2016年8月7日日曜日

2016年07月うたの日作品の31首

「運」
ホロヴィッツのはやい運指を先生と観ていた音響室でふたりで

「煙」
煙突(camino)と道(camino)のつながり調べたら違う語源だ、スパッツァカミーノ!

「椅子」
夕方の路地に一脚持ちよって見比べるには少なき過去か

「術」
詠み人知らずの複数形は知らずぃずか第二芸術論はるかのち

「ピーマン」
今日もまた火に焼かれたるくたれたるピーマンの皮の透明のところ

「指」
トーナメント表でいうならシード権の枠を当てるであろうおやゆび

「方言」
方言を失いしかば神さまも微笑みながら伝わらざりき

「疲」
ふらふらのしょぼしょぼのもうよれよれのへとへとのくたくたの「おはよう」

「落」
スタンツ(寸劇)のモブ役なのに誰よりも立派な衣装で落武者Aは

「自由詠」
瓜言葉に貝言葉してネットでは今日もカラーの図鑑をめくる

「夕立ち」
逃げてゆく思想は追うな、夕立ちのけぶる向こうは晴れ間ばかりの

「バカ」
「人間に飼われたらみんなバカになって毎日食べてしあわせに死ぬぞ!」

「手紙」
ITの終わりし未来貴重なる紙の手紙は告白に似て

「大人」
追いかけるべきなんだろう、人生の限りの見える大人にあらば

「かかと」
人体でもっとも皮が厚いのにチクチクすれば心を捕(と)らる

「黄」
何百の黄色を茹でてトウキビの生存に与(くみ)せず齧(かじ)りおり

「パスポート」
筋トレをたゆまぬおまえ胸筋が彼女へのパスポートのごとく

「絶対」
力説をするでもなくて口ぐせの「ぜったいさびしい」が出るときは行く

「閉」
社会へと閉じてゆく日本人だとかフロムかよ、てにをはの思想は

「朝」
戦中の描写はじっと箸を止めするどき無言の父の朝ドラ

「夏休み」
夏休みの終わらない国に行ったんだ遼くんのパパは笑って言った

「遅」
あと百年遅く生まれていたならばきみのお墓で手を合わせよう

「メロン」
あの夏も暑い日だった、上空で炸裂したるメロニウムボム

「散歩」
この土地に来た時は会い、川沿いを散歩するだけ手もつながずに

「ヒマワリ」
プランターにヒマワリ三本並びいてとなりと同じ方向を向く

「ごめん」
警察のいらぬごめんで済む世界をおもう、残酷かつ寛容な

「シャワー」
こころまで青くはなれぬ、水シャワー浴びいるわれのサーモグラフの

「塊」
その時にぼくは怒りか悲しみか嫉妬かわからぬ塊(かたまり)だった

「うっかり」
ちゃっかりと暇を伝えてしっかりと送信したとすっかり思い

「やばい」
コーヒーにミルク砂糖の両方の代わりに入れたヤクルト、やばい

「忘」
誰のことを決して忘れないんだっけ、シーンはいくつかあるんだけれど

2016年8月6日土曜日

2014年07月作品雑感。

  思春期と晩年は本を読みながら異なるものぞ読むことの意味

休みを利用して地方の文学館に行くと、その地方の作家の足跡や、直筆原稿があったりして、なんだか懐かしい気分になることがある。
なんというか、「文学」だったものが展示されているなあ、という郷愁だ。

本の読み方も、価値も、変容しつつあるもので、とりわけ今は情報の拡大伝達速度が速いので、思念の再現装置としては、本は第一線を退きつつあるようにみえる。

先日、アマゾンのキンドル読み放題というサービスが開始され、音楽や映画のように、本も月額で自由に読めるという環境ができつつある。

電子書籍とは、一口に言うと何か。これは「本のパッケージングにレイアウトされた、ウェブ情報」のことだ。逆に言おう。ウェブとは、「紙媒体の制約から解放された視覚及び聴覚情報」のことだ。本と、電子書籍と、ウェブとは、呼び方を変えた同じものといえる。

