2016年9月4日日曜日

2016年08月うたの日自作品の31首

「後」
商店街ほどよくさびれぼくたちの前にも後ろにも揺れる夏

「氷」
焼酎の氷がなくてクーラーもない部屋で今日がその日になるか

「昔の恋人」
運がいい二人だったよ、もう二度と会わぬところでしあわせになり

「怒」
皮肉とか揶揄の一首で済むやうな政治の怒りを流しゐるなり

「鼻歌」
うれしそうな顔ではないが鼻歌が聞こえて、きみと来れてよかった

「様」
さまざまな想いを載せてふく風の、つまりおもいは重くないから

「それから」
いじめられた記憶を捨てる何回も何回も何回も、それから

「八」
七日目に神は休んで八日目の月曜が鬱、(日本人かよ)

「蛾」
三千一人目に蝶と言われてもぼくはじぶんを信じられるか

「田舎」
あの冬の曇った窓を額にして田舎があった、嘘かもしれん

「自由詠」
ブラジルでゴジラが3000本打ってそのお言葉に連日猛暑

「油」
歯車になれない男、そういえば潤滑油だとアピールしてた

「訳」
話すたび空気が凍る、最新のこの翻訳機壊れてねえか?

「タオル」
ふたりしてタオルを首に巻いているお互い特に気にしないふり

「願」
願い事は三回言えぬシステムで(流星群の持ち越しもなし)

「空」
世界平和の最後のフェイズで選ばれる"力"、反転しゆく空想

「途中」
青春にして已(や)むという名言がいぶかし、それは途中での死か

「ごっこ」
今日もコンビニ弁当かよと猫が言う、ネクタイをゆるめつつにゃあと言う

「年下」
年下に弱音を吐いて内心にいよいよ醒めてゆくさびしさの

「だって」
「おれはいいと思うしたぶん友達がそうでも関係ないから、だって」

「ジャスコ」
主旋律をピアニカでカバーした曲のジャスコミュージックめく切なさ

「宝物」
宝物庫にあと千年は眠ります次の支配者の瞳(め)を想いつつ

「暇」
残業をする暇人の同僚と別れてながく生を自問いており

「たられば」
きみたちはたとえば羽根が付いててもカニと呼ぶねとタラバが告げる

「ピアス」
口裂け女がマックの肉を疑って耳たぶに視神経が垂れおり

「開」
開かれた校風なので存分に塞(ふさ)いでられると思ってたのに

「トンネル」
光量の多い世界と知るために暗くて狭い日々は要るのか

「蝉」
道の上の死骸のなかにかつて有りし命よ、いまは何のかたちか

「商店街」
振り返るこんな短いふるさとの商店街の終わりに着いて

「テーマパーク」
ぼくだけが夢も魔法も届かない背伸びをしても110センチ

「素人」
月明かりでさいわいが見えてくるなんて神さまもたぶん素人だった

2016年9月3日土曜日

2014年08月作品雑感。

2年前の8月は毎日3首作ってたみたいですね。ログから拾うのが大変だ。

昨夜、ツイッターの短歌クラスタの方のキャスに参加しながら、話題が題詠になったのだが、題詠をどのように考えているか、というのは、人によって異なるようだ。

戦後、短歌が文学であろうと攻めていかざるを得なかった時期は、なんというか、題詠という、歌題を誰かから与えられて、それを上手く消化するような技芸的な側面は、かなり軽んじられたであろうことは想像に難くない。湧き出てくるテーマ、あるいは、狩りに赴くような戦闘的な作歌姿勢、そのようなものが是とせられ、日常のなかでふと思うような、果報は寝て待っているような、小市民的な待ちの文芸、高齢者の余生のたしなみのような趣味ではあってはならないような、そういう前衛さが若者を惹きつけていた側面というのはあったと思う。

でも、逆説的、と言ってよいかどうか、短歌は、かつての上代の「ハレ」の文学でなくなって久しい現在、機会詩として、じつはきわめて効果的な形態なのかもしれない。

連作して、まとまった思想を述べる形式なんかよりも、けっきょく作者=<私>の諒解の中で、日記のような微細な発見、表現のあや、題を消化する技芸が、面白かったり、うけたりするんだよね。

