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2019年5月19日日曜日

2017年03月の自選と雑感。

宮柊二だったっけ、短歌は小市民の文学というふうに規定していたような。こういう規定は、定義があいまいな上に、どこか引け目を開き直った物言いになるので、反発を受けやすい。

そもそも小市民というのはマスクス主義の言葉で、その前に市民階級というのがフランスの階級にあって、フランスの階級社会では、市民階級とは貴族階級と労働階級の間にあるものであったが、マルクス主義によると経済生産性の目から貴族階級と市民階級は同じ資本家市民階級まとめられて労働者と対立する概念になり、資本家ではないが労働階級とも言えない存在を、プチブルジョワ、つまり小市民と呼ぶようになったわけで、まずこの階級感が日本とは違うので、小市民と言われても、日本人には、嘉門達夫の、マイホーム主義な尖った表現を好まない凡庸さの謂(いい)として使われている。小市民ということが。

つぎに、文学だ。ロックンロールイズデッドじゃないが、文学は、文学とは現代において何であろうか。現代において、文学は、表現をおこなうにさいして、絵や音や形でなく、文字を選んだというだけのエンターテイメントなのではないか。エンタメでなければ、自己表現、あるいは、新しい物語創作。

文学って、なんなんだっけ。目の構造が、「見える」ということを規定するように、文学は、なにを規定するんだっけ。

文学は、まだ、生きているか。青いゾンビの肌をして、いないだろうか。青い肌だったら、ちゃんと殺してあげなくちゃ。



自選
いつまでも当選番号さがすようにスマートフォンをきみは見ている

カルピスは何倍がいい? きみのくれる短歌の濃度くらいでもいい?

個性などなくてよかつた夕ぐれのユーグレナけふ(今日)すじりもじりし

この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見るな

この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見るな

この歌を3回声に出したあと、夜の0時に鏡を見たな

知の呪縛のように不可逆、玉手箱の白い煙のごとき認識

犯罪者が刑のかたちを決める夜人権はまだ生きてるつもり

月を取ろうとして海に入(い)り溺れたる猿を看取ってくれたる海月

合成の歌声じつに小気味よく火星探査車石蹴って往く

肩揉みが天才的にうまけれどロジックがない男を知れり

百年前は新宿だって牛飼いと牛がいたんだ都庁のあたり

キャッチーな詩を書くゆえかきみはあのまどみちおの絵が部屋にいちまい

のれんの絵を描いたのれんが飾られて向こうがなくてさみしいのれん

静脈がおれを認識しなくって、あれ、おれいつから甘んじて俺

食べ物を見る目をしてた、食べ物が権利を主張する間じゅう

称賛か失脚か風の吹き上がりやすい時代に目がすぐ乾く

電柱を描くか描かぬか写実的風景絵画の懐かしい嘘

春のころこの道を老婆ひとりゆきその道の果てにあり老梅樹

小学生を殺すほど認知あやしくてなお生き延びて人生ながし

洋服に洋画の陰影描き分けて夷酋列像(いしゅうれつぞう)赤き直立(すぐだ)ち

この国の混声合唱「死にたい」はスウェーデンとは異なるひびき

ビキニからの原爆マグロを眠らせて築地の朝はさっきまで夜

それゃあもうおれは「なかなか言いにくいことをおっしゃるご主人」だもの

自爆テロリストのVR映像を、終えて現実(リアル)がとても汚い

上等の日本酒舐めてきゅうと言うそういう男の列に連なる

美しい言葉と思う、運命を開くいのちを真剣と呼ぶ

エクレアのふわっとかなし人生のだれのせいにもせぬ指のチョコ

善人用優先席にみかけにはよらない人が足組んで座る

サンドボックスゲームをしつつ思い至る西洋のヒューマニズムの孤独

ジョルジュ・ビゼーは時代の何を飛び越えてぼくの意外な耳朶楽します

建物ごと虚空に上がる心地して窓全面を降るさくらばな

白目みたいな歌だよねってなんだようやっぱり短歌わかってんじゃん

星空を眺むるも科学なりし世に法則嗤うごとき極光(アウロラ)

この町の盛衰あるいは玄関が引き戸の率など知りたく歩く

ごきぶりや蚊が叩きつぶされるころダンプが野良を轢く日曜日

生命は波打ち際のなみがしら、吸ったぶんだけぶくぶくわらう

ガラス片敷かれた風呂に入るように過去のいじめを語る痛みは

一日休めば三日遅れる練習のエントロピーめエピメニデスめ

あまじょっぱい経口補水液のみてわが病身の内を濡らしつ

そうやって明るいきみに厳(かざ)られてゆくものをすこしうらやんでいる

アパートの庭にふたりは足浮かせにんげんのしあわせを語った

UFOは地球をながめ知的生命かつて有りきとして過ぎゆけり

二十代で国のかたちを先見し国成るまでに落ちたる椿

ぼくの部屋の階段をのぼる音がする音がしたまま部屋へ届かず

ビッグバン説まことしやかに否定する時代もありき、忘れられき

洗脳の装置とかいいながら観る、低レベルだと嗤いつつ観る

果敢だが彼は失敗するだろうその時のきみに届かぬ歌を

優しさはその後も優しくあるゆえに弱さとは似て非なる朝焼け

俳句
春菊の貼り付いて眠るまでの宵

半跏思惟像この春じゃないらしい

永遠の命をこばむほどに春

さっぷーけーおまへの部屋におまへと春

2018年10月1日月曜日

2018年07月のうたの日の自選と雑感。

そういえばうたの日のこちらの更新が6月分で止まっていた。

うたの日は2015年9月21日に始めて、満3年、連続で出し続けることができた。3年間、お世話になりました。といっても、歌を出すばかりで、投票や評もせず、自分勝手な出詠者ではありました。
そのうえ、コレイイナたん、(とのちに名付けられましたが)、という、見方によっては、うたの日の投票や評を否定するようなキャラクターを跋扈させてしまい、なかなか厄介な2次的存在であったかもしれません。不快な思いをした方にはすみません。
そして、面白がってくれた方には、とてもうれしかったです、そして、こちらも、続けられなくて、申し訳なく思っています。

うたの日3年目を区切りにするのは、数ヶ月前から考えていたことですが、9月に起こったさまざまな問題は、目にするたび口をはさみたくなるような嫌な出来事でした。

匿名で本人に言えないようなことを書くことは、なんと人を傷つけるものだろうと、あらためて驚く。しかも、戦い方がわからない。戦うものが馬鹿をみるような場所がある。
まあ、何年も前に、知り合いの歌人が同じ目にあったのを見たことがあって、そのときも、何も出来はしなかった。