携帯電話は、もともとはトランシーバーの延長の技術だが、電話というそれまでからあった名前にすることで、使い方がイメージしやすくなった。

ブログは、文筆行為だが、ブログとか、日記という名前を付けることで、だれもが恐るべき量の思念を記録し留めている。(文学館で展示する直筆原稿は残らないけどね)

なんの話だっけ。キンドル読み放題は、また一つ、本というものの変容を推し進めるような気がする。


この2014年7月は、11日から、1日3首を掲載しているので(おそらく1ヶ月限定)、83首となっている。
自選しつつコメントがあれば書き。

緑白のトマトほのぼの赤むころひとつの想い終わらんとする

やがて差別失いし世に蛇使いの娘のごとき祝福なけん

  (蛇使いの娘というのは経典で言う竜女のことです)

震災詠の詩の部分こそうつくしく成れば記憶の瓦礫が増える

こんな日をあと一万も繰り返し百日ほども覚えるならぬ

風が葉の裏まで舐めて一盛りの林を全部ゆらしてゆけり

明るさの満ちる駅前パイプテントの風船の影も赤い色して

四十男のきわまる孤独の正体はその類似せぬ来し方に因る

千体は並んだ浜か今も弱く進まんとして戻さるる波

誰からも応援されぬ苦闘よしジンジャーエールでくしゃみする夏

淋しさを埋めてはならぬ、夏の夜は芽吹きも早く生長しるき

月額の忠誠心が言動に出る後輩をやさしく見おり

要求から供与とならんデモまでは見れぬと思う、国道を抜ける

少しくは明瞭となる二回目の読書のような寂しさならむ

飛天のような美しさではなかったと星々を知る、科学のせいで

焼米を噛み西洋の書を読めど鼻腔のあたり上代香る

思い立たねば吉日ならぬ日が続き未活動時の脳は休まず

バイパス沿いのパチンコ店も荒れ果ててタンブルウィード(回転草)のまぼろしも見ゆ

若い人とは競えないだって世界とはその若いのが好きであるから

復興は忘れることに少し似て思い出すがに満たされずなる

古書店でkabaleの訳の違いたるタイトルに長く悩みきかつて

  (kabaleはドイツ語で「たくらみ」なんだけど、「たくみ」と訳しているのもあって、よくわからなかったんだよね)

緘黙症の双子の姉妹が分かち合う優しさとその些細なる欲

魂は決して孤独、グレゴリアンチャントをネットで聴きつつ眠る

沓脱石に塩ビ怪獣戦って負けたる者は落ちてゆくなり

マルシンのハンバーグ焼く匂いして彼を生活に容れゆく女

  (マルシンのハンバーグって、全国区だと思うんだけど、は? て訊かれることも関東ではあるなあ)




