ラベル 10月 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 10月 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年8月5日日曜日

2016年10月自選。



自選。

二人とも揺らめいているボクサーのどちらの負傷が報われざらん

ネットには上がっておらぬ古賀政男作曲の水俣工場歌

岩を洗い氷のような海水が白くなるのを見るだけの今日

1741の基礎自治体で成す国のどこまで浸されれば眠くなる

見たいけど見なくてもたぶんそれでよく見れば絶対いいよ流氷

パウルクレーの矢印なんか信じないきみをやっぱり天使とおもう

いま生きている動物の心臓がすべて動いている共通項

忍び寄る国粋の夢、マダガスカル島初ステンレス歌碑除幕

お前いまからあえて毒舌言うんだろ首下げて太田光っぽいし

人間の彼女ができて、設定を「時々」にされたAI彼女

落ち込んでここに来たのに落ち込みが足りぬと叱咤するような滝

寄せ書きに好きでしたなんて書かれててヒューヒュー言われてたが、過去形

悔恨から決意の不思議なプロセスを「復活(resurrection)」とたぶん呼んだのだろう

詩人とは気違いという、逆上を霊感(インスピレーション)という、漱石がだよ

休日の午後の連続殺人が解決してから買い物にゆく

蒼という言葉どおりの夕焼けだ火星でぼくははじめて泣いた

十生をほんとに愛しあったからあと六生は心底憎む

口腔内崩壊錠を舐めながら行ってきますと出る秋の晴れ

同意してもらえないけど納豆のうっすら苦いところが苦手

表現の端からついにずり落ちて切なし、あそこが端だったのだ

逆上が赤ならば何に逆上しわが眼前を燃やして秋よ

広場から子供が全部去ってゆき夜まであおく休む遊具も

筋少がソプラノ歌手を使うとき旋律のたしかに美しき

人類的正しさよついにさようならパステルを得て黒なきルドン

宇宙とは、さあスカスカに充ちている仲良きことは美(あさま)しきかな

ダイバダッタがブッダの怠惰を責めたてる光景がかつてこの星にあり

うゐうゐうーおゐおゐおーと風呂場からまたホーミーの練習してる

まだいつか歌人になれるかもしれぬからいま褒めくれる人に冷たきと

ゆっくりと腐(くた)れて甘き香をはなつ深夜仏間のパインアップル

優しさと冷たさを逆に受けとめる病なんだ、と冷たく言えり

否定して否定して反措定してポークソテーに珈琲が付く

きみといる余白の時間 全角と半角ふたつの差でずれてゆく

気持ち良き酔いに任せて万年筆をインクに付けて、書くことがない

言葉にはしづらいけれど生涯にきみのパルティータとしてあらん

ちゃん付けでなくなっている、CPUのコアひとつずっと100%

朝のひかり時間を止めるほど溢れこの部屋はいま彼岸のごとし

廃墟なのに窓がぴったりしまってるなに恥ずかしいことがあるかよ

流行が変わってもおれは変えられぬ目を潰しつつ睡蓮を描く

2018年8月4日土曜日

2016年10月の119首。付句祭り含む

心だけが心をすくう拡散する情報に何が薄まってゆく

開きたるページにチャタテふたつ居てあわてて逃げる両方つぶす

二人とも揺らめいているボクサーのどちらの負傷が報われざらん

助けなどいらぬふうにて歩きいる衆より救(たす)けてくれの声在り

ネットには上がっておらぬ古賀政男作曲の水俣工場歌

岩を洗い氷のような海水が白くなるのを見るだけの今日

1741の基礎自治体で成す国のどこまで浸されれば眠くなる

分かりにくい戦いをせよとスイスから20世紀から届くけれども

見たいけど見なくてもたぶんそれでよく見れば絶対いいよ流氷

ともしびに使ってみれば灯油とはあたたまりそうな匂いとおもう

パウルクレーの矢印なんか信じないきみをやっぱり天使とおもう

ほんとうにタールの沼を足抜いてゆく未来? 頭上に不如帰(ほととぎす)