あ、あと、題詠というのは、意外にセラピーの側面が強いような気がしている。シュールレアリスムの自動筆記、とまでいかなくても、題のために表現を練るなかで、自分の中で思いもよらない表現が生まれ、それが、悩める自己を相対化する側面もあるようだ。
題詠をそのように評価する人を、何人か知っている。

自選とか感想とか。

おおこんなさみしい赤ちょうちんにまでレリゴー流る、流されている

  ※2年前はアナ雪の音楽流れてましたねー

脊索が新参だった長い春未来の謳歌の夢を見るなり

かわいいの価値たちまちに移譲されその時に君の近くにいたし

ありふれた光あふれた明日へと器官は向かいたがると思(も)えり

妄想も年を経るれば何かこう偉大なものに化けたり、せぬか

生まれきて居場所をずっと探したる野良猫今日は現れずなり

もう少し人間の形していんと思う夜なり鏡に映れば

直前の一縷の望みを思いいき閉じ込められて沈む巨船の

  ※そういえばこのころ、韓国で修学旅行生が船に沈む事故がニュースを騒がせました。時事はリアルタイムで歌うことがあまりないので、しばらく経ってからかもしれません。

変則というまっすぐを孤独にも謳歌しているかうもりである

もう二度と離れぬメタか「悲しすぎワロタ」と云いて哀しくおかし

「はらじゅくうー、はらじゅくうー」と明け方の自動放送が原宿に告ぐ

本心を隠すためなる英語とう日本的なる使用法にや

傘の先でコンクリートを響かせてそのドメイン(域)の返事を待てり

真夜中に母を思いて涕泣す、感傷的ということでいい

ブロッホはこんな孤独なキリストに天使を添えて、孤独極まる

原初から女はエロしクリムトがアーチに描くエジプト乙女

意識淡い母の手を取りゆっくりとごくゆっくりと新宿をゆく

色彩というより光の量として金色多く描く世界は

  ※金色って、色じゃなくて、光量の表現だよね、という歌

ブッテーをぐるっと回し休みたり川から見上ぐ人間の街

  ※ブッテーというのは、漁具ですね。

人間は燃料に似て山手線は駅ごとに人を入れ替え進む

不在にも慣れる心ぞ、路地裏の涼しいというか消えきらぬ冷え

この水はいつの雪どけ、伏流の闇をしずかに沁み流れきて

波の上の時に逆巻く渦としてその尊きを生とは呼べり

  ※生という現象は結局なんなのか、というのをエントロピー的に考えると、こういう表現にならない? 

