9月というのは、テルヤにとって、アカウントが誕生した月であるので、なにかそわそわする感じがあって、あたらしいこと(短歌的な)をやってみようかなと思ったりするのだが、やりたいこと、できること、なすべきことのバランスがうまく調整できず、結局なにもしなかったりするので、そういうそわそわ感である。
この2014年は、まだうたの日もやっていず、この月のツイート数が72で、歌の数が70だから、短歌以外のツイートは2つ。9/10の「毎日つくって2年になった。ゆっくりとうれしい。いつも読んでくださる方に、感謝しています。」と、フォローした方からの挨拶の返事。今よりもずっとbotっぽかったに違いない。ずっとぼっと。ほっともっと。
自選のような、自註のような。
水底でほほ笑むような刑なりき或いはあれだ、ゼリーのプール
※ゼリーのプールって泳げるんかな。
どの虫も生きようとして無数なる牙むき出せる、慈悲となるまで
※生き物が生き物を食う、あるいは食われるというのは、けっこう慈悲的だ。
レゴリスに覆われて君の惑星は息かからねば暗く遠のく
※レゴリスは、岩石の表面を覆う堆積層。人はみなそういう惑星をもっている。
何か僕に出来ることなど「ないですよ」向こうも予期せぬ強い調子で
※声にして感情がはじめて本人にもわかるって、あるよね。
死ぬこわさが三(み)つほどあって日によって程度違いていずれもこわし
※死ぬのが怖いって、いろいろあると思うんだけど、3つくらいはあるよね? たとえば、死ぬ痛みの怖さとか、死んだあと自分が世界にいないっていうこわさとか、死んだあとどうなるかわからない怖さとか、死んでも世界にはちっとも影響がない怖さとか(4つやん)。もっとあると思うけど、ふつうあまり掘り下げないけど。
生命は進化というか無機物の慈悲のおこぼれみたく流れて
※上でも慈悲についてうたってるけど、生命って、無生物の世界の慈悲があって存在できてるよね。無生物の慈悲ってなんやねんという話だけど。
アーモンドを奥歯で噛みてきしきしとやがて悔しき敵(かたき)のように
クレヨンを途中で折りて引き抜いて包み紙ついている方をくれき
※上の二つは、まあ感触の歌ですね。クレヨンに付いているぱさぱさの紙、クレヨンを折っても一緒にやぶれない感じ。
トルストイをト翁と呼びし日本の文人のその親しみ遠し
※シェイクスピアを沙翁とかね。文字数もあるんだろうけど、あの尊敬と親しみとなれなれしさ、今書けないよなあ。
「夏休みが終わるのを嫌がりながら給食を僕はほっとしていた」
※貧困の問題は、やはりどこかには存在しつづけるのだろう。夏休みは、給食、しっかりした食事がない期間、とも言える。
復讐譚として読む『国家』、巻物の中でも嘲笑される師描く
※プラトンの『国家』を読むと、目を閉じてソクラテスとの日々を思い出すプラトンの絵が浮かぶし、そういう感情が文章の底流にある。
もし鳥よ僕の不在に気づいたら小首をひとつかしげておくれ
※忘れないのもいいけど、忘れるのもいい。
文化滅ぶ、川面の端に渦なして澱みたるもの流るるごとく
※どばーって水流すと、よどみはなくなるけど、よどみって、本当に不要なのか。
後になって切なく思い出されたる要領を得ぬ夜の電話は
※その時にわかるというのは、それはそれで錯覚なのかもね。
夢の中も変わらぬわれの日常に懐かしい人が邪魔せずにいる
※脳はそういうシーンを、たぶん気まぐれに組合せては捨ててゆく。ひょっとしてとても大切なシーンが出来る場合もあるのに。
時が来ればすくりと伸びてその先が染まりてひらく群れまんずさげ
※今年は曼珠沙華まだうたってないような。うたわないという選択もありだな。
なにかこう引きちぎられているような痛みのあとのような朝雲
過ぎ去ればまた一年は文字のみの、朽ち木の匂い、かぶとむし、夏
※この辺は季節感の歌ですね。
エンディングなきゲームほど明日にでも理由なく止む生に似てゆく
※最近のゲームは明確なエンディングがなくて、それはつまり、いつでも止めうる、という意味でもある。
本当はもう知っているデュシェンヌの微笑を与えられぬふたりは
※デュシェンヌの微笑というのは、笑おうとして出る笑いでなく、漏れ出るような笑みで、使われる筋肉が違うらしいのね。
腐った匂いの腐った街にいるゆえに腐った人になるすなおさよ
※逆は逆で怖いけどね。松平定信かよって。
2016年10月2日日曜日
2016年10月1日土曜日
2014年09月の70首
水底でほほ笑むような刑なりき或いはあれだ、ゼリーのプール
どこまでを何までをわれは書きつけてそのふところへほどけてゆくか
行為から存在へ至る老害のラオハイと不意に中国読みで
銀色のその髪に似て輝きぬスポーツカーに乗りはにかまぬ
ノスタルジーひと盛りいくら、昭和歌謡はこんな未来のためにか甘し
心象の年齢を同期する先にこの人を思う、師の字を思う
どの虫も生きようとして無数なる牙むき出せる、慈悲となるまで
意識低いどころかもはや無意識系中年の吐く正論こわし
レゴリスに覆われて君の惑星は息かからねば暗く遠のく
何か僕に出来ることなど「ないですよ」向こうも予期せぬ強い調子で
死ぬこわさが三(み)つほどあって日によって程度違いていずれもこわし
感情の確証はきっと得られなくその満面の微妙な笑みの
芋焼酎(いも)の甘さとデュフィの赤に卑屈なる心なぐさめられながら酔う
メタのないライフストーリーに動じつつ参考としてはひそかに外す
生命は進化というか無機物の慈悲のおこぼれみたく流れて
アーモンドを奥歯で噛みてきしきしとやがて悔しき敵(かたき)のように
寂しさの満喫といえグラウコンへのかの説得が心に入らず
謙虚さに気がほぐれつつ何周目のことであろうか訊きたくなりつ
ためのゆえの、ためのゆえのと両の手で水を掬うように心をさだむ
水しぶきの中から君が現れていつかどこかの記憶のごとし
クレヨンを途中で折りて引き抜いて包み紙ついている方をくれき
土の匂いを臭がる子にも驚いてアスファルト=プレパラートの家路
雨のなかのみずうみは白くうっすらと無音と思うまで雨を受く
性善説の悪人と性悪説の善人と表情のその苦さにて似つ
中秋の名月は雨、脳裏には前々のまだ成らぬ満月
トルストイをト翁と呼びし日本の文人のその親しみ遠し
言い切ったはずだが舌の違和感は虫歯のようにぐらぐらしおり
「夏休みが終わるのを嫌がりながら給食を僕はほっとしていた」
メロディは知らず母より教わりきつくし誰の子、雑草を抜く
いつの日か叶わなくてもいい夢に国際列車の寝台に寝る
復讐譚として読む『国家』、巻物の中でも嘲笑される師描く
書簡詩の節句を読みて韻律に宿りしものの痕跡かすか
穴という穴から子孫生まれ出て身を朽(く)ちて神となるのもたのし
経験を騙し取られて憤するも時間とは地面剥(は)がし行(ゆ)く球(たま)
もし鳥よ僕の不在に気づいたら小首をひとつかしげておくれ
汲めど尽きぬもののあふれる芸術のレイヤを見おり位置ゲーのごと