ともあれ、照屋の後処理はもう少し残っている。それくらいは、ちょっとずつでも終わらせよう。

自選。

「見」
見るためには目を閉じよって話でしょ? 同じよ、だから見つめるんだから

「プール」
夏の午(ひる)のモータープール人気(ひとけ)なし蝶だけが時のながれる証(しるし)

「無」
プレパラートを菩薩のようにつまみつつミドリムシさえ無いものが無い

「競」
人類が競って宇宙に行った頃そこまで造ってなかった神は

「セーラー服」
男子寮の6号室に受け継がれしセーラー服を出す時がきた

「追」
追わなかった後悔みずみずしいままのバスターミナルに雨びたびたし

「熱」
151年前の夏もまた熱からむ「えゝぢやないか」ををどり

「没」
沈没船の舵輪(だりん)ぐるぐる舵(かじ)を切るふるさとの方を向きつつ沈む

「スイカ」
口の中にシャオウムと赤く柔らかいスイカの山を食うひとくちめ

「夕」
かわいくない男子の野次をスルーして祭りの夕べを涼しい心算(つもり)

「蝶」
蝶なのにかなり遠くに来たもんだ何やってんだろう蝶なのに

「ラクダ」
もしかしてラクダなのかもしれませんふたりのながい食事もしゃもしゃ

「メロン」
甘い水をたくわえて確かにメロン、幸せは待つことでもよくて

2018年07月うたの日の自作品31首。

「見」
見るためには目を閉じよって話でしょ? 同じよ、だから見つめるんだから

「プール」
夏の午(ひる)のモータープール人気(ひとけ)なし蝶だけが時のながれる証(しるし)

「椰子」
椰子の実をパカッと割って、ン、と出す、はじめはバディのつもりもなくて

「ラリー」
長いことラリーに付き合っててくれたんだね、ありがとう、終わりにするよ

「キッチン」
武器的なものはキッチンに(洗ってない!)包丁だけでも洗っておくか

「無」
プレパラートを菩薩のようにつまみつつミドリムシさえ無いものが無い

「天の川」
古代人は納得していたのだろうかたとえば川底はどちら側

「競」
人類が競って宇宙に行った頃そこまで造ってなかった神は

「奈」
木屑漆(こくそ)にて塗り固めたる表情の奈良時代近きほどの阿修羅は

「自由詠」
残量が15パーセントを切ってもうすぐ生身になっちまうじゃん!

「セーラー服」
男子寮の6号室に受け継がれしセーラー服を出す時がきた

「十七歳」
悪意より嫌悪に近い殺意もつ十七歳の眼差し昏(くら)し

「使」
虫くんよ虫くんもずっとなにものか大きいものに使われる生か

「財」
人財が人材に戻るその日まで無用の系譜を守らねばならぬ

「追」
追わなかった後悔みずみずしいままのバスターミナルに雨びたびたし

「蒼色」
夕星(ゆふづつ)の見えそむる頃失へる蒼色(さうしょく)の空なりしわれらは

「熱」
151年前の夏もまた熱からむ「えゝぢやないか」ををどり

「蜃気楼」
揺れている向こうの蜃気楼だって猛暑日だろう、水はこまめに

「没」
沈没船の舵輪(だりん)ぐるぐる舵(かじ)を切るふるさとの方を向きつつ沈む

「入道雲」
入道雲の旧かなをふたり書けたならキスをしようよ、白いわくわく

「自由」
草の丘で風に吹かれて雲を見るココヲ抜ケ出ス自由ガ欲シイ

「スイカ」
口の中にシャオウムと赤く柔らかいスイカの山を食うひとくちめ

「貝」
防音も効いているので外界が何年経とうがよく眠る貝

「夕」
かわいくない男子の野次をスルーして祭りの夕べを涼しい心算(つもり)

「蝶」
蝶なのにかなり遠くに来たもんだ何やってんだろう蝶なのに

「ラクダ」
もしかしてラクダなのかもしれませんふたりのながい食事もしゃもしゃ

「鋏」
一日をじょきんと切って0時過ぎ、時の鋏(はさみ)は勤勉である

「パンダ」
天国でも中国でもないこの家でころころ鶯ボールがパンダ

「乱」
乱世をきみと遊んで現在はまじめな君を互いに知らない

「手首」
親指と中指でつくる輪っかにはちょうど収まる手首の記憶

「メロン」
甘い水をたくわえて確かにメロン、幸せは待つことでもよくて

2018年7月28日土曜日

2016年07月の自選や雑感。

このブログは、照屋沙流堂の、連作などを載せるブログから始まって、現在では、ほぼ、ツイートした短歌の収集用になっている。
うたの日に投稿した短歌はその翌月にまとめていて、日常のツイートは、2年前の先月分をまとめる形で進めてきた。

2年前というのは、微妙に遠くて、そして近い。一首を見て、ああ、と背景を思い出すこともあれば、何をうたいたいのかよく分からないものもある。

ただ、いつまでも2年前を懐かしんでもしかたがないので、少し歩みを早めて、現在に追いつかそうと思う。

自選。

枯れそうで枯れない観葉植物よ聞いてくれオレのみどりの嫉妬

ガソリンの甘い匂いを嗅ぎながら君の職場を遊びにきたり

ボーカロイド曲歌うとき人間は合成音の真似をするなり

相聞のうまい男がおりました本人はそれを恥じていました

川底の茶碗のかけらが光りいて月夜の川をさびしく見おり

歯を痛み今日は飲めぬがまたいつか、おお、「瀬を早み」みたいな感じ

いまはまだ明るいけれど上弦の月が獲物を追いつめてゆく

落花する始終になにか重大な忘れの生にいるかもしれぬ

増水して駆け抜ける川、生き物は愛別離苦の気ちがいとなり

嘘をつく人間といて、許すのか見放すのかは曖昧に笑む

波紋よりはやき四散のアメンボの親子にあらばすぐに分かるか

きみの詩を誰も読まなくなったときやっと自分の詩を詠めるとぞ

こんにちは外は結構降ってますさようなら外はもう晴れました

只今は星の秩序に大月(だいげつ)が君臨をなす眩しかる夜

あごひげを生やしたような新車からあごひげのない男出てくる

人の死はニュースになって生きているものばかりそれを痛そうに観る

真理にも幸福からも拒まれて世界は一見無茶苦茶である

末期癌の妹の治癒を祈りたるブログを読みておれは透明

政治してゲームして次は何をして当分たぶんあの世ならねば

欲望を連結したる陸蒸気(おかじょうき)の白い煙のことか幸福

いい男を釣りたいと意図するような自分のつくりを厭う今朝なる

首がポン、と飛びし絵巻の改新を原風景のように眺むる

ジュリリジュリ ジュリリリジュルリ ジュリリジュリ ジュルジュルジュリリ ジュリリ リリリリ(よのなかのほろびるときはこずえからみていてあげるかわいいままで)
(シマエナガ)