いま生きている動物の心臓がすべて動いている共通項

ぶったぎる根菜のようなおれの脛(すね)これ夢だよな、という夢を見る

  (添削について4首)
添削は裸足でやろううすべにのかわいいきみに伝わるように

100年後の短歌をわれと汝(な)はみずき、彼らは昔の歌を読まずき

この歌の異なる書写を見比べて誤記、添削の両面で捜査(み)る

忍び寄る国粋の夢、マダガスカル島初ステンレス歌碑除幕

 (変顔を詩的に4首)
変顔で寝ているきみをけっこうな時間見ていたいつかバラそう

生き物の進化を模して赤ちゃんに成るようにきみは変顔で寝る

変な顔見せたくないと手で隠しすやすや眠るきみの変顔

「あぁそうか! 眉がないから変なんだ。油性マジックで、あ、やべぇ…」


野菜にもポリティクスあれアメリカの大統領選地図の色分け

止まったらもう二度とです笑ったり泣いたり怒らないきみとぼく

きらいってだけではなくて存在がキモいよかつて好きで包んだ

お前いまからあえて毒舌言うんだろ首下げて太田光っぽいし

棒男のバランストイをあげる、卑下も驕りもしないように

散歩中のトイプードルに二度見されさっきの気分失われたり

大雪でバスも動かぬ日であった読み切りの恋のそのはじまりは

 #私なんかでほんとにいいの 10首
5メートル向こうにリンゴを載せたきみ私なんかでほんとにいいの

日常の会話もぜんぶ五七五 私なんかでほんとにいいの

おならにはおならで返事できるけど私なんかでほんとにいいの

わたしより若いとチャンネル変えるけど私なんかでほんとにいいの

うれしいと手品の音楽おどるけど私なんかでほんとにいいの

つぶやきシローみたいな寝言いうらしい私なんかでほんとにいいの

缶チューハイ2本でかよと思っちゃう私なんかでほんとにいいの

エロ広告は涼しい顔で見ています私なんかでほんとにいいの

カラオケの〆は欧陽菲菲の私なんかでほんとにいいの

休日は起きるまで寝るぞ同盟の私なんかでほんとにいいの


ここもまたゾンビに見つけられるだろう「息を潜めている=生きる」世に

人間の彼女ができて、設定を「時々」にされたAI彼女

落ち込んでここに来たのに落ち込みが足りぬと叱咤するような滝

寄せ書きに好きでしたなんて書かれててヒューヒュー言われてたが、過去形

悔恨から決意の不思議なプロセスを「復活(resurrection)」とたぶん呼んだのだろう

野鳥にも午後の午睡はあるらん、静寂の杜しばらくありぬ

詩人とは気違いという、逆上を霊感(インスピレーション)という、漱石がだよ

休日の午後の連続殺人が解決してから買い物にゆく

月曜はこまめなイェイを撒いている納豆もグレードふたつ上げ

蒼という言葉どおりの夕焼けだ火星でぼくははじめて泣いた

真夜に覚めてわが軽薄の愛情を悔いては永き輾転反側

十生をほんとに愛しあったからあと六生は心底憎む

口腔内崩壊錠を舐めながら行ってきますと出る秋の晴れ

あったよ、たぶんそうとう昔からインスタグラムみたいな短歌

同意してもらえないけど納豆のうっすら苦いところが苦手

後悔はしていないけど石畳の端をじゃりじゃり破壊して帰路

肉を食い植物を食い液体に溶いて飲み手を合わせておりぬ

命を食い心を食いて液体に溶いて飲み手を合わせておりぬ

表現の端からついにずり落ちて切なし、あそこが端だったのだ

中期までしか知らぬわたしにボブディランの新譜を貸してくれしおっさん

逆上が赤ならば何に逆上しわが眼前を燃やして秋よ

たぶんあえてきみに届かぬ言い方でそれはみっともないことである

分身を二人は用意したけれどぼくをひっぱたかれてありがとう

善人が見ている悪と悪人が見ている善の景色、いま秋

同じこと考えながら一応の反論が意見しだいに分ける

広場から子供が全部去ってゆき夜まであおく休む遊具も

浅瀬には浅瀬のたのしみあることを己れを突き放しつつ認めり

筋少がソプラノ歌手を使うとき旋律のたしかに美しき

移りゆく季節に遅れないような追い越さないような歩幅あたり

テオドールリップスは価値は快と謂う、たしかに裏なきコインはあらず

人類的正しさよついにさようならパステルを得て黒なきルドン

木の間から海がまぶしいこの墓地の子供は下で遊びたがって

宇宙とは、さあスカスカに充ちている仲良きことは美(あさま)しきかな

秋だとか思ってるうち空はもうルドンの目(まなこ)も上を見ている

空想のいわば未必の変態は現実的には変態でない

ヤンヴェレムとミケランジェロの共通の挿話を思う、他にもあらん

すする音そこここでする電車内の鼻息のなまぐさき秋なり

関西に嫁いで10年しないのにきみは大阪"トラ"ディッショナル

作者不詳のローレライいまいくつある詩の本懐はそこらあたりの

ダイバダッタがブッダの怠惰を責めたてる光景がかつてこの星にあり

人生をAIに支援受けている明日の自殺も収集データ

生きるとは死に物狂いと教えくれし母いまボケて死にたいと言う

うゐうゐうーおゐおゐおーと風呂場からまたホーミーの練習してる

働かない社会にはやはり一定数の奴隷が要るか、俺らがそれか

まだいつか歌人になれるかもしれぬからいま褒めくれる人に冷たきと

雪道を前をゆくきみを追わずゆく景そのものに祈りておりぬ

離職する彼に花束、二次会で仕事が根っこにみえたと語る

伸び縮みしながら生きておりますと書いた、近ごろ伸びていないや

ゆっくりと腐(くた)れて甘き香をはなつ深夜仏間のパインアップル

知らんがなお前のなかの秋ココアと冬ココアの配分の妙など

神さびてきたじゃんって言う2代目のマーチ付喪にならせぬように

優しさと冷たさを逆に受けとめる病なんだ、と冷たく言えり

飛蚊症の蚊を消してゆくARメガネ発売! 前売り100万!!

何かしら達成感のあるごとし課題を逃げて山を登れば

アペリティフグラスできみはヤクルトを飲みおり食後の方がいいのに

否定して否定して反措定してポークソテーに珈琲が付く

(埃について4首)
人の目をかいくぐりいつか床埃そらに浮く日をあっ見つかった

ひのもとにあらざればわれらガンマンの決闘の前のタンブルウィード

ボロ切れからネズミは湧くと信じられた中世、現代は電車の床に

鉄オタの来世あるいは過去からのねがいのように床埃ゆく


数え方がひとりふたりとなるときに権利と嫌悪が生ず、晩秋

俺のゆく道の向こうの真ん中にジレンマひとつ待っている見ゆ

年降れば正義の為に激怒したきいのちが泡のように湧くかも

きみといる余白の時間 全角と半角ふたつの差でずれてゆく

気持ち良き酔いに任せて万年筆をインクに付けて、書くことがない

あの家にどういう風が吹いてるかその挨拶で見えた気がする

飼い鳥のあたまカリカリ掻きやればコナコナ吹いて目を閉じている

飲み会で蘊蓄はやさしく滅ぶピカソは苗字であることなども

言葉にはしづらいけれど生涯にきみのパルティータとしてあらん

二歳五歳あるいは十二歳のまま生きられるほど文明である

ちゃん付けでなくなっている、CPUのコアひとつずっと100%

芸術は民主主義にはあらざれば崩れる石を踏んでこちらへ

朝のひかり時間を止めるほど溢れこの部屋はいま彼岸のごとし

崩れたる白壁土蔵、あの路地の水路にいくつクロトンボいて

廃墟なのに窓がぴったりしまってるなに恥ずかしいことがあるかよ

存在をもっと大事にしなさいと手のひらの鳥が身体を預(あず)く

電柱の支持ワイヤーのシマシマのカバー投げ上げ遊び、もうなし

死んだように寝る死ぬときにそれはもう眠るようなる死顔のために

流行が変わってもおれは変えられぬ目を潰しつつ睡蓮を描く

反対はしないけれども2週間でカラマーゾフを5巻も借りて

2017年12月2日土曜日

2017年10月うたの日自選と雑感。

今年も残りひと月となりましたが、ま、12月というのはおまけのようなものとして、のんびりまいりましょう。

このところ、ツイッターでは、「名刺代わりの自選3首」というタグがあって、みなさん、自選の3首を挙げておられます。で、どれもみな、非常にいい作品で、これはちょっと重要な事実なんじゃないかと考えています。

というのも、歴史上から現在までの歌人を並べても、有名な歌人といっても、数首の名作があれば、それはもう立派な歌人じゃないかと思うわけです。逆に10首以上そらんじる作品を作った歌人なんて、どれだけいるのかとも思います。まあ、私は全然短歌を、自他ともに覚えていないのですが。