ジンゴイズムの主義の主軸は排外か愛国かしばし目が止まりいて
有名人でもないのに歩く東京のテレビと同じ店を見渡す
"い"の"ち"とはとうとかりけり、なぜ人を殺してならぬかなど付するほど
やる気さえネガティブな言で示すのでその目と声を聴かねばならぬ
霧に見えぬ不安もあわせ夢のように進みつつ名前叫んでいたり
文字だけが思いの先に行かぬよう詩になりたがる言葉を叩く
光熱費かからぬほうの青春を過ごしていたが大差なき生
生命進化の末裔についぞ遠からん擬人化の弛(ゆる)みなきコモノート
マジョリティへの欲求として独立はありけむ、やがて苦しくならむ
文化滅ぶ、川面の端に渦なして澱みたるもの流るるごとく
癒すのが意味か音かもあいまいに涙を出せば意外に泣けり
人生のよしあしをどこで決めようか過去でも今でも未来でもなく
斜め上から見下ろしている人生のひとつひとつのシーンが、嘘だ
木工玩具の球のストンと納得の因果があれば人生はよし
後になって切なく思い出されたる要領を得ぬ夜の電話は
夢の中も変わらぬわれの日常に懐かしい人が邪魔せずにいる
時が来ればすくりと伸びてその先が染まりてひらく群れまんずさげ
宇宙人いるわけないが人間は夜に小さい光を探す
なにかこう引きちぎられているような痛みのあとのような朝雲
過ぎ去ればまた一年は文字のみの、朽ち木の匂い、かぶとむし、夏
話終わりて「おわり」と付ける剽軽に一同の肩は少しほぐれて
過ぎたので遅かったのでその過去を意味を変容するべく勇む
case of you を聴く為にあと一杯をトクトクと注(つ)ぐ、秋の夜長に
性自認に悩みいしことを就職の決まりし姪にはじめて聞けり
大五郎サイズのウイスキーを購(か)い割って飲みおり、少し寂しき
巻き込みを逃れるためのレイヤ化と謂(い)う君の目のミサントローポス
親ひとり子ひとりの旅の心地して浮舟のような部屋にて抱けり
エンディングなきゲームほど明日にでも理由なく止む生に似てゆく
饒舌のあとにさびしき、テーブルの食べ散らかしたゴミ手に包み
本当はもう知っているデュシェンヌの微笑を与えられぬふたりは
久しぶりに強く酔いたる鏡にて見知らぬ顔よ、お前は誰だ?
腐った匂いの腐った街にいるゆえに腐った人になるすなおさよ
人ばかりなる新宿のホームにてあきつがひとつ低くさまよう
確信は不抜にいたりわが生のかたちみちゆきひとつと成せれ
どこまでを何までをわれは書きつけてそのふところへほどけてゆくか
行為から存在へ至る老害のラオハイと不意に中国読みで
銀色のその髪に似て輝きぬスポーツカーに乗りはにかまぬ
ノスタルジーひと盛りいくら、昭和歌謡はこんな未来のためにか甘し
心象の年齢を同期する先にこの人を思う、師の字を思う
どの虫も生きようとして無数なる牙むき出せる、慈悲となるまで
意識低いどころかもはや無意識系中年の吐く正論こわし
レゴリスに覆われて君の惑星は息かからねば暗く遠のく
何か僕に出来ることなど「ないですよ」向こうも予期せぬ強い調子で
死ぬこわさが三(み)つほどあって日によって程度違いていずれもこわし
感情の確証はきっと得られなくその満面の微妙な笑みの
芋焼酎(いも)の甘さとデュフィの赤に卑屈なる心なぐさめられながら酔う
メタのないライフストーリーに動じつつ参考としてはひそかに外す
生命は進化というか無機物の慈悲のおこぼれみたく流れて
アーモンドを奥歯で噛みてきしきしとやがて悔しき敵(かたき)のように
寂しさの満喫といえグラウコンへのかの説得が心に入らず
謙虚さに気がほぐれつつ何周目のことであろうか訊きたくなりつ
ためのゆえの、ためのゆえのと両の手で水を掬うように心をさだむ
水しぶきの中から君が現れていつかどこかの記憶のごとし
クレヨンを途中で折りて引き抜いて包み紙ついている方をくれき
土の匂いを臭がる子にも驚いてアスファルト=プレパラートの家路
雨のなかのみずうみは白くうっすらと無音と思うまで雨を受く
性善説の悪人と性悪説の善人と表情のその苦さにて似つ
中秋の名月は雨、脳裏には前々のまだ成らぬ満月
トルストイをト翁と呼びし日本の文人のその親しみ遠し
言い切ったはずだが舌の違和感は虫歯のようにぐらぐらしおり
「夏休みが終わるのを嫌がりながら給食を僕はほっとしていた」
メロディは知らず母より教わりきつくし誰の子、雑草を抜く
いつの日か叶わなくてもいい夢に国際列車の寝台に寝る
復讐譚として読む『国家』、巻物の中でも嘲笑される師描く
書簡詩の節句を読みて韻律に宿りしものの痕跡かすか
穴という穴から子孫生まれ出て身を朽(く)ちて神となるのもたのし
経験を騙し取られて憤するも時間とは地面剥(は)がし行(ゆ)く球(たま)
もし鳥よ僕の不在に気づいたら小首をひとつかしげておくれ
汲めど尽きぬもののあふれる芸術のレイヤを見おり位置ゲーのごと
ジンゴイズムの主義の主軸は排外か愛国かしばし目が止まりいて
有名人でもないのに歩く東京のテレビと同じ店を見渡す
"い"の"ち"とはとうとかりけり、なぜ人を殺してならぬかなど付するほど
やる気さえネガティブな言で示すのでその目と声を聴かねばならぬ
霧に見えぬ不安もあわせ夢のように進みつつ名前叫んでいたり
文字だけが思いの先に行かぬよう詩になりたがる言葉を叩く
光熱費かからぬほうの青春を過ごしていたが大差なき生
生命進化の末裔についぞ遠からん擬人化の弛(ゆる)みなきコモノート
マジョリティへの欲求として独立はありけむ、やがて苦しくならむ
文化滅ぶ、川面の端に渦なして澱みたるもの流るるごとく
癒すのが意味か音かもあいまいに涙を出せば意外に泣けり
人生のよしあしをどこで決めようか過去でも今でも未来でもなく
斜め上から見下ろしている人生のひとつひとつのシーンが、嘘だ
木工玩具の球のストンと納得の因果があれば人生はよし
後になって切なく思い出されたる要領を得ぬ夜の電話は
夢の中も変わらぬわれの日常に懐かしい人が邪魔せずにいる
時が来ればすくりと伸びてその先が染まりてひらく群れまんずさげ
宇宙人いるわけないが人間は夜に小さい光を探す
なにかこう引きちぎられているような痛みのあとのような朝雲
過ぎ去ればまた一年は文字のみの、朽ち木の匂い、かぶとむし、夏
話終わりて「おわり」と付ける剽軽に一同の肩は少しほぐれて
過ぎたので遅かったのでその過去を意味を変容するべく勇む
case of you を聴く為にあと一杯をトクトクと注(つ)ぐ、秋の夜長に
性自認に悩みいしことを就職の決まりし姪にはじめて聞けり
大五郎サイズのウイスキーを購(か)い割って飲みおり、少し寂しき
巻き込みを逃れるためのレイヤ化と謂(い)う君の目のミサントローポス
親ひとり子ひとりの旅の心地して浮舟のような部屋にて抱けり
エンディングなきゲームほど明日にでも理由なく止む生に似てゆく
饒舌のあとにさびしき、テーブルの食べ散らかしたゴミ手に包み
本当はもう知っているデュシェンヌの微笑を与えられぬふたりは
久しぶりに強く酔いたる鏡にて見知らぬ顔よ、お前は誰だ?