ずれている蓋を覗くと深淵が自分の顔ととても似ていた

かわいくて面倒くさくてかなしいよいのちがいのちと生きてゆくれば

溶けそうな夏の地球を舐めている宇宙温暖化の対策に
(サーティーワンアイス)

2016年07月の64首。

承諾を押さねば先に進めないわれ無き未来すなわちわが死

枯れそうで枯れない観葉植物よ聞いてくれオレのみどりの嫉妬

毒は愛、残さず食べて横になり手足が勝手にさよならをする

PSG音源で弔われゆくきみのデータが雲(cloud)とたなびく

朝ぼらけおぼろに明けてゆく脳の昨日のDL(ダウンロード)の途中

きみはひとりじゃないって言われAIがそう言うならばいよよスィアリアス

風がなく湿度も高くひょっとして時が止まったひとりのホーム

病みおれば判断も病みておろうゆえ嫌であろうがその逆にいよ

人間性を一度疑われておけば正しいことが軽くてよろし

ガソリンの甘い匂いを嗅ぎながら君の職場を遊びにきたり

ボーカロイド曲歌うとき人間は合成音の真似をするなり

住宅街の立ち飲みバーがカウンターごと食われたように店じまいせり

チキンラーメンの味が美味しくなるたびに酒のつまみにかじるには濃き

おっさんであるからわれは今君のサラッドデイズに目を逸らしおり

一日の始まる前の朝にいてスキップボタンはないのだろうか

旻天(びんてん)はまだ先だなあ、うまくいくはずない最後の夏の白雲

相聞のうまい男がおりました本人はそれを恥じていました

川底の茶碗のかけらが光りいて月夜の川をさびしく見おり

東名道といわれてぼくは空中を走る景色をずっと待ってた

歯を痛み今日は飲めぬがまたいつか、おお、「瀬を早み」みたいな感じ

捨て猫のかわいいドキュメンタリー観つ捨てた誰かの弱さを措いて

雑草は一挙に占めてみどりなりすべての席に後進は待つ

人間のどろどろの善意映しいて不穏と思えど止むを得ぬとも

オールオアナッシングだからナッシング、もうナッシングなし子先生

サングラスの男の席にサングラスの女が座る日常あやし

いまはまだ明るいけれど上弦の月が獲物を追いつめてゆく

人間の架空の森か深海か潜って還らぬままググるカス

脳内の悲しみを夢が捨てていく捨て場所はまだ開(あ)かざるまなこ

落花する始終になにか重大な忘れの生にいるかもしれぬ

増水して駆け抜ける川、生き物は愛別離苦の気ちがいとなり

男って料理よりエサで済むことがあるとか、彼をなぜ弁護する

ザザ降りの車道に割れるクラウンが収まるまでをいつまでも見る

嘘をつく人間といて、許すのか見放すのかは曖昧に笑む

封筒にぱんぱんに日々の想念を書きしが今はやすきツイート

波紋よりはやき四散のアメンボの親子にあらばすぐに分かるか

きみの詩を誰も読まなくなったときやっと自分の詩を詠めるとぞ

月明かりを頼りにのぼる階段の闇にあらねば一段も欠けず

こんにちは外は結構降ってますさようなら外はもう晴れました

只今は星の秩序に大月(だいげつ)が君臨をなす眩しかる夜

掌(て)に包む鳥からしたらそれほどにおまへを信じてやつてゐるのだ

変態がせつない願い持ちて生く人に決して語れぬゆえに

あごひげを生やしたような新車からあごひげのない男出てくる

ごきぶりもせみもみみずも舗道にて力尽きつつ土を思えり

カートゥーンアニメな動き想起してきみが「スマホ歩き」と言うので

お隣りの独裁国家を差し置いて自国を忌みし戦後の論理

若者は信じることに見離され前線と思いおののいていた

人の死はニュースになって生きているものばかりそれを痛そうに観る

真理にも幸福からも拒まれて世界は一見無茶苦茶である

末期癌の妹の治癒を祈りたるブログを読みておれは透明

政治してゲームして次は何をして当分たぶんあの世ならねば

大きなる胸のみ反応する父に娘も妻もスルーの余生

欲望を連結したる陸蒸気(おかじょうき)の白い煙のことか幸福

いい男を釣りたいと意図するような自分のつくりを厭う今朝なる

愚かさへの愚弄を許した瞬間に愚かさはうつむきつつニヤリ

きみからの鳥跡(てがみ)をながく待っている覚悟のコインときどき貯めて

聖賢に酔いてからだは弛緩してこのまま液化して海に行く

老年の居場所は空閑ならざれば知の大なるに徘徊やまず

首がポン、と飛びし絵巻の改新を原風景のように眺むる

ジュリリジュリ ジュリリリジュルリ ジュリリジュリ ジュルジュルジュリリ ジュリリ リリリリ(よのなかのほろびるときはこずえからみていてあげるかわいいままで)
(シマエナガ)

結婚の予定を先に聞いたので手も握らぬが靡けこの街

ずれている蓋を覗くと深淵が自分の顔ととても似ていた

たまきはる命がここで終わるときもともとなかった未来消えゆく

かわいくて面倒くさくてかなしいよいのちがいのちと生きてゆくれば

溶けそうな夏の地球を舐めている宇宙温暖化の対策に
(サーティーワンアイス)

2017年9月10日日曜日

2017年07月うたの日自選と雑感。

月が変わると、先月のうたの日の作品をまとめるのと、2年前の先月の短歌をまとめてブログにあげていたのだが、いま7月の分をやっているということは、さぼっておったのである。

当たり前の話だが、短歌を”選ぶ”とき、その歌の良し悪しとともに、どの文脈で選んでいるのか、というのが、実は”選ぶ”という行為の、ほとんどすべてであったりする。

以前も書いたが、それは食べ物に似ていて、3時のおやつの時間に刺し身を出しても不評だし、夕食に新製品のポッキーを出しても、そりゃ確かにおいしいけど、そうじゃないだろう、となる。