2014年07月の83首

思春期と晩年は本を読みながら異なるものぞ読むことの意味

7月の価値観生(あ)れよ中年の大地震裂しても咎(とが)なし

緑白のトマトほのぼの赤むころひとつの想い終わらんとする

スポーツカーが渋滞にいてそのような幸と不幸が通り過ぎ、ない

朝痛む頭蓋を会社に運ぶまで人のかたちが時々あやし

やがて差別失いし世に蛇使いの娘のごとき祝福なけん

ぼんやりと広野に立てばわれをめぐる記憶の急流胸までせまる

賛否とはおよそ離れて動きゆく世界がよくなるのを待つばかり

ベニツルがこれからも赤くいれるよう葦附(あしつき)揺れる水面(みなも)にも付す

春頃のなまぬるみたる風はまた許すであろう、許されるだろう

震災詠の詩の部分こそうつくしく成れば記憶の瓦礫が増える

態度価値と人格価値も奪いゆく老いの病いに遠出す母は

美しい老醜といえばいうべきか響かぬことも愛しきディラン

若き日の失意は水面(みなも)に映るのみ後世オールドマスターだとて

今回も熱きツールの裏側の冷凍庫にて血の凍るかも

こんな日をあと一万も繰り返し百日ほども覚えるならぬ

日が落ちて会いたがる君、皮膚炎のゆえに純度の低き友情

寝物語あらば語らんことなども縁なくばわが脳(なづき)にて消す

人間のだんだんクサくなりゆけば選臭思想はやたちのぼる

負けるときは王者の技も貫禄も雪崩れてあまりにもアマリリス

風が葉の裏まで舐めて一盛りの林を全部ゆらしてゆけり

明るさの満ちる駅前パイプテントの風船の影も赤い色して

四十男のきわまる孤独の正体はその類似せぬ来し方に因る

飴玉を途中で噛んでその後に噛まずに済んだ生をしも思う

重大な宣旨を受けに行くようにむら雲ゆっくり音なく北へ

骨を撒く場所を探すも非所有の土地などなくてゴミに如(し)くなり

この先もこの幸福を疑わず目を閉じて首を揉まれたる鳥

千体は並んだ浜か今も弱く進まんとして戻さるる波

アレンジにアレンジ重ねUKの霧のようなるジャミロクワイも

真面目なものに向き合わざるをえぬ生の笑う筋肉は人まで持たず

叱られた遺恨は死後も零(こぼ)れ落ち算盤坊主(そろばんぼうず)の指なぞる音

誰からも応援されぬ苦闘よしジンジャーエールでくしゃみする夏

懐かしい彼の正しさを聴きながら無敵状態の音楽流る

初めてのCDの虹をていねいに収めて聴きしマゼールの五番

淋しさを埋めてはならぬ、夏の夜は芽吹きも早く生長しるき

男って現象として孤独だなあとひとしきりなる思索の結語

月額の忠誠心が言動に出る後輩をやさしく見おり

爪ほどの脳(なづき)の鳥に突つかれて声荒げれば口少し開(あ)く

人の群れが去りても場所はややひずみグラデーションの羽根落ちている

要求から供与とならんデモまでは見れぬと思う、国道を抜ける

少しくは明瞭となる二回目の読書のような寂しさならむ

完全な円にはなれず回りゆく惑星の花結びの軌道跡

飛天のような美しさではなかったと星々を知る、科学のせいで

時間とは一本の綱、引く時にゆるみまざまざ見ゆるも閣(お)けり

オパールの中で屈折すさまじきシリカの痛み美しくある

焼米を噛み西洋の書を読めど鼻腔のあたり上代香る

思い立たねば吉日ならぬ日が続き未活動時の脳は休まず

野良猫の間一髪に拾われてその生その後平穏ならむ

いやいやに生きてあげてる顔もまた人間だけが可能の知性

人間が自由であるとの流行に痩せ我慢して死にゆく自由

バイパス沿いのパチンコ店も荒れ果ててタンブルウィード(回転草)のまぼろしも見ゆ

人に云われてやる戦いにあらざれど遠浅(とおあさ)の海を泳ぐ気安さ

いい事か否かは知らずこの人のながく孤独に耐えてきし顔

若い人とは競えないだって世界とはその若いのが好きであるから

革命は伸ばしたる手を斬り落とし挿したる花の美しき、まで