極東の島国の若き制服の娘もムンクは近しきてあり

  ※日本人ムンク好きだよね。でもけっこう宗教的だぜ、彼。

遠日点は過ぎておろうに粛(さむ)くなれば思う星には距離が要ること

グレゴリオ聖歌を流す理由などぽつりぽつりと話すほど酔う

痛々しい年代などはないのだとはにかんですましてはにかんで

2014年08月の93首

おおこんなさみしい赤ちょうちんにまでレリゴー流る、流されている

形までゆがんでからぞ人間の個性、すなわち幸と不幸の

悪人を滅ぼさずして宇宙とは善人を置く規則のごとく

弱りきってきたない猫が家に来てかわいそうだが助けてやれぬ

風呂の湯でシャンプーを流し頭ごと小動物の死を泣き流す

たい焼きの少し経ちたるやわらかくあたたかく絶大なるうまし

妄想は頑固なよごれ、十ごとにタイルを擦(こす)り落ちずまた十

生きているものごとのたぶん一部にて残酷は少しずつ変化する

音楽の波形のようにわが価値が揺れている、上下対称にして

脊索が新参だった長い春未来の謳歌の夢を見るなり

かわいいの価値たちまちに移譲されその時に君の近くにいたし

わくわくもどきどきもない義務的なコールドスリープのように明日へ

夥(おびただ)しい蚯蚓(みみず)歩道に畝(うね)り来て潰れて干(ひ)りて蟻の餌(え)となる

椅子の上に膝たてて座し汗ばんで団扇片手に休日を読む

眠れずに輾転反側する我の体内アルコールが過去を呼ぶ

さよならを言うこともないさよならのはじまらざれば終わることなし

想念は無形のくらげ、顔に着いて音声として口より出でる

ありふれた光あふれた明日へと器官は向かいたがると思(も)えり

妄想も年を経るれば何かこう偉大なものに化けたり、せぬか

貝葉に言葉を写し我の後も残さんとする人の手跡よ

ポテンシャルもおそらくわずか、毎日のぽてんしゃらざる課業をこなし

生まれきて居場所をずっと探したる野良猫今日は現れずなり

擬人化する地球が怒る汚染図のその奥の汚染が伝わる不快

文字のない希望と文字の絶望を闘わせいる、今日は希望が勝ちぬ

電気の頭脳に水のコンピュータの我がコマンドを打つ、答えは速し

現実はクサいセリフを吐くことでしのぐも後で二の腕を嗅ぐ

眠りつつ恢復しゆくたましいの確かに配るべき世にあれば

ポケットにひとにぎりほどの尊厳をもてあそびつつ生きてありたし

特急が通過する時吹く風の心地よき春や秋にはあらず

もう少し人間の形していんと思う夜なり鏡に映れば

先見を持たぬ男はもくもくと革命までの世界を積めり

直前の一縷の望みを思いいき閉じ込められて沈む巨船の

経験者募集の張り紙の下で我を見て猫が逃げようとせず

変則というまっすぐを孤独にも謳歌しているかうもりである

ふるさとをかなしく見ればふるさとは悲しい男をただ入れてゆく

もう二度と離れぬメタか「悲しすぎワロタ」と云いて哀しくおかし

「はらじゅくうー、はらじゅくうー」と明け方の自動放送が原宿に告ぐ

本心を隠すためなる英語とう日本的なる使用法にや

人生に目的があるようにないように悲惨な死者のニュースが流る

水割りを間違えて水を水で割り飲んで気付けり考えおれば

傘の先でコンクリートを響かせてそのドメイン(域)の返事を待てり

真夜中に母を思いて涕泣す、感傷的ということでいい

一億年われは爬虫に追われきてまだ恐ろしく共存しおり

ぼつぼつとさみしさの降る夕まぐれ傘差してそれを避けてもさみし

身の肉のうまきところを切り取って差し出せばそれを平然と食う

歩き煙草の馬鹿を追い越しその先にまた馬鹿がいるわれの中では

ブロッホはこんな孤独なキリストに天使を添えて、孤独極まる

キュレーターというよりいわばフィルターの小アイコンが端末に棲む

誰か死んだかしらぬ電車の遅延分足早に歩き流れる汗ぞ

壁がいつか道になるとはリングシュトラーセに祈りのような葉漏れ日

風にたつ髪をおさえて空港という港(みなと)にとって時化ている空

ディテールの針で掘る時ゆびさきの腹にかすかに悲の音(ね)を聞けり

原初から女はエロしクリムトがアーチに描くエジプト乙女

人格を問わずともよい今様の短歌であるが読む人はいる

部屋で見る線香花火の幻想の為に小さめのバケツを探す

先人は同じ苦悩を持ちながら言わずにゆける、歴史はいらぬ

イヤホンの僕のうしろに声がして振り向く、おお白(しろ)百日紅花(ばな)

