歌うバッハの

さくら散ればなしくずし藤はなみずき紫陽花さるすべり、で木犀へ

紳士服売場でわれの属性を見失いループタイを探しき

準備中ののれんを一段かたむけて湯気ふっくらとにおう店先

日日(にちにち)がデジャヴァブルだと思ううちにこの感慨もコピー嵩(かさ)むる

無明(むみょう)から次の無明へ渡りゆく馴れた目が厭う世界ならよし

クラッカーの紙ロープ伸びて降るごとし頭上はるかにさえずりの交(か)い

whyよりもhowに尽きると聞き做(な)して目玉親父の声でフィンチは

隠棲する老思想家のかみ合わぬ助言と思えど敬にて受けつ

油絵の油の固いマチエールの明るい部屋にしろき青年

人型にくり抜いた紙を重ねゆきその空間に生は詰まりつ

映画みたいに地球の終わりがわかるなら二時間前に眠りに就こう

つつじとの違いは君から教わって違いも君も曖昧となる

店先で店員と猫がゆっくりと夜を待ちいる春の夕方

真夜覚めてトイレを終えて一杯のコーラを飲みてやすらけく寝る

前を歩く女が尻を振っていて二歩ほど真似をしてしまいたり

新世紀のあのなにもかも新鮮だった世界のかけらを蹴りながら帰る

飼い鳥に来訪神のわれはきょう真夜帰りきてひたすら撫でる

夜電車は寄り合い祈祷所のようにめいめいが深くこうべを垂れて

満開の濃きむらさきの藤棚の悲しみ垂るるとみえておどろく

チョルノービリに蹲(うづくま)りおりチェルノブイリスカャアーエーエスはロシア語のまま

夭逝こそ若き特権、赤緑(せきりょく)のあざやかにして短き躑躅(つつじ)

乾きたる有翼天使図は赤く古昔(こせき)人間(じんかん)に遊びていしか

古代コンクリートの肌(はだえ)あたたかし後(のち)錬金の夢やぶるるも

両岸の家に挟まれカーブなす人工川の凹状(おうじょう)の闇

服を着て散歩する犬とすれ違い犬も服着た人われを見る

宇宙まで透けたる空の蒼(あお)の下五月こそ何かはじめたるべし

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