攻撃的な子の感情のあるがままアマルガムなる凝(こご)りざらつく

こうもりの変則的に飛ぶ夕べ生きていることの喜びに似て

剥ぎ取った世界一枚左見右見(とみこうみ)して人間は科学で進む

希望とはおおむね時間がかかるもの線香の灰のかたちそのまま

夕方に赤紫が浮き上がるあの一隅の花の名知らず

今夜少し長めの夜に遭遇し全曲集のCDにする

爆撃の終わらぬ世界に痛みつつ而(しこう)していまを諾(うべ)なうこころ

アイスモナカ食べながら暑い午後の影の花壇に掛けてばあちゃんがいる

ディアスポラは時間の言葉、移動する思想の種子は粉を撒きいつ

夏季休暇の予定を話すようにして希望をすらすら滑らかに聞く

復興は忘れることに少し似て思い出すがに満たされずなる

着ることのもうない衣装が過ごしいる樟脳の溶け込みたる時間

古書店でkabaleの訳の違いたるタイトルに長く悩みきかつて

だしぬけの邂逅であるトンネルを抜けて真白が落ち着けば海

緘黙症の双子の姉妹が分かち合う優しさとその些細なる欲

それなりに夏の途中のはじまりの桜並木を響くノイズは

魂は決して孤独、グレゴリアンチャントをネットで聴きつつ眠る

夜というひとつの影に入りこみ影出るころに港に着けり

純粋な目になりたいという言(げん)のいろいろ隠していたる明るさ

人体に絵を描きいし若者の絵を洗うとき表情も落つ

プラネタリウムみたいな夜空の下にいてカップルみたいにならぬわれわれ

両手で包むことのやさしさ、小さき手の結果に過ぎぬ行為とはいえ

とねりこのぐんぐん伸びた枝を切りなんとなく遠い歌口ずさむ

浴室の窓から見える公園のかつて事件のありしと聞けり

川沿いに並ぶ柳に雨垂れて途中まで雨に靡いて楽し

沓脱石に塩ビ怪獣戦って負けたる者は落ちてゆくなり

差し伸べた手を振り切ってハムスターは一人で死地に赴きたりき

マルシンのハンバーグ焼く匂いして彼を生活に容れゆく女

2016年7月10日日曜日

2016年06月うたの日雑感。

なんというか最近の自身の老害感がひどい気がして、余計なことや昔話を話してもしょうがないんじゃないかと思うのだが、逆に考えると数名の人が目を通す場所に過ぎないんだから、こういうところにこそ書いて、しずかにスルーされてればいいのかもしれない。

今日は参議院選挙の投票日ですね。
あれは魯迅だったかなあ。革命と文学の関係について、文学は革命の前と後にしか存在しない、革命の前は不満であり、革命の後は懐古である、みたいなの。

そして、渦中には、文学はないのよね。

それはともかく、政治と文学、政治と短歌というのは、古くからあるテーマではあるものの、うかつに入り込もうものなら、やけどどころか、火だるまになりかねない困難さがある。

文学史的には、プロレタリア短歌とか、第二次大戦の戦中詠なんかもひろく政治と短歌の話題といえる。

普段の歌会でも、批評の言葉として、「スローガン(標語)になってる」とか言う場合があるし、短歌が政治的になると、まあいい歌にはなりにくくなりますね。

(短歌が政治的になると、いい歌にならないというのは、本当は、かなりシリアスに突き詰めなければならない問題であるのだが、ここでは措く)

万葉集のはじめのほうの歌群は、天皇は国を褒め、貴族は天皇を称えるという歌が続いていて、和歌という事業がとても政治的であったことが伺える。(政治的でもあったし、宗教的でもあった)

和歌というのがそもそも皇室の歌形式なわけだから、プロレタリア短歌なんかは、このあたりけっこう苦しんだりもしたのだろうが、学生運動の時期に岸上大作とか、反体制の歌人なんかもあらわれて、短歌はなんとなく「青春」「反抗」みたいな側の人も歌えるものになって、現在はある。(ごそっと端折ってるなあ)