だから、”選ぶ”という行為は、実は、いい歌を作る、という行為よりも、いい歌を作る行為かもしれない。なんのこっちゃ。

自選。

「与」
余剰生産物が文化を生み出して与ひょうの言葉がつうに届かず

「沖縄」
先生はとてもこの地を愛したが胡椒を必ず持参してきた

「つまずき」
つまずいてもんどりうったその刹那、星座のようなポーズだったよ

「賞」
人生は変わりゆくのでこんな時ものほほんとして揺れていま賞

「三葉虫」
愛し合った三葉虫のふたひらの化石、彼女は奴を選んだ

「扇風機」
夏休み父と息子が宇宙人、父は宇宙に行けなくていい

「チャーハン」
この冷めたチャーハンまでも愛されて私はけっこう幸せである

2017年9月9日土曜日

2017年07月うたの日自作品の31首。

「飛行機」
飛行機で隣の街に行くような勢いは愛プラス性欲

「茄子」
茄子の身に染みとおりたるあじわいがわが身に沁みとおりたる壮年

「与」
余剰生産物が文化を生み出して与ひょうの言葉がつうに届かず

「泥」
貯水池の底の泥地が噛みついた長靴ぜんぜん味がしないよ

「沖縄」
先生はとてもこの地を愛したが胡椒を必ず持参してきた

「団地」
お孫さんの手紙と写真に囲まれてチヱさん一人の団地に西日

「パチンコ」
この店を決して覗いちゃいけません、恩返し出来ぬ鶴がわらわら

「鎖骨」
撤退のみじめな気持ちに泣いているきみの鎖骨が収まるのを待つ

「国境または腕時計」
国境を超えた瞬間腕時計の妖精も「ぐりゅえつぃ」と気取って

「自由詠」
今日ひと日考えたこと、多摩川の水なら何キロ分の水嵩

「国境または腕時計」
腕時計をつけるしぐさも似ているかこだわりのない父のシチズン

「斧」
各々が己が道ゆくその奥に斧でも切れぬ遠き戦き

「午前12時/午後12時」
午前12時/午後12時を同じ顔で過ごしてそうな君が心配

「つまずき」
つまずいてもんどりうったその刹那、星座のようなポーズだったよ

「賞」
人生は変わりゆくのでこんな時ものほほんとして揺れていま賞

「黄」
金色(こんじき)になりそこなったのだろうかそれともこれから光るたましい

「入道雲」
入道雲ぱかっと開(あ)いて夏の神が現れいづる前から暑い

「かき氷」
喩えてもいいけどそれは冷たくてシロップをかけると溶けて無くなる

「移」
移動しても付いてくるもの、影、自分、優しいきみを振り切ったこと

「三葉虫」
愛し合った三葉虫のふたひらの化石、彼女は奴を選んだ

「ロボット」
ロボットに心があるとしたならば電源のことは触れないでおく

「エイ」
底辺を生きるすがたは地味にしてその裏側の白き柔肉(やわにく)

「素麺」
流しそうめんの下流で腹が満たされた者から語れトリクルダウン

「扇風機」
夏休み父と息子が宇宙人、父は宇宙に行けなくていい

「避」
避難指示の矢印ふたつ、落ち着くんだ今からおれはこの主人公

「LEGO」
異能力、生き物をレゴブロックに変える男は敵か味方か

「球」
球種では負けていたけど羨ましい彼は勝手に飽きてしまって

「チャーハン」
この冷めたチャーハンまでも愛されて私はけっこう幸せである

「袋」
待ち人は来ないいけふくろうの前待ち人もいないここは何年?

「嵐」
この雨が嵐になるかならないかぼくらはずっとやっていけるか

「家」
ホームタウンと地球を呼べば住みやすい星に記憶が上書きされて

2015年07月の作品と雑感。

自分の過去作品をまとめるのも億劫になっている。ただでさえ2年前の作品なのに。

先日太陽フレアの話題があったけど(なんか振り返ったら変な句つくっててわろた)、ネットの情報は、やはりいつか消える。保存っていうことを考えると、紙、木、石、と、硬いものにしていくべきだ。とりわけ日本は、紙の質がよいので、歴史史料を多く残してきた国だ。建物は燃えてなくなることが多かったけれども。紙、そして墨、これは強い保存手段だよね。

自選など。

休日の昼下がりの湯、このまんまおわってしまってよくなくなくね?

鈴のようにグラスの氷鳴らしつつ階段で飲む透明の芋

ひるがえり乗り込む電車、我の背に銃口のようにスマホが当たる

甘えたる言葉を言いて後頭に頭を寄せてピンが当たるも

わが私史にくしゃみが増えてゆくこととその大きなる声を記さず

雨に濡れサーバが運びこまれゆくドナドナのような気持ちもなくて

サバイバーズギルトかもしれぬ自己卑下をやまなく降れる雨として見る

ああカラス朝の袋のそばに立ち愛でられるなく生きようとする

不本意な死に方のほか何がある電車のカーブにみな傾(かたぶ)きぬ

王道のかたちのやがて見えるころなかばを過ぎていることも知り

画家は目を音楽家なら耳を病み人を目指せば人間を病む

若き男の口の息嗅ぎ血気という言葉をおもう妬みもありぬ

四十過ぎて変態でない男など緑の見えぬ景色の窓は

空間をむさぼり走る馬の列をわれの娯楽を離れて見おり

口語の人が緩く文語に変わりゆくわかき時にはせぬ顔をして

限りなく意味を求めていたのです東北に煙のぼるを、みつつ

何欲であろうか満員電車にて夕刊フジをルーペで読むは

母親は息子にできた恋人をイヤなタイプと言わないでおく

別の拍に心臓が狂う夢をみて身体は死にたくないことを知る

人生にあと一度ほど残された転向と呼んでいい岐路のこと

高学年男子は宇宙が好きである母の女に少し飽きれば

楽をしてもっと甘えてずるずるとズルくあらんか、人間のきみ

ちょっと奥にきゅうりの花が咲いていて黄色いそれにも注ぐものみゆ

2017年8月30日水曜日

2015年07月の64首。

休日の昼下がりの湯、このまんまおわってしまってよくなくなくね?