腐った匂いの腐った街にいるゆえに腐った人になるすなおさよ
人ばかりなる新宿のホームにてあきつがひとつ低くさまよう
確信は不抜にいたりわが生のかたちみちゆきひとつと成せれ
2016年9月26日月曜日
短歌? なにそれ? おいしいの?
タンカ?
ふるいけやー、てやつ? 違うの?
自分で作ってるの? へえ、風流じゃん。
どんなやつ? すぐには出来ないんだ。
ふーん、若い人も作ってるし、今の短歌は風流じゃないんだ。このプリントが、うたの会? の作品? 土曜の昼からやってんの? 老若男女が? うわぁ。
ええと、一行でひとつ? ほう、古文ってわけじゃないんだ。575ってわけでもないんだ。あ、これは575で読むの? ええ?
これは、一行のポエムみたいな感じ? 言葉の断片みたいな。独白とかつぶやきみたいなこと?
ああ、あれか、「ととのいました!」って、ちょっと上手いこと言うような言葉遊び?
え、そういうのじゃないの? なんかごめん。よくわからんのよね。
つまりこれは、57577で、何を伝えようとしてるの?
自分はこういう人間だ、という主張なの? あ、そうではない。
こういうことがあったよ、という小さな報告ってわけでもない。そういうのも無くもない、と。
そもそもこれは事実? 妄想? どっちでもないの、いよいよむずかしいな。
伝えたいことがあるんだよね? ええ!? お題を与えられてから考えることもあるの?
でこの歌の会では、それぞれのを読んで、好き嫌いを投票すると。ん? 良し悪し? 好き嫌いじゃなくて、良し悪しがあるの?
一行詩だよね、短歌って。詩と詩を比べて、良し悪しを決めるの? どうやって? 上手い下手? あーそれはあるか。
上手い下手や好き嫌いがあるのはわかる。でも良し悪しっていうのは、短歌として良し悪しがあるってことだよね。
短歌的、みたいなことがあるってこと? それはなんか日本の”道”的な思想だねえ。そういうのを極めたいわけだ。
極めたいわけでもないんだ。どないやねん。
よく若い現代美術家の卵が、よくわからない自意識を描こうとして、よくわからない絵を描くことがある(自意識でパンパンなのはよく分かる)けど、短歌は言葉だから、そういう自意識でパンパンになることはないんだろうね。あ、無くはないんだ。
ひょっとして、これ、ボトルメールみたいなもの? 明確に誰に何を伝えたいわけじゃなくて、誰かに何か伝わればいいという感じ?
そしてそれは、好きであったり、良さであったり、上手さが誰かに感じて貰えればいいと。
なんか、ふわふわしてんね。自力でなくて、それぞれを感じてもらう読者の他力に運ばれる感じ。タンカだけにね。担架だけにね。
だじゃれでゴメン。結局のところよくわからんけど、面白いんなら、がんばりなよ。
じゃあな。
返歌
いま君のそばをただよい離れゆくボトルのことを告げず、ほほえむ
2016年9月4日日曜日
2016年08月うたの日自作品雑感。
9月に入ったので、キンドルの読み放題をはじめてみた。20日ほどはお試しになるのだろうが、こういうサービスは人の入りが少ないと簡単に終わったりするよね、と人に言われ、そうか、現代は安定しているからそのサービスを選ぶのではなく、選ぶことによってサービスの安定に寄与するように、ユーザが教育されているのだ、と思って登録した。
テルヤはあまり本を読んでいないので、ほとんど過去の適当な知識で話しているようなところがあって、これからはがんばって歌集も読むぞーと思っている。(まだ読んでない)
昨日は折口信夫の命日だったらしいので、夏休みに古本屋で買った『倭をぐな』をぱらぱらめくった。
国文学を研究してきた人間が、晩年に外国と戦争が起こり、負けたらこの言葉が滅びるかもしれない、となったときに、たとえば歌人が、戦争の敗北=短歌表現の廃止、を予感したときに、戦争の勝利に協力するのは、ロジックとして自然なことだったのではないかと思えてくる。
現代の日本のわれわれが「戦争反対」というとき、侵略と防衛がひとくくりにされているし、勝利と敗北も、善悪の判断も当事者でないようなポジションから語られることが多い。
戦争というのは問題解決の手段としてもっとも下層のレイヤー(力くらべ)まで落ちた状態に発生するもので、だから戦争反対するには、レイヤーを落とさない努力が必要だろう。あと、相手のレイヤーを落とさせないようにする必要もある。
短歌の話ぜんぜん関係ないな。いや、関係なくはないか。釈迢空読んでの感想でもあるし。
自選とコメント。
「後」
商店街ほどよくさびれぼくたちの前にも後ろにも揺れる夏
「氷」
焼酎の氷がなくてクーラーもない部屋で今日がその日になるか
※その日って何でしょうね。飾り気のない酒を飲んで、汗がひかないような場所で、そういう日常性がふっとぶようなその日。
「鼻歌」
うれしそうな顔ではないが鼻歌が聞こえて、きみと来れてよかった
「それから」
いじめられた記憶を捨てる何回も何回も何回も、それから
※脳っていうのは、思い出すたびに痛みも再現するらしいですね。捨て続けることで補強される記憶ってことですかね。
「蛾」
三千一人目に蝶と言われてもぼくはじぶんを信じられるか
※人が自分を信じられるのは、3人必要な気がします。「わたし」と「あなた」と、あと一人。
「自由詠」
ブラジルでゴジラが3000本打ってそのお言葉に連日猛暑
※うたの日は、10日はじゅう、自由詠の日みたいですね(この月は11日でしたが)。この歌はマルコフ連鎖っぽく、このころ話題になっている言葉を圧縮したような短歌。
「訳」
話すたび空気が凍る、最新のこの翻訳機壊れてねえか?