万葉集には、その歌一首だけで、名前が残っている人もいますからね。それ以外、まったく何もわからない人。いや、そんなことを言えば、詠み人知らずは、名前もわからない。

短歌は、どういう形になりたがっているのだろうか。

自選など。

「四面楚歌」
虞や虞やときみにしなだれかかってももうすぐドラマが始まる時間

「勢」
うれしさを勢いに代え散歩前につい噛みついて怒られて犬

「ホーホーホッホー」
この仕事ホーホーホッホー続けてもきみのおとうさホーホーホッホー

「やばい」
みんなには内緒やけどな魔貫光殺砲ウチな、ちょっと出るねん

「麦」
麦を食う生き物のいない惑星で麦はもの憂げなる繁茂せり

「ペン」
痛いところをそのペン先は突いてくるもうひと突きで赤いのが出る

「そこから1300m向こうの歌」
年の差が七光年もあるからねこんな距離なら平気で歩く

「メロン」
お見舞いのメロンの周りのキラキラの紙そうめんを姪っ子にあげる

「胃」
口論の勝利のあとも怯えてる胃袋にさ湯、言い過ぎたかも

2017年12月1日金曜日

2017年10月うたの日の自作品31首。

「ドングリ」
新しい話でなくていいですよ「ドングリとドングラ」なんてちょっと気になる

「街」
かつて住んだ街が新たに栄えいてわれの歩むは追憶の街

「島」
手紙には「心は君と共にある」、孤島の鬼になりきれぬのだ

「老」
昔話ではない玉手箱がありもう一つ目は開けてしまった

「四面楚歌」
虞や虞やときみにしなだれかかってももうすぐドラマが始まる時間

「菱」
洋梨のような香りの日本酒は「見返り美人」に房総を酔う

「勢」
うれしさを勢いに代え散歩前につい噛みついて怒られて犬

「ホーホーホッホー」
この仕事ホーホーホッホー続けてもきみのおとうさホーホーホッホー

「秒」
にじゅうびょう、いち、に、後手「今度箱根の星野リゾートはどう?」

「自由詠」
スイッチが目の前にある切り替わるのが何か知らないのに押してみる

「やばい」
みんなには内緒やけどな魔貫光殺砲ウチな、ちょっと出るねん

「肩」
肩で押されて彼女に話しかけたのだそのスマホいい割れ方だねえ

「麦」
麦を食う生き物のいない惑星で麦はもの憂げなる繁茂せり

「ペン」
痛いところをそのペン先は突いてくるもうひと突きで赤いのが出る

「好きなおかず」
マルシンのハンバーグがあればいいと言う改めて食べて、変わらぬ味だ

「顔色」
これからも顔色をうかがいながら生きてけそうな公約をさがす

「従」
「⋯⋯従って私はきみが好きである」「わたしはそういうところが、ゴメン」

「豊」
アウェーって呼ぶ前はなんて言ったっけ? 日産ディーラー豊田市支店

「応」
「応答セヨ。イシヤキイモからモンブラン。帰宅」「了解。ザッ。ショウガヤキ」

「布」
仕えたる楽しき記憶過去として董卓を己が手で刺して呂布

「そこから1300m向こうの歌」
年の差が七光年もあるからねこんな距離なら平気で歩く

「メロン」
お見舞いのメロンの周りのキラキラの紙そうめんを姪っ子にあげる

「芋煮会」
寒き日の河川敷にてあたたかき湯気の醤油(か味噌)の香うれし

「情熱」
失ってからが情熱、武蔵野の林をあるく泣いてはいない

「アロエ」
来世にはアロエになるのも悪くない有用性もほどほどにして

「冴」
水鏡のおもて冴え冴えしき朝の冴えない顔よ、あしたもそうか

「喪」
神さまの子どもぴょんぴょん楽しげに数えておりぬ喪ったものを

「胃」
口論の勝利のあとも怯えてる胃袋にさ湯、言い過ぎたかも

「踊」
人間は踊りながらは泣けないからやってみたら? ってやると思うか

「天使」
ブランコで天使の悩みを聞いている絵としてはオレの方がやばいが

「変」
いつからか変な感じの自分対自分の環境、行くか逃げるか

2017年11月24日金曜日

2015年10月の作品と雑感。

昨日は東京文学フリマがありまして、ふだんツイッターのタイムラインで拝見している方が、本当に実在するのか、AIではないのか、確かめるために行きました。そして、本当にゴーストをコピーした擬体でないのか、虹彩まで確認して、その実在を確認しました。(もちろん、私自身が水槽に沈められた脳であることを否定することは出来ていないのですが)

という冗談はともかく、多くの方にお会いできて、うれしかった。そしてみなさん、いろんな活動をされていて、凄いことだと思うのです。

短歌名刺からはじまって、フリーペーパー、ネットプリント、冊子、そしてまあ、歌集というのがあるのですが、自分もなにかやったほうが良かったような気になります。

これは以前もツイートしたことがありますが、ネットというのは、あるいはブログ、HPというのは、本質的には、電子書籍と同じ、いやそのものだと私は考えていて、ツイッターというマイクロブログを、表現の場に選んでいました。

ところが、やはり、ツイッターは、本当に大事なことを書く場所ではない、と考えている方は、多いようにも思います。それもわからないでもありません。

たとえば、本に嗜好的に趣味がある方は、活版印刷の本を喜んで、指で字をなぞり、その凸凹を愛でます。しかし、活版印刷しかなかった時代には、その凸凹は職人の下手さを示すものであり、いかに凸凹させないで印刷するかが、職人の腕であったのですが、皮肉なことに、その下手な凸凹こそが、愛でられたりすることになっています。

短歌もきっとそうで、歌集に載っていそうな短歌が、短歌然としている短歌で、ツイッターに流れている短歌なんて、本式の、正式な、純粋な、短歌ではない。どこかでそんな気持ちがあるのは、わりと誰もが持っているかもしれない。