鈴のようにグラスの氷鳴らしつつ階段で飲む透明の芋

出がらしのような劇場版の帰路記憶の先後の浸潤やまず

ネイチャーは真面目にあれば人間の弱った時にきびしくやさし

ひるがえり乗り込む電車、我の背に銃口のようにスマホが当たる

魂に尻尾があると君もいう、マックではあれだ場所を変えよう

甘えたる言葉を言いて後頭に頭を寄せてピンが当たるも

人間を倦んでしまった罰として蘇生の物語読むばかり

質問を質問のまま土にまきいつか帰らぬこの先へ行く

人生のはじめのころと今ごろで例えばメンマを受け入れしこと

わが私史にくしゃみが増えてゆくこととその大きなる声を記さず

雨に濡れサーバが運びこまれゆくドナドナのような気持ちもなくて

サバイバーズギルトかもしれぬ自己卑下をやまなく降れる雨として見る

人間の顔を忘れているときに君が見ていた、ゆっくり戻す

原因の原因を辿るかなしみは濫觴(らんしょう)よりのあかいさかづき

高架下は一灯一席この雨が止むまで待っている鳩たちの

ああカラス朝の袋のそばに立ち愛でられるなく生きようとする

不本意な死に方のほか何がある電車のカーブにみな傾(かたぶ)きぬ

岩を押せば隠し階段あるように時間を押さん腹にちから込め

地下鉄の電車近づく轟音にロマン派シンフォニー消えてゆく

王道のかたちのやがて見えるころなかばを過ぎていることも知り

画家は目を音楽家なら耳を病み人を目指せば人間を病む

戦いに没入すれば歌のある場所の遅さを厭うていたる

鉛丹で描くくちびる、筆先を舐めて君との違いをおもう

鏡の中の顔もゆがんでわが頭痛のお前の脳も苦しみいるか

小動物は寿命みじかくこんなにも甘えていても思い出になる

どうすんねんっちゅうねんっちゅう突っ込みはあれど生きつつ死ぬのはいかん

若き男の口の息嗅ぎ血気という言葉をおもう妬みもありぬ

四十過ぎて変態でない男など緑の見えぬ景色の窓は

女の子もぼくの背も過ぎひまわりは擬人化しえぬ顔をして立つ

先進を滅亡途上と言いかえたところで、水を待つ多肉類

ビニールプールの中のアヒルもふにゃふにゃでそれでも夏の歌にはならず

空間をむさぼり走る馬の列をわれの娯楽を離れて見おり

一面にミミズの死骸、焼きそばをこぼしたような俺の悲鳴は

思想的な議論のようでおそらくは違う景色の説明つづく

口語の人が緩く文語に変わりゆくわかき時にはせぬ顔をして

限りなく意味を求めていたのです東北に煙のぼるを、みつつ

物語に少女がひとりあらわれて笑みを残してかろやかに去る

泣き声も再現されている歌の歌舞伎の型もボーカロイドも

一代で財をなしたる男老(ふ)けて子に取り崩しほそぼそと生(い)く

明日の神話のような雲ありわれはしろくステップ踏まぬ骨になれるか

快楽と君とを切り離すというずるさのような落ち着きを得(う)る

浴槽でくしゃみ一喝、残響が消えてもわれの裸身は消えぬ

灼熱のくじら広場に位置情報ゲームのために立つ男はも

香水が日毎に薄くなるように善意の人の減るをなげくは

何欲であろうか満員電車にて夕刊フジをルーペで読むは

母親は息子にできた恋人をイヤなタイプと言わないでおく

別の拍に心臓が狂う夢をみて身体は死にたくないことを知る

人生にあと一度ほど残された転向と呼んでいい岐路のこと

いつまでもいたし善意の少数の被害の側の正しいほうに

本当に葡萄が酸っぱかったのでわが身の程を知らねばならぬ

一日に何度も水を浴びていてしたたるがさほど良くない男

妄想を殺そうとしてもう遠い君は自死にて果たしたりし、か

高学年男子は宇宙が好きである母の女に少し飽きれば

しあわせでなかった過去を肯定も否定もせずに歌う彼女は

つい蟻を踏むが土ゆえ死なずとも済むかもしれぬ死ぬかもしれず

乱打するピアノの音を燃料に代えて世界を飛びたい男

麦藁帽で気分大きなわれなるに女はすべて海を知りいて

楽をしてもっと甘えてずるずるとズルくあらんか、人間のきみ

ちょっと奥にきゅうりの花が咲いていて黄色いそれにも注ぐものみゆ

生き物が宇宙抱えていることを生きると呼べば闇ぞかがやく

コーヒーの「ヒー」の部分が恥ずかしくカフェと呼んでた頃も恥ずかし

2016年8月7日日曜日

2016年07月うたの日(自作品)雑感。

タイトルねえ。括弧ないと先月の全作品を読んでの雑感みたいなので、自意識高そうな括弧入れました。
(といっても自作品と関係ない雑感ばかりだけれど)

昨日、短歌のツイキャス(ライブ配信サービス)で、「いい短歌を作りたい」という話が出て、いい短歌とは何か、という話になったのだが、テルヤは先月のブログでも書いた関心があったので、「それは誰にとって?」と書き込んでしまった。

しかし、その質問は少し浮いていたかもしれない。何がいい歌かという話に、「誰に」は話題そらしのようにも見えるからだ。

短歌における「何を」「どのように」は、そのうち、「誰に」「どこで」という問題に変わるような気がしている。「どこで」というのは、立ち位置のはなしでもあるが、ここでは「座(居る場所)」のはなしだ。

その歌は、歌集に収められていい歌なのか、ウェブ歌会で一番のいい歌なのか、手紙の末尾に添えられていい歌なのか、試験会場の机にペンで書かれたいい歌なのか、コンサート会場で叫ばれていい歌なのか、話しかける友人が一人もいない夜に読んでいい歌なのか。

表現である以上、評価は避けられない。評価を求めるのは大事なことであるが、手段が目的になってはならない。禅において、「魔境」という言葉があるが、テルヤは、魔境とは、手段が目的になってしまってそれに気づかない状態のことを言うのだと解釈している。

足下を掘るしかないのだよね。

自選とコメント(きょうは自分をほめるぞーw

「運」
ホロヴィッツのはやい運指を先生と観ていた音響室でふたりで

 ※「ふたりで」で、主体が性的な意識に気を取られている感じがよく出てて、濃密になっている。

「術」
詠み人知らずの複数形は知らずぃずか第二芸術論はるかのち

 ※第二芸術論は、名前を伏せると誰が作ったかわからないような個の打ち出されない文芸は芸術として第一でなく、第二に属する、という主張。でもその戦後の主張も遠く、現在は詠み人もいつでも変わるハンドルネームの作品が増えている。といううた。「知らずぃず」はちょっとしらずぃらしい(白々しい)かなあ。

「ピーマン」
今日もまた火に焼かれたるくたれたるピーマンの皮の透明のところ

 ※ピーマンのそこをうたにするか

「指」
トーナメント表でいうならシード権の枠を当てるであろうおやゆび

 ※人体をトーナメント表として見る、というのがむちゃくちゃですわね。

「方言」
方言を失いしかば神さまも微笑みながら伝わらざりき

 ※たとえば渋谷の神様はギャル語がわかるのか、という話かね。

「疲」
ふらふらのしょぼしょぼのもうよれよれのへとへとのくたくたの「おはよう」

 ※日本には疲れを示すオノマトペがおおいなあ。

「自由詠」
瓜言葉に貝言葉してネットでは今日もカラーの図鑑をめくる

 ※文字だけのノンバーバル・コミュニケーションというのはよく行き違いますので、悪気がないのにきゅうに険悪になったりします。そういう時は、同じ言葉じゃなくて、花言葉のような、それぞれの言葉が行き違っているのだ、と考えてはどうでしょう。