自作品の雑感あまりしてないな。タイトルと合ってなくなってきている(笑)。

自選。
「蛙」
ぼくはもう旅客機の窓に付くカエル、あえなく青い空へ落ちゆく

「舞」
人の生を座標固定で眺めれば舞(まい)にはあらず、舞(まい)とはおもう

「都会」
なんかもう都会の人になったねえ、やんわり撥(は)ねてゆく旧(ふる)き友

「顔」
顔などで好き嫌いなど決めさせぬ決意の絵かもジョルジョ・デ・キリコ

「今度」
この界も数字に支配されたので見捨てていこう、ではまた今度

「人名」
この歌書によると古代の日本には黒人もいて赤人もいる

2016年06月うたの日作品の30首

「理由」
それできみは行くのか夏が来る前の早めの蝉のような理由で

「記憶」
またここだドミノの列はどうしてもきみの記憶が倒れてくれぬ

「蛙」
ぼくはもう旅客機の窓に付くカエル、あえなく青い空へ落ちゆく

「列」
後列で自分の番を待つことの不安のことねきみの「未来」は

「進」
進化などしたくなかった顔をして水に飛び込む、でもうつくしい

「ドラゴン」
友達のたとえによると休日の彼はドラゴンらしい、なるほど

「舞」
人の生を座標固定で眺めれば舞(まい)にはあらず、舞(まい)とはおもう

「嘘八百を並べてください」
真実より言葉を選んだ罰として八百万首の短歌刑受く

「SEX」
セックスはできないだろう、この先にきみとSEXをする日があれど

「自由詠」
健診のあとは激辛ラーメンでいそいで取り戻す不摂生

「17時」
17時の少年がふと立ち止まる、食卓に別の僕がいる家

「蜜」
蜂蜜の飴ばかり食べているきみがまた効能を語るのを見る

「都会」
なんかもう都会の人になったねえ、やんわり撥(は)ねてゆく旧(ふる)き友

「かたつむり」
移動への欲は四肢にも翼にもならで遠くは見たいかたちの

「顔」
顔などで好き嫌いなど決めさせぬ決意の絵かもジョルジョ・デ・キリコ

「虹」
車から身をかがめつつ見る虹のロマンチックがやや近すぎる

「液」
たましいを溶液にしたときみがわらう雷の夜に言うからリアル

「今度」
この界も数字に支配されたので見捨てていこう、ではまた今度

「罪」
『罪と罰』を(ばち)って読むと身から出た錆びっぽいよね江戸時代だし

「従兄弟」
祭日に一族で食う従兄弟煮(いとこに)の子らはおいおい部屋へ籠りて

「ただいま」
いきものの居並ぶ場所でおかえりと言われたいわれは言葉をさがす

「堀」
乗り越える者も迎えて討つ者もなく水鳥になめらかな堀

「人名」
この歌書によると古代の日本には黒人もいて赤人もいる

「にんじん」
しりしりを頬張って噛む、友人をにんじんで刺され亡くしたていで

「利」
かけがえのない権利だがオークションの〆切りまぎわもつかぬ買い手は

「熱」
猫加減はいかがですかと尋ねられ向こうが熱くなけりゃこのまま

「塾」
塾生のためと言うけど新婚の塾長の差し入れ料理は甘し

「吸」
吐いてから吸い込むような人だった、はじめの頃はそれもよかった

「院」
退院祝いの食事なんだが激辛のラーメンを選ぶお前を許す

「総」
観せるんじゃなかったここに来るまでの過程を飛ばした総集編は

2016年7月9日土曜日

2014年06月作品雑感。

短歌という文芸作品を鑑賞するさいに、「何を」「どのように」という二つの軸が批評に据えられることが多い。

いわゆる主題と技巧の問題ですね。

で、二人のアイドルのユニットがいたら、自分はどちらが好きなのか、誰からも訊かれてないのに、つい真剣に考えてしまうように、「何を」と「どのように」の、どちらを重視すべきなのか考えたことがあるだろう。
むろん、どちらも大事なのだが、時期によって、おれは主題だ、わたしは技巧だわ、と決めたくなるものなのだ(なんやこのジェンダー)。

雑誌も定期的に、この議論はローテーションを、かつてはしていたようにみえる。

いまはネットでもたくさん老若男女が短歌を作っているので、ピンと来ないかもしれないけれど、短歌って、しばしば、滅亡論とセットで議論されていて、若手なんかは、けっこうこれからの短歌はどうするべきか、という答えのない問いに放り込まれていたものだった。