シャクシャインの仇を討つ夢、日本人だがシャモではないとわれを決めつつ

意識淡い母の手を取りゆっくりとごくゆっくりと新宿をゆく

色彩というより光の量として金色多く描く世界は

古綿のようなる雲の下の町、記憶はいつも冬の駅前

風景画の風景を胸に押し入れて君に会いたし、役薄ければ

センチメントは弱々しさを隠すほど屹立なんて語を今使う

悔恨の涙は仰向けなるわれの耳へと流る、唇が開く

ブッテーをぐるっと回し休みたり川から見上ぐ人間の街

夏なのに駘蕩に近き心地して背を預けいる、思うこと多々

世が世なら省線電車に揺れている部屋によこたう空腹男

ポエジーでやりすごそうとする生の伐り過ぎた枝の目立つ心地の

一応の根拠はないがこの労を終えれば暦の下も秋かも

どうかしてこんなに酒を酔うのかを聞かれずなりきこの一人酔う

人間は燃料に似て山手線は駅ごとに人を入れ替え進む

音のない暴風の尺を飛び越えてヘリオテイルのふさふさと揺る

思いたり、花火が空を割る時の己が成否を問わぬ呵成を

溶解の実験で混ぜている時の、中年の目は濁るのならば

不在にも慣れる心ぞ、路地裏の涼しいというか消えきらぬ冷え

左衛門(さえもん)がゼイムとなりしこの家の彼を屋号で呼べばはにかむ

無人島の一枚として選び終え無人の島に立つまで聴かず

生き場所か死に場所にせよもう少し男は明るくならねばならん

この水はいつの雪どけ、伏流の闇をしずかに沁み流れきて

波の上の時に逆巻く渦としてその尊きを生とは呼べり

信念を投げてからではそののちに何万の言を積んでは載らず

遠景に四五本の高き塔ありて手前は水の曲がるこの丘

いやしくて卑怯に生きる人間も尊いという山中の鬼

ここからはわかればかりだわんわんとなきたきこころをポケットにいれ

極東の島国の若き制服の娘もムンクは近しきてあり

被虐なる輪廻輪廻を転がりて君に遇いたり、かたじけがない

この息はやっちゃいけないため息で強引に深呼吸へと替える

エドヴァルドムンクは病んでいたりけり彼の属する世界に沿いて

人と飲んで酔ってひとりの帰り道みじめへ踏み外さぬよう必死

遠日点は過ぎておろうに粛(さむ)くなれば思う星には距離が要ること

グレゴリオ聖歌を流す理由などぽつりぽつりと話すほど酔う

痛々しい年代などはないのだとはにかんですましてはにかんで

蛮勇も勇には見えて臆病も深慮に見えて谷を登りつ

2016年8月7日日曜日

2016年07月うたの日(自作品)雑感。

タイトルねえ。括弧ないと先月の全作品を読んでの雑感みたいなので、自意識高そうな括弧入れました。
(といっても自作品と関係ない雑感ばかりだけれど)

昨日、短歌のツイキャス(ライブ配信サービス)で、「いい短歌を作りたい」という話が出て、いい短歌とは何か、という話になったのだが、テルヤは先月のブログでも書いた関心があったので、「それは誰にとって?」と書き込んでしまった。

しかし、その質問は少し浮いていたかもしれない。何がいい歌かという話に、「誰に」は話題そらしのようにも見えるからだ。

短歌における「何を」「どのように」は、そのうち、「誰に」「どこで」という問題に変わるような気がしている。「どこで」というのは、立ち位置のはなしでもあるが、ここでは「座(居る場所)」のはなしだ。

その歌は、歌集に収められていい歌なのか、ウェブ歌会で一番のいい歌なのか、手紙の末尾に添えられていい歌なのか、試験会場の机にペンで書かれたいい歌なのか、コンサート会場で叫ばれていい歌なのか、話しかける友人が一人もいない夜に読んでいい歌なのか。

表現である以上、評価は避けられない。評価を求めるのは大事なことであるが、手段が目的になってはならない。禅において、「魔境」という言葉があるが、テルヤは、魔境とは、手段が目的になってしまってそれに気づかない状態のことを言うのだと解釈している。

足下を掘るしかないのだよね。

自選とコメント(きょうは自分をほめるぞーw

「運」
ホロヴィッツのはやい運指を先生と観ていた音響室でふたりで

 ※「ふたりで」で、主体が性的な意識に気を取られている感じがよく出てて、濃密になっている。

「術」
詠み人知らずの複数形は知らずぃずか第二芸術論はるかのち

 ※第二芸術論は、名前を伏せると誰が作ったかわからないような個の打ち出されない文芸は芸術として第一でなく、第二に属する、という主張。でもその戦後の主張も遠く、現在は詠み人もいつでも変わるハンドルネームの作品が増えている。といううた。「知らずぃず」はちょっとしらずぃらしい(白々しい)かなあ。