※未来の話かしら。翻訳機を使うってことは、それが正しく訳されているかを当人は判断できない、という歯がゆさがうたわれている。一方で、それは本当に翻訳機の故障なのか? 彼自身が空気の凍ることをしゃべって気づいていないのではないか? という、これも当人が自分を判断できない、という歯がゆさが二重になっている。
「空」
世界平和の最後のフェイズで選ばれる"力"、反転しゆく空想
※世界平和のモデルを空想していく時に、”力”は、どのように利用されるべきか。この空想では、ぎりぎりまで力は使わなかったが、一度使ってしまうと、オセロのように反転していったようだ。
「たられば」
きみたちはたとえば羽根が付いててもカニと呼ぶねとタラバが告げる
※タラバガニは、分類的にはカニではないのよね。でもカニっぽかったら、うまかったら、なんとかガニって名付けるよね。羽根つきガニとか。
「ピアス」
口裂け女がマックの肉を疑って耳たぶに視神経が垂れおり
※ピアスの都市伝説に、穴を空けると耳から糸が垂れていて、引っ張ると失明する、というのがかつてあった。これは禁忌がそういう物語を生んだ面白いケースだと思うが、これ、今でも知ってる人いるのかな。
「開」
開かれた校風なので存分に塞(ふさ)いでられると思ってたのに
「蝉」
道の上の死骸のなかにかつて有りし命よ、いまは何のかたちか
※幼虫が蝉になって、死もまた脱皮なのだとしたら、という着想。
テルヤはあまり本を読んでいないので、ほとんど過去の適当な知識で話しているようなところがあって、これからはがんばって歌集も読むぞーと思っている。(まだ読んでない)
昨日は折口信夫の命日だったらしいので、夏休みに古本屋で買った『倭をぐな』をぱらぱらめくった。
国文学を研究してきた人間が、晩年に外国と戦争が起こり、負けたらこの言葉が滅びるかもしれない、となったときに、たとえば歌人が、戦争の敗北=短歌表現の廃止、を予感したときに、戦争の勝利に協力するのは、ロジックとして自然なことだったのではないかと思えてくる。
現代の日本のわれわれが「戦争反対」というとき、侵略と防衛がひとくくりにされているし、勝利と敗北も、善悪の判断も当事者でないようなポジションから語られることが多い。
戦争というのは問題解決の手段としてもっとも下層のレイヤー(力くらべ)まで落ちた状態に発生するもので、だから戦争反対するには、レイヤーを落とさない努力が必要だろう。あと、相手のレイヤーを落とさせないようにする必要もある。
短歌の話ぜんぜん関係ないな。いや、関係なくはないか。釈迢空読んでの感想でもあるし。
自選とコメント。
「後」
商店街ほどよくさびれぼくたちの前にも後ろにも揺れる夏
「氷」
焼酎の氷がなくてクーラーもない部屋で今日がその日になるか
※その日って何でしょうね。飾り気のない酒を飲んで、汗がひかないような場所で、そういう日常性がふっとぶようなその日。
「鼻歌」
うれしそうな顔ではないが鼻歌が聞こえて、きみと来れてよかった
「それから」
いじめられた記憶を捨てる何回も何回も何回も、それから
※脳っていうのは、思い出すたびに痛みも再現するらしいですね。捨て続けることで補強される記憶ってことですかね。
「蛾」
三千一人目に蝶と言われてもぼくはじぶんを信じられるか
※人が自分を信じられるのは、3人必要な気がします。「わたし」と「あなた」と、あと一人。
「自由詠」
ブラジルでゴジラが3000本打ってそのお言葉に連日猛暑
※うたの日は、10日はじゅう、自由詠の日みたいですね(この月は11日でしたが)。この歌はマルコフ連鎖っぽく、このころ話題になっている言葉を圧縮したような短歌。
「訳」
話すたび空気が凍る、最新のこの翻訳機壊れてねえか?
※未来の話かしら。翻訳機を使うってことは、それが正しく訳されているかを当人は判断できない、という歯がゆさがうたわれている。一方で、それは本当に翻訳機の故障なのか? 彼自身が空気の凍ることをしゃべって気づいていないのではないか? という、これも当人が自分を判断できない、という歯がゆさが二重になっている。
「空」
世界平和の最後のフェイズで選ばれる"力"、反転しゆく空想
※世界平和のモデルを空想していく時に、”力”は、どのように利用されるべきか。この空想では、ぎりぎりまで力は使わなかったが、一度使ってしまうと、オセロのように反転していったようだ。
「たられば」
きみたちはたとえば羽根が付いててもカニと呼ぶねとタラバが告げる
※タラバガニは、分類的にはカニではないのよね。でもカニっぽかったら、うまかったら、なんとかガニって名付けるよね。羽根つきガニとか。
「ピアス」
口裂け女がマックの肉を疑って耳たぶに視神経が垂れおり
※ピアスの都市伝説に、穴を空けると耳から糸が垂れていて、引っ張ると失明する、というのがかつてあった。これは禁忌がそういう物語を生んだ面白いケースだと思うが、これ、今でも知ってる人いるのかな。
「開」
開かれた校風なので存分に塞(ふさ)いでられると思ってたのに
「蝉」
道の上の死骸のなかにかつて有りし命よ、いまは何のかたちか
※幼虫が蝉になって、死もまた脱皮なのだとしたら、という着想。
2016年08月うたの日自作品の31首
「後」
商店街ほどよくさびれぼくたちの前にも後ろにも揺れる夏
「氷」
焼酎の氷がなくてクーラーもない部屋で今日がその日になるか
「昔の恋人」
運がいい二人だったよ、もう二度と会わぬところでしあわせになり
「怒」
皮肉とか揶揄の一首で済むやうな政治の怒りを流しゐるなり
「鼻歌」
うれしそうな顔ではないが鼻歌が聞こえて、きみと来れてよかった
「様」
さまざまな想いを載せてふく風の、つまりおもいは重くないから
「それから」
いじめられた記憶を捨てる何回も何回も何回も、それから
「八」
七日目に神は休んで八日目の月曜が鬱、(日本人かよ)
「蛾」
三千一人目に蝶と言われてもぼくはじぶんを信じられるか
「田舎」
あの冬の曇った窓を額にして田舎があった、嘘かもしれん
「自由詠」
ブラジルでゴジラが3000本打ってそのお言葉に連日猛暑
「油」
歯車になれない男、そういえば潤滑油だとアピールしてた
「訳」
話すたび空気が凍る、最新のこの翻訳機壊れてねえか?