そんな空気の中で照屋が考えていたのは、主題と技巧の問題は、「誰に」という対象を設定することで解決するのではないか、ということだった。歌う対象、じゃなくて、歌いかける対象。

この立論はうまくいかないまま照屋も実力が伴わないのでそのままになっているが、何かいまでも気になっている。何かの打開になると、たぶん信じている。(現在では、「誰に」もさることながら、「うたう」ということも大きいような気がしている。

いま、けさのまにえふしふ(万葉集)という、満員電車で揉まれながらちょっとずつ読んでいる万葉集の感想メモをツイッターでつぶやいているが、万葉集の雑歌、相聞、挽歌はそれぞれ、「誰に」うたいかけているかで分類しているように思っている。すなわち、自然に対して(雑歌)、恋する者にたいして(相聞)、死者に対して(挽歌)。

「誰に」うたいかけているのかを突き詰めていくと、吉本隆明の『言語にとって美とは何か』ではないが、詩の幹みたいなところに、自分がいるのを感じるのではないだろうか。

あなたは、誰に、うたいますか。

自選。

一貫目蝋燭の火が風もなく捻(ねじ)れ黄色く世界も捻れ

ブロック塀の根際(ねき)にドクダミ地味に咲き愛でるわけにはあらず気になる

蛇の神は漢訳に龍と化身して逐語訳せぬ信仰を思う

誰に会うわけでもあらず梅雨だくの外へ牛丼食いに出るだけ

目の答えは見ぬようにして質問に答えるたびにくだるきざはし

六月といえ雨降れば寒かりし外キジバトがくぐもって鳴く

ようようよう朝の明かるき梅雨雲と地平のすき間は、(ラップみてーだ)

味噌とゴボウの香を含みつつ飲む汁よ人間界の苦楽なつかし

成ぜねば短命よりも長寿こそ哀しかるらん、昨夜(きぞ)からの雨

母の周(まわ)りを子はくるくると回(まわ)りおり手伸ばせばきっと届くあたりを

月が大きいだが影がない帰路の手に下げている向き合わざる感情

秘曲ゆえ知らぬというか秘曲という存在さえも知らなくて生く

人間は間接的に食べもして梅雨時期らしい目で二人いる

詩にてなおあたりさわりのなきことを述べて齢(よわい)となりにけるかも

利己的に生まれて利他を学習し自己とたたかう生命(いのち)とは愛(かな)し

280年後のテレビドラマにて適(かな)いし曲を書きしバッハは

奥底(おうてい)に何の願いのあるわれか膝まではない沼地が続く

驚くべき災害のあと生くるのも死ぬのも卑怯にみえる、夏枯草

跳びはねては沈んでイルカは繰り返し等速でわれは年老いていく

本当に花が飛んだと驚いてそのまま視界をわたるモンシロ

まだおしゃれして遊びたい母親が子を保育所に昏く預けて

バファリンで言うならここは半分の文系的な宇宙解釈

2014年06月の60首

冷蔵庫の氷が落ちて静寂がさびしくて少しあたたかき夜

一貫目蝋燭の火が風もなく捻(ねじ)れ黄色く世界も捻れ

木の箱に原稿少しずつ満ちて締め切り前の化合物まぶし

マッチ箱の形容ももう百年を経てラッピング電車並び来(く)

ブロック塀の根際(ねき)にドクダミ地味に咲き愛でるわけにはあらず気になる

今日の幸、今日の不幸をひとつ決め小さく生きるを今はよしとし

正しさで人を断罪する夢のその両方の快楽ぞ憂し

孤独とは孤高の初段、自意識の合わせ鏡にまた他者を出す

世界を語る資格はなけんこの部屋でペットボトルを転がすわれは

君のためかつて使いしフレーズをふたたび使う、こなれて浅き

この曲の歌詞を離さず持っていた記憶なつかし、少女にしあれば

蛇の神は漢訳に龍と化身して逐語訳せぬ信仰を思う

寝る為に生きるにあらずと言い切れず早々と寝る、もういくつ寝ると?