それは、活版印刷の凸凹で、本当にないのだろうか。

名刺代わりの歌集が欲しい時もある説明しがたきおのれにあれば  沙流堂

2015年10月の自選など。

ルナティックなんだからこれはしょうがない詩を作ったり電話をしたり

同じ場所で違う時間を歩く君と笑顔を交わす、笑顔だよな

チャタテムシを三匹爪で潰しいき、長き寿命を説く経の上(え)に

ループする母の会話にスタンド使いならざる我は敵見つけえず

ぬるぬるん、ぶどうを口に入れながらふたりはいつか飲み込む機械

やや雑に犬は頭を叩かれて飼い主の知人なれば許しき

子の首に薬を塗っている母のごく手慣れたる祈りのごとし

食べたあと可能な限りすぐ横に寝転がるのに牛になれない

好きだった娘もかあちゃんになっていてその大きなる尻ぞ善きかな

いきものの多くが生きるか死ぬか死ぬ寒さの冬がくる、冬がくる

殴られて地にうつ伏せて土を噛むこれは放線菌のにおいだ

お別れは悲しいけれど悲しさに側坐核ふるえることも知る

昼飯は会社の外は明るくて小雨、ぱらつくチャーハンにする

モアイみたいな蓋付き便所怖かりしばあちゃんの家の跡地、コンビニ

掌(て)のなかのいのちに承認されていてわれ顔のある樹木のごとし

懐かしくブーニンを聴く音楽が亡命に至るわかき時代の

さわやかな10月の夜歩きつつ話したいけどあかるくひとり

父方の実家の庭になっていたサザンキョウなど飢えの備えの

台形の土地にある家壊されてまた台形の家が建ちゆく

パロディ短歌

とつぷりと真水を抱きてしづみゆく鳥人間を近江に見をり





2015年10月の62首とパロディ短歌1首。

あの月へわれらはかつて行きしとう無人の宇宙うすうす知りつ

ルナティックなんだからこれはしょうがない詩を作ったり電話をしたり

激励はできぬ世界の解釈を少しずらして微笑むばかり

寝室に月の光ぞ、水の底のふるさとの家に触れえぬごとし

同じ場所で違う時間を歩く君と笑顔を交わす、笑顔だよな

チャタテムシを三匹爪で潰しいき、長き寿命を説く経の上(え)に

ループする母の会話にスタンド使いならざる我は敵見つけえず

ぬるぬるん、ぶどうを口に入れながらふたりはいつか飲み込む機械

半世紀も生きておらぬに酒飲んで酔うだけで語る人生ワロス

最期まで希望に胸をふくらませ明るく滅ぶ思想をおもう

生き物がおんなのように寝ておりぬわがとろけつつ起きあがるとき

ヒトなるはいのちの不思議を思いつつでもその不思議をやめたがりする

飼い主と首のロープで繋がって皮肉でなくて幸せな犬

要するに死後も評価をされてないゴッホみたいなことか、キツいな

見られないまま柔らかく死んでいく観葉の鉢、世界が包む

やや雑に犬は頭を叩かれて飼い主の知人なれば許しき

君の上の雨雲のためだいたいは濡れているのだ寒そうなのだ

excelの図形で作るジャックオーランタンの顔、仕事に戻る

子の首に薬を塗っている母のごく手慣れたる祈りのごとし

変な味のお菓子を無理に分けあって嫌がるのも罵しるのも、うれし

格言と歌は似ていて署名込みで読むものだよね 照屋沙流堂

飛行機が現れるまで何と呼ぶ、くぼみもつ紙のしみじみと飛ぶ

夢の中でまたあの猫がやってきて当然のように布団に入り来

食べたあと可能な限りすぐ横に寝転がるのに牛になれない

人生にいつでも眠いままだからすぐ夢をみる、その眠りまで

ワレワレハ宇宙人デスっていうんだよ、電車で弟に話す姉

世の中のかなしみをすべて背負いたる戦いも顔もやめても昏し

風情とはたしかにそうで壊れゆく破壊の音として枯葉ふむ

我が足に踏まれかけたる丸虫のお前は昨日と同じかまさか

バッハ聴いて眠るつもりが時折に彼がもらせる呻きに冴える

ハリボテの街並みの裏を通りぬけ待ち伏せてわれに素知らぬ猫よ

好きだった娘もかあちゃんになっていてその大きなる尻ぞ善きかな

コーヒーをコヒと略した伝票が落ちている、落ちているコヒの1

いきものの多くが生きるか死ぬか死ぬ寒さの冬がくる、冬がくる

殴られて地にうつ伏せて土を噛むこれは放線菌のにおいだ

被害者か加害者か読めぬドラマ観つつ菓子こぼすボロボロウロボロス

眠るわれを無数の蟻に齧られて泡立つように還元をせよ

伏せたまま我慢したまま眉をあげ君を見上げる幸福な犬

万年の二位も天才だと思う二番目という意味ではなくて

お別れは悲しいけれど悲しさに側坐核ふるえることも知る

冗談はそれと知るまでそうだとは分からないのだ、まだ生きている

レーティングのかかった世界で終わりたる人生はよし、オレまで頼む

昼飯は会社の外は明るくて小雨、ぱらつくチャーハンにする

モアイみたいな蓋付き便所怖かりしばあちゃんの家の跡地、コンビニ

掌(て)のなかのいのちに承認されていてわれ顔のある樹木のごとし

公園のベンチにわれと蝶といてだれもわれらをみつめてならぬ

懐かしくブーニンを聴く音楽が亡命に至るわかき時代の

枯れ尾花を正体と思いいたりしが霊より怖き笑顔となりぬ

ベッドタウンの昼下がり人も音もなく明るくてまるでわが無き世界

思うより深かったよと遠浅のはなしとちがう海を戻り来

じじいばばあの聴くものとしてうら若きこのイケメンはショパンを挙げる

表現が人生の先を越してゆきそういうときは別の路地えらぶ

明るさを置かねばならぬ生きることの本質がたぶん歓喜であれば

関係も成住壊空(じょうじゅうえくう)することを壊れはじめてからいつも知る

水底のお前はいまだ知らざらん魚とワシとのかけひきである

さわやかな10月の夜歩きつつ話したいけどあかるくひとり

父方の実家の庭になっていたサザンキョウなど飢えの備えの

差し歯のあと神経に刺す痛みありて歯ぐきを揉んでより痛み増す

ふるさとの少しくクセのある酒でレキントギター聴きながら酔う

彼はまだ読者のおらぬ小説を書いておのれを恃むだろうか

本能を発揮しながら、散歩中の飼い犬は鼻を這わせて進む

台形の土地にある家壊されてまた台形の家が建ちゆく


パロディ短歌

とつぷりと真水を抱きてしづみゆく鳥人間を近江に見をり

2016年11月13日日曜日

2016年10月うたの日自作品と雑感。

照屋沙流堂というアカウントは、ツイッターという、無料のミニブログサービスで短歌をつぶやくことでスタートした。そのうち、このブログで、つぶやいた短歌を月ごとに残すことをはじめた。
このアカウントで知り合った短歌クラスタの方から、「うたの日」という題詠歌会サイトを教わり、こちらも参加してみている。
短歌のことを勉強する必要を感じ、万葉集を読んで、ひとり読書会みたいなノリで、スパムみたいな長文を流したりしている。
それから、読めるかぎり、最近の歌集も読んで、感想を書いたりしている。
短歌の投稿サイトに「うたよみん」というのもあり、こちらも今月はじめてみた。
あ、あと、サブアカウントで、自選を流すボットを作ってみた。
なかの人の環境が変わりそうなので、いつまで続くかはわからない。
そういうサルです。ウキー。