「タオル」
ふたりしてタオルを首に巻いているお互い特に気にしないふり
「願」
願い事は三回言えぬシステムで(流星群の持ち越しもなし)
「空」
世界平和の最後のフェイズで選ばれる"力"、反転しゆく空想
「途中」
青春にして已(や)むという名言がいぶかし、それは途中での死か
「ごっこ」
今日もコンビニ弁当かよと猫が言う、ネクタイをゆるめつつにゃあと言う
「年下」
年下に弱音を吐いて内心にいよいよ醒めてゆくさびしさの
「だって」
「おれはいいと思うしたぶん友達がそうでも関係ないから、だって」
「ジャスコ」
主旋律をピアニカでカバーした曲のジャスコミュージックめく切なさ
「宝物」
宝物庫にあと千年は眠ります次の支配者の瞳(め)を想いつつ
「暇」
残業をする暇人の同僚と別れてながく生を自問いており
「たられば」
きみたちはたとえば羽根が付いててもカニと呼ぶねとタラバが告げる
「ピアス」
口裂け女がマックの肉を疑って耳たぶに視神経が垂れおり
「開」
開かれた校風なので存分に塞(ふさ)いでられると思ってたのに
「トンネル」
光量の多い世界と知るために暗くて狭い日々は要るのか
「蝉」
道の上の死骸のなかにかつて有りし命よ、いまは何のかたちか
「商店街」
振り返るこんな短いふるさとの商店街の終わりに着いて
「テーマパーク」
ぼくだけが夢も魔法も届かない背伸びをしても110センチ
「素人」
月明かりでさいわいが見えてくるなんて神さまもたぶん素人だった
商店街ほどよくさびれぼくたちの前にも後ろにも揺れる夏
「氷」
焼酎の氷がなくてクーラーもない部屋で今日がその日になるか
「昔の恋人」
運がいい二人だったよ、もう二度と会わぬところでしあわせになり
「怒」
皮肉とか揶揄の一首で済むやうな政治の怒りを流しゐるなり
「鼻歌」
うれしそうな顔ではないが鼻歌が聞こえて、きみと来れてよかった
「様」
さまざまな想いを載せてふく風の、つまりおもいは重くないから
「それから」
いじめられた記憶を捨てる何回も何回も何回も、それから
「八」
七日目に神は休んで八日目の月曜が鬱、(日本人かよ)
「蛾」
三千一人目に蝶と言われてもぼくはじぶんを信じられるか
「田舎」
あの冬の曇った窓を額にして田舎があった、嘘かもしれん
「自由詠」
ブラジルでゴジラが3000本打ってそのお言葉に連日猛暑
「油」
歯車になれない男、そういえば潤滑油だとアピールしてた
「訳」
話すたび空気が凍る、最新のこの翻訳機壊れてねえか?
「タオル」
ふたりしてタオルを首に巻いているお互い特に気にしないふり
「願」
願い事は三回言えぬシステムで(流星群の持ち越しもなし)
「空」
世界平和の最後のフェイズで選ばれる"力"、反転しゆく空想
「途中」
青春にして已(や)むという名言がいぶかし、それは途中での死か
「ごっこ」
今日もコンビニ弁当かよと猫が言う、ネクタイをゆるめつつにゃあと言う
「年下」
年下に弱音を吐いて内心にいよいよ醒めてゆくさびしさの
「だって」
「おれはいいと思うしたぶん友達がそうでも関係ないから、だって」
「ジャスコ」
主旋律をピアニカでカバーした曲のジャスコミュージックめく切なさ
「宝物」
宝物庫にあと千年は眠ります次の支配者の瞳(め)を想いつつ
「暇」
残業をする暇人の同僚と別れてながく生を自問いており
「たられば」
きみたちはたとえば羽根が付いててもカニと呼ぶねとタラバが告げる
「ピアス」
口裂け女がマックの肉を疑って耳たぶに視神経が垂れおり
「開」
開かれた校風なので存分に塞(ふさ)いでられると思ってたのに
「トンネル」
光量の多い世界と知るために暗くて狭い日々は要るのか
「蝉」
道の上の死骸のなかにかつて有りし命よ、いまは何のかたちか
「商店街」
振り返るこんな短いふるさとの商店街の終わりに着いて
「テーマパーク」
ぼくだけが夢も魔法も届かない背伸びをしても110センチ
「素人」
月明かりでさいわいが見えてくるなんて神さまもたぶん素人だった
2016年9月3日土曜日
2014年08月作品雑感。
2年前の8月は毎日3首作ってたみたいですね。ログから拾うのが大変だ。
昨夜、ツイッターの短歌クラスタの方のキャスに参加しながら、話題が題詠になったのだが、題詠をどのように考えているか、というのは、人によって異なるようだ。
戦後、短歌が文学であろうと攻めていかざるを得なかった時期は、なんというか、題詠という、歌題を誰かから与えられて、それを上手く消化するような技芸的な側面は、かなり軽んじられたであろうことは想像に難くない。湧き出てくるテーマ、あるいは、狩りに赴くような戦闘的な作歌姿勢、そのようなものが是とせられ、日常のなかでふと思うような、果報は寝て待っているような、小市民的な待ちの文芸、高齢者の余生のたしなみのような趣味ではあってはならないような、そういう前衛さが若者を惹きつけていた側面というのはあったと思う。
でも、逆説的、と言ってよいかどうか、短歌は、かつての上代の「ハレ」の文学でなくなって久しい現在、機会詩として、じつはきわめて効果的な形態なのかもしれない。
連作して、まとまった思想を述べる形式なんかよりも、けっきょく作者=<私>の諒解の中で、日記のような微細な発見、表現のあや、題を消化する技芸が、面白かったり、うけたりするんだよね。
あ、あと、題詠というのは、意外にセラピーの側面が強いような気がしている。シュールレアリスムの自動筆記、とまでいかなくても、題のために表現を練るなかで、自分の中で思いもよらない表現が生まれ、それが、悩める自己を相対化する側面もあるようだ。
題詠をそのように評価する人を、何人か知っている。
自選とか感想とか。
おおこんなさみしい赤ちょうちんにまでレリゴー流る、流されている
※2年前はアナ雪の音楽流れてましたねー
脊索が新参だった長い春未来の謳歌の夢を見るなり
かわいいの価値たちまちに移譲されその時に君の近くにいたし
ありふれた光あふれた明日へと器官は向かいたがると思(も)えり
妄想も年を経るれば何かこう偉大なものに化けたり、せぬか
生まれきて居場所をずっと探したる野良猫今日は現れずなり
もう少し人間の形していんと思う夜なり鏡に映れば
直前の一縷の望みを思いいき閉じ込められて沈む巨船の
※そういえばこのころ、韓国で修学旅行生が船に沈む事故がニュースを騒がせました。時事はリアルタイムで歌うことがあまりないので、しばらく経ってからかもしれません。
変則というまっすぐを孤独にも謳歌しているかうもりである
もう二度と離れぬメタか「悲しすぎワロタ」と云いて哀しくおかし
「はらじゅくうー、はらじゅくうー」と明け方の自動放送が原宿に告ぐ
本心を隠すためなる英語とう日本的なる使用法にや
傘の先でコンクリートを響かせてそのドメイン(域)の返事を待てり
真夜中に母を思いて涕泣す、感傷的ということでいい
ブロッホはこんな孤独なキリストに天使を添えて、孤独極まる
原初から女はエロしクリムトがアーチに描くエジプト乙女
意識淡い母の手を取りゆっくりとごくゆっくりと新宿をゆく
色彩というより光の量として金色多く描く世界は
※金色って、色じゃなくて、光量の表現だよね、という歌
ブッテーをぐるっと回し休みたり川から見上ぐ人間の街
※ブッテーというのは、漁具ですね。
人間は燃料に似て山手線は駅ごとに人を入れ替え進む
不在にも慣れる心ぞ、路地裏の涼しいというか消えきらぬ冷え
この水はいつの雪どけ、伏流の闇をしずかに沁み流れきて
波の上の時に逆巻く渦としてその尊きを生とは呼べり
※生という現象は結局なんなのか、というのをエントロピー的に考えると、こういう表現にならない?