「夕立ち」
逃げてゆく思想は追うな、夕立ちのけぶる向こうは晴れ間ばかりの

 ※政治的なメッセージですかね。7月は選挙もありましたしね。

「バカ」
「人間に飼われたらみんなバカになって毎日食べてしあわせに死ぬぞ!」

 ※動物にとってしあわせは一義なのか、そうでないのか。そして人間は動物なのか、そうでないのか。

「かかと」
人体でもっとも皮が厚いのにチクチクすれば心を捕(と)らる

 ※皮が厚いのがかならずしも鈍感ではない、というのはちょっと不思議だよね。

「夏休み」
夏休みの終わらない国に行ったんだ遼くんのパパは笑って言った

 ※主体がどのくらいの年齢かにもよるが、一瞬いいなあとうらやんだとしたら、主体は後悔を残すかもしれないな。

「遅」
あと百年遅く生まれていたならばきみのお墓で手を合わせよう

 ※短歌における整合性があやうい作品は、どうなんでしょうね。なんで百年後に生まれて「きみ」を知ってんねん、というツッコミは、ありですよね。そこを越えられるかどうか。

「散歩」
この土地に来た時は会い、川沿いを散歩するだけ手もつながずに

 ※そういう関係という話ですよね。手をつながない、ということを意識する、という。

「ごめん」
警察のいらぬごめんで済む世界をおもう、残酷かつ寛容な

 ※この日、この作品のあと、神奈川のあの事件を知りました。寛容は、残酷と通じるかもしれない、というシミュレーション。

「うっかり」
ちゃっかりと暇を伝えてしっかりと送信したとすっかり思い

 ※うっかりを使わずうっかりを伝えるという、まあ、言葉遊びですわね。

「やばい」
コーヒーにミルク砂糖の両方の代わりに入れたヤクルト、やばい

 ※やばい、には、いい意味と悪い意味が現在混在していて、ここではどちらなんでしょうね。

2016年07月うたの日作品の31首

「運」
ホロヴィッツのはやい運指を先生と観ていた音響室でふたりで

「煙」
煙突(camino)と道(camino)のつながり調べたら違う語源だ、スパッツァカミーノ!

「椅子」
夕方の路地に一脚持ちよって見比べるには少なき過去か

「術」
詠み人知らずの複数形は知らずぃずか第二芸術論はるかのち

「ピーマン」
今日もまた火に焼かれたるくたれたるピーマンの皮の透明のところ

「指」
トーナメント表でいうならシード権の枠を当てるであろうおやゆび

「方言」
方言を失いしかば神さまも微笑みながら伝わらざりき

「疲」
ふらふらのしょぼしょぼのもうよれよれのへとへとのくたくたの「おはよう」

「落」
スタンツ(寸劇)のモブ役なのに誰よりも立派な衣装で落武者Aは

「自由詠」
瓜言葉に貝言葉してネットでは今日もカラーの図鑑をめくる

「夕立ち」
逃げてゆく思想は追うな、夕立ちのけぶる向こうは晴れ間ばかりの

「バカ」
「人間に飼われたらみんなバカになって毎日食べてしあわせに死ぬぞ!」

「手紙」
ITの終わりし未来貴重なる紙の手紙は告白に似て

「大人」
追いかけるべきなんだろう、人生の限りの見える大人にあらば

「かかと」
人体でもっとも皮が厚いのにチクチクすれば心を捕(と)らる

「黄」
何百の黄色を茹でてトウキビの生存に与(くみ)せず齧(かじ)りおり

「パスポート」
筋トレをたゆまぬおまえ胸筋が彼女へのパスポートのごとく

「絶対」
力説をするでもなくて口ぐせの「ぜったいさびしい」が出るときは行く

「閉」
社会へと閉じてゆく日本人だとかフロムかよ、てにをはの思想は

「朝」
戦中の描写はじっと箸を止めするどき無言の父の朝ドラ

「夏休み」
夏休みの終わらない国に行ったんだ遼くんのパパは笑って言った

「遅」
あと百年遅く生まれていたならばきみのお墓で手を合わせよう

「メロン」
あの夏も暑い日だった、上空で炸裂したるメロニウムボム

「散歩」
この土地に来た時は会い、川沿いを散歩するだけ手もつながずに

「ヒマワリ」
プランターにヒマワリ三本並びいてとなりと同じ方向を向く

「ごめん」
警察のいらぬごめんで済む世界をおもう、残酷かつ寛容な

「シャワー」
こころまで青くはなれぬ、水シャワー浴びいるわれのサーモグラフの

「塊」
その時にぼくは怒りか悲しみか嫉妬かわからぬ塊(かたまり)だった

「うっかり」
ちゃっかりと暇を伝えてしっかりと送信したとすっかり思い

「やばい」
コーヒーにミルク砂糖の両方の代わりに入れたヤクルト、やばい

「忘」
誰のことを決して忘れないんだっけ、シーンはいくつかあるんだけれど

2016年8月6日土曜日

2014年07月作品雑感。

  思春期と晩年は本を読みながら異なるものぞ読むことの意味

休みを利用して地方の文学館に行くと、その地方の作家の足跡や、直筆原稿があったりして、なんだか懐かしい気分になることがある。
なんというか、「文学」だったものが展示されているなあ、という郷愁だ。

本の読み方も、価値も、変容しつつあるもので、とりわけ今は情報の拡大伝達速度が速いので、思念の再現装置としては、本は第一線を退きつつあるようにみえる。

先日、アマゾンのキンドル読み放題というサービスが開始され、音楽や映画のように、本も月額で自由に読めるという環境ができつつある。

電子書籍とは、一口に言うと何か。これは「本のパッケージングにレイアウトされた、ウェブ情報」のことだ。逆に言おう。ウェブとは、「紙媒体の制約から解放された視覚及び聴覚情報」のことだ。本と、電子書籍と、ウェブとは、呼び方を変えた同じものといえる。

携帯電話は、もともとはトランシーバーの延長の技術だが、電話というそれまでからあった名前にすることで、使い方がイメージしやすくなった。

ブログは、文筆行為だが、ブログとか、日記という名前を付けることで、だれもが恐るべき量の思念を記録し留めている。(文学館で展示する直筆原稿は残らないけどね)

なんの話だっけ。キンドル読み放題は、また一つ、本というものの変容を推し進めるような気がする。


この2014年7月は、11日から、1日3首を掲載しているので(おそらく1ヶ月限定)、83首となっている。
自選しつつコメントがあれば書き。

緑白のトマトほのぼの赤むころひとつの想い終わらんとする

やがて差別失いし世に蛇使いの娘のごとき祝福なけん

  (蛇使いの娘というのは経典で言う竜女のことです)