富者は驕り貧者は僻むまさぶ(淋)しさ上衣(うわぎ)を引かれわれも入りにき

誰に会うわけでもあらず梅雨だくの外へ牛丼食いに出るだけ

目の答えは見ぬようにして質問に答えるたびにくだるきざはし

六月といえ雨降れば寒かりし外キジバトがくぐもって鳴く

探究の綱を手放す瞬間の楽な落下と余る思念は

歌はうった(訴)う、けれど同時にマネタイズせねばならねばネットでは止む

ようようよう朝の明かるき梅雨雲と地平のすき間は、(ラップみてーだ)

「だとしたらもともとそういうものなのだ」そうやって知る事実いくつか

味噌とゴボウの香を含みつつ飲む汁よ人間界の苦楽なつかし

しんどくてリタイアしてもかまわないマラソンならば意外に続く

成ぜねば短命よりも長寿こそ哀しかるらん、昨夜(きぞ)からの雨

母の周(まわ)りを子はくるくると回(まわ)りおり手伸ばせばきっと届くあたりを

新品の電子機器なる匂いして君の衣服の中に鼻寄す

月が大きいだが影がない帰路の手に下げている向き合わざる感情

秘曲ゆえ知らぬというか秘曲という存在さえも知らなくて生く

満月を過ぎれば既望、このあとは日々確実に新へと向かう

人間は間接的に食べもして梅雨時期らしい目で二人いる

どこまでも愛を放出するような歌つくり今日の予定は変えず

涙のことを歌えば歌はピンクッションの途中で刺さったままに留(とど)まり

大御所の演奏は良し悪しを超ゆ芋を飲みつつ聴く老ロック

詩にてなおあたりさわりのなきことを述べて齢(よわい)となりにけるかも

利己的に生まれて利他を学習し自己とたたかう生命(いのち)とは愛(かな)し

末代までの恥など知らず傍流は傍流らしく跳ね返りゆく

280年後のテレビドラマにて適(かな)いし曲を書きしバッハは

おそろしく舐めた目をする部下かつてのわれに似おれば背の汗垂るる

少し先の季節の過去ふとよみがえる冷蔵庫で冷え切ったる浴衣や

輝くのは若さか老いかオクシモロンと言うには老いのさまざまにある

階下われにひときわ高い声で鳴く飼鳥よ早く君に会いたい

奥底(おうてい)に何の願いのあるわれか膝まではない沼地が続く

メメントモリは取り憑くと聞きああそうかそういうことかと思いが至る

色百首編めばおそらく早々に情愛を示すそれの登場

人類の叡知がひとつ進むとき託しつつ去ってゆくもの多し

心許すゆえに吐きたる暴言や不機嫌をいつか仕様と思う

悲惨なる一瞬の死とそを思う長きひたすらながき生はも

背景の背景にふと震災が涙のごとく押し寄せてくる

驚くべき災害のあと生くるのも死ぬのも卑怯にみえる、夏枯草

跳びはねては沈んでイルカは繰り返し等速でわれは年老いていく

夕方の雀であるか電線に止め具のように並んで待てり

文学少年というひとつの生物が手を横に引く、よりみちに見ゆ

ささくれを突ついて痛い愛情を拒みつつ受く受けつつ痛い

食パンを噛みつつ信ず友情の太さではなくその分厚さを

本当に花が飛んだと驚いてそのまま視界をわたるモンシロ

はみ出たる腹をさすりてわが身はや地球より軽く鴻毛に重し

まだおしゃれして遊びたい母親が子を保育所に昏く預けて

バファリンで言うならここは半分の文系的な宇宙解釈

生ハムをかじってワインなめながら若きディランの風刺聴き沁む

旗の色を顔にペイントしゆくときしびれておりぬ、二つ意味にて