極東の島国の若き制服の娘もムンクは近しきてあり
※日本人ムンク好きだよね。でもけっこう宗教的だぜ、彼。
遠日点は過ぎておろうに粛(さむ)くなれば思う星には距離が要ること
グレゴリオ聖歌を流す理由などぽつりぽつりと話すほど酔う
痛々しい年代などはないのだとはにかんですましてはにかんで
昨夜、ツイッターの短歌クラスタの方のキャスに参加しながら、話題が題詠になったのだが、題詠をどのように考えているか、というのは、人によって異なるようだ。
戦後、短歌が文学であろうと攻めていかざるを得なかった時期は、なんというか、題詠という、歌題を誰かから与えられて、それを上手く消化するような技芸的な側面は、かなり軽んじられたであろうことは想像に難くない。湧き出てくるテーマ、あるいは、狩りに赴くような戦闘的な作歌姿勢、そのようなものが是とせられ、日常のなかでふと思うような、果報は寝て待っているような、小市民的な待ちの文芸、高齢者の余生のたしなみのような趣味ではあってはならないような、そういう前衛さが若者を惹きつけていた側面というのはあったと思う。
でも、逆説的、と言ってよいかどうか、短歌は、かつての上代の「ハレ」の文学でなくなって久しい現在、機会詩として、じつはきわめて効果的な形態なのかもしれない。
連作して、まとまった思想を述べる形式なんかよりも、けっきょく作者=<私>の諒解の中で、日記のような微細な発見、表現のあや、題を消化する技芸が、面白かったり、うけたりするんだよね。
あ、あと、題詠というのは、意外にセラピーの側面が強いような気がしている。シュールレアリスムの自動筆記、とまでいかなくても、題のために表現を練るなかで、自分の中で思いもよらない表現が生まれ、それが、悩める自己を相対化する側面もあるようだ。
題詠をそのように評価する人を、何人か知っている。
自選とか感想とか。
おおこんなさみしい赤ちょうちんにまでレリゴー流る、流されている
※2年前はアナ雪の音楽流れてましたねー
脊索が新参だった長い春未来の謳歌の夢を見るなり
かわいいの価値たちまちに移譲されその時に君の近くにいたし
ありふれた光あふれた明日へと器官は向かいたがると思(も)えり
妄想も年を経るれば何かこう偉大なものに化けたり、せぬか
生まれきて居場所をずっと探したる野良猫今日は現れずなり
もう少し人間の形していんと思う夜なり鏡に映れば
直前の一縷の望みを思いいき閉じ込められて沈む巨船の
※そういえばこのころ、韓国で修学旅行生が船に沈む事故がニュースを騒がせました。時事はリアルタイムで歌うことがあまりないので、しばらく経ってからかもしれません。
変則というまっすぐを孤独にも謳歌しているかうもりである
もう二度と離れぬメタか「悲しすぎワロタ」と云いて哀しくおかし
「はらじゅくうー、はらじゅくうー」と明け方の自動放送が原宿に告ぐ
本心を隠すためなる英語とう日本的なる使用法にや
傘の先でコンクリートを響かせてそのドメイン(域)の返事を待てり
真夜中に母を思いて涕泣す、感傷的ということでいい
ブロッホはこんな孤独なキリストに天使を添えて、孤独極まる
原初から女はエロしクリムトがアーチに描くエジプト乙女
意識淡い母の手を取りゆっくりとごくゆっくりと新宿をゆく
色彩というより光の量として金色多く描く世界は
※金色って、色じゃなくて、光量の表現だよね、という歌
ブッテーをぐるっと回し休みたり川から見上ぐ人間の街
※ブッテーというのは、漁具ですね。
人間は燃料に似て山手線は駅ごとに人を入れ替え進む
不在にも慣れる心ぞ、路地裏の涼しいというか消えきらぬ冷え
この水はいつの雪どけ、伏流の闇をしずかに沁み流れきて
波の上の時に逆巻く渦としてその尊きを生とは呼べり
※生という現象は結局なんなのか、というのをエントロピー的に考えると、こういう表現にならない?