「ピーマン」
今日もまた火に焼かれたるくたれたるピーマンの皮の透明のところ

 ※ピーマンのそこをうたにするか

「指」
トーナメント表でいうならシード権の枠を当てるであろうおやゆび

 ※人体をトーナメント表として見る、というのがむちゃくちゃですわね。

「方言」
方言を失いしかば神さまも微笑みながら伝わらざりき

 ※たとえば渋谷の神様はギャル語がわかるのか、という話かね。

「疲」
ふらふらのしょぼしょぼのもうよれよれのへとへとのくたくたの「おはよう」

 ※日本には疲れを示すオノマトペがおおいなあ。

「自由詠」
瓜言葉に貝言葉してネットでは今日もカラーの図鑑をめくる

 ※文字だけのノンバーバル・コミュニケーションというのはよく行き違いますので、悪気がないのにきゅうに険悪になったりします。そういう時は、同じ言葉じゃなくて、花言葉のような、それぞれの言葉が行き違っているのだ、と考えてはどうでしょう。

「夕立ち」
逃げてゆく思想は追うな、夕立ちのけぶる向こうは晴れ間ばかりの

 ※政治的なメッセージですかね。7月は選挙もありましたしね。

「バカ」
「人間に飼われたらみんなバカになって毎日食べてしあわせに死ぬぞ!」

 ※動物にとってしあわせは一義なのか、そうでないのか。そして人間は動物なのか、そうでないのか。

「かかと」
人体でもっとも皮が厚いのにチクチクすれば心を捕(と)らる

 ※皮が厚いのがかならずしも鈍感ではない、というのはちょっと不思議だよね。

「夏休み」
夏休みの終わらない国に行ったんだ遼くんのパパは笑って言った

 ※主体がどのくらいの年齢かにもよるが、一瞬いいなあとうらやんだとしたら、主体は後悔を残すかもしれないな。

「遅」
あと百年遅く生まれていたならばきみのお墓で手を合わせよう

 ※短歌における整合性があやうい作品は、どうなんでしょうね。なんで百年後に生まれて「きみ」を知ってんねん、というツッコミは、ありですよね。そこを越えられるかどうか。

「散歩」
この土地に来た時は会い、川沿いを散歩するだけ手もつながずに

 ※そういう関係という話ですよね。手をつながない、ということを意識する、という。

「ごめん」
警察のいらぬごめんで済む世界をおもう、残酷かつ寛容な

 ※この日、この作品のあと、神奈川のあの事件を知りました。寛容は、残酷と通じるかもしれない、というシミュレーション。

「うっかり」
ちゃっかりと暇を伝えてしっかりと送信したとすっかり思い

 ※うっかりを使わずうっかりを伝えるという、まあ、言葉遊びですわね。

「やばい」
コーヒーにミルク砂糖の両方の代わりに入れたヤクルト、やばい

 ※やばい、には、いい意味と悪い意味が現在混在していて、ここではどちらなんでしょうね。

2016年07月うたの日作品の31首

「運」
ホロヴィッツのはやい運指を先生と観ていた音響室でふたりで

「煙」
煙突(camino)と道(camino)のつながり調べたら違う語源だ、スパッツァカミーノ!