自選など。

「あくび」
むずかしいことはぼくには眠たいよぼくねこきみの順にあくびは

「体」
始業前のラジオ体操、美しく変奏曲として聴く火曜

「蝶」
引き裂かれつむじとなってこれ以上風でいられぬところから蝶

「叫」
あの時はそう感じたが実際は唸って吼えていたようである

「自由詠」
未来における自由の量という比喩はどうだろう、浜辺に寄せる波

「裸」
服を脱ぐずっと前から普段からはだかだったと思うふたりは

「黒糖」
一族のすこし馴れ馴れしい問いに合う甘き香の黒糖焼酎

「足」
死にたいという語は試薬この語より離れる者が信頼に足る

「礼」
こぼれたるワイン一滴、身を切らぬ血に似て礼を欠きたるごとし

「埃」
きみと眠る夜よ、埃が降り積もり埃の上に文明は復(ま)た

「クッキー」
おばあちゃんちのクッキー缶に入ってたほとんどぼくが食う蕎麦ぼうろ

「探」
それぞれがばらばらの道を探すのが生き物なのさ、会えたらいいね

「あと」
なで肩の男は背負うのをやめてあとは素敵な夜にシャガール

「沈」
この先が沈むなら浮く逆は逆どうやらそういう約束らしい

2016年11月12日土曜日

2016年10月うたの日自作品の31首

「あくび」
むずかしいことはぼくには眠たいよぼくねこきみの順にあくびは

「おばちゃん」
幼き日に遊んでくれた「仮面ライダーのおばちゃん」のことを親も知らない

「減」
酔いたればわれも理不尽飲むほどに減りゆくボトルも生意気である

「体」
始業前のラジオ体操、美しく変奏曲として聴く火曜

「蝶」
引き裂かれつむじとなってこれ以上風でいられぬところから蝶

「叫」
あの時はそう感じたが実際は唸って吼えていたようである

「罠」
死後の世界がほんとはめっちゃ楽しくて死の悲しさはじつはドッキリ

「置」
こけし屋のシャッターおりて下の棚に置かれたのから落ち着きなくす

「振」
マナーモードの振動"音"の表記法で昨日はあんなに責めてごめんね

「自由詠」
未来における自由の量という比喩はどうだろう、浜辺に寄せる波

「裸」
服を脱ぐずっと前から普段からはだかだったと思うふたりは

「おでこ」
押しに弱いことを覚えて四つ足のおでこがぐいぐいぐいと甘える

「ぎりぎり」
ぎりぎりの俗っぽくなさ本堂の物置きの箱買いのフリスク

「太陽」
孤独とは孤独を思うからなのだ、もう恐れるな火を吐くほのお

「梨」
二百本の素振りを毎日欠かさない俺が三振なんて、有りの実

「黒糖」
一族のすこし馴れ馴れしい問いに合う甘き香の黒糖焼酎

「残」
きみとなら出来たかもしれない苦労、しなくて済んですこし残念

「足」
死にたいという語は試薬この語より離れる者が信頼に足る

「失」
きみの目をふたつの消失点として在るオレはいつか辿りつけない

「揉む」
供給と需要のグラフを描(えが)きみてもう揉めそうな曲線である

「鍵」
キッチンハイターを飲む時は鍵を開けとけよ、次は俺ではないかもだから

「前」
猫の次も猫な確率よ100万回の時代の算出はじめる前に

「礼」
こぼれたるワイン一滴、身を切らぬ血に似て礼を欠きたるごとし

「埃」
きみと眠る夜よ、埃が降り積もり埃の上に文明は復(ま)た

「クッキー」
おばあちゃんちのクッキー缶に入ってたほとんどぼくが食う蕎麦ぼうろ

「安」
安パイとみんな呼ぶけど女子部員に手を出すってよ安藤先輩

「探」
それぞれがばらばらの道を探すのが生き物なのさ、会えたらいいね

「あと」
なで肩の男は背負うのをやめてあとは素敵な夜にシャガール

「煙突」
煙突のない家なのに真っ黒なぼくはどこから落ちたのだろう

「沈」
この先が沈むなら浮く逆は逆どうやらそういう約束らしい

「わざわざ」
この駅は人が来るから不味いのをわざわざ直さない店の飯

2016年11月6日日曜日

2014年10月作品雑感。

たしか吉本隆明は『言語にとって美とはなにか』で、言葉というものを、おおきく、おーきく、「自己表出」の言葉と「指示表出」の言葉に分けていたと記憶している。

たしか(たしかばっかりだ)、一樹の樹の図があって、枝葉の部分が「指示表出」幹の部分が「自己表出」とあったと思う。手元にないのでわからない。テルヤは手元に何ももっていない。

要は、人とコミュニケーションを取る時に使うツールとしての言葉が「指示表出」、外界とコミュニケーションを取るものではない、ツールではない言葉を「自己表出」と呼んでいたと思う。

詩というものが、あれはたしかポール・ヴァレリーだっけが言うように、歩行に対してのダンスであるようなものであるとき、短歌というのもまた、一読してすぐにわかる支持表出でなく、自己表出の言葉として、しかし届く人を探して立ち続けるものなのだ。

(過去の作品は、自分でもよくわからないものがある。でももっと過去になると、それはわかるようになるかもしれません)