震災詠の詩の部分こそうつくしく成れば記憶の瓦礫が増える

こんな日をあと一万も繰り返し百日ほども覚えるならぬ

風が葉の裏まで舐めて一盛りの林を全部ゆらしてゆけり

明るさの満ちる駅前パイプテントの風船の影も赤い色して

四十男のきわまる孤独の正体はその類似せぬ来し方に因る

千体は並んだ浜か今も弱く進まんとして戻さるる波

誰からも応援されぬ苦闘よしジンジャーエールでくしゃみする夏

淋しさを埋めてはならぬ、夏の夜は芽吹きも早く生長しるき

月額の忠誠心が言動に出る後輩をやさしく見おり

要求から供与とならんデモまでは見れぬと思う、国道を抜ける

少しくは明瞭となる二回目の読書のような寂しさならむ

飛天のような美しさではなかったと星々を知る、科学のせいで

焼米を噛み西洋の書を読めど鼻腔のあたり上代香る

思い立たねば吉日ならぬ日が続き未活動時の脳は休まず

バイパス沿いのパチンコ店も荒れ果ててタンブルウィード(回転草)のまぼろしも見ゆ

若い人とは競えないだって世界とはその若いのが好きであるから

復興は忘れることに少し似て思い出すがに満たされずなる

古書店でkabaleの訳の違いたるタイトルに長く悩みきかつて

  (kabaleはドイツ語で「たくらみ」なんだけど、「たくみ」と訳しているのもあって、よくわからなかったんだよね)

緘黙症の双子の姉妹が分かち合う優しさとその些細なる欲

魂は決して孤独、グレゴリアンチャントをネットで聴きつつ眠る

沓脱石に塩ビ怪獣戦って負けたる者は落ちてゆくなり

マルシンのハンバーグ焼く匂いして彼を生活に容れゆく女

  (マルシンのハンバーグって、全国区だと思うんだけど、は? て訊かれることも関東ではあるなあ)