極東の島国の若き制服の娘もムンクは近しきてあり
※日本人ムンク好きだよね。でもけっこう宗教的だぜ、彼。
遠日点は過ぎておろうに粛(さむ)くなれば思う星には距離が要ること
グレゴリオ聖歌を流す理由などぽつりぽつりと話すほど酔う
痛々しい年代などはないのだとはにかんですましてはにかんで
2014年08月の93首
おおこんなさみしい赤ちょうちんにまでレリゴー流る、流されている
形までゆがんでからぞ人間の個性、すなわち幸と不幸の
悪人を滅ぼさずして宇宙とは善人を置く規則のごとく
弱りきってきたない猫が家に来てかわいそうだが助けてやれぬ
風呂の湯でシャンプーを流し頭ごと小動物の死を泣き流す
たい焼きの少し経ちたるやわらかくあたたかく絶大なるうまし
妄想は頑固なよごれ、十ごとにタイルを擦(こす)り落ちずまた十
生きているものごとのたぶん一部にて残酷は少しずつ変化する
音楽の波形のようにわが価値が揺れている、上下対称にして
脊索が新参だった長い春未来の謳歌の夢を見るなり
かわいいの価値たちまちに移譲されその時に君の近くにいたし
わくわくもどきどきもない義務的なコールドスリープのように明日へ
夥(おびただ)しい蚯蚓(みみず)歩道に畝(うね)り来て潰れて干(ひ)りて蟻の餌(え)となる
椅子の上に膝たてて座し汗ばんで団扇片手に休日を読む
眠れずに輾転反側する我の体内アルコールが過去を呼ぶ
さよならを言うこともないさよならのはじまらざれば終わることなし
想念は無形のくらげ、顔に着いて音声として口より出でる
ありふれた光あふれた明日へと器官は向かいたがると思(も)えり
妄想も年を経るれば何かこう偉大なものに化けたり、せぬか
貝葉に言葉を写し我の後も残さんとする人の手跡よ
ポテンシャルもおそらくわずか、毎日のぽてんしゃらざる課業をこなし
生まれきて居場所をずっと探したる野良猫今日は現れずなり
擬人化する地球が怒る汚染図のその奥の汚染が伝わる不快
文字のない希望と文字の絶望を闘わせいる、今日は希望が勝ちぬ
電気の頭脳に水のコンピュータの我がコマンドを打つ、答えは速し
現実はクサいセリフを吐くことでしのぐも後で二の腕を嗅ぐ
眠りつつ恢復しゆくたましいの確かに配るべき世にあれば
ポケットにひとにぎりほどの尊厳をもてあそびつつ生きてありたし
特急が通過する時吹く風の心地よき春や秋にはあらず
もう少し人間の形していんと思う夜なり鏡に映れば
先見を持たぬ男はもくもくと革命までの世界を積めり
直前の一縷の望みを思いいき閉じ込められて沈む巨船の
経験者募集の張り紙の下で我を見て猫が逃げようとせず
変則というまっすぐを孤独にも謳歌しているかうもりである
ふるさとをかなしく見ればふるさとは悲しい男をただ入れてゆく
もう二度と離れぬメタか「悲しすぎワロタ」と云いて哀しくおかし
「はらじゅくうー、はらじゅくうー」と明け方の自動放送が原宿に告ぐ
本心を隠すためなる英語とう日本的なる使用法にや
人生に目的があるようにないように悲惨な死者のニュースが流る
水割りを間違えて水を水で割り飲んで気付けり考えおれば
傘の先でコンクリートを響かせてそのドメイン(域)の返事を待てり
真夜中に母を思いて涕泣す、感傷的ということでいい
一億年われは爬虫に追われきてまだ恐ろしく共存しおり
ぼつぼつとさみしさの降る夕まぐれ傘差してそれを避けてもさみし
身の肉のうまきところを切り取って差し出せばそれを平然と食う
歩き煙草の馬鹿を追い越しその先にまた馬鹿がいるわれの中では
ブロッホはこんな孤独なキリストに天使を添えて、孤独極まる
キュレーターというよりいわばフィルターの小アイコンが端末に棲む
誰か死んだかしらぬ電車の遅延分足早に歩き流れる汗ぞ
壁がいつか道になるとはリングシュトラーセに祈りのような葉漏れ日
風にたつ髪をおさえて空港という港(みなと)にとって時化ている空
ディテールの針で掘る時ゆびさきの腹にかすかに悲の音(ね)を聞けり
原初から女はエロしクリムトがアーチに描くエジプト乙女
人格を問わずともよい今様の短歌であるが読む人はいる
部屋で見る線香花火の幻想の為に小さめのバケツを探す
先人は同じ苦悩を持ちながら言わずにゆける、歴史はいらぬ
イヤホンの僕のうしろに声がして振り向く、おお白(しろ)百日紅花(ばな)
シャクシャインの仇を討つ夢、日本人だがシャモではないとわれを決めつつ
意識淡い母の手を取りゆっくりとごくゆっくりと新宿をゆく
色彩というより光の量として金色多く描く世界は
古綿のようなる雲の下の町、記憶はいつも冬の駅前
風景画の風景を胸に押し入れて君に会いたし、役薄ければ
センチメントは弱々しさを隠すほど屹立なんて語を今使う
悔恨の涙は仰向けなるわれの耳へと流る、唇が開く
ブッテーをぐるっと回し休みたり川から見上ぐ人間の街
夏なのに駘蕩に近き心地して背を預けいる、思うこと多々
世が世なら省線電車に揺れている部屋によこたう空腹男
ポエジーでやりすごそうとする生の伐り過ぎた枝の目立つ心地の
一応の根拠はないがこの労を終えれば暦の下も秋かも
どうかしてこんなに酒を酔うのかを聞かれずなりきこの一人酔う
人間は燃料に似て山手線は駅ごとに人を入れ替え進む
音のない暴風の尺を飛び越えてヘリオテイルのふさふさと揺る
思いたり、花火が空を割る時の己が成否を問わぬ呵成を
溶解の実験で混ぜている時の、中年の目は濁るのならば
不在にも慣れる心ぞ、路地裏の涼しいというか消えきらぬ冷え
左衛門(さえもん)がゼイムとなりしこの家の彼を屋号で呼べばはにかむ
無人島の一枚として選び終え無人の島に立つまで聴かず
生き場所か死に場所にせよもう少し男は明るくならねばならん
この水はいつの雪どけ、伏流の闇をしずかに沁み流れきて
波の上の時に逆巻く渦としてその尊きを生とは呼べり
信念を投げてからではそののちに何万の言を積んでは載らず
遠景に四五本の高き塔ありて手前は水の曲がるこの丘
いやしくて卑怯に生きる人間も尊いという山中の鬼
ここからはわかればかりだわんわんとなきたきこころをポケットにいれ
極東の島国の若き制服の娘もムンクは近しきてあり
被虐なる輪廻輪廻を転がりて君に遇いたり、かたじけがない
この息はやっちゃいけないため息で強引に深呼吸へと替える
エドヴァルドムンクは病んでいたりけり彼の属する世界に沿いて
人と飲んで酔ってひとりの帰り道みじめへ踏み外さぬよう必死
遠日点は過ぎておろうに粛(さむ)くなれば思う星には距離が要ること