自選など。

運命の出会いに飽きて犬猫はガラスケースに背を向けて寝る

子と母のやさしさにみちたなぞなぞを時間の終わりのように聞く午後

音程の少し違える鼻歌のCMソングを聞きつつ足れり

近くまで来ている河野通勢を観たいと思い観ぬかもしれぬ

日常のぎゅっと縛った粗縄の死はちぎれるかほどけるかなる

いにしえの人が見ていたゆっくりと月を呑み込み吐き出す虫を

毎朝をマックで過ごす老婦人ふくらはぎ長く揉んでいるなり

男の腹と女の胸に挟まれて電車で、来世紀は涼しかれ

合宿の夜の洗面所の合わせ鏡に無数のわれがみどりにかすむ

明滅するデジタル時計の真ん中のコロン、脈拍に似て親しき

見つけたる君のブログを読みすすみだんだん地震に近づいていく

レイヤーをひとつ落とせばいのちとはいまだ生き死にと飢えばかりなる

感性をたいらげてぼくは不安げに森さやぐ意味がもうわからない

生き残ってしまったかれのウェブログにきづなの文字は現れずなり

死が近くないこと怖し、薄目にて慈しむべき世界のときに

手招いて揺るるすすきが沿道にそうして秋は呼ばれて去りぬ

年降れば愛しい人のくびすじにいぼ凝(こ)りておりいとしくふるる

宇宙船が壊れてやがて来(きた)る死の夢から覚めて長い放屁す

バカとして生まれただからそのままでさわやかに死ぬる手などありの実

2016年11月5日土曜日

2014年10月の62首

目を上げて月と間違う電灯のこれでもいいかいずれ届かぬ

運命の出会いに飽きて犬猫はガラスケースに背を向けて寝る

右肩から左肩へとついてくる飼い鳥にわれは柔き樹ならん

嫌味あびて匂えるごとく辞してのち思わず鼻を二の腕に寄す

子と母のやさしさにみちたなぞなぞを時間の終わりのように聞く午後

戦略的自己犠牲をえらぶ顔としてよく出来ておりメガザルロック

音程の少し違える鼻歌のCMソングを聞きつつ足れり

鉢の水を捨て、替え歌にアカシアの「このまま枯れてしまいたい」なんて

メキシコの走りつづける民のいるドキュメンタリー観つづけている

happyの語源にhappen、みなもとを辿れば水はたしかに光る

近くまで来ている河野通勢を観たいと思い観ぬかもしれぬ

幸いと辛いを決める一本が横棒であることを思いき

日常のぎゅっと縛った粗縄の死はちぎれるかほどけるかなる

従容とどこへ赴くばらばらとまばらにけぶる雨音のなか

夕方の木犀の香に包まれてそのまま星を去りせばたのし

茄子の茎色を重ねて赤となり青となりして黒色(こくしょく)に見ゆ

いにしえの人が見ていたゆっくりと月を呑み込み吐き出す虫を

桑の葉が真白き繭となる不思議、一心につむぐことの因果の

連絡通路の展覧会のポスターにその感動のあらかたを終う

植物はだいたい口に入れられてうまからざれば薬とて呑む

寒くなりはじめての冬を前にして暖かい家を思うごきぶり

一方的に知りたる人に会釈して大正ころの短編を憶う

毎朝をマックで過ごす老婦人ふくらはぎ長く揉んでいるなり

先にいてわれの来るのを待っているお前は未来の顔したる、過去

男の腹と女の胸に挟まれて電車で、来世紀は涼しかれ

秋冬のスボンはゆるくやせたということでは決してないがうれしき

青春の書として論理哲学の断言を微笑ましく読めり

公園のブランコだけに日が当たり人間不在の一日(ひとひ)はじまる

じゃれあってうるわしうるさき学生も将来にくらき孤独を知るか

合宿の夜の洗面所の合わせ鏡に無数のわれがみどりにかすむ

明滅するデジタル時計の真ん中のコロン、脈拍に似て親しき

初夏の髪はもうながながと床屋談義の代わりのデモは秋風冷える

見つけたる君のブログを読みすすみだんだん地震に近づいていく

照らされて消えゆく露の聞くたびに薄らぐようでたとえばきづな

レイヤーをひとつ落とせばいのちとはいまだ生き死にと飢えばかりなる

少しずつ気持ちを殺し死にたればどの子じゃわからんはないちもんめ

ふかいかなしみをしづかにうたふスタイルは読者作者も心地よかりき

感性をたいらげてぼくは不安げに森さやぐ意味がもうわからない

生き残ってしまったかれのウェブログにきづなの文字は現れずなり

現在はまったく遠く信号の意味より先はない世界まで

死が近くないこと怖し、薄目にて慈しむべき世界のときに

煩悩がわれをめくりつめくりつつ空気入(い)るりて笑みゆがむなり

おっさんの見る怖い夢は幼少のそれに演出増すくらいにて

現代も予言が欲しい生き物が中心を離れ経回(へめぐ)っている

手招いて揺るるすすきが沿道にそうして秋は呼ばれて去りぬ

中断のまま終わる物語のようにケーキナイフで押しちぎるパン

年降れば愛しい人のくびすじにいぼ凝(こ)りておりいとしくふるる

永遠を凝視している眼差しで君は真白き川を見ている

昼顔が豪華に壁を這う家のアコーディオンの流れいる路地

今世紀みんなみごとに隠れおり詩心はもう枯れながら鳴る

平日を少し遅れてベタベタと母に纏わり通う子のあり

明るきが隠れれば夜、毎日をかく黙々と夜明けへ進む

宇宙船が壊れてやがて来(きた)る死の夢から覚めて長い放屁す

バカとして生まれただからそのままでさわやかに死ぬる手などありの実

荒野切り開いて男はたのしかり三日伸びたる髭剃るときも

音楽の方のスピッツ流れきてもう感傷が音の邪魔する

朽ち果てた茄子を除いてあたらしく土をほぐせり世界のごとく

縁のない女性(にょしょう)にあれば賽銭を放るがごときさきわいたまえ

鎌首をもたげているのはゆらゆらとそれが希望であることはなく

こんな時に役に立たないむらさきはボロカスミソカスクロッカスだよ

春菊天の酸い苦味噛み蕎麦すする、味覚はわれを許可するごとき

北ほどに寒しと思う生き物のブラキストン線冬景色みゆ

2015年12月20日日曜日

2013年10月作品雑感。

短歌とは何か、という問いはさんざんされてきたのであろうが、いちばんふわっとした、大きな言い方をするならば、「五七五七七的なもの」といえないだろうか。照屋は現在そんなふうに考える。
「的」を入れたのは、もっぱら音の問題で、頭の中の拍みたいなものを、ちょっと早めたり遅めたりしてなんとなく五七五七七に収まれば、それもOKである、というような意味である。
いや、もう少し言葉を足すと、「五七五七七的な音数でひとかたまりと言いうるような伝達物」という方が適切かもしれない。このあたりの定義が、いちばんうっすーい、溶けかけのオブラートみたいな境界線なのかなーと照屋は考える。