「椅子」
夕方の路地に一脚持ちよって見比べるには少なき過去か

「術」
詠み人知らずの複数形は知らずぃずか第二芸術論はるかのち

「ピーマン」
今日もまた火に焼かれたるくたれたるピーマンの皮の透明のところ

「指」
トーナメント表でいうならシード権の枠を当てるであろうおやゆび

「方言」
方言を失いしかば神さまも微笑みながら伝わらざりき

「疲」
ふらふらのしょぼしょぼのもうよれよれのへとへとのくたくたの「おはよう」

「落」
スタンツ(寸劇)のモブ役なのに誰よりも立派な衣装で落武者Aは

「自由詠」
瓜言葉に貝言葉してネットでは今日もカラーの図鑑をめくる

「夕立ち」
逃げてゆく思想は追うな、夕立ちのけぶる向こうは晴れ間ばかりの

「バカ」
「人間に飼われたらみんなバカになって毎日食べてしあわせに死ぬぞ!」

「手紙」
ITの終わりし未来貴重なる紙の手紙は告白に似て

「大人」
追いかけるべきなんだろう、人生の限りの見える大人にあらば

「かかと」
人体でもっとも皮が厚いのにチクチクすれば心を捕(と)らる

「黄」
何百の黄色を茹でてトウキビの生存に与(くみ)せず齧(かじ)りおり

「パスポート」
筋トレをたゆまぬおまえ胸筋が彼女へのパスポートのごとく

「絶対」
力説をするでもなくて口ぐせの「ぜったいさびしい」が出るときは行く

「閉」
社会へと閉じてゆく日本人だとかフロムかよ、てにをはの思想は

「朝」
戦中の描写はじっと箸を止めするどき無言の父の朝ドラ

「夏休み」
夏休みの終わらない国に行ったんだ遼くんのパパは笑って言った

「遅」
あと百年遅く生まれていたならばきみのお墓で手を合わせよう

「メロン」
あの夏も暑い日だった、上空で炸裂したるメロニウムボム

「散歩」
この土地に来た時は会い、川沿いを散歩するだけ手もつながずに

「ヒマワリ」
プランターにヒマワリ三本並びいてとなりと同じ方向を向く

「ごめん」
警察のいらぬごめんで済む世界をおもう、残酷かつ寛容な

「シャワー」
こころまで青くはなれぬ、水シャワー浴びいるわれのサーモグラフの

「塊」
その時にぼくは怒りか悲しみか嫉妬かわからぬ塊(かたまり)だった

「うっかり」
ちゃっかりと暇を伝えてしっかりと送信したとすっかり思い

「やばい」
コーヒーにミルク砂糖の両方の代わりに入れたヤクルト、やばい

「忘」
誰のことを決して忘れないんだっけ、シーンはいくつかあるんだけれど

2016年8月6日土曜日

2014年07月作品雑感。

  思春期と晩年は本を読みながら異なるものぞ読むことの意味

休みを利用して地方の文学館に行くと、その地方の作家の足跡や、直筆原稿があったりして、なんだか懐かしい気分になることがある。
なんというか、「文学」だったものが展示されているなあ、という郷愁だ。

本の読み方も、価値も、変容しつつあるもので、とりわけ今は情報の拡大伝達速度が速いので、思念の再現装置としては、本は第一線を退きつつあるようにみえる。

先日、アマゾンのキンドル読み放題というサービスが開始され、音楽や映画のように、本も月額で自由に読めるという環境ができつつある。

電子書籍とは、一口に言うと何か。これは「本のパッケージングにレイアウトされた、ウェブ情報」のことだ。逆に言おう。ウェブとは、「紙媒体の制約から解放された視覚及び聴覚情報」のことだ。本と、電子書籍と、ウェブとは、呼び方を変えた同じものといえる。

携帯電話は、もともとはトランシーバーの延長の技術だが、電話というそれまでからあった名前にすることで、使い方がイメージしやすくなった。

ブログは、文筆行為だが、ブログとか、日記という名前を付けることで、だれもが恐るべき量の思念を記録し留めている。(文学館で展示する直筆原稿は残らないけどね)

なんの話だっけ。キンドル読み放題は、また一つ、本というものの変容を推し進めるような気がする。


この2014年7月は、11日から、1日3首を掲載しているので(おそらく1ヶ月限定)、83首となっている。
自選しつつコメントがあれば書き。

緑白のトマトほのぼの赤むころひとつの想い終わらんとする

やがて差別失いし世に蛇使いの娘のごとき祝福なけん

  (蛇使いの娘というのは経典で言う竜女のことです)