2014年07月の83首

思春期と晩年は本を読みながら異なるものぞ読むことの意味

7月の価値観生(あ)れよ中年の大地震裂しても咎(とが)なし

緑白のトマトほのぼの赤むころひとつの想い終わらんとする

スポーツカーが渋滞にいてそのような幸と不幸が通り過ぎ、ない

朝痛む頭蓋を会社に運ぶまで人のかたちが時々あやし

やがて差別失いし世に蛇使いの娘のごとき祝福なけん

ぼんやりと広野に立てばわれをめぐる記憶の急流胸までせまる

賛否とはおよそ離れて動きゆく世界がよくなるのを待つばかり

ベニツルがこれからも赤くいれるよう葦附(あしつき)揺れる水面(みなも)にも付す

春頃のなまぬるみたる風はまた許すであろう、許されるだろう

震災詠の詩の部分こそうつくしく成れば記憶の瓦礫が増える

態度価値と人格価値も奪いゆく老いの病いに遠出す母は

美しい老醜といえばいうべきか響かぬことも愛しきディラン

若き日の失意は水面(みなも)に映るのみ後世オールドマスターだとて

今回も熱きツールの裏側の冷凍庫にて血の凍るかも

こんな日をあと一万も繰り返し百日ほども覚えるならぬ

日が落ちて会いたがる君、皮膚炎のゆえに純度の低き友情

寝物語あらば語らんことなども縁なくばわが脳(なづき)にて消す

人間のだんだんクサくなりゆけば選臭思想はやたちのぼる

負けるときは王者の技も貫禄も雪崩れてあまりにもアマリリス

風が葉の裏まで舐めて一盛りの林を全部ゆらしてゆけり

明るさの満ちる駅前パイプテントの風船の影も赤い色して

四十男のきわまる孤独の正体はその類似せぬ来し方に因る

飴玉を途中で噛んでその後に噛まずに済んだ生をしも思う

重大な宣旨を受けに行くようにむら雲ゆっくり音なく北へ

骨を撒く場所を探すも非所有の土地などなくてゴミに如(し)くなり

この先もこの幸福を疑わず目を閉じて首を揉まれたる鳥

千体は並んだ浜か今も弱く進まんとして戻さるる波

アレンジにアレンジ重ねUKの霧のようなるジャミロクワイも

真面目なものに向き合わざるをえぬ生の笑う筋肉は人まで持たず

叱られた遺恨は死後も零(こぼ)れ落ち算盤坊主(そろばんぼうず)の指なぞる音

誰からも応援されぬ苦闘よしジンジャーエールでくしゃみする夏

懐かしい彼の正しさを聴きながら無敵状態の音楽流る

初めてのCDの虹をていねいに収めて聴きしマゼールの五番

淋しさを埋めてはならぬ、夏の夜は芽吹きも早く生長しるき

男って現象として孤独だなあとひとしきりなる思索の結語

月額の忠誠心が言動に出る後輩をやさしく見おり

爪ほどの脳(なづき)の鳥に突つかれて声荒げれば口少し開(あ)く

人の群れが去りても場所はややひずみグラデーションの羽根落ちている

要求から供与とならんデモまでは見れぬと思う、国道を抜ける

少しくは明瞭となる二回目の読書のような寂しさならむ

完全な円にはなれず回りゆく惑星の花結びの軌道跡

飛天のような美しさではなかったと星々を知る、科学のせいで

時間とは一本の綱、引く時にゆるみまざまざ見ゆるも閣(お)けり

オパールの中で屈折すさまじきシリカの痛み美しくある

焼米を噛み西洋の書を読めど鼻腔のあたり上代香る

思い立たねば吉日ならぬ日が続き未活動時の脳は休まず

野良猫の間一髪に拾われてその生その後平穏ならむ

いやいやに生きてあげてる顔もまた人間だけが可能の知性

人間が自由であるとの流行に痩せ我慢して死にゆく自由

バイパス沿いのパチンコ店も荒れ果ててタンブルウィード(回転草)のまぼろしも見ゆ

人に云われてやる戦いにあらざれど遠浅(とおあさ)の海を泳ぐ気安さ

いい事か否かは知らずこの人のながく孤独に耐えてきし顔

若い人とは競えないだって世界とはその若いのが好きであるから

革命は伸ばしたる手を斬り落とし挿したる花の美しき、まで

攻撃的な子の感情のあるがままアマルガムなる凝(こご)りざらつく

こうもりの変則的に飛ぶ夕べ生きていることの喜びに似て

剥ぎ取った世界一枚左見右見(とみこうみ)して人間は科学で進む

希望とはおおむね時間がかかるもの線香の灰のかたちそのまま

夕方に赤紫が浮き上がるあの一隅の花の名知らず

今夜少し長めの夜に遭遇し全曲集のCDにする

爆撃の終わらぬ世界に痛みつつ而(しこう)していまを諾(うべ)なうこころ

アイスモナカ食べながら暑い午後の影の花壇に掛けてばあちゃんがいる

ディアスポラは時間の言葉、移動する思想の種子は粉を撒きいつ

夏季休暇の予定を話すようにして希望をすらすら滑らかに聞く

復興は忘れることに少し似て思い出すがに満たされずなる

着ることのもうない衣装が過ごしいる樟脳の溶け込みたる時間

古書店でkabaleの訳の違いたるタイトルに長く悩みきかつて

だしぬけの邂逅であるトンネルを抜けて真白が落ち着けば海

緘黙症の双子の姉妹が分かち合う優しさとその些細なる欲

それなりに夏の途中のはじまりの桜並木を響くノイズは

魂は決して孤独、グレゴリアンチャントをネットで聴きつつ眠る

夜というひとつの影に入りこみ影出るころに港に着けり

純粋な目になりたいという言(げん)のいろいろ隠していたる明るさ

人体に絵を描きいし若者の絵を洗うとき表情も落つ

プラネタリウムみたいな夜空の下にいてカップルみたいにならぬわれわれ

両手で包むことのやさしさ、小さき手の結果に過ぎぬ行為とはいえ

とねりこのぐんぐん伸びた枝を切りなんとなく遠い歌口ずさむ

浴室の窓から見える公園のかつて事件のありしと聞けり

川沿いに並ぶ柳に雨垂れて途中まで雨に靡いて楽し

沓脱石に塩ビ怪獣戦って負けたる者は落ちてゆくなり

差し伸べた手を振り切ってハムスターは一人で死地に赴きたりき

マルシンのハンバーグ焼く匂いして彼を生活に容れゆく女

2015年12月12日土曜日

2013年07月作品雑感。

ネットのどこかで、われわれがずーっと昔からそうだと思っていることのほとんどは、せいぜい100年の歴史も持っていない、というのを読んだことがある。

たしかにそのとおりで、それどころか、50年前には50歳未満の人は生まれていないわけで、その人達は、単純に、見たことすらないわけなのだ。
いや、生きてたって、30年前なら記憶だけで語れることに危うさが出てくるし、5年前のいやついこないだの景色も、外部保管媒体がなければ、微妙で適当になって、つまり、人間はだいたい数日前後をうろうろする生き物ではないかとさえ思えてくる。

  駅前の工事終わればたちまちに上書き前の景失えり

人間の指の動きで歴史を構成しなおしたら、1990年代の半ばから、人類は急速に人差し指で軽く押さえる行為が増え、そのクリックと呼ぶ行為によって、人類は知識を吸収し、生産性を上げ、またストレスを抱え込む生き物となったといえるだろう。これは当然、マウスという、齧歯哺乳類の名前を冠したポインティングデバイスの発明によるものだが、このデバイスも、未来永劫に存在が保証されているわけでもなく、数十年もしたら、誰も持っていないものになるかも知れない。

  現生のホモ・クリクタス(クリックするヒト)も減る未来クリック出来る場所に集まる

その時、あの懐かしいクリックの感触と音を求めて集まる人は、若い人にとってはいささかうっとおしい存在であるかもしれない。

  かき氷の青い光を噛みながら同じ話をする側になる

30年前のSFやアニメの設定では、その未来の多くが、人口爆発の問題を抱えていて、この難問を抱えながら、問題そのものが失われることに気づくことすら出来なかった。でも日本は2008年に人口のピークを迎え、おそろしいことに、人口減少について考えねばならなくなった。(これだって未来のことは分からないと言えるかもしれないけど)
共同幻想、というかフレームが変わると、見る景色すべてが変わる。かつて人口減少になやんだ時代はなかったか。その時代はどうだったのか。彼らも滅びを肌に感じたのだろうか。

  縄文の人口減少期の空にかかるエフェクトすさまじからむ

そして、自分たちが減ってゆく時に、増えてゆくものを、じっとりと眺める心境は、いかなるものだろうか。

  とんぼ少年絶滅ののち人界をうかがうようにとんぼあらわる

というか、なんやこの歌物語。雑感としてありなのか、こういうの。

自選。
  固き言葉にまだ成りきらぬ内面のとろりとしたるものだから吐露

  だいたいは三万日に収まれる喜怒哀楽に君といるなり

  橋の下に豪雨を凌ぎ寄り来れば先客の目が集まって散る

2013年07月の32首

友人の記事を読みつつわれもまた何かの花を買わんとするか

百年目の自転車競技を思いつつ慣れにし道を落車するなり

ねずみ色の粘土の背びれするどきをかたまりに戻し遊びに行けり

現生のホモ・クリクタス(クリックするヒト)も減る未来クリック出来る場所に集まる

固き言葉にまだ成りきらぬ内面のとろりとしたるものだから吐露

駅前の工事終わればたちまちに上書き前の景失えり

今日までがセールといって渡されるカタログの夏タイヤ一覧

目が冴えて真夜に思えりこの国語の邪な智の逃げ込める闇を

煙草の輪のきれいに宙に浮くように「わっかりました」の「わっか」清しき

理屈では救えぬところにいるを知り火を受けとらぬ茴香ゆれる

きずなとは悲しき言葉海からの綱離さねど細きゆくよう

酒飲めば寂寥の水位上昇し電話したきがせぬ夜である

だいたいは三万日に収まれる喜怒哀楽に君といるなり

君が貼った取れない言葉の付箋紙が今朝もシャワーにぴろぴろ跳ねる

要求が独裁的に響きたる夕べ、多寡なら多に身を隠す

橋の下に豪雨を凌ぎ寄り来れば先客の目が集まって散る

起きててもしょうがないかと寝るように生き死ぬことの罪を探れり

かき氷の青い光を噛みながら同じ話をする側になる

縄文の人口減少期の空にかかるエフェクトすさまじからむ

とんぼ少年絶滅ののち人界をうかがうようにとんぼあらわる

選ぶようで選ばれている心地してフォトショ加工の顔を瞶(み)るなり

朝もやの農道で野菜もつ我がカラスと対峙せしはうつつか

キミのコト知りたいと書きベタなのかメタなのか分からないまま送る

教条の冷たき言葉を最後まで伝えずなりき、慈なきにも似て

振替輸送に地下の通路を並びいて人生の比喩にしたき誘惑

表現はひたすらさびし、血反吐など一度も吐かず吐ける言葉の

夏休みだったと思う畳間にチャッとくっつく脛(はぎ)を見ていた

さびしいと書けば紛れるさびしさもあるか、静かなタイムラインに

振り向けばすべて決まっていたような未来を前にしばし酔いおり

感傷はかくのものかはひとり海に近づけばつまり生臭かりき

何というカニか知らねど海沿いのアスファルトの上で思案している

公園の明かりがぽっと灯るまで本を読みいし姉妹が去りぬ