かつて何かで見知った、正岡子規は、俳句の中で初めて柿を食った俳人で、その瞬間に、俳句で柿を食ってもよくなった、というような、フレームとか共同幻想とか言われるような表現の破れをめざすのは、現代において短歌表現を行なうひとつのねらいだとは照屋は考えていて、そういう、まだ「短歌的」ではないけれども、その作品のあとにはそれが「短歌的」になるようなものが作りたいし、見たいと思ったりする。

なので、短歌が「歌いそうに」なると、ずらすし、外すし、逆に、もっと「歌ったり」する行為をしてしまうのだが、たぶん、それとて、フレームとか共同幻想とかな訳で、ほんとうに破れてしまっているのをみると、これはもう保守的に、理解不能になるのではないかという恐れもある。もうなっているような気もする。

これ別に、この月の作品の雑感じゃないよなあ。
自選。
  練り切りを口に含んでゆっくりと舌で圧(お)しつつある君の黙

  星と星を懐中電灯で結びながら最後まで星の話しかせず

  このビルの裏路地のどこかわからぬが木犀がある、告ぐことならず

  地球ゴマの指の横まで傾いて離れんとする、求めんとする

  朝という場所の明るさ、ひかりとはやはり讃嘆する意を秘めて

  青空の広がる前はなにかしら一過するらむ、辛いことだが

  さびしさは知性のどこか、独語せぬ対話プログラムの待ち時間

2013年10月の31首

エイブラハムは鬱々思う奴隷なき未来に我は憎まれたるや

彼岸花用水の土手に群咲いて今のところは眺めいるのみ

すぐばれる嘘をさりげに混ぜ込んで彼女は生きる粧(めか)し違(たが)いて

何度目かのラストチャンスか残り世をニコニコ生きるか否かの分岐の

秋の米含めばあまし、斬ったのが馬謖であれば涙も流る

雨上がりの蜘蛛の糸にもかがやかずデバイスは君の言葉とつなぐ

練り切りを口に含んでゆっくりと舌で圧(お)しつつある君の黙

鼻先に木犀を寄せて反応を見る君をみる、君に尾を振る

星と星を懐中電灯で結びながら最後まで星の話しかせず

機械から生命の坂をなんだ坂こんな坂とて登りし記憶は

このビルの裏路地のどこかわからぬが木犀がある、告ぐことならず

被援助志向早めに断ちてその後に「困ったらすぐ言いな」と笑めり

追いつかぬけれども走る、身内(みぬち)焼く願いが業に鋳込(いこ)まれるまで

業深き子役の笑顔、おっさんの我が部屋も更け浅漬けを食う

テレビ切ればしんしんと少し肌寒く懐(ふところ)ふかき秋の夜長ぞ

地球ゴマの指の横まで傾いて離れんとする、求めんとする

朝という場所の明るさ、ひかりとはやはり讃嘆する意を秘めて

この生を死ぬのは一度、夜半(よわ)覚めてあれこれ時にまざまざ選ぶ

冷蔵庫にいただきもののラングドシャ、ちびちび食いつオータムに入(い)る

雨と知れば出る予定なき休日に出かけたかった無念のみ湧く

やり過ごす為の密かな知恵としても規則正しく人はあるなり

文字はもう塩昆布(しおこぶ)となり非言語の海で笑顔のあなたが見える

静謐よりしずかなものの共有を終えて余韻を立てるダンサー

不協和音の定義は代わりこの音はかつて和音でありしトリビア

青空の広がる前はなにかしら一過するらむ、辛いことだが

スコップの泥こそぎつつ沈みゆく心のもろもろなどもまとめて

進みゆく予測の円は広がりて外れることなく、なかばにて消ゆ

悲しみと同じ数だけうまいものがあるかもしれぬ、泣きそうに食う

今度君に会うのはたぶん西暦で4000年なら優しくしよう

さびしさは知性のどこか、独語せぬ対話プログラムの待ち時間

包むればぐいと頭を圧(お)してくるハムスター温(ぬく)し頼もし嬉し

2015年11月8日日曜日

2015年10月うたの日作品雑感。

この場で書くのもどうかと思うが、ハートや音符をくれた方には、本人、とてもうれしがっております。毎回ツイートするべきなのかなあ。どうもタイミングを逸してしまったままであります。

前回の雑感では、題詠の気恥ずかしさみたいなことをちょっと書いたけれど、短歌(歌会というべきか)というのは、わりとハイコンテクストな場で成立する文芸なので、ベタ(NGワード)かどうか、とか、ヒネり過ぎてないかどうか、とか、あまり普段の作歌では考えない思考が働いてしまって、違う脳の筋肉を使っている感じがあります。

「筋肉」
武道家が隠れてみがく筋肉の天賦の才のような怪力

たしかこの歌はどんまい(ハート、音符なし)なんだけど、そしてまぁさもありなんな感じもあるのだけど、そういう歌こそ作者が愛さないでどうする(笑)というような気持ちもあったり、なかったり。


今回の自選はこのあたりかしら。

「折」
主人(マスター)の心が折れてないかぎり駱駝はあるく、砂漠ゆく舟

「℃」
5000°Cの熱を包んで冷えている海王星の愛すさまじき

「父」
4分の3を与えて無口なる建物のことを父とは思う


2015年10月うたの日作品の31首

「重力」
あこがれは重力と思い来たりしが近づいて実は斥力(せきりょく)と知る

「ラーメン」
秘密基地でぬるき湯そそぎベビースターラーメンすする、うまさいまいち!