震災詠の詩の部分こそうつくしく成れば記憶の瓦礫が増える

こんな日をあと一万も繰り返し百日ほども覚えるならぬ

風が葉の裏まで舐めて一盛りの林を全部ゆらしてゆけり

明るさの満ちる駅前パイプテントの風船の影も赤い色して

四十男のきわまる孤独の正体はその類似せぬ来し方に因る

千体は並んだ浜か今も弱く進まんとして戻さるる波

誰からも応援されぬ苦闘よしジンジャーエールでくしゃみする夏

淋しさを埋めてはならぬ、夏の夜は芽吹きも早く生長しるき

月額の忠誠心が言動に出る後輩をやさしく見おり

要求から供与とならんデモまでは見れぬと思う、国道を抜ける

少しくは明瞭となる二回目の読書のような寂しさならむ

飛天のような美しさではなかったと星々を知る、科学のせいで

焼米を噛み西洋の書を読めど鼻腔のあたり上代香る

思い立たねば吉日ならぬ日が続き未活動時の脳は休まず

バイパス沿いのパチンコ店も荒れ果ててタンブルウィード(回転草)のまぼろしも見ゆ

若い人とは競えないだって世界とはその若いのが好きであるから

復興は忘れることに少し似て思い出すがに満たされずなる

古書店でkabaleの訳の違いたるタイトルに長く悩みきかつて

  (kabaleはドイツ語で「たくらみ」なんだけど、「たくみ」と訳しているのもあって、よくわからなかったんだよね)

緘黙症の双子の姉妹が分かち合う優しさとその些細なる欲

魂は決して孤独、グレゴリアンチャントをネットで聴きつつ眠る

沓脱石に塩ビ怪獣戦って負けたる者は落ちてゆくなり

マルシンのハンバーグ焼く匂いして彼を生活に容れゆく女

  (マルシンのハンバーグって、全国区だと思うんだけど、は? て訊かれることも関東ではあるなあ)