グレゴリオ聖歌を流す理由などぽつりぽつりと話すほど酔う
痛々しい年代などはないのだとはにかんですましてはにかんで
蛮勇も勇には見えて臆病も深慮に見えて谷を登りつ
形までゆがんでからぞ人間の個性、すなわち幸と不幸の
悪人を滅ぼさずして宇宙とは善人を置く規則のごとく
弱りきってきたない猫が家に来てかわいそうだが助けてやれぬ
風呂の湯でシャンプーを流し頭ごと小動物の死を泣き流す
たい焼きの少し経ちたるやわらかくあたたかく絶大なるうまし
妄想は頑固なよごれ、十ごとにタイルを擦(こす)り落ちずまた十
生きているものごとのたぶん一部にて残酷は少しずつ変化する
音楽の波形のようにわが価値が揺れている、上下対称にして
脊索が新参だった長い春未来の謳歌の夢を見るなり
かわいいの価値たちまちに移譲されその時に君の近くにいたし
わくわくもどきどきもない義務的なコールドスリープのように明日へ
夥(おびただ)しい蚯蚓(みみず)歩道に畝(うね)り来て潰れて干(ひ)りて蟻の餌(え)となる
椅子の上に膝たてて座し汗ばんで団扇片手に休日を読む
眠れずに輾転反側する我の体内アルコールが過去を呼ぶ
さよならを言うこともないさよならのはじまらざれば終わることなし
想念は無形のくらげ、顔に着いて音声として口より出でる
ありふれた光あふれた明日へと器官は向かいたがると思(も)えり
妄想も年を経るれば何かこう偉大なものに化けたり、せぬか
貝葉に言葉を写し我の後も残さんとする人の手跡よ
ポテンシャルもおそらくわずか、毎日のぽてんしゃらざる課業をこなし
生まれきて居場所をずっと探したる野良猫今日は現れずなり
擬人化する地球が怒る汚染図のその奥の汚染が伝わる不快
文字のない希望と文字の絶望を闘わせいる、今日は希望が勝ちぬ
電気の頭脳に水のコンピュータの我がコマンドを打つ、答えは速し
現実はクサいセリフを吐くことでしのぐも後で二の腕を嗅ぐ
眠りつつ恢復しゆくたましいの確かに配るべき世にあれば
ポケットにひとにぎりほどの尊厳をもてあそびつつ生きてありたし
特急が通過する時吹く風の心地よき春や秋にはあらず
もう少し人間の形していんと思う夜なり鏡に映れば
先見を持たぬ男はもくもくと革命までの世界を積めり
直前の一縷の望みを思いいき閉じ込められて沈む巨船の
経験者募集の張り紙の下で我を見て猫が逃げようとせず
変則というまっすぐを孤独にも謳歌しているかうもりである
ふるさとをかなしく見ればふるさとは悲しい男をただ入れてゆく
もう二度と離れぬメタか「悲しすぎワロタ」と云いて哀しくおかし
「はらじゅくうー、はらじゅくうー」と明け方の自動放送が原宿に告ぐ
本心を隠すためなる英語とう日本的なる使用法にや
人生に目的があるようにないように悲惨な死者のニュースが流る
水割りを間違えて水を水で割り飲んで気付けり考えおれば
傘の先でコンクリートを響かせてそのドメイン(域)の返事を待てり
真夜中に母を思いて涕泣す、感傷的ということでいい
一億年われは爬虫に追われきてまだ恐ろしく共存しおり
ぼつぼつとさみしさの降る夕まぐれ傘差してそれを避けてもさみし
身の肉のうまきところを切り取って差し出せばそれを平然と食う
歩き煙草の馬鹿を追い越しその先にまた馬鹿がいるわれの中では
ブロッホはこんな孤独なキリストに天使を添えて、孤独極まる
キュレーターというよりいわばフィルターの小アイコンが端末に棲む
誰か死んだかしらぬ電車の遅延分足早に歩き流れる汗ぞ
壁がいつか道になるとはリングシュトラーセに祈りのような葉漏れ日
風にたつ髪をおさえて空港という港(みなと)にとって時化ている空
ディテールの針で掘る時ゆびさきの腹にかすかに悲の音(ね)を聞けり
原初から女はエロしクリムトがアーチに描くエジプト乙女
人格を問わずともよい今様の短歌であるが読む人はいる
部屋で見る線香花火の幻想の為に小さめのバケツを探す
先人は同じ苦悩を持ちながら言わずにゆける、歴史はいらぬ
イヤホンの僕のうしろに声がして振り向く、おお白(しろ)百日紅花(ばな)
シャクシャインの仇を討つ夢、日本人だがシャモではないとわれを決めつつ
意識淡い母の手を取りゆっくりとごくゆっくりと新宿をゆく
色彩というより光の量として金色多く描く世界は
古綿のようなる雲の下の町、記憶はいつも冬の駅前
風景画の風景を胸に押し入れて君に会いたし、役薄ければ
センチメントは弱々しさを隠すほど屹立なんて語を今使う
悔恨の涙は仰向けなるわれの耳へと流る、唇が開く
ブッテーをぐるっと回し休みたり川から見上ぐ人間の街
夏なのに駘蕩に近き心地して背を預けいる、思うこと多々
世が世なら省線電車に揺れている部屋によこたう空腹男
ポエジーでやりすごそうとする生の伐り過ぎた枝の目立つ心地の
一応の根拠はないがこの労を終えれば暦の下も秋かも
どうかしてこんなに酒を酔うのかを聞かれずなりきこの一人酔う
人間は燃料に似て山手線は駅ごとに人を入れ替え進む
音のない暴風の尺を飛び越えてヘリオテイルのふさふさと揺る
思いたり、花火が空を割る時の己が成否を問わぬ呵成を
溶解の実験で混ぜている時の、中年の目は濁るのならば
不在にも慣れる心ぞ、路地裏の涼しいというか消えきらぬ冷え
左衛門(さえもん)がゼイムとなりしこの家の彼を屋号で呼べばはにかむ
無人島の一枚として選び終え無人の島に立つまで聴かず
生き場所か死に場所にせよもう少し男は明るくならねばならん
この水はいつの雪どけ、伏流の闇をしずかに沁み流れきて
波の上の時に逆巻く渦としてその尊きを生とは呼べり
信念を投げてからではそののちに何万の言を積んでは載らず
遠景に四五本の高き塔ありて手前は水の曲がるこの丘
いやしくて卑怯に生きる人間も尊いという山中の鬼
ここからはわかればかりだわんわんとなきたきこころをポケットにいれ
極東の島国の若き制服の娘もムンクは近しきてあり
被虐なる輪廻輪廻を転がりて君に遇いたり、かたじけがない
この息はやっちゃいけないため息で強引に深呼吸へと替える
エドヴァルドムンクは病んでいたりけり彼の属する世界に沿いて
人と飲んで酔ってひとりの帰り道みじめへ踏み外さぬよう必死
遠日点は過ぎておろうに粛(さむ)くなれば思う星には距離が要ること
グレゴリオ聖歌を流す理由などぽつりぽつりと話すほど酔う
痛々しい年代などはないのだとはにかんですましてはにかんで
蛮勇も勇には見えて臆病も深慮に見えて谷を登りつ
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