「ピアノ」
誰もいない体育館にしのびこみピアノを弾きに今夜も行くのか

「折」
主人(マスター)の心が折れてないかぎり駱駝はあるく、砂漠ゆく舟

「鈴木」
東京の職場にいつも買い来たる東京ばな奈、これが鈴木だ

「誰」
誰かひとりも一緒に嘆く人がいれば起こらぬ事件ばかりにみえて

「象」
象とても未来のことを考える誰よりも先にある嗅覚で

「ビル」
背も高く機能もすぐれたる者に場を譲るのを待つビルヂング

「画面」
画面、画面、画面に囲まれた部屋の消すとき急に鏡になるな

「筋肉」
武道家が隠れてみがく筋肉の天賦の才のような怪力

「笛」
仕事中の口笛を叱られて拗ねる前世がイタリア人のオレなのに

「暇」
にちようは暇か訊かれて暇と言う会いたいことを暇とよぶなら

「おでこ」
おでこ以上くちびる未満の関係をつき合った数に入れてしまった

「ドジ」
生命はドジっ子だから幾万種も生まれてはてへぺろと消えゆく

「失敗」
敵に当たり落ちゆくマリオが消えてすぐスタート地点に別のマリオが

「栗」
中身なきイガグリのイガ落ちており守りきれたか訊かないでおく

「見」
見ることで所有してゆく生き物のさいごの望みにふと、見られたし

「封筒」
差出人のない封筒を受け取って開ければたぶんもう戻れない

「困」
困難に総量なんてないよなあ、回避しながら生きてきたのに

「ポケット」
冬物のポケットにあのレシートがまざまざと別れは過去と云う

「ひげ」
なにもかもやる気をなくし部屋に寝てそれでもまあたらしきひげである

「蝶」
君の蝶がぼくにけなげについて来て気になる頃に消えてゆくのだ

「ジャム」
マレーシアの知人がくれしこのジャムの美味いけど何のジャムだか読めず

「結」
彗星は進むんじゃなく後ろ向きに落ちてると云う君こそ、結句

「別」
昼食のパスタが冷めていくんだが大事な話なので別にいい

「同級生」
流氷のみえる学校に赴任した同級生を訪ねて、おらず

「続」
ふさふさのネズミのおもちゃが気に入って噛んで叩いて愛撫は続く

「℃」
5000°Cの熱を包んで冷えている海王星の愛すさまじき

「はしご」
休憩中はしごで開けた缶コーヒーの置き場所がないしマジ降りにくい

「父」
4分の3を与えて無口なる建物のことを父とは思う

「四字熟語」
こんな時間に呼び出されても行くぼくも眠眠打破の買いおきがある

2015年11月7日土曜日

2012年10月作品雑感。

短歌というのは本来ハレとケの、ハレに属するものなので、毎日詠(うた)うなんていうのは矛盾しているもので、その矛盾はしんどさとなって人を襲うので、こういうことはやるべきではないのだろう。

だいたいストックもないのに始めたので、たしか1週間もしたらかなりしんどかったと思う。

10月は、秋という、変化を感じやすい季節なのだろう、そういう短歌が目につく。

  少しずつ季節が変わりゆくようなことであるよと言いそうになる

  太陽が沈む世界に夕方はそれ自体良き知らせのごとし

  待つことと育むことと何もせぬことの間で麦酒を注げり

  人の心は秋の空とか、湯豆腐の崩れぬものは奥に熱なく

先日、ネットの記事で、「飛行機」が誕生するまえに「紙飛行機」は何と呼ばれていたかという記事を読んだけれど、同様の問題に、糸電話というのがある。

  紙コップと電話の普及してのちに糸電話なるおもちゃ生まれる

糸電話にも言及されていたと思うが、明確にはわからないようだ。ちなみに紙飛行機は、紙ダーツだったとか。

この企画も、どこまで続くだろうか。ネットにあるものは、突然あるし、突然消えるものでもある。

  電脳に預けておいた思い出は失うだろう、悲しみもなく

今回の自選は以下。

  仏教に帰依したのちも時々は柘榴を噛みていし母の神

  抜け殻の僕はどこまで行くだろう橋本行きは橋本に行く

  表現は風にふかれて俺の顔にぺっと当たって消えゆくものを

  悲しみが死滅せぬのでもう少し風に吹かれてから帰ります

2012年10月の35首

見えぬものに怯えて生きよ、自分だけ被害者として世を憎みはて

少しずつ季節が変わりゆくようなことであるよと言いそうになる

君の無力や不如意は全部陰謀が善意の弱者に変えてくれるね

教導権の届かぬ女のつぶやきを苦しんでいる、時間にまかす

太陽が沈む世界に夕方はそれ自体良き知らせのごとし

反神論と汎神論に苦しんで阪神も勝てぬ、君にも会えぬ

愉快だが少し陽気の度が過ぎる義弟の酒に言葉を入れる

待つことと育むことと何もせぬことの間で麦酒を注げり

常緑のさいわいはあれおおかたを失って幹のあらわになれば

コカ・コーラの体が君を抱くだろう、同世代のみの淋しさあれば

アーティストの善の迷走、翻って、罰せられない善行ありや?

仏教に帰依したのちも時々は柘榴を噛みていし母の神

坂の上で猫が横切る千年前もそうだったかもしれないところ

人の心は秋の空とか、湯豆腐の崩れぬものは奥に熱なく

醜悪な生であります、千のナイフのにっこりと肉に埋もれて抜けて

電脳に預けておいた思い出は失うだろう、悲しみもなく

悲しみの変容を知る夕方に木犀いっせいに我に香るぞ

雨風の神を見下ろす気象図の台風の目が次々にらむ

集中する君を見ている、君はいつかシンメトリーの形と化して

つなぎ目のない布まとい、つまりそははだかのことで、我を見おろす

花火止んで浮き足立っている町を走って過ぎる、うれしくなるか

抜け殻の僕はどこまで行くだろう橋本行きは橋本に行く

人生の時満つるとは何事かきたない町も輝くごとし

紙コップと電話の普及してのちに糸電話なるおもちゃ生まれる

宣教師は芋を渡して空っぽの胃袋に落ちる思想の甘き

夕方の家々に灯のともりゆく町を見ており、いとなみがある

ホーム、線路、電車を統べるなめらかなカーブの途中で立ちすくむなり

後悔はないはずである、おそろしく遠くまで凪いでいる場所に来て

表現は風にふかれて俺の顔にぺっと当たって消えゆくものを

輝かす為というより濁るのを少し遅めるべく歯を磨く

島とねりこの若芽を濡らし10月の雨は冷たし語るべからず

雨上がりの曇りの暗さジョニミチェルが強さについて歌う朝(あした)に

死後もなお役に服して魂の自由の無きをゾンビと呼べり

はっさくの皮膚のいろ目に優しくて伝えんとする言葉も染まる

悲しみが死滅せぬのでもう少し風に吹かれてから帰ります

2013年10月17日木曜日

台風一過

台風一過

赤き花黄の花もすべて散り落ちて風神はすでに去りゆきにけり

行き先は円の形に予想され不機嫌ならむ良くも悪くも

風呂の栓抜いてはしばし、台風の雲はいづれに広がりたるや

タイフーンと英語にすればなんとなくぜんまい髭の顔したる神

日常は破壊ののちも死ののちも、続いてお天気です、五十嵐さーん!

クリアウェザーアフタラタイフーンパスダウェイ、台風一過は少し明るし

巨大なるはだしで海を駆け抜けてそのぶん分解いそぎたる塊(かい)

天界を見下ろす視点、天気図を人間界で見守っている

やがて熱帯低気圧となり溶け込んでゆく神も現象

なぎ倒しくるべき秋のさみしさをおおかた耐えて夏物をしまう