2014年07月の83首

思春期と晩年は本を読みながら異なるものぞ読むことの意味

7月の価値観生(あ)れよ中年の大地震裂しても咎(とが)なし

緑白のトマトほのぼの赤むころひとつの想い終わらんとする

スポーツカーが渋滞にいてそのような幸と不幸が通り過ぎ、ない

朝痛む頭蓋を会社に運ぶまで人のかたちが時々あやし

やがて差別失いし世に蛇使いの娘のごとき祝福なけん

ぼんやりと広野に立てばわれをめぐる記憶の急流胸までせまる

賛否とはおよそ離れて動きゆく世界がよくなるのを待つばかり

ベニツルがこれからも赤くいれるよう葦附(あしつき)揺れる水面(みなも)にも付す

春頃のなまぬるみたる風はまた許すであろう、許されるだろう

震災詠の詩の部分こそうつくしく成れば記憶の瓦礫が増える

態度価値と人格価値も奪いゆく老いの病いに遠出す母は

美しい老醜といえばいうべきか響かぬことも愛しきディラン

若き日の失意は水面(みなも)に映るのみ後世オールドマスターだとて

今回も熱きツールの裏側の冷凍庫にて血の凍るかも

こんな日をあと一万も繰り返し百日ほども覚えるならぬ

日が落ちて会いたがる君、皮膚炎のゆえに純度の低き友情

寝物語あらば語らんことなども縁なくばわが脳(なづき)にて消す

人間のだんだんクサくなりゆけば選臭思想はやたちのぼる

負けるときは王者の技も貫禄も雪崩れてあまりにもアマリリス

風が葉の裏まで舐めて一盛りの林を全部ゆらしてゆけり

明るさの満ちる駅前パイプテントの風船の影も赤い色して

四十男のきわまる孤独の正体はその類似せぬ来し方に因る

飴玉を途中で噛んでその後に噛まずに済んだ生をしも思う

重大な宣旨を受けに行くようにむら雲ゆっくり音なく北へ

骨を撒く場所を探すも非所有の土地などなくてゴミに如(し)くなり

この先もこの幸福を疑わず目を閉じて首を揉まれたる鳥

千体は並んだ浜か今も弱く進まんとして戻さるる波

アレンジにアレンジ重ねUKの霧のようなるジャミロクワイも

真面目なものに向き合わざるをえぬ生の笑う筋肉は人まで持たず

叱られた遺恨は死後も零(こぼ)れ落ち算盤坊主(そろばんぼうず)の指なぞる音

誰からも応援されぬ苦闘よしジンジャーエールでくしゃみする夏

懐かしい彼の正しさを聴きながら無敵状態の音楽流る

初めてのCDの虹をていねいに収めて聴きしマゼールの五番

淋しさを埋めてはならぬ、夏の夜は芽吹きも早く生長しるき

男って現象として孤独だなあとひとしきりなる思索の結語

月額の忠誠心が言動に出る後輩をやさしく見おり

爪ほどの脳(なづき)の鳥に突つかれて声荒げれば口少し開(あ)く

人の群れが去りても場所はややひずみグラデーションの羽根落ちている

要求から供与とならんデモまでは見れぬと思う、国道を抜ける

少しくは明瞭となる二回目の読書のような寂しさならむ

完全な円にはなれず回りゆく惑星の花結びの軌道跡

飛天のような美しさではなかったと星々を知る、科学のせいで

時間とは一本の綱、引く時にゆるみまざまざ見ゆるも閣(お)けり

オパールの中で屈折すさまじきシリカの痛み美しくある

焼米を噛み西洋の書を読めど鼻腔のあたり上代香る

思い立たねば吉日ならぬ日が続き未活動時の脳は休まず

野良猫の間一髪に拾われてその生その後平穏ならむ

いやいやに生きてあげてる顔もまた人間だけが可能の知性

人間が自由であるとの流行に痩せ我慢して死にゆく自由

バイパス沿いのパチンコ店も荒れ果ててタンブルウィード(回転草)のまぼろしも見ゆ

人に云われてやる戦いにあらざれど遠浅(とおあさ)の海を泳ぐ気安さ

いい事か否かは知らずこの人のながく孤独に耐えてきし顔

若い人とは競えないだって世界とはその若いのが好きであるから

革命は伸ばしたる手を斬り落とし挿したる花の美しき、まで

攻撃的な子の感情のあるがままアマルガムなる凝(こご)りざらつく

こうもりの変則的に飛ぶ夕べ生きていることの喜びに似て

剥ぎ取った世界一枚左見右見(とみこうみ)して人間は科学で進む

希望とはおおむね時間がかかるもの線香の灰のかたちそのまま

夕方に赤紫が浮き上がるあの一隅の花の名知らず

今夜少し長めの夜に遭遇し全曲集のCDにする

爆撃の終わらぬ世界に痛みつつ而(しこう)していまを諾(うべ)なうこころ

アイスモナカ食べながら暑い午後の影の花壇に掛けてばあちゃんがいる

ディアスポラは時間の言葉、移動する思想の種子は粉を撒きいつ

夏季休暇の予定を話すようにして希望をすらすら滑らかに聞く

復興は忘れることに少し似て思い出すがに満たされずなる

着ることのもうない衣装が過ごしいる樟脳の溶け込みたる時間

古書店でkabaleの訳の違いたるタイトルに長く悩みきかつて

だしぬけの邂逅であるトンネルを抜けて真白が落ち着けば海

緘黙症の双子の姉妹が分かち合う優しさとその些細なる欲

それなりに夏の途中のはじまりの桜並木を響くノイズは

魂は決して孤独、グレゴリアンチャントをネットで聴きつつ眠る

夜というひとつの影に入りこみ影出るころに港に着けり

純粋な目になりたいという言(げん)のいろいろ隠していたる明るさ

人体に絵を描きいし若者の絵を洗うとき表情も落つ

プラネタリウムみたいな夜空の下にいてカップルみたいにならぬわれわれ

両手で包むことのやさしさ、小さき手の結果に過ぎぬ行為とはいえ

とねりこのぐんぐん伸びた枝を切りなんとなく遠い歌口ずさむ

浴室の窓から見える公園のかつて事件のありしと聞けり

川沿いに並ぶ柳に雨垂れて途中まで雨に靡いて楽し

沓脱石に塩ビ怪獣戦って負けたる者は落ちてゆくなり

差し伸べた手を振り切ってハムスターは一人で死地に赴きたりき

マルシンのハンバーグ焼く匂いして彼を生活に容